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悠久ラビリンス  作者: 手乗文鳥
本章

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28/28

一流の洗練されたホスピタリティとクレド

-37-


道すがら樋口は宏に昔よく行っていたバー「ローラーコースター」の話をした。


「マスターは口癖で『最高の接客は存在しないが最悪の接客は存在する。それをエンターテイメント化して提供するのが俺の役割だ』とよくいってましてね」


「ええ」


「マスターは元々高級ホテルのバーテンを十年ほどやっていて、常日頃から、一流の洗練されたサービスがどうやらこうやら、


ホスピタリティがうんたらかんたらと支配人から口酸っぱく言われてまして、毎朝クレドカードも唱和したりもしていましてね。


まぁミーティングやら打ち合わせではごく真っ当な正論なんで、当然本人も納得していたわけですが、いざ現場で実践しようとするとなんかおかしいらしいんですよ。


洗練した、パリっとしたサービスを提供するとホテル側の堅苦しいポリシーをお客さんに押し付けて圧迫している様に感じることがあって、悩んでいたらしいです」


「そうなんですか?」


「ええ、かといって変に態度を崩して接するのも違ったみたいで、そのあたりのバランスの取り方をずっと悩んでいたらしいんです」


「はぁ」


「で、最後まで丁度いいさじ加減を見つけることができなかったんですが、ある時、ホテルをやめ、自分で店を出そうと考えた時にこのあたりをコンセプトに据えようとしたらしいんですね」


「最悪の接客をエンターテイメント化して提供すると?」


「ええ、それに一流ホテルのバーテン時代の反動もあってカジュアルでフレンドリーなバーを郊外に出すことにしたらしいんです。『その方が客の相手も楽だしな』とか言ってました」


宏は笑った。


「自分が気の乗らない時には代わりに客にカウンターに立たせるんです。

臨時バイトとかではないですよ。

チャージも取る上にカウンターに立たせるんです」


「ええ」


「で、ある時私の友人のエージェント園田ってヤツがカウンターに入ったんです」


「なるほど」


「マスターが『俺は、今日腹が痛いからお前代わりにカウンターに立て』と急に園田に言って、カウンターに立つんですが、客に注文されてもカクテルの作り方が分からないんですね、ビールとかウイスキーの出し方は分かるけれど」


「ええ」


「で、ある時お客さんから『カミカゼ』を注文されたんですね。でも、作り方がわからないからマスターに尋ねると『そんなもん知るか、お前のイメージで作れ!』といわれるんですね」


「ええ」


「園田が困って棚を見ると『ワンカップ大関』がその時目に入って、『これを使おう』と思って手に取って、『待てよ、これじゃただのコップ酒だ』とグラスの周りに塩をつけたんですね、それから、『カミカゼって確か少し白かったな』と甘酒を少し混ぜて客にだしたんですね」


「ええ」


「で、客も若くて、雰囲気だけで頼んでるから『カミカゼ』がどんなものか知らなくて、そのまま飲んで、『カミカゼ』は複数の日本酒をブレンドしたものだと思いこんで『これは美味いな』と納得してたんですね」


「はぁ」


「それから今度『ソルティドッグ』を頼まれてホットドッグに塩レモンつけて出したんですね」


「ええ」


「客も、カクテル頼んだのにホットドッグに塩レモンついたものをだされて困惑したんですがマスターが『瀬戸内の塩レモンに不服があるのか?』と客を一喝して、そのまま出し続けたんですね」


「なんという」


「その後メニューの方が改変されて、『カミカゼ』を頼んだらグラスの縁に塩つけた甘酒混じりのコップ酒が出てきて、『ソルティドッグ』はホットドッグに瀬戸内塩レモンをつけたものが出されるようになったんです」


「そんな店に行く客が居たんですね」


「私なんかがそうだったんですが、それを楽しめる酔狂な客だけが集ってました。

ただ私が行くといつでも驚いて5分たたずに出ていくお客が一組、二組は絶対にいましたけどね」


「はぁ」


「私はよくハバネロつけ過ぎのピザを勝手に出されて、食べ終えてヒィヒィ言ってたら、更に頼んでもないのにヨーグルトがでてくるんですね。『親切だなぁ』と思っていたらピザもヨーグルトも勝手に注文が通ってて請求されるんですね」


「色んなエピソードがありますね」


「マスターは


『世の中は自分の知らないシステムへの信頼から成り立っている、スマートフォンややパソコンは必要不可欠なツールだ、しかしお前それがどういう構造でどう作られているか説明できるか?できないだろう?

 

電車も車も飛行機もエレベーターもお前はどうやって作られて、どうやって動いて、どう運用されてるか、全て説明できるか?できないだろう?


運転士もパイロットもどんな人間かお前会って確かめたか?

そんなことしていないだろう。


しかし、信用するしかない、その様に複雑なシステムが無数に組み合わさって世の中出来ている。


そういったシステムに依存するしかない不条理さやそのシステムバグを体感できるように可視化したのがこの店だ』


とか難解な社会理論を駆使して客を煙に巻いてましたね」


「よく持ちましたね」


「最初は、酔狂で面白かったんですが、最後は店に行く事自体が一つの自虐行為になりました。


頼んだものが何一つまともに出てこない様になって、他の人もそう感じたんでしょう。客は減り閉店しました。


一応それでも十年は続いてましたけどね。最終日には自分の銀行口座を書いたカードを客全員に渡して、今後毎月十五日に振り込めと言ってました」


「はぁ、最悪の接客のエンターテイメント化を洗練しすぎた結果自爆したんですね」


「ええ、もう最後はありとあらゆる最悪の接客のエッセンスがソリッドに機銃掃射されるような有様でした。


店に入るのにドアを開いたら生卵が上から落ちてきて、同時に玄関マットは油で滑るし、真冬のトイレはウォッシュレットの電源が抜かれてたり、ホント、ビックリハウスみたいでした。


水を頼んだらトイレのタンクから汲んできたコップの水を置いては、『日本の水は世界で一番安全だ、お前証明しろ』と言ったりとか」


「それは完全にダメですね」


「ええ、なんで『ここは店じゃない俺の家、俺の部屋だ』って言ってました」


園田はしょっちゅうカウンターでマスターに使われてましたね。

チャージまで払って、思えば人に付け込まれやすい傾向はあの時からでていたんでしょうね。


樋口は淡々と語った。

二人は三宮の坂に差し掛かった。


割とかっちりした線のアリサがまたキャッチに立っていたので樋口が声をかけた。


宏はアリサの雰囲気を見ると一瞬また「何かの記号化された事象」じゃないかと警戒したが、樋口が声をかけたのなら安全だろうとそのままついて行った。


店に入ってしまうとアリサは先程までの饒舌で威勢のいい雰囲気はなくなり、舌っ足らずでトランプに弱い、須磨のマイルドヤンキーに変貌した。


共通しているのは酒か、喋りすぎか声が少しかすれているという所だけだった。


樋口がビールを飲みながら


「昼間バッティングセンターに行ったんだけど百三十キロくらいまでしか打てないな」


というとアリサは


「高校の頃、ソフトボール部だった」


と言った。


宏もビールを飲みながら

「ポジションは?」と聞くと


アリサは「ショートで六番」と答えた


樋口が「レギュラーだったの?」と聞くと


アリサは「もちろん」と答えた。


それから不思議な開放感を漂わせながらまたカシスオレンジを飲むと


「友山さんも最近また来て、その話してたんですけど、『そんなに胸が大きかったらエラーばっかしてただろう』っていうんですよ」


樋口と宏が「はぁ」と言うとアリサは少しあきれた表情ながら、ドヤり気味の顔で


「そんなことありませんよ。って言ったら舌打ちしながら『ダメじゃないエラーしないと』っていうんですよ。なんなんですかね?あの人、舞台監督みたいな」


と二人に言った。


宏が「友山って誰?」と樋口に聞くと「同業者」と答えると樋口はアリサに


「アイツはそんな感じだ。芸大出身だよ」


と答えた。


宏はネオンボードに少し目をやってからアリサに


「昼間は何をしているの?」と尋ねると


「学生」と答えるので


「学校は?」と聞くと「〇〇大学」と答えたので「結構いいんだね」と驚き「学部は?」と聞くとアリサは少し沈黙した後

「人間福祉」と答えた。


宏はまた驚いて少し黙った。


樋口は


「僕らよりずっといい」


と苦笑してから


「マンションの横に変な電磁波をだしてる家があるんだけどどう思う?」


と尋ねるとアリサは妙な顔をして鼻をクンクンさせてから


「おっきな電子レンジでもおいてるんですかね?」


と答えた。


またトランプをしたものの相変わらずババ抜きはびっくりするほど弱いので、樋口は半ばマジックでも見てる気になってきて


「ホントに弱いね。電波で操作されてるんじゃないの?」というと


アリサは


「友山さんもおかしいですけど樋口さんもたいがいおかしいですね」


と答えた。


樋口と宏は普通に作られた「カミカゼ」と「ソルティドッグ」を飲み終えると店を後にした。


酔い冷ましに歩きながら二人は顔を見合わせ


「我々が領域と言ってたものは実際マルチの商売圏だったり、自己啓発のロジックに利用するようなエピソードと関わる場所とか概念の事なんだろうな」


と結論づけた。

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