平和
「あんたは、ヌイか?」
「なぜ、私の名前を知っているのですか?」
「俺はカジン。俺はあんたの姉を知っている」
「姉を、どうして?」
「俺の兄さんはあんたの姉にたぶらかされた」
カジンはヌイを睨んで言葉を続ける。
「兄さんはあんたの姉を愛していた。何があったか言え。小屋が燃えていた。ずっと村を見張っていた。あんたが村から出ていたから後をつけた。追っていた男は誰だ?」
「あなたは姉さんの義理の弟さん?」
「弟と呼ぶな。俺はお前の姉が嫌いだ。そんなことより何が会ったのか教えろ。兄さんは無事なのか?」
「すみません」
ヌイはカジンの質問に答えることはできなかった。
カジンの兄は、ボラの話によると事故だ。しかし見殺しにしたのはボラだ。彼が薬草の場所を教えていれば、崖から落ちることもなかったかもしれない。
「ま、まさか。兄さんは死んだのか?殺されたのか?」
「ち、違います。殺されたわけでは、」
ヌイはそう言いながらも、最後まで口にできなかった。
ボラが殺したのと一緒なのだから。
「どういうことだ?何があったんだ!」
「私の姉さんが病気になって、それでその薬を得るために、あなたのお兄さんが東の森へ入って、崖から落ちて亡くなってしまったということです」
「じゃあ、なんで小屋は燃えてるんだ?兄さんの遺体は?」
「お兄さんの遺体は、私の姉の遺体と一緒に燃やされてしまいました」
「あんたの姉の遺体?死んだのか」
ヌイは頷く。
鼻がつんとして泣きたくなったが、こらえた。
「おかしいぞ。なんで事故でなくなった兄さんの遺体を燃やすんだ?だれがやった?」
「ぼ、ボラです」
「ボラ?誰だ?それは」
ボラは村長の息子だった。それを言えば、このことが村ぐるみだと思われて、村を襲うかもしれない。
そう思うとヌイは次の言葉が告げなくなった。
ボラのことは嫌いだが、村の者には恨みはない。祖父母には複雑な思いを持っているが血は繋がっていて、育ててもらった恩も忘れていない。
「話せよ。ボラというは誰だ?」
「俺だよ!」
そんな声がして、ヌイの背後から槍が飛んできた。
カジンはうまく避ける。
「俺がボラ。東の村の次期村長だ」
「きさまが、ボラか」
「お前らが殺した女は、東の前巫女だ。その身を奪うだけでに飽きたらず、殺すなど、許せん!お前らを殲滅する!」
「何を言っているんだ?あんたが燃やして殺したんだろ?俺の兄さんと一緒に!」
「言いがかりだ!やはり西のやつは狂っている!俺たちの正義を見せてやるぞ!」
ボラが仕組んだこと。
ボラが姉も、カジンの兄さんも殺したようなもの。
なのに、彼は正義を気取り、東の村人を先導しようとしている。
ヌイの怒りで目の前が真っ赤になるような錯覚に陥る。
「狂ってる!バカなことを言うな!」
叫ぶカジンの前にヌイは立った。
「ボラ。私はあなたの罪を聞きました。だから、火の精霊が怒っているのです。謝りなさい。あなたがしたことを。あなたに正義はない!」
「ヌイ!トチ狂ったか?俺はお前に何も話してないし、火の精霊にも、」
「本当ですか?」
ヌイが一歩踏み出すと、先程釜戸で一瞬高く燃え上がった炎を思い出したようで、ボラは後退した。
「ボラ様?」
ボラの背後にいた東の村人たちは、ボラの怯え具合をみて、彼への疑いを深める。
巫女は村びとにとって大切な存在だ。それを害したのがもしボラだとしたら、そんな疑惑が村人に広がる。
「ええい!」
ボラは自身の恐れを克服し、叫ぶ。
「前巫女を害したのは西のやつだ。恨みをはらすぞ。西のやつらを殺せば、火の精霊の怒りも収まるだろう!」
彼は叫びながら、ヌイに迫る。どさくさに紛れて、ヌイを殺そうとしているのだ。妻にしたい、モノにいたい気持ちは大きいが、それは自身の今の立場を考えると厳しい。巫女であるヌイにこれ以上話せるのは危険だと判断したのだ。
ヌイは必死の形相で迫ってくるボラの前から動けなかった。
「馬鹿か、あんたは!」
ぐいっと腕を引かれた後に、ヌイはカジンにかばわれていることに気が付いた。
「なぜ?」
「みたか!またしても巫女は西のやつに通じていた。もはや我らには巫女は必要ない!」
狂ったように笑うのはボラだ。
背後の村人は動かない。
「ヌイ。こいつが兄を、小屋を燃やしたんだな」
「はい。そう言ってました」
「妄言を!」
ボラはカジンへこん棒を振り下ろす。
それをカジンは受け止めた。
「どうせ、それだけじゃないんだろう!きさま!」
カジンがこん棒ごと、ボラを押し返す。
体の大きさは、子どもと大人くらいに異なる。
しかしボラは吹き飛ばされた。
ボラは地面に転がりながら、腑に落ちない顔をしていた。
「兄さんの仇をとらしてもらうぞ!」
「お前はあいつの弟か?あいつが死んだのは事故だ。その巫女の姉を救おうとしてなれない東の森へ入ったのが運のつきだったんだ。恨むなら俺じゃなくて、そいつだろ!」
「違う!貴様だ。きっと、兄さんに最後に会ったのはきさまだ。兄さんが事故に会うように細工したんだろう!」
「そんなことしていない。あいつは勝手に死んだんだ。お前の兄は間抜けだ!」
「このやろう!」
カジンは懐からナイフを取り出すと、ボラに迫った。しかし、ボラの前に村人が立ちはだかり、カジンを動きを止める。
「卑怯ものが!」
カジンが村人に飛びかかるとしたが、それをヌイは止める。背後から抱きついて。
「ボラ以外は傷つけないでください」
「で、できるか!」
二人がそうこう話している間に、ボラは立ち上がり、他の村人と一緒に逃げようとしていた。
「…西の小僧!この次覚えておけ。お前の村を滅ぼしてやる!」
「この糞!」
ボラは捨て台詞を吐くと、他の村人と一緒に再び、やってきた方向へ逃げていった。
カジンは悔し気に森を睨んでいたが、呆然としているヌイを連れて、西の村に帰る。このままヌイが東の村に帰って無事でいられるかわからなかったからだ。
初めて会った相手だが、兄の愛した女の妹であれば気を遣わずにはいられない。
西の村に連れていくが、いがみ合っている東の巫女が来たということで、歓迎ムードはまったくなかった。
それどころか、カジンのそばにいる彼女はやっかみの対象になった。
「なんで東の巫女が」
東に巫女がいるように、西の巫女もいる。
西の巫女はカジンに興味を持っており、東の巫女ヌイが邪魔でしかたなかった。
ある日、彼女は禁忌をおかす。
火でヌイを傷つけようとしたのだ。これで火の精霊は怒り、東同様火の精霊は加護を与えなくなってしまった。
そんなとき、東の村のものが攻めてきた。
精霊の加護を失った村人たちはひたすら殴り合い、殺し会った。
そんな中、ヌイは祈った。
戦いを終わらせるようにと。
願いを聞き届けた火の精霊は一瞬で戦いを終わらせる。
戦いに参加していたものを焼き殺したのだ。
ヌイはとっさに、カジンに抱きつき、彼が死ぬことはなかった。
けれども、西の村人も攻めてきた東の村人も死んでしまった。
東と西で生き残ったものは女こどもがほとんどだった。
西の村で何が起きたか知った者たちは火の精霊を恐れ、同時に「戦いを終わらせることを祈った」東の巫女ヌイを恐れた。
東と西は統合された。
新しい長は、カジン。
東の巫女に抱きつかれ、生き残った彼は、ヌイを利用してうまく東と西を治めた。
「ヌイ。あんたは、火の精霊に願ってたくさんの人を殺した。怖いやつだ」
「私はそんなことを願ってません。ただ戦いを終わらせたかっただけ」
「だが結果的に両方の村で大きな被害出た。精霊というのは怖い存在だな。だけど、俺を助けてくれてありがとう」
カジンは火の精霊を、ヌイを恐れたが、感謝もしていた。
兄が願った世界をカジンが実現できたから。
東と西が統合され、平和になったが、人から争いは消えない。
東と西は南の国を名乗るようになり、北の国を侵略し始めた。
そうして新たな争いが始まる。
大陸に平和が訪れたのは、両国が滅び、人がいなくなってからだった。




