第7話 緋色世界
「――――」
蒼はチラチラとあやめを観察がてら見ていたが、その度に彼女と目が合った。
今までそんなことはなかったはずだ。一瞬気のせいだと思っていた蒼だったが、何故かあやめはずっと自分のことを見ている気がした。
何度も、何度も目が合った。
「おい、さっきからあやめちゃんばっかり見てるけど。まさかお前もか?」
「ちげーよ」
「そんな事言っちゃってぇ〜? 本当は気になってるくせに〜」
「だからちげーってば」
別に隆太のように、彼女に対して恋心を持っていることは絶対にない。《《気になっている》》というのはあながち間違いではないが。ただ、視線が合うことが気になって仕方ないだけなのだ。
「――――」
(何だよ……。昨日はあれだけ迫ってきたくせに)
あやめはまた窓の外へと顔を向けた。何を訴えかけているのか、それとも何か意図があってこっちを見ているのかよく分からなかった。
蒼は微かに首を傾げ、再びスマホを見つめた。SNSを開いて見てみるも、今日は特別面白い話題がない。
「――――今日は何もない日だな……」
ボソッと小声でそう呟き、退屈そうにする蒼だった。
◇◇◇
この後も何か面白いことが起こるのかと期待していた蒼だったが、気づけばあっという間に退屈な一日が過ぎた。
事件があったとか、誰かがドジをやらかしたとか――――そんな異常なことが起こるわけがなく、無事に平穏な一日が終わった。
「――――つまらん」
「どうした急に。俺のギャグがそんなにつまらなかったか?」
「お前のギャグはいつもつまらんから安心しろ」
「おお、これは随分と棘がある言葉ですなぁ」
机に顔を埋めながら嘆く蒼。独り言が聞こえた隆太はちょっとボケてみたが、あっさりと無表情で突っ込まれてしまった。
「蒼、帰ろうぜぇ」
「ああ、そうだな」
やる気のない声で下校を促す隆太。蒼も堕落した体を起き上がらせると、机の横にかかったバッグを手に持ち、そして肩にかけた。
教室を出る直前、蒼はちらっと窓側を見た。彼の視線の先には、あやめがいる机と椅子があった。気づかないうちに、もぬけの殻になっている。
(また今日も化け物と戦っているんだろうか)
一瞬頭の中に昨日のことが蘇ったが、あまり思い出したくないため頭を横に振った。
もうあんなことに巻き込まれたくない、そして二度と死に直面するような思いをしたくなかった。
「おーい、蒼。どうした?」
「いや、何も無い。帰ろうぜ」
余計なことを考えても無駄だと感じた蒼は、隆太の声掛けに応じてさっさと教室を後にした。
隆太の自宅は蒼の自宅の反対方面にある。そのため、国道にぶつかったところで2人は逆方向で帰宅することになる。
とはいえ、高校から国道まではそれなりの距離がある。2人はのんびりと歩きながら、仲良く会話を交わす。
「いやぁ〜、今日のあやめちゃん良かったな〜」
「またその話か⋯⋯」
「良いじゃんかよ〜。だって俺にとってあやめちゃんは天使なんだからよ!」
「はいはい」
隆太は胸の前で合掌し、神を拝むかのような顔をする。
一方で、本日何度もあやめのことを聞かされている蒼はもう飽きてしまい、気だるそうな返事をした。彼の目線は隆太ではなく、夕空だった。
「――――?」
「ん? どうした蒼」
「いや、誰かに見られているような気がしたんだけど⋯⋯気のせいか」
「何だよ〜。怖いこと言うなって」
「いや、気のせいだから今のは無しで」
蒼はそう誤魔化したが、実際にはまだ視線が気になる。誰もいないはずなのに、ずっと誰かに見られている気がした。
またあの時みたいに『成らざる者』が現れるのだろうかと警戒した蒼は、自然と目に力が入った。
彼が一番恐れていたのは、隣で優雅に話している隆太だった。自分だけがやられてしまうならまだしも、全く関係のない隆太まで巻き込む事態になってしまったら⋯⋯。蒼はそう考えただけでぞっとした。
「んお、蒼大丈夫か? 具合悪そうな顔してるけど」
「あ、ああ。大丈夫だ。俺はいつも通りだぞ」
「そ、そうか。なら良いんだけど」
隆太はいつもと様子がおかしいことに気づき、険しい顔をしている蒼に声をかけたが、蒼は心配をかけまいと否定する。
隆太は少しだけ首をひねったが、改めて蒼の様子を見ると、普段通りに戻っていたため深堀りはしなかった。
「そうだ、今日良かったら一緒にゲームやらね?」
「おっ、良いじゃん。やろうやろう! 何時から始める?」
「じゃあ8時くらいからやろうか」
「了解!」
話題を変えて、隆太は蒼に今後の話をした。2人ともゲーム、特に銃撃戦のゲームを得意としていることもあり、頻繁にオンラインでやっている。実力は確かで、2人共に最高ランクに属しているのである。
同じ実力ではあるものの、彼らの戦略法は全く違う。それが逆に良いバランスを保ち、高い勝利数を獲得しているのだ。
そんなお互いをリスペクトし合っている人物と、一緒にプレイ出来ることは楽しみで仕方がなかった。
「さーて、今日は一体どんな強いやつが――――」
「――――来た」
「えっ」
強い相手が来ることに期待していることを隆太に伝えようとした瞬間、耳元で誰かに囁かれる声が聴こえた。それを聞いた蒼は顔を上げると、辺り一面は薄暗い緋色の世界へと変わっていた。
蒼はこの景色に既視感が湧いた。そう、ここは別次元の世界だとすぐに理解した。そして目の前には――――やはりあの人物がいた。
「あやめ」
「何であなたのところばかり発生するのかしらね」
「それは俺が聞きたいよ! 俺がやりたくてやってるわけじゃないからな!」
「うるさい! とにかくそこの横にいるお友達を早くどかしなさい。壊れてしまう!」
「えっ⋯⋯。うわっ、隆太!」
あやめに言われて横を見ると、そこには時が止まってロボットのように動かなくなってしまった隆太が居た。
別次元と言っても、この『緋色世界』は現実世界の時を止まらせたかのような場所に過ぎない。そのため、その場に居た人間も時が止まった状態で立っているのである。
今から戦闘が始まると、この周辺は戦場と化す。『壊れてしまう』という言葉に蒼は恐ろしい感情になり、慌てて隆太を抱えてなるべく安全な場所に移動させた。
「――――」
一方であやめは、なかなか出現しない『成らざる者』に警戒をする。普段なら『緋色世界』が出現した瞬間に現れるものだが、今回はそうではない。何か嫌な予感がすると、あやめはそう感じ取った。
紫雷を纏った刀を両手に持ち、いつ現れるか分からない敵が来ても大丈夫なよう身構えた。