表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫雷刀使いのアヤメ  作者: うまチャン
第一章 もうひとつの世界
7/8

第6話 次の日

ブー、ブー!


 微かに聞こえる振動音で、蒼はゆっくりと身体を動かした。右手で振動音の元を探る。そして、硬くて四角い物体が触れた瞬間それを掴む。

 画面を起動させると、アラームを停止させるボタンを押した。


「――――」


 蒼はスマートフォンを掴んだまま、頭だけを浮かせて目の前の壁の一点を見つめる。今日は珍しく、やけに目覚めが悪い。

 普段ならスッキリと起き、そして着替えが終わればすぐに妹の羽美の部屋に行って起こす。

 しかし、今日は何故かそんな気がすぐに起きなかった。


「――――起きなきゃ」


 虚ろになりながら、蒼はなかなか動こうとしない身体を無理やり動かした。身体を起こしてベットから立ち上がった。

 ふらふらと安定しない足で歩き、そして着替え始めた。


「おーい、羽美ー」


 着替えが終わった蒼は、次は羽美を起こしに行く。しかし、普段よりも覇気がない。羽美の身体を揺らすこともなく、ただ呼びかけただけだった。それだけでは、羽美は目を覚ますわけがない。


「おーい。起きろー」


「うーん……」


 仕方なく、蒼は倦怠感のある身体を何とか動かして、羽美の身体を揺らす。ようやく、羽美は目を覚ました。


「う、ん……。あっ、蒼おはよぉ」


「おはよう」


「ん、あれ? 蒼?」


 普段ならもっと威勢良く起こしてくれるはずなのに、今日はやけにあっさりとしている。蒼はさっさと部屋の外に出て行ってしまった。


(今日の蒼、なんかちょっと変)


 さすが妹というべきか、兄の異変にはすぐに気づいた。いつもとは違う一日の始まりは、彼女の目をすぐに覚ました。

 今、部屋の中は羽美一人だけ。今日は珍しく、自ら身体を起こすと早速着替えを始めたのであった。






◇◇◇






「蒼、気をつけてね」


「ああ」


 いつもより不安そうな声で蒼を見送る羽美。何が原因か分からないため、何も出来ない彼女はそう声をかけることしか出来なかった。

 そんな羽美に見送られながら、蒼は溜め息に近い返事をすると、小野高校へと向かい始めた。


「――――」


 いつもより明らかに足取りが重い、寝不足というのはこんなにも身体に影響をもたらすのかと感じた。しかし、彼の頭の中は無意識に、昨夜からずっとフル回転していた。

 昨日に突然現れた『緋色世界』という別次元の世界。そこに現れた溶けたような姿の化け物、そしてそれを討伐した少女、藤原 あやめ。

 情報量が多すぎて今も理解出来ていないことが多い中、真っ先に思い浮かんだのはやはりあやめだった。

 まるで戦乙女というべきか、あの後ろ姿は勇ましさがあった。

 和を感じさせる装束。何よりも一番印象深かったのは、稲妻が走るあの長剣。

見た目から日本刀であろう。

 そして最後に見せた、彼女が自分に放ったあの目。睨みつけるあの顔は、普段のあやめには全く想像つかないものだった。

 あれが本当のあやめの姿なのだろうか、はたまた――――。


(――――分からないな)


 今の状態の蒼には、そこまで深く考えることは出来なかった。ただ、あやめの姿がずっと頭から離れない。

 だからと言って、彼女に対して恋愛感情があるのかと言われると、それは全くない。

 しかし、とにかく頭から離れようとしてくれないのだ。


「はあ、今日の俺はどうしちゃったんだ……」


 蒼は小声でそう呟きながら、重たい足を動かして学校を目指していく。小野市は比較的平坦な土地であるが、通学路には見た目では分からないほどの若干の勾配がある。その勾配ですら、今日の蒼にとっては急な坂を登っているような気分だった。


「はあ、はあ……。つ、着いた」


 やっとの思いで学校の校門に到着した蒼。最後の力を振り絞るように、教室へと向かっていった。

 1年生の教室はすべて3階になっているため、階段を登らなければならない。10段強ある階段を計6回登り、やっと1年生の教室が集う3階へ到着した。

 急いで自分のクラス、4組へ向かった。

 4組の教室の中に入ると、周りはいつも通り活気に満ち溢れている。すっかり疲れ切ってしまった蒼は、自分の机に着くとドカッと勢い良く座った。一瞬だけぼーっとしていると……。


「よ、蒼」


 横から自分を呼ぶ声が聞こえた。右隣を見ると、右手を小さく振る男子高生がいた。


隆太りゅうた、おはよう」


 彼は田中たなか 隆太りゅうた。蒼の席の右隣にいるクラスメイトである。


「ん? 何か今日は随分とやつれてないか?」


「はは……。実は昨日から全然寝れてないんだ」


「ほーん。お前まさかエロいの見た?」


「見てねぇよ」


「嘘つけよ〜」


 ニヤニヤとしながら蒼はからかう隆太。こうして仲良くなったのは最近のことだが、趣味が一緒だったこともあり、案外頻繁に話すようになったのである。

 まだまだクラスメイトと話せていない人が多い中、隆太は貴重な友人の一人である。


「そう言えばさ……」


 すると隆太は、蒼に耳打ちをした。蒼もよく聞き取れるように隆太に耳を傾ける。


「今日はあやめちゃん来てるぞ」


「――――!」


 そう言われ、蒼は反対側へと視線を移す。教室の一番窓側、そしてその列からちょうど真ん中には、昨日は欠席していたあやめがそこにいた。

 相変わらず一人で窓辺をずっと見ている。


「あやめちゃん、可愛いなぁ」


「今のお前の顔キモいぞ」


「え〜? 本人にバレなきゃ良いんだよ。うん、今日も良いなぁ。へへっ……」


「――――」


 実は隆太も隠れ親衛隊の一人。だが彼の場合、親目線に可愛がるというよりも恋に近い感情を持っている。彼曰く、あの小さくて可愛らしくて静かな姿が刺さったようだ。

 ニヤニヤした顔であやめを見る隆太に、蒼は呆れた顔をした。朝会うたびにこの話題を振ってくるため、聞き飽きてしまったのである。

 メロメロになっている隆太を放って置いて、蒼はもう一度あやめを見た。


(でもまあ……可愛い顔はしているよなぁ)


 高校生とは思えないほど幼い見た目をしているあやめだが、美少女の部類に入る顔の持ち主であるのは事実。

 校内でランキング投票をすれば、間違いなくトップ3には入ってくるだろう。いや、晴れて1位になるかもしれない。

 あやめが真顔で表彰台の一番上に立って、賞状を手に持っている光景が頭に思い浮かんだ。


「――――」


「――――っ!」


 そんな事を考えていると、いきなり蒼とあやめの目線がバッチリと合った。じっと見つめてくるあやめに、蒼は思わずビクリと身体を少しだけ跳ね上がらせた。普通ならどちらかが目を逸らせてもおかしくない。しかし、お互いに目を離さなかった。


(な、何だ……?)


 何故かあやめから目を離せない。明確な理由は全くない。ただ、あやめの虜になってしまったかのような感覚だった。

 あやめはしばらく目を合わせたままにしていると、ゆっくりとまた窓辺の方へ顔を向けた。


「な、なあ見たか蒼! 今、俺達と目が合ったよな! やべぇ! これは始まりの予感!?」


「何言ってんだか。たまたまだろ」


 と、蒼は興奮気味の隆太にそう言い聞かせた。そう、たまたま目線が合っただけだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ