緋色の町
第二次世界大戦が終結し、各地で独立を宣言する国が相次いだ。そんな時代に逆行して、鎖国政策を選んだ国があった。この国は、単一民族で形成されている稀な国だ。
世界から孤立した人々は、悲観的であるかというと、ナディアの国に限っては、そうでもなかった。確かに、この国の都市部では、自国文化に過剰な誇りを持つ者が多かった。しかし、電気ガスが通らない彼女の住む村には、ゆったりとした時間が、永遠のようにたゆたうばかりだった。
ある日、ナディアは国境付近で、奇妙な物を見つけた。美しい宝石のように見えたが、彼女は、そういった宝石の類には関心が無かった。しかし、宝石にしてはあまりにも大きな物だったので、家に持ち帰り調べてみる事にした。
ナディアは木製の椅子に腰掛け、いつもの優しい風に目を細めた。オリエンタルな雰囲気を持つ妖しく大きな瞳は、この村にそぐわない妙な物を見ていた。長いストレートの黒髪は、少し前まで村中の男たちの目を引いたが、病により片目を失ってからは、奇異に見られることの方が多くなった。美しいナディアの隻眼は、地雷の類を疑ってもみたが、この個体から漂うオーラには、攻撃的と言うよりは、被攻撃的なオーラが充満しているように思えた。
『1』から『9』までの数字が描かれている。その数字の部分を触ると、コツコツと音がした。彼女は深く祈りの言葉を呟き、数字の描かれている部分等を、何度か押してみた。すると、その物体は静かに光を放ち始めたのだった。
ナディアは、何らかの暗号を意図せず、解読してしまったようだった。
『神は私に、啓示をお与えになった』
と、深く感謝した。
神に感謝の言葉を述べながら、美しい物体を撫でていると、様々な紋様が浮き出した。彼女は、神々が与え給うた啓示を忘れまいと、念力を使い、神々からのメッセージを脳に焼き付けた。隻眼の女性による念写は功を奏した。神々からの啓示は三時間もしないうちに消えてしまったのだ。もう二度と、それは光り輝くことはないと理解した。この女性には今、念写をする能力があり、焼き付けた記憶を無地の平面に映像として映し出すことができる。隻眼となって、片目と引き換えに得た能力であるらしかった。黒髪の女は、神からの啓示を書き遺すため、石大工のもとを訪れた。
「神より私に啓示がありました。神からの贈り物を私の力を使い、皆に見てもらいたい」
石大工は、それならばと、巨大な石版を何枚か用意し、彼女に託した。
病により神通力を習得した偉大なこの女性は石版に向かい、下書きを始めた。彼女にしか見えなかった模様がいよいよ、具現化されてゆく。まず、素朴な女性が書いたのは四つの数字だった。次に書いた文字は『MENU』だった。 続いて
『1.メール』
『2.インターネット』
『3.アプリ』
と続く。
最後の十二行目には
『♯.ワンセグ』
と書き表した。
人々は驚愕した。神は12項目にわたるメッセージを我々にくださったのだ。
ナディアは続いて、2枚目の神からのメッセージを記した。
『From西嶋敦司』
『件名 ……』
『……、………………
………………。……
………………………
………………………
……ヾ(^▽^)ノ
……………。………
………………………
……(゜Д゜)』
今度は比較的複雑な紋様である。背筋を伸ばした姿勢の美しい女性は、一枚目の石版を写したことで、精根が尽きてしまった。なんとか少しでも皆に見せようと、はじめの二行と、比較的簡単な紋様を描き写した。神の言葉ならば、神はなんと仰っているのだろうか。一人の勇気ある者が、
「おい、これは人の顔を象っているのではないか」
と言った。鼻の大きな人間と、死者の顔だという判断となったが、ナディアは否定した。
「そんな軽々に神の御心を察してもよいものでありましょうか」
「私は、与えられた紋様を最期まで刻みつけ、この村のシンボルにしたいと考えている」
民衆からは歓声が上がった。更に二枚の石版を完成させ、村の中心的な場所に建立した。 そして、八年の歳月が流れた。
あの日以来、村は少し豊かになった。電気が通るようになり、真っ暗だった夜は、皓皓と光る灯りが夜通し石版を照らしていた。
村では、Tシャツのプリントが流行りだしていた。賛否両論あったが、一人が神の啓示の四枚の画をプリントしてしまったのだ。当初は、軽率だとか、神への冒涜だとの批判もあったが、身近に神を感じることが出来るという声もあり、村中の人々は大量生産されたこの特異なTシャツを日常的に着古した。この衣類は村の名物として、近隣の大きな街や、やがては国中でも売られるようになった。最も人気が高かったデザインは、
『To西嶋敦司』
から始まるものだった。人を象っている二つの画が『宇宙を感じる』と評判になった。
しかし、問題はすぐに起こった。特産品として販売された衣類は、各国でも売られるようになり、彼女の住む村は経済的に潤った。日本人旅行者が、そのTシャツを発見するまでは。