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オマージュde行こう

休日

作者: 鈴村弥生

徹夜明け

 一つの事が気になると、つい根を詰めてしまう。この悪癖は、なかなか直りそうにない。

 朝を告げる神殿の鐘が、遠く響いて、明かり取りの窓から朝日が弱く注ぎ出す。つい夜通しラボの書斎に篭ってしまったが、さすがに母屋の方が気になってきた。あれは大人しく寝ていてくれたろうか?

 我ながら現金なもので、調べ物も終り、良い結果が得られたことも手伝って、徹夜の割には気分が良い。今朝はあれにも、戸惑う事無く接してやれそうだ。

 少し慌て気味に本を片付け、作製途中の書類はそのままに書斎を出る。中の有様を見た時の、妻の渋面が頭を過ぎるが、それもいつもの事だ。むしろそんな、何でもない時が、とても大切に思えてくる。

 人というものは、そういう、どうでも良くて何でもない時間を重ねて、安らぎを得るからこそ、時として自分でも信じられないような力が出せるのだと、彼女との暮らしが教えてくれた。

 知る、というのは、知ることへの欲求というのは、多分人間の本質なのだろう。そのくせ、それに伴う変化を恐れるのも、人間なのだ。

 以前の自分は、変化を忌み嫌いながら、知る事に腐心していた。これは当然矛盾を呼び、矛盾を認めないでいる内に、心を頑なな鎧で覆う結果になっていた。

 万物の理を追求しながら、人の心の変化を恐れ、自分の変化も忌避し続けるその様は、今思えば実に稚拙で、思い通りにならない現実へ苛立つ子供そのもののようだ。

 兄に対する無意味な対抗心。違いを見せようと、世間に対して躍起になっていた青臭さ。そのくせ、回りを受け入れず、助言も助力も撥ね付けていた。

 まるでハリネズミだと、その鎧を評してみせた少女を思い出す。身を守る為に相手を攻撃する、変化を受け入れまいとする武装。その棘が、多少は柔らかくなったのも、妻の力なのかもしれない。

 すべてが彼女のお陰だと思うほど、ロマンチストではないつもりだが、自分の武装を棘ごと包み込み、そのままでも良いのだと、肯定してくれたからこそ、変化を受け入れ、前に進む気力を得られた。

 だからこそ、彼女を求めた。命と引き換えにしても構わなかった。

 受け入れられた時の嬉しさと安堵感は、筆舌には尽くしがたい。

 変化そのものを楽しむ余裕を持てた事で、どれほど世界が広がったのか、多分、彼女が全部を理解する日は来ないだろう。

 それでもいい、全てが判り過ぎてしまうのも、つまらないと思えるから。


 母屋の中は静かなままで、少しだけほっとする。

 階段を上がり、あれの部屋へ向うと、パタパタとカーテンが風に翻る音がし、ダアダアと小さな声が聞こえるのにはっとする。

 最近掴まり立ちをはじめたあれは、誰に似たのか何にでも興味を示し、しかも小器用だ。まさか自分で窓の鍵を開けたのか?

「ラフィ……!?」

 飛び込んだ部屋の、子供用の寝台は、案の定もぬけの殻だ。焦りながら風のくる方に首を巡らせて、そこに意外な人物を見て絶句する。

 いや、別にいたら変なわけじゃない。居て当然なのだが、今、居るのが意外なのだ。

 昨夜は急なシフト変更で、夜間巡回に割り当てられてしまい帰れない、と知らせが届いていたから、こんなに早く帰っているとは思わなかった。

「帰ってたのか……」

 膝に子供を乗せたまま、ソファーの背もたれに身体を預けて、うとうとと夢の世界に入ってしまった彼女。膝の上で立ち上がった子供に金の髪を引っ張られ、ぺちぺちと頬を叩かれていても目が覚めないほど熟睡している様は、よほど疲れているからなのだろう。

 よく見れば、その服装は騎士の略装のままで、夜間巡回を終えてそのままここに直行したのだと判る。多分、帰って来た時に、子供の泣き声でもしたのかも知れない。腹を減らした子供が、ラボから帰らない父親に、業を煮やして泣き叫んでいただろう様子は、想像すら必要ない当り前の事だ。

「悪かったな……フィー」

 乳を与えているうちに、眠ってしまったのだろう、はだけられた胸元が白く目を焼く。無意識に伸ばした手に気がついて、内心自分を叱咤しながら、そっと整えてやる。ただ、さり気無く触れた指の背で、そのすべらかな肌の感触を楽しんでしまったのは、男の性として自分に許してやろう。

 以前はこんな事、逆立ちしても出来なかった。

 それに彼女も、こんなに無防備に眠るなんて、以前は有り得なかっただろう。

 ふだん親しみやすく、ほんわりと柔らかな空気を纏っていても、曲りなりにも騎士として身を立てている女だ。常に鋭敏な神経を持ち、礼儀正しい生真面目な性格で、他人には少し身構えている所がある。

 特に分化する前は、体に触れられるのを極度に嫌っていた。

 そんな彼女が、こうまでされていても目覚めないなんて、よほど疲れているからか、それとも、自分には一切の警戒心を持たず、安心していてくれるからか……?

 自惚れながら、後者だと思いたい。

 早朝の少し肌寒い風にふわふわと揺れる金の髪を、子供の手から取り上げて、ついでに子供も抱き上げる。

「お母さんは疲れてるんだよ。お前も大人しくしろ」

 既に満腹になっているらしい子供は、機嫌よくにんまりと笑う。窓を閉めながら、その笑みにこっちも素直に笑い返しているのに気がついて、何時もの戸惑いが首を擡げてくる。

 不思議だと思う。

 そもそも自分が人の親になっているなんて、今でも信じられない。

 ラファエルと名付けられた我が子は、今はまだ男でも女でもない。母親をエルド族として生まれた子供の常として、この子も未分化で生まれてきた。

 分類でいけば、ハーフエルドに区分される。

 父親をエルド族として持つハーフヒューマンに比べて、よりエルドの特徴を強く持って生まれてきたとなるのだが、今はそんな、人類学上の考察などする必要はない。

 この子が自分の子供だという奇跡。

 それが不思議なのだ。

 妻の深い緑の瞳と、自分の少しくすんだ亜麻色の髪。双方を受け継いで、どちらかというと妻に似ている容貌が、将来美人になるだろうと決め付けているのは、親の欲目だろう。

 いつかこの子をどちらかに分化させる相手が現れるのだろうか?

 妻が、自分の為に、女に分化してくれたように……

 そんな時、どんな顔をすればいいのか。

「タータ……?」

 不安げな声に我に返ると、怯えたような視線とぶつかった。また、子供を見ながら考えに没頭していたらしい。どうもかなり難しい顔をしているらしく、これをするとこの子はすぐ怯える。

「悪い……怒ってないよ」

 小さな頭をくしゃくしゃと撫ぜてやると、きゃいきゃいとはしゃいだ声が返ってくる。こんな無愛想な父親でも、この子は好きで居てくれるらしい。

 まったく、取り越し苦労が過ぎる。

 まだ二つにもならない子のこの、将来掻っ攫っていくかもしれない相手など心配してどうなる?まだ、10年以上あるというのに。

 そう言えば、妻も似たような心配をしていたな。

 この子が、以前の自分と同じように、分化の時期が極端に遅かったらどうしようと。

 親というのは、益体もない心配をするものだ。

 将来何を目指すのか、失敗をしないか、挫折や辛い事を味わうのではないか?どうなろうとも、この子の人生だ。自分達には、せめてそうなった時に立ち向かえるように、知識や心構えを持たせてやるしか出来ない。

 自分達の親も、こんな風に考えていたのだろうか?

 彼らのように自分達は、ちゃんとした親らしい事ができるのだろうか?

 親としても、人間としても、若すぎて未熟な自分達に。

 ああ、それに近いことを、あの上司が言っていたっけ。

 傲岸不遜を人間にしたような人物が、珍しく照れた様子でポツリと呟いていた。

―――親は、子に親にしてもらうものだ。子を育てるのと一緒に、子から親に育てられていく―――

 人の営みというのは、本当に不思議だ。

 世代を重ね、同じような事を繰り返しながら、その時々で悩み、迷い、どうにか進んでいく。

 いつかこの子も、似たような事で悩むのだろうか?

 それこそ、本当に先の話だな……


 なんだ、やはり腹がいっぱいだったのか。大人しいと思ったら、もう寝ている。

 取り越し苦労はここまでにしておこう。

 まだまだ赤ん坊のこの子に、何の心配をしているのやら。まだまだこの膝の上で笑っていてくれるだろう。

 ずっと、こういう日が続いていけば良い。

 妻と、この子と、自分と、三人で……いや、ひょっとしたらもう一人くらいは増えるかもしれないが。とにかく、家族が揃って、静かに暮らせれば、それが今の一番の願いだ。

 今日は、自分も彼女も休日だ。

 このままゆっくりと、三人で過ごそう。

 弁当でも作って、湖に行くのもいいかな。

 そろそろ、水遊びを教えてやっても良い頃だろう。

 今日は暖かい。

 ああ、本当に、今日は時間もゆっくり動いているようだ。

 彼女が目覚めるまで、この子が目覚めるまで。自分も少しだけ、目を閉じている事にしよう……

 幸せってのは……こんなささやかなものなのかも、知れないな……


END

(ノ>▽<)ノってことでなんちゃってオリジナルってこういうことさ!!

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