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悠久ラビリンス  作者: 手乗文鳥
本章

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シンクロニシティ①

百三十八億年間に渡り宇宙はひたすら膨張を続けている、それは誰にでも時間の経過と言う形で感じとることができる。


ブラックホールの境界線では時間の流れは重力の関係でひたすら遅く、一時間過ごし地球に戻ると数十年から百年は経過している。


お望みであれば、未来へとお好きなだけどうぞ。

-10-


二十七歳の宏は神奈川で住宅関連の仕事をしていた。

仕事の都合で関係先に半年ほど出張になり、奈良に引っ越してきていた。


そこで色々な書類手続きが必要になり、新しく銀行口座を作らなければならず、ある日の昼休憩中、会社近くの銀行に出かけた。


窓口で必要書類と免許証を出すと、受け取った窓口の新卒二年目ほどの少し栗色の髪を後で結った若い女性行員は免許証に目を通すと白い頬をふくらまし、意外そうな顔をしながら、上目に宏を見ると、少々物々しい口調で尋ねてきた。


「なんでわざわざ、神奈川からこんな奈良みたいなところに来られたんですか?」


宏は記入の不備を確認されたのかと思ったので、質問の内容に一瞬驚いた後、態度を取り直して答えた。


「普通に仕事ですよ」


行員は少し肩をすくめると、再びピントを合わせるように目元をしかめると宏を見上げ


「他にどこかなかったんですか?」


と聞いてきた。


「会社の都合ですよ」


尖ったアゴをつきだし、宏が答えると行員はまた不思議な生き物を眺めるかの様な目で宏を見ると机に肘をつき少しモゾモゾしはじめた。


どうも県外からきた人間が珍しいようで興味があるようだった。


話が長くなっても困るので、宏は名刺を取り出すと行員に渡し


「このあたり、慣れてなくて知り合いもいないんですよ。ま、また時間があったらこのあたりの事を教えてくださいよ」


と言った。


行員は少し驚いたものの「お預かりします。」と言い、物々しい手つきで名刺を机の引き出しにしまいこんだ。


その日の夕方、メッセージが届き、話の続きをすることになった。行員の名前は加奈子と言った。


夜七時頃、近鉄奈良駅前の行基蔵前で待ち合わせると、加奈子は


「夕食はまだですか?たまに私の行くようなところだったら案内しますけど?」

と言った。


宏は「ええ。そこで」と答えると。加奈子に先導され、もちいどの商店街に入り、しばらく歩いた所にある路地を曲がり、その奥の方にある古民家を改装した創作料理屋に入った。


「ここです。創作料理が色々あるんですよ」


丸太をそのまま削ったようなイスに座り、天井を見ると太い梁が高い天井の下に通っていた。暖色系のライトが落ち着いた雰囲気で店内を照らしている。


加奈子はテーブルのメニューをめくり「何にしますか?」と尋ねてきた。


「オススメは?」

「ミルクのリゾットです」

「じゃあ、ボクもそれで」


メニューを注文し終えると加奈子は昼前と同じ様に肩をすくめながら少し物々しい口調で切り出した。


「奈良はどうですか?」


宏は戸惑いながら答えた。


「ハッキリいってもいいですかね?」


加奈子は怪訝そうに宏をみるとコクリとうなずいた。


宏は間が悪そうな顔で一瞬ためらった後に思い切った様にこう切り出した。


「まだ一週間なんですが、苦行に来てるみたいですね。うーん正直ハッキリいってクソみたいな所ですね。ここは。


何もかももっさりしていて、何をやってもすぐグズグズになる。おっきな声で話をすると嫌がられる。頑張れば頑張るほど暑苦しがられる。


誰も彼も世間は狭い。県外の事は外国みたいにいう。何かにつけあなたはよその人だからという。


人も人で性格の裏表が激しい。

何よりも事務所で営業の電話をしていても周りに暑苦しがられるというのは全く意味がわかりません。


その上、アポをとっても何で他の人みたいに外回りにいかないんだ。みたいな感じになるんですよ。


しまいにクソかこのボケって机を蹴って電話を床に叩きつけたくなるのを必死で我慢してるんです」


「うーん」


加奈子は返した。

宏は続けて


「ボクはね、本来、輪をもって尊しとなすような聖徳太子の様な人間を目指していて、こんなことグチグチいう様なタイプじゃないんです。

熱血漢ではありません。

それがこんな風になる。ホント、クソみたいですよ。


三日目位から都落ちしたような気分になってきて、会社はボクをリストラする為にここにわざわざ回りくどく左遷したんじゃないかとか考えたりもして、観光だけじゃこういう所は全然わかりませんね。


まぁ、あなたみたいに親切な人もいますけどね。基本的にクソですね。

ホントにクソ。クソクソクソ。なので今日は地獄に菩薩みたいな気分ですよ」


加奈子は少し満足気な表情を浮かべると落ち着いたまま答えた。


「このあたりは昔からだいたいそんな感じですよ。だからなんで県外からわざわざこんな所に来られたのかなと不思議でしょうがなかったんです」


加奈子は若いが老婆心に満ちたような事を言う、それが何故か宏を落ち着かせた。


ミルクのリゾットが運ばれてきた。手をつけながら


「ま、私もあまり人の多い所って得意じゃないんで、大阪とかあっちの都会の方は滅多に行かないんですよ」と言った。


ここから大阪までは電車で四、五十分ほどの距離で関西の代表的なベットタウンだ。

ここから通勤している人も大勢居る。


なのにこんなに都市部に心理的な距離感を持っている人がいることがまた宏には不思議だった。


ずっと地元でこの奈良のもっさりおっとりした空気感の中に長年いるとマタタビでもかがされたみたいになるんだろうと宏は思った。


ミルクのリゾットは牛乳をベースにたっぷりのチーズにすりおろした山芋、納豆に地鶏の肉が入り、ジワーと滋味深い味で、素材の全てが見事なハーモニーを奏でていた。


「美味しいですね。これ」


宏がいうと加奈子は


「私、これ好きなんですよ。んー、なんというのか、私、昔から乳製品が大好きで、牛乳もそうだし、ヨーグルト、チーズ、ホワイトチョコレートにカルピス、コーヒーのクリープなんかはそのままでも食べたりするし、おはぎにもごはんにも振りかけたりするんですよ。変な人ですよね?」


「あ、それから()って知ってますか?奈良の古代のチーズなんですけど、美味しいんで見かけたら食べで見てください」


宏はうなずくと加奈子は続けた。


「で、そんなに乳製品が好きなんでついたあだ名がスジャータっていうんです。知ってますか?苦行を終えたお釈迦様にミルクがゆを振る舞った娘の名前です」


「あー、名前位は」


宏が答えると加奈子は


「うちのお父さんは私を見てはおまえは乳製品ばっかモソモソ食べてるけど全然胸に栄養がいかないな、ま、愛嬌はあるし、

お尻に安定感があるからそれは良かったと思ってるんだけどって言うんです。


普通、娘にそんな事いいますかねぇ?安定感のあるお尻ってなんですかね?」


宏はこの父親の言った事をすぐに理解できたが、返答は少しぼかして、少し控えめな加奈子の胸に目をやりつつ、


「ユニークなお父さんですね」


と返した。


宏は人には言わないものの女性のホントの気質は尻を見れば分かるという持論があった。

逆に男の尻は表情に乏しく、そこからは何も読み取れないとも思っていた。

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