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悠久ラビリンス  作者: 手乗文鳥
本章

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夢絃峡、弓ヶ淵の散策

-11-


朝から橿原神宮前の駅で降りると、駅前のロータリーに加奈子のパステルカラーの軽自動車が止まっていた。


宏が脇に近づくと助手席には全身ブランドの黒のスーツに身を固め、ゴールドブラウンのエクステを頭に盛ったスリムで派手な女が座っていた。

エクステはいささか盛りすぎている印象もあった。


女は車内に置くことなく、肩からブランドのバッグを二つ下げていた。

靴もそこそこヒールのあるブランドものの光沢ある黒のパンプスだった。


「はじめまして」


女は宏に挨拶した。

運転席から加奈子は


「麻莉さんよ」


と紹介した。


「中学からの同級生なの、マリー・アントワネットみたいでしょ?みんなからはマリーって呼ばれてるの」


加奈子の紹介を受け、マリーは握手の手を差し出した。


スーツの隙間からはみ出した腕の内側には薔薇を咥えたコブラが正面向きに直立するタトゥーが入っていた。


マリーのいでたちとのどかな田園風景とのギャップが激しく宏は狐につままれた様な顔で握手をした。


タトゥーはどういう意図で入れたものか少し考えたがよくわからなかった。


派手な風体だが、スーツの下の胸元はやはり加奈子と同じくやや控えめで、そのかわり青い勾玉の様な柄で埋め尽くされた光沢あるブランドもののTシャツを着ていた。


いでたちと対照的に笑うとヘナっと表情が崩れ人懐っこい印象を与えた。


後部座席に宏が乗り込むと加奈子は車を走らせ夢絃峡に向かいはじめた。


宏は下腹部で大きなかんしゃく玉が爆発したような感覚を覚えながら尋ねた。


「マリーさんね。その格好で山とか川に写真を撮りに行くんですか?」


マリーは答えた。


「そうですね」


宏は


「肩からカバン下ろしたらどうですか?誰も盗みはしませんよ」


というと、マリーは


「ダメなんです。私はこういう設定なんです」


と答えた。


宏は思わず吹き出した。

おかしいのだが、同時になにか非常に殺伐とした感覚を覚えた。


立ち入ってはいけないエリアを抱えていることを強くほのめかしていた。


窓の外に目をやると雲一つない青空に白い月がポカンと浮かんでいた。


田園風景を抜け、車は濃厚な緑の木々が立ち並ぶ山に入った。トンネルを抜けると大きな岩が転がる木津川が渦を巻きながら複雑に蛇行していた。


笠置のキャンプ場を抜けしばらく走るとやがて弓ヶ淵に入る。


あたりの空き地に車を停めると三人は車から降りた。


ドアを開けて降りるとすぐにマリーはバッグからきみごろもを取り出すと、加奈子と宏にすすめてきた。


なんで、車中ではなくこのタイミングで唐突にきみごろもと思うとこれもまた笑いがこみ上げてくるのだが、同時になにか不穏な予感が胸のあたりを一陣の風の様に突き抜けてゆく。


宏は監視されてるような気分で、きみごろもを食べながら歩きだした。


夢絃峡は京都府の山あいを流れる木津川が高山ダムからの流れと合流し、大きな流れになった部分とあたりの渓谷を合わせた場所の呼び名だ。


合流付近から一キロほどは山あいの中を一直線の川が大きく続いているのが見渡せる景勝地だ。


遠目に見ると周囲の山や木々を鏡の様に幻想的に水面に映し込む


水は緑色であったり、土がまじって茶色だったりするが不思議な色を称えている。


周辺は京都、奈良、三重の県境が複雑に絡みあっている。


弓ヶ淵は高山ダムから夢絃峡を五百メートルほど京都府側に下った場所にあり、そこから下流に五百メートルほど続く。


大正時代に運転を開始した大河原発電所のレトロなレンガの建物が山あいにある。


宏はここにくると不思議な気配を感じる、古い城跡など激しい戦のあった場所などに行くとたまに非常に透明でトロピカルな、何か人が居るような弱々しい気配を感じることがあるのだが、ここにもそれと同じものを感じる。


平安時代に大和の国の武士、源頼忠と伊賀の姫およしの悲恋の身投げがあったという伝説があるように、大和と伊賀の国境争いの激しかった地らしくこのあたりもつどつど合戦があったようだ。


また鷹狩りの最中に柳生十兵衛が謎の死を遂げた場所でもある。


加奈子は一眼レフを取り出しあちこちを撮影していたが


「やっぱり難しいな」


といった。


「三百六十度、全部一気に写ればいいんだけどね」


このあたりは全体の空間の広がりが独自の雰囲気を醸しだしていて、カメラで一部分を切り取ってもなかなか平凡な風景写真にしかならない。


高山ダムの真下の旅館のあるあたりからだと一応全景は撮れる。


しかし、そうなると今度フレームに収まり切らない上下左右の広がりが気になってくるのだ。


「ドローン飛ばすのか一番いいんじゃない?」


マリーはスマホであたりの写真を撮りながら言った。


あまり動きのない景色を何故か連射モードで撮っていて、シャッター音があたりにこだましている。


実に能天気で平和的な光景に見える、普通ならば笑えばいいのかもしれないが、相変わらず妙な引っかかりがあり、宏は黙っていた。


「やっぱりね。旅館の下まで行ってみようか」


加奈子は言った。車に戻り、旅館のある山あいの方に向かう。


車を停めると細い私道を歩く。しばらくすると釣鐘岩という大きな岩があり、その横の空いたスペースから夢絃峡の全景が大きく広がっていた。


「やっぱりここが一番いいね」


マリーがいうと加奈子はシャッターを切る。


一帯もまた淵のようになっていて水面に続く垂直に切り立った崖には笹が生えている。


宏は一直線の川の景色を見渡したあと、足元の淵になっている場所を眺めていた。

五十センチほどのナマズが複雑に体くねらせ泳いでいった。


「ナマズいるね」宏がいうと、二人は水面を見るとその複雑でユニークなシルエットをしばらく眺めていた。


ナマズが消え、しばらくすると今度は八十センチほどの丸太の様な鯉が水面に口を出し、パクパク空気を吸うとしばらく滞在した後、淵の水底奥に消えていった。


三重側から入る水の流れが、淵の壁にあたり、流れがとまり、そこに緩い渦が巻いていて、それが魚の回遊の中継地点を作っているようだった。


この不思議な魚達の動きを見ているとどのような生態系になっているのか、水中に潜って中を見てみたい不思議な衝動に駆られる。


緑色の深い水は神秘的でもあり、また少し恐ろしく、不気味でもあった。


「おっきいねぇ」マリーが呟いた。


加奈子はうなずくと水面に映り込んだ周囲の山並みを撮影していた。


「昔話の世界に迷いこんだみたいだ」


宏がいうと二人は無言で頷いた。


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