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悠久ラビリンス  作者: 手乗文鳥
本章

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13/28

シャム猫とデジャヴ

-18-


その日宏は昼過ぎに目を覚ました。


昼食を買いにコンビニエンスストアに行こうと、ジーンズとポロシャツに着替え、マンションを出ると目の前のツツジの植え込みの下にきつい夏の日差しを避けるようにシャム猫がたたずんでいるのに遭遇した。


猫はエジプトの壁画の様なポーズで宏の方を見ると、マンションの玄関前の道を車道の方に走り、少し行くと宏を振り返った。


宏は変な逃げ方だなと思った。ツツジから真っすぐ行けば駐輪場に抜ける、宏を避けようとするならそれが一番いい、しかし、そちらに行かずあえて宏の前に出て、先を行くように逃げるのだ。


宏の先を歩き、様子を伺う様に振り返り、また少し行き怪訝そうに振り返る。


車道の遊歩道に出てもしばらくその状態が続き、やがて、脇の茂みに消えて行った。


コンビニでサンドイッチを買い、戻ろうとすると、ふーっと胸の辺りに高揚感の塊の様なものが突き上げてきて、空を見上げると不自然なほど速い速度で太陽が雲に隠れた。


ほぼ同時に強い風が吹きぬけ、歩道の脇の水田の緑の稲穂を揺らした。


宏は揺れる稲穂を眺めると強いデジャヴを感じた。

次にふと何とも言えず懐かしい気分でマリーを思いだした。


「これは催促だな」


と宏は思った。ネコの登場も妙だし、

自分のこの感情も自分が感じたものではなく、どこかから送り込まれて来ているもののように感じる。


一度しか会って居ないマリーに対してこんな旧知の仲の様な感覚になる事自体がやや変な気がする。


感情そのものが過剰に装飾されてるようだ。


いずれにせよ、自分は何かに巻き込まれているようで、解決するには連絡するしかないようだ。


家に戻るとメデューサの番号に連絡した。


-19-


連絡すると、老婆が電話口にでた。

マリーはいるかと尋ねると。ホテルと部屋番号を告げられ、そこに行き、フロントで部屋料金とサービス料の会計を行うよう告げられた。


電話を切ると宏はふとしばらく髪を切ってなかった事を思い出した。


理髪店に行きカットを終えると既に夕方になっていた。

マンションを出て目的地近くの駅に着いた時にはすっかり日は暮れていた。


奈良にいた時に宏にまとわりついていた真綿のようにもっさりした空気は消え。


湿度の高い、据えたような重さのある大阪の空気が宏を包んだ。

宏は鼻を鳴らすと少し現実感を取り戻したような気になり、目的地に向け歩きだした。


周辺は完全に街から外れた地域の海沿いで、倉庫と工場の広い敷地が四角く道路で区切られたような所だった。


化学薬品やビニールの焦げた様な匂いが時折鼻をつき、排気ガスを巻き上げた大型のトレーラーが時折行き交う。


プレス機の音、厚い金属を切断する音、それが床に置かれた時の衝突音などが近くから、時に遠くから残響をともなって聞こえてくる。


オレンジ色の街灯が宏の行く歩道を照らす。


ほとんど人に出会う事がなく。

遠く海沿いに高速と車が行き交うのが見える。

オレンジ色の灯の灯るナトリウムランプが規則的な幅で立ち並んでいる。


殺風景で開放的で平穏な湾岸地帯。

高いコンクリートの壁の脇の歩道を歩くと壁には所々スプレーでの乱雑な落書きがあった。


時折、宏は視線を感じた。


道路下の橋脚の影からなにかがこちらを見ている様な気がする。

よく見るとひどくおどろおどろしく目を剥いた河童だった。


しばらく歩きまた、次の橋脚を通り過ぎるとまた影から同じ河童がこちらを見ている。


宏は不思議に思い目をこすった。

すると、河童は見えなくなった。

しかし、またしばらくし、暗い方を見ると河童が浮かぶ、また、目をこすると消える。

チカチカとスライドを切り替えているような印象のある電気的な幻影だった。


宏は事態は解決どころか一段深く進行しているのではないかという気がしてきた。


そのまま、しばらく行くと墓地の向こうに1976年が真空保存されたような、ピンクのネオンが光る古びたホテルがあった。


「あそこかな?」


宏は御影石が左右に立ち並ぶ墓の中の歩道を通り抜けるとホテルに入った。


厚いカーテン越しのフロントで全ての料金を支払うと部屋に向かった。

途中で他の客と出会った。

男は少し驚き、女は少し顔を伏せた。

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