吉野山、七曲坂からの静かな混沌
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八月に入り、加奈子と宏は吉野に居た。
桜の季節は春だし、紅葉は秋、あじさいは梅雨から七月初め頃までだ。
特に今撮影できそうなものはないが山あいの景色は確かに良いだろう。
宏は先週マリーと会って以来、世界の淵からのハニートラップにかかったような感覚で良かれ悪かれ気分が昂りっぱなしだったので丁度いいと思った。
近鉄吉野駅前の駐車場で加奈子の運転する車から降りると、大きく背伸びし、緑の木々に覆われた周囲の山々を見渡した。
しばらく行き、ロープウェイの駅を横目に細い七曲坂に入る
加奈子は
「あれが日本で一番古いロープウェイなの」
と言った。
「そうなの?帰りに乗ろうか?」
と宏は言った。
ゴンドラは駅からは出払っていた。
坂を登ると、メイン通りがあり、その先に金峯山寺という寺がある、中にある蔵王堂は奈良では東大寺大仏殿に次ぐ規模の木造建築物で世界遺産だ。
下からは徒歩四十分位だが、ぶらぶら登山が目的なのでそこまで行くかわからない。
他に登る人もちらほらと見える。
あじさいはすっかり剪定されていて、代わりに葛のツタが草木や電柱にまとわりついていた。
夏の暑気に蒸された色々な草木の匂いが鼻をくすぐった。
「ちょっと来るの遅かったんじゃない?」
宏は言った。
加奈子は
「桜も、あじさいも紅葉も随分撮ってあるから、特にそんなに気にしないのよ」
宏は笑うと
「そうなの、ホントにちょっとした登山だね」
舗装された山道を登りヘアピン状のカーブをいくつか過ぎる、山の斜面は草木が青々と深く茂ってセミの鳴き声が響いていた。
展望台まで行くとそこから視界が開け付近の山々がよく見えた。
抜けるような青空と、綿の様に濃い雲が浮かび、本当に夏らしい光景だ。
加奈子は一眼レフのシャッターをきりながら
「麻莉から何か話は聞けたの?」
と宏に聞いた。
「人の体には微弱な電気が流れていて、考えや思いが、微弱電流として、それぞれ向けた先の土地や空気にずっと蓄積するって、考えは考えだけで、どこかに蓄積するみたいで、土地や空気とも関連する事もあるらしい。」
加奈子がうなずくと宏は
「長い時間の蓄積の中で、それらに色々センシティブな領域ができるみたいで、そこに現代の人が物理的に侵入したり、考える事で侵入したりしないかずっと電波でモニタリングして管理されてるって」
加奈子は聞き返した。
「そこに侵入したら変なことが起きるの?私達の頭の中もモニタリングされてるの?」
宏は答えた。
「そうみたいだね。」
「それってどこから発信してるのかな?全世界全部ってことでしょ?」
「うーん、なんか発信機みたいなのがあるんじゃない?あるいは衛星からとか?」
「衛星?」
「マリーはなんかどっかでデータセンターからAIが自動で管理してるみたいなイメージで言ってたけどね。」
「ふーん」
二人はそのまま、山を登り続けた。
何かに気付いた様に加奈子は目をぱちくりさせながら言った。
「それって宏くん、あんまり日本とユダヤの繋がりがどうたらこうたらとか言ってたら危ないってことなんじゃないの?」
宏は答えた。
「うん、そう思う、これが一番センシティブな領域だと思う。せっかく暗号化して封印しているのに、そこの蓋を剥がしにいってるみたいな気分になる、この手の話自体が大きな磁場を持ってると思う」
加奈子はふと若草山で宏がスマートフォンで山伏とラビの写真を開いてニヤつきながら
「ホントに似てるだろ、同じじゃないか、おまけに山伏が頭につけてる頭巾とラビが頭につけてるフィラクリティとか、偶然でこんなに似るはずない。
天狗の鼻が極端に高いのとか色が赤いのはモデルがイスラエル人とか西洋人の顔で、それを極端にデフォルメしたんだろう。
ユダヤ教の理論を背景に色々な社会統治の知識やら都市整備とか、色々体系だった知識を持っていて、敬意を持つ一方でなんか恐ろしくもあってあんなキャラクターが産まれてきたんだろう?」
と言っていた事を思いだした。
あの時確かに胸の奥の方で何か重い岩の様な物が動いて、何かがうねった様な感覚があった。
この人が奈良を極端に悪くいうのも、エビデンスを必ずとる性格なのにこの話だけは「デタラメに聞こえる様に構成されてるだけ」と言い切って信じているのは何かに対する当然の警戒かも知れないと思った。
七曲坂を登り終えると、加奈子は眼前と眼下の山並みをそれぞれカメラに収めた。
そこから黒門をくぐり、下千本エリアを金峯山寺に向けて、なだらかなになった道を歩き始めた。
道の両脇には古い商店が立ち並んで続いていた。




