第2話 朝
「う、ん……。ふわ、あ……」
カーテンから差し込む光が、蒼の目を覚ます。
スマホでアラームをかけたはずなのに、今日は珍しくアラームが鳴る前に目が覚めてしまった。
蒼はゆっくりと体を起こす。
「首痛っ。寝違えたな」
昨日の学園祭の疲れが一気に出たせいで、蒼は泥のように寝ていた。
そのせいで起き上がろうとした瞬間、首筋がピンと張ったような感覚があり、それと同時に何とも言えないもどかしい痛みが走った。
「はあ、朝から痛いのは気が萎えるやめてくれよ……」
朝から溜息を漏らし、蒼は手で首を当てながらベットから起き上がる。
そして、部屋のドアを開けると1階に降りるのではなく、右側にあるもう1つのドアの前まで来た。
蒼はノックをすると、静かにドアノブに手をかけてドアを開けた。
「――――」
ドアが開いた先には、可愛らしい部屋が現れる。
流行りのマスコットキャラクターのぬいぐるみが大量に並べられているが、丁寧に綺麗に並んでいる。
勉強机の周りも、可愛らしいものばかり。
蒼は部屋に入ると、すぐに右側に視線を向けた。
そこにはベットがあり、その上に布団に包まっている人がいる。
(全く……)
蒼は呆れた顔で、静かにベットの近くまで歩み寄る。
そして、布団が盛り上がっている場所に向かって手を伸ばした。
「おーい、朝だぞ〜」
「んん……」
蒼が肩があるらしき場所を揺さぶると、それに反応するようにもぞっと布団が動いた。
掠れた声は一瞬だけ聞こえたものの、すぐに動かなくなり静かになってしまった。
「おい、起きないと……学校遅刻するぞっ!」
蒼は布団に手をかけ、そのままバサッと剥がした。
すると、アルマジロのように小さく縮こまった身体が現れた。
そして、少しだけパジャマが開けてしまっている。
「おーい! 遅刻するぞー!」
「うーん……。朝から大声出さないでよぉ」
「大声出さないと起きない、羽美が悪い」
掠れた声で、目を擦りながら身体をゆっくりと起こし始めた。
寝癖が酷いことを教えてくれるように、彼女の自慢の長い髪はボサボサになってしまっている。
彼女は蒼の妹、若山 羽美。
今年から中学生になったばかりで、普段は元気いっぱいの少女だが、朝は滅法弱い。
目覚ましをかけても寝ぼけたままアラームを切っては起きられず、結局蒼に毎日起こされるのである。
「う、ん……。蒼〜」
「はいはい、そろそろ自分から立ってくれよ。俺は介護士じゃないぞ」
「だって立てないんだもん……」
「だから自分から起きてくれって言ってるんだよ。もう中学生だぞ?」
と言いつつも、しっかりと羽美を立たせる蒼。
羽美は蒼に腕を引っ張られるがままにベットから立ち上がるが、
「っと……。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。まだ目が覚めてないだから。おはよう、蒼」
「おはよう。さて、さっさと朝ご飯食べないと遅刻しちゃうぞ」
「えっ、もももももうこんな時間!? ははは早く着替えなきゃ!」
完全に目が覚めたようで、羽美の顔は一気に青ざめた。
そして、あまりにも慌てすぎて蒼の目の前でパジャマを脱ぎ始めたのである。
兄だからといって、年頃の女の子のお着替えシーンは流石に焦る。
「ちょっ、待て待て!」
「お、遅れちゃうよー!」
「や、やめろ羽美ー! せめて俺が居ない時に着替えてくれ!」
制御しようとしたが、効果はなし。
羽美はお構いなしに脱いでしまい、下着が露になる。
そうなる直前に、蒼は何とか羽美の部屋から脱出することが出来た。
ドアを荒々しく閉めると、ドアに寄りかかり、ズルズルと力を抜かしながら座った。
「あ、危なかった……」
羽美に後で色々と言われるところだった蒼。
彼女は朝に弱いせいもあり、どんな事をし始めるのか分からない。
寝坊して、焦った勢いで突然服を脱ぎ始めるのも珍しいことではない。
少し前にも蒼が羽美を起こそうとした際、寝坊をしてしまった焦りで突然パジャマを脱ぎだすことがあった。
年頃の女の子の素肌を見るなと幾度も言われてはいるが、こんな状況を免れない限りは無理な話である。
「はあ……。リビング行こ」
蒼は溜息をつくと、立ち上がって階段を降りてリビングへと向かった。
◇◇◇
リビングへ向かうと、テーブルにはラップで包まれたお皿が置いてあった。
蒼はそれを覗いてみると、中にサンドイッチが並んでいる。
彼の母がいつも作る、卵をマヨネーズで混ぜたものとハムのサンドイッチだ。
「――――頂きます」
蒼は皿を包んでいるラップを剥がして丸めると、早速サンドイッチを掴んで食べ始めた。
上からは羽美がバタバタと騒がしい音が響くが、蒼はそんなことも気にせず、モクモクと一人でサンドイッチを頬張る。
でも、この家では至って普通の日常的な風景だ。
「あ、蒼もう食べてる!」
「寝坊するからだぞ」
「もう、ちょっとくらい待ってくれたって良いのにぃ……」
「そうしたら俺も遅刻しちゃうだろ。俺はそんなことして怒られたくないからな」
不満そうにしながら、羽美もサンドイッチを食べ始める。
家の中は2人だけ。
しかし、リビング内は2人の会話が弾んで活気に満ち溢れている。
「あっ」
「あ、ほら。慌てて食べるから……」
羽美がサンドイッチを食べていると、ボロボロと卵が溢れてしまった。
蒼はすぐにティッシュと布巾を手に取ると、卵をティッシュで取り、残った汚れは布巾で拭いた。
「ごめんね蒼」
「気にするな。それより今は食べることに集中!」
「う、うん!」
食べ終わった蒼は片付けるために皿を手に取ってキッチンへと向かった。
羽美は必死に残りのサンドイッチを頬張った。
そしてそれほど時間がかからないうちに、羽美もキッチンへと向かう。
「ほひほうはま!(ご馳走様!)」
「まあ気持ちは分かるけど、ちゃんと食べ終わってから片付けような」
「もぐもぐ……ごくんっ! ご馳走様!」
「全く……。そんなに頬張って丸呑みして、喉詰まらしたらどうするんだ? 病院送りになるぞ?」
「ご、ごめんなさい……」
呆れる蒼と、ちょっと反省中の羽美。
そんな慌ただしい朝を迎えた2人は、急いで歯を磨き、顔を洗って自宅を出た。
『――――』