にび色の現実
三枚目の石版には、鎬花子の荒れ狂った怒濤のような葛藤が書かれていた。
ナディアは、孫の残虐を懺悔し、深く自身の戒めとしていたのだった。石版を眺めては胸を痛めた。そのたびに、自身の不遇など嘆いてなどいられなかった。
「鎬花子さん、生きててくれて、本当にありがとうございました」
ナディアは、何十年か振りに正座をし、手を合わせて、いつまでも土下座していた。
石版の文面は覚えてしまった。土下座の姿勢のまま、ナディアは心で鎬花子が書いた長い日記を暗誦した。
どうして!
どうして私を殴るの?
私が何かした?
何で私を産んだのよ!
私を殺してよ!
何で叩くの?
何で死ねばいいのにっていうの?
何がいけなかったの?
ねえ、教えてよ!
生きていけない。
つらくて仕方ない……
どうして?
私なんて死んだ方がいいの?
西嶋君からメールがきた。
死んでくださいって書いてあった。
私は死んだ方がいいの?その方が世の中のためになるの?
ねえ、教えてよ。
私が何をしたのよ!
テレビ見てたら、紐でくくられて水に落とされてた……
息も出来ずに
苦しんでいる人を
見て笑ってた……
恐い……
また西嶋君たちが真似する……恐い恐い恐い。
なんでいじめが世の中にあるの?
何が楽しいの?
教えてよ!
教えてって言ったのに自分で考えろって言われたの。
ずっと考えた!
髪の毛むしりながら、引っ張って考えた!
判らないの……
私が馬鹿なの?
お母さんは、いじめられる方が悪いって言うし
お父さんは学校行きなさいってビンタされた。
私どうしたらいいの?
自分の悪いところ直してもいじめられる。
死ねばいいのにって言われる。死んでってメールされる。
先生にあなたなんかの味方じゃないって言われる。
私どうしたらいいの?
何をしたらいいの?
疲れ果てている
もう動けない
もう笑えない
今日は星も出ていない。
ずっと泣いてるけど判らないし、教えてくれない。
給食にゴミを入れないで……
頭をパンパン叩かないで
男子を裸にして蹴らないで
私の机に落書きしないで
私の机にパンを入れないで
梅田先生はいつもそうやって、 笑いながらさだまさしの話をして誤魔化すだけ
エタヒニンて何?
奴隷ってこと?
私奴隷なの?
どこに私の味方がいるの?どこに私に笑いかけてくれる人がいるの?
私はいらない存在なの?
頭痛い……
西嶋君に殴られてからグラグラする
お腹痛い……
行ったら叩かれるから行きたくないのに
暗闇にずっと一人
いつも、ずっと一人
私のことを好きな人なんていない……
頑張らないと
生きていかないと
いじめに負けずに生きないと
部活の後輩に優しくしてあげないと
お母さんにありがとうって言わないと
お父さんにビール注いであげたいし
勉強して、世界に行かないと
頑張らないと
私怠けてるから頑張らないと
勇気
努力
笑顔
親切
思いやり
集中
負けない
勉強
歌う
泣く
散歩
協力
スクラム
ファイト
感謝
ありがとう
勇気
友情
ダイエット
清潔
県大会
練習
予習
頑張れ私!
負けるな私!
情熱
あきらめない!
強い
負けない
部活
声かけ
大声を出す
大事
大切
お花の水やり
お皿洗い
全部頑張る
全部やります
学校に行く
部活頑張る
優しい人になる
産まれてきてくれてありがとうと言う
加奈ちゃんに声をかける
笑顔で挨拶
私は 裏切らない
スープを作る
お母さんに「おいしかったよ」と手紙を書く
よく寝る
土下座姿のナディアが震えている。
「なんでこんなに気持ちが綺麗になるんだろうね。花子ちゃん」