第5話 藤原 あやめ
一瞬にして元の状態に戻ったことを何とか把握できた蒼は、ゆっくりとその場から立ち上がった。
(本当にあの藤原 あやめ、なのか……?)
目の前にいる身長の小さい少女は、上げていた腕をゆっくりと落とした。気づけば髪色は黒色に変わり、服装も蒼が通う高校と同じ制服になっていた。
小野高等学校の制服は、周辺に点在する高校で唯一、学ランとセーラー服を採用している学校である。
ちなみにその他の学校はブレザー制服を採用している。
そのため、『セーラー服=小野高校の生徒』と自然と結びつけることが出来るのである。
でも、本当にあの藤原 あやめなのか。自分と同じ高校の生徒であることは確実、そしてこの身長の小ささ、あとは――――。そう思ったタイミングで、少女は蒼の方を振り向いた。
「――――!」
顔が見えた瞬間、蒼は半信半疑から確信へと変わった。
「ほ、本当に藤原 あやめさん……?」
「うん。さっきも言ったけど、わたしは藤原 あやめ。あなたと同じクラスの高校生」
改めて自己紹介をするあやめに、蒼は再び動きが止まってしまった。情報が多すぎて理解が追いつかない表情を見せる。
「まあ、混乱する理由も分かるよ。多分だけど、いきなりあっちの世界に入っちゃったんでしょ?」
「あ、ああ。気づいたら全部が赤い景色になっていて、しばらくしたらドロドロと気持ち悪い化け物みたいなのに攫われそうになって、食べられそうになって……。もう何がなんだか……」
苦笑いしながら話すあやめと、頭を抱えながら経緯を話す蒼。状況が全く分からない蒼は、とりあえず聞きたいことを聞いてみることにした。
「藤原さんは――――」
「あやめ、で良いよ。その代わり、蒼くんって呼んでも良い?」
「あ、ああ、構わない。じゃあ……あやめ、あのいきなり現れた赤い世界は何なんだ? 一体どうなっているんだ?」
「あの世界はこの世界とは別世界。《《わたしたちの間では》》『緋色世界』って呼称してる。まあ俗に言うパラレルワールドみたいな感じと思ってくれれば良いよ」
「なるほど、ヒイロセカイ、か……。じゃあもう一つ、あの化け物は一体何者なんだ?」
「あれは『成らざる者』。緋色世界ではよく見かける彷徨う魂みたいなもの」
「じゃ、じゃあ最後に。あやめは一体何者なんだ?」
「わたしは『成らざる者』を討伐する『討伐者』。緋色世界に彷徨う害悪な『成らざる者』を討伐してる」
「な、なるほど……」
全く理解出来なかった。ヒイロセカイ? ナラザルモノ? トウバツシャ? 余計に混乱する一方。
対して、あやめは冷静な表情で蒼の質問に答えた。しかし、説明はざっくりとした内容のみ。それ以上の詳細などは答えることはなかった。
「じゃあ、わたしは忙しいからこれで。じゃあね」
「ま、待ってくれよ!」
あやめはくるりと反対側に体の向きを変え、別れの挨拶を済ませて歩き始めた。蒼はすぐに彼女の足を止め、真横まで走って並んだ。
「待ってくれよ。説明を聞いても全く分からない。どういうことだ?」
「だから、さっき説明した通り。それ以上はないってこと。じゃっ」
「それじゃあ説明になってねえよ! もっと詳しく教えてくれよ!」
再び歩き始めようとするあやめに、蒼は彼女の目の前に立ち、進路を塞いだ。
すると、あやめはいきなり一歩を踏み出し、蒼の体が触れてしまいそうになるほど近づいた。
蒼はビクリと体を跳ね上がらせる。
「だから言ったでしょ。これ以上説明する必要はないって。あまりわたしを困らせないほうが良いよ。それと、わたしはまだ終わってない。忙しいから邪魔しないで」
同い年とは思えないその容姿とは裏腹に、蒼の体が硬直してしまうほど恐怖感を漂わせながら、あやめは苛ついた表情で彼を睨みながらそう言った。
そして、硬直してしまった蒼を放っておいたまま歩いて行ってしまった。
(結局、あやめが何者なのか全く分からなかったな。トウバツシャ、恐らく討伐者のことなんだろうな)
あやめが今日出くわした化け物を討伐する役割を持った人物であることは理解出来た蒼。
しかし、それはやんわりとした理解で、本質は全く理解出来ていない。結局、ほぼ全てが疑問が残ったままの状態で終わってしまった。
(――――とにかく帰ろう。今日は色んなことがありすぎた)
一気に疲れが出てきた蒼は、さっさと自宅へと向かって行った。
◇◇◇
自宅に滑り込むように入った蒼。扉を閉めた瞬間、蒼はズルズルと腰を抜かしたように座り込んだ。
「はっ、はっ……」
誰一人としていないこの家に、彼の呼吸音だけが微かに響き渡る。細切れに口から吐き出される呼吸は、かなり苦しそうである。
実際、体力に自信がある彼自身でさえ、疲れによる倦怠感が襲ってくるほどだった。
「はっ……んぐっ、はっ……!」
一気に重くなる体を何とか抗って立ち上がった。立ち上がったと同時に、力を振り絞るように息が詰まった呼吸をする。そして、ふらふらと歩きながら自室へと向かった。
トン……トン……
階段を登る音もいつもより鈍く、テンポも遅い。段々と彼の顔色も悪くなっていく。
やっとの思いで自室にたどり着いた蒼は、扉を開いた。そして、荷物を投げ飛ばすとベットに倒れ込んだ。
「――――」
顔を布団に埋め、うつ伏せになった状態の蒼は、もうこれ以上動ける気がしなかった。体全身が重く、まるで高熱にでもうなされたようだった。
体調が良くない状況の中、彼の頭の中では、先程起こった光景がフラッシュバックされる。
突然変わった緋色の世界、化け物――――そして突如として現れて化け物を討伐した少女、そして自分のクラスメイトである藤原 あやめが現れた。
普段物静かで謎が多い彼女だが、今日始めて本性を知った気がした。
武士、戦乙女のような出で立ちで、獲物を逃さず捕らえるかのようなあの眼は、いまだに彼の目に焼き付いていた。
(全く、想像できなかったな)
彼女の姿だけが何度もフラッシュバックした。討伐している姿、そして自分を睨む顔――――。
そんな光景を頭の中で何度も繰り返し、気づけば蒼は眠りについていた。
すごい良い場面なのに、完全に更新かけるのを忘れておりました⋯⋯。