にび色の現実
鎬花子は、拉致された。世界各国で塗炭の苦しみに喘ぐ人々の助けになりたい一心だった。遠く離れた土地で、懸命に働いていたが、うまくいかないことが大半だった。
拘束され、浴びせられる怒声を聞きながら、鎬花子は、祖国の美しい竹林を思い出していた。悔し涙は滲んでいたが、毅然として、拘束する兵士に悪態をついた。兵士たちは骨が折れる様子で反抗する鎬花子に手を焼いた。
「おい、なんなんだ! この女!」
兵士たちはうろたえ、腰が引けている。ここで逃がしたら上官に殺される、それが彼らの闘争心に火をつけた。遮二無二に暴れる鎬花子の腹に強く拳を入れる。花子は気を失い、担がれて揺れた。
兵士たちが一休みしている隙に、鎬花子は脱走した。背後から迫る銃声と怒声が、彼女を襲う。
鎬花子は、必死に逃げた。
頓死だけは自分自身に対して、絶対に許さなかった。
鎬花子はつまずいて倒れたが、ぎらつく瞳には、もうここまでという諦めはない。
「死んでたまるか!」
鎬花子は、兵士たちに飛びかかっていった。土地に転がる石を投げつけ、木片を投げつけた。一瞬銃弾は止んだが、兵士はまた、銃を構え直した。
「この一撃で仕留めてやる」
兵士の静かな目が女を射抜く。
カチャリという音が、遠く離れたこの地点まで聞こえてきた。女は石を投げた。石は兵士のこめかみに的中し、血が垂れて兵士の片目を潰した。しかし、兵士は揺るがない。
銃口は、女を捉えて離さなかった。味方兵士が立ち上がり、銃を構える兵士の背後に陣取る、銃を構えて。
「パンッ」
乾いた音が響く。前方の兵士がぐったり倒れた。背後から撃った兵士は両手をあげ、倒れた兵士を左の足で踏みつけた。そして、銃を棄てた。女は気を失って倒れた。
目を覚ますと、兵士が女の傷の手当てをしていた。瞬間、身をかがめて兵士を睨んだ。しかし、彼にはすでに殺意も、闘争心もなく、あどけないつぶらな両目を、高速でしばたたかせているだけだった。
「君は、クレイジーだ」 と、英語で話しかけてきた。
「あんたの仲間じゃなかったのか」
「ああ、仲間だった。でも、寄せ集めだ。上官に震える羊部隊さ」
と肩をすくめた。
「ここはまだ危ない。俺の故郷の国境がすぐ近くにある。そこを越えれば、大丈夫だ」
「案内して」
女は、きっぱりと兵士に命じた。
「イエス、サー!」
と、機敏に敬礼をして答えた。
「こちらです、ジャンヌ」
女は呆れ顔で兵士を見たが、特に何も言わなかった。国と国との境は、目と鼻の先で、いとも簡単にその境界線を越えることができた。
「向こうで、銃声が響いている……」