緋色の町
「降りろ! ここはお前が殺した『人間』のふる里だ。裁きは、彼らに受けるがいい」
拘束具をつけられたまま、村長の前に連れ出された。西嶋はうつろとなって死を覚悟した。村長とおぼしき者の隣に婆さんがいる。そして、後ろに、同い年くらいの武骨な女がいる。
女が呟く。
「くずだな……」
西嶋はハッとした。やはり俺は運がいい。そして、猿ぐつわをしたまま叫んだ。
「助けてくれえ! 俺は日本人だ! 助けてくれえ!」
「なんだ?」
女は顔をしかめた。
「俺は、はめられたんだ! こいつらはテロリストだ! 警官の服を着たテロリストだ! 俺は見た。こいつがその心優しい青年を殺したのをな! 騙されるな。信じてくれ」
誰も西嶋の言葉を信じていなかった。女は事務的に聞いた。
「あんた、名前は?」
「西嶋! ……西嶋、敦司」
女が凍りついたのがわかった。今まで勇ましい態度だった女が、震えている。
「西嶋敦司くん……」
「そうだ! 俺を知ってるのか」
「し、知らない……」
女の声は恐怖に震えていた。
「おい、お前。話を通せよ」
「私もこの国の言葉は判らない」
「何だよもう、てめえが死ねばいいのに……」
女は頭を抱え、うずくまった。長老が不思議そうに身をかがめ、声をかけている。
老婆が何かを長老に喋っている。長老は渋い顔をしたが、頷き、手招きをした。
ナディアは言った。
「静かな村に災いが降った。闖入者が二人も現れ、二人とも同国人であるらしい。今こそ、四枚の石版の前に来たれ。神に啓示の本当の意味をうかがおうではありませんか」 村人達がぞろぞろと、石版の周りに集まり始めた。
「なんなんだよ、どこに連れて行くんだよ」
「この男は、警官こそが、ホルスターを殺した犯人だと言っているようだ」
「なんだよ、これ……」
西嶋は村に伝わる巨大な石版を見上げた。そこには日本語でこう書いてあった。『FROM西嶋敦司』
『件名 クソ』
『なあ、お願いだから
死んでくれよ。お前
が死んでくれたら俺
は幸せになれるんだ
からヾ(^▽^)ノ
なあ頼むよ。死んで
くださいお願いしま
す(゜Д゜)』
一つの文字が手のひらサイズで刻まれている。
「なんなんだ、これ……」
西嶋が中学生の時に、鎬花子に送ったメールだった。証拠なんてどこにも無いはずだったはずなのに。
「おい、お前、何着てるんだよ」
西嶋は村人たちにつかみかかった。
「何着てんだよ!」 村人が着ていたのは、大人気のTシャツだった。
『FROM西嶋敦司』から始まる神々からの啓示をプリントしたTシャツだった。
村人たちは、突然つかみかかろうとする男を不振な目で見た。逃げまどう者、強く振り払う者、痴漢呼ばわりする者と様々だった。
「ナディア。もしかすると、この男は神の啓示を読めるのではないか」
「まさか……、あの女を連れてきなさい」
村人二人が女の手を引いて石版の前に連れてきた。
「これは……私のメール?」
もう、一枚の石版には、鎬花子が書いた日記が刻まれていた。西嶋による凄惨ないじめに苦しんだ記録がここにあった。鎬花子は目を転じ、もう一枚の石版を見た。「FROM西嶋敦司」で始まる文面を見て鎬花子は気持ちを落ち着けることが出来た。
「この呪詛が、私を正気に戻してくれるとはね。悪いことは出来ないわね、西嶋くん」
「ハロー、エブリバディ、フレンド、サンキュー、ユア、ウェルカム!」
西嶋は石版を指しながら、そう叫んだ。
「ハロー、エブリバディ、フレンド、サンキュー、ユア、ウェルカム!」
にやついた西嶋はそう繰り返した。
英語を理解する村長は、皆に伝えた。村長の翻訳を聞いた村人たちは笑顔でうなずきあった。
「違う! 嘘だ! これは呪いの言葉だ! だまされてはいけない!」
英語で必死に村長に訴えた。
「では、なんて書いてあるんだね?」
女は包み隠さず、メールの内容を訳し村長に伝えた。村長は顰蹙し、肩をすくめただけだった。
「そんなわけはない! 嘘つきはお前だ!」
村長は鎬花子を罵った。青ざめた女は、怨めしそうに西嶋を睨んだ。
「お前はいつまでたっても、くずだな……」
「鎬! お前の負けだ! ひざまずけよ、鎬! お前は死ぬまで俺の奴隷だ」
西嶋は、嬉しそうに笑った。
「お前と、警官が死ぬんだ。俺の罪をかぶってな。おれがそいつを殺したように、お前と警官は死ぬんだ。河童」
その時だった。
「およしなさい。愚かな日本人よ」 口を開いたのは隻眼の老婆だった。
「私も色々な物事を見てきたけど、こんなにひどい話はないよ。日本人はこんなに腐敗してたのかい」
「ナディア。何を喋ってるんだ」
老婆は、村長に答えた。
「この私も、彼らと同族なんだよ」
時間が止まったようだった。
「あんた、苦労してきたんだねえ、これはあんたの呟いた言葉なんだろ? 私には解ってたよ。一目見た時からね。この宝石と同じオーラを感じたのさ」
ナディアは、木箱から、清潔な布に包まれた携帯電話を取り出した。それは、鎬花子が中学生の時に投げ捨てた携帯電話だった。
「私は、第二次世界大戦を契機に、この国に流れ着いた。食えない日もあった。淋しい日もあった。でもね、私の苦しみは、あんたの苦しみの万分の一に過ぎないよ。そんな地球上で一番悲しい思いをしている少女の心を、神々が私に届けてくださったんだね。……偉かったね。あんたは、私たち人間の誇りだよ」
ナディアは、凍りついたままの西嶋の肩を二回叩いた。
「なあ、敦司。私の愚かな孫よ」