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出立

 8月2日。


 今日は朝早く、市外にある飛行場にやってきていた。会長に、島に連れて行ってもらうためだ。


 こんなところにこんな場所があったのかと思ったが、聖園家の私有地らしい。


 キャリーケースを転がし、その土地の広さを見た姉さんが、思わず顔を引き攣らせていた。


 今日の姉さんは鍔の広い帽子にサングラスを装着し、いつもは着ないようなワンピース姿で上品に歩いていたのだが、何のつもりでこんなことしているのだろうか。


 装いから入るタイプなのだとすればセレブ感でも出したかったのだろうが、普段を知っている身からすると何の冗談かと。


 ここで失笑してしまえばいつも通りの展開なので、決して笑ったりはせず、黙ってキャリーケースを転がすだけであった。


 とは言っても、俺は魔法鞄のお陰で手荷物らしい物はない。


 小さいポーチでもあればそれで十分だったのだが、一応カムフラージュとして、衣服を数着入れただけのキャリーケースを転がしている。姉さんや会長にならこの鞄のことがバレたところで問題は無いのだが、それ以外の人間もいるため、バレないようにする必要はあるのだ。


 それ以外の人間というのは、副会長もそうだが、どちらかと言うと聖園家の人間。飛行機にも人はいるし、飛行場にも人はいるのだ。


 この飛行場は普段はイベントの会場などとして貸し出すこともあるらしいのだが、緊急時には避難所などとしても機能させるらしく、俺は世話になったこともないが、奥に見える倉庫にはそう言った備品などが入っているのだとか。


 会長が言ってた。


「おはよ~」


 使用人らしい人の案内で飛行場の奥で待つジェット機に近付くと、それを見た副会長が近付いてきた。


 会長の姿は見えなかったが、準備でも進めているのだろうか。


「乗ろ~」


「アレに乗っていくんですよね?」


「途中までね~」


「途中まで?」


 目的の島までアレに乗って一気に行くのかと思ったが、どうやら違ったらしい。途中の島までは空を、そこからは海を渡っていくのだそうだ。


 目的地には離着陸が出来るスペースが無いとのことなのでそれも致し方なしとのことだが、確かに、ずっと空の変わらぬ景色を眺め続けるよりずっといいかもしれない。


 俺と姉さんは荷物を手渡すと、機内へと乗り込んだ。


 機内はボックス席が1つに横長の席が1つという完全な少人数向けだが、その分、装飾や椅子の据わり心地などには拘ったらしい。


 奥にあるのは客人以外が待機するためのスペースと簡単な調理場。


 離陸前ということで興味本位で覗かせてもらったが、そこらの家よりいい生活ができてしまいそうな場所だ。実際ここに住み続けるとなると色々と問題も出て来ることかと思うわけだが、数日くらいならそれもまた楽しそうではある──どうだろう。一日やったら飽きるかな、俺の場合は。


「私の母の趣味でね。両親共に必要な物にはお金を惜しまないというか」


 上京してきたばかりの若者のように辺りを見回しているのが面白かったのか、少し笑いながら話しかけてきた。


 会長の父親は国家のお偉いさん、母親は一大企業の社長と、やはりというか、最初から分かっていたことではあるのだけれど、家に入ってくる金の桁が違うらしい。


 普通ならこんなもの買えたとしても維持・運用で簡単に破産しかねないと思うのだが、やはり大金持ちの家ともなるとそれすら可能にしてしまうというのか。


 だから違うのは恐らく、収入の桁というよりは規模なのだろう。


「お金は貯めるものではなく使うものだ。なんて、2人してよく言っていたよ。昔の話だけど」


「普通の人とは目線が違うんですかね」


 人は皆金持ちになることを望むが、その実、金持ちになれた後のことを何も考えていなかったりする。


 好きなものを買い、いい家に住み、高いものを食す──と、精々こういった誰でも考えつくような陳腐な想像しかできないのが我々一般庶民だ。


 それは実際に金を持ってもいない内からアレコレ思案することが虚しいからとか、実際なって見ないと現実味が湧かないとか、言い訳しようと思えば色々あるのかもしれないが、その時点で金持ちになる素質というのが、その人には無いのだろうと思う。


 欲しいものがあるから、やりたいことがあるから、それを実現するための道具として金を得るために動けるのが金持ちであり、お金を得ることそのものをゴールにしているような人間はその時点で、所詮は庶民という事でしかない。


「だろうね。経済が回ってくれないと特に困る人たちだから」


 そう言ってクスリと笑った。


 国家に仕える人間としては経済活動は活発な方がいいし、企業の社長だって自分たちがお金の動きをストップさせたら自分のところの商品が売れなくなるかもしれないのだから当然か。


「無駄な買い物はしないけど、節約したりもしない。これもその一環なんだってさ。私にはちょっと分からないけど」


 会長がこうして使えるのも、普段常に使うわけじゃないこの機体を有効活用するためか。どうせお金が流れ出るなら飛ばした方が得。そこにある金額の差異はあってないようなものなのだろう。


「ちょっとはマシな顔してるじゃない」


 誰よりも堂々と足を組んで座っていた姉さんが、グラスを片手にこちらを見て言った。


 女帝感がすごいな。


 帽子とサングラスは流石にもう外していたのか、サングラスは胸元に掛けられていた。


 グラスに注がれているのは──何だあのカラフルな飲み物は。


 ボックス席の向かい側には副会長も座っていたのだが、以前も言っていた通り、どこか姉さんに怯えているように見える──とは言っても微細なもので、よく見なければいつも通りにしか見えないのだけれど。


 そんなこんなで準備が整うと、4人と3匹は空へと旅立った。


 △▼△▼△▼△▼△


「自分で飛んだ方が早かったんじゃないの?」


 1人、情緒のカケラもないことを言う人がいる。トランプを両手で切っている姉さんだ。


 ボックス席の窓際には姉さんと会長が、俺と副会長はそれぞれその隣に座っていた。


「私飛べな~い」


「まぁ、千夏はどうしてもね」


「私もこういう力が欲しかった~」


 副会長はテーブルに顔を突っ伏して言った。


 あまりお勧めはできないとは思うが、どちらにせよ渡せるものではないのだし、言えることは無かった。


「それにしても、姉さんって飛べたっけ?」


「飛ぶ……とは違うわね。空中を走り抜けてるだけだから」


 ウニョウニョ君を用いてカードを1枚ずつ順に配りながら言う。


 俺や会長とは力の根源が違うため、羽でも生やさなければ飛べないのではとは思っていたのだが、この人は力技で空を駆けまわっていたらしい。俺と会長も細かく言えば力の根源は違うわけだが、何もあの翼で飛んでいるわけではないと言うし。


「アレ飛んでいたんじゃなかったんだね……」


「そうよ。足場を作り続けてその上を走ってるだけだから」


「ふぅん、姉さんの割に器用だね」


「割に……?」


 途端、姉さんの手が止まった。いや、ウニョウニョ君が俺の首を絞めんと伸びてきているから止まってはいないのだが。


「颯くんも学びませんねぇ」


 俺は何も言わなかった。


 余計なことを言ってしまった以上、これより先無駄なことを言えば命はない。そう思って黙っていたのだが──しかし、沈黙は肯定ともいう。


 どうやら姉さんはそちらと取ったらしく、俺の体が持ち上がり始めたところで会長に止められた。


 △▼△▼△▼△▼△


「のどかね~」


 無事島に着陸しクルーザーに乗り換えた俺達一行は、燦然と煌く青い海を渡る。


 ゆっくりと進んでいるように感じられるが、後方では大きく水飛沫が上がっていた。海は何度も見たが、船の上から見る海もまた違うな。


 リヴァイアさんの背に乗った時は速過ぎて、あまりゆっくりと景色を見たりとかはしなかったから。


「コレって釣りとかできないのかしら」


 デッキから船を見下ろす姉さんが、時折見える魚影を指さして言う。


「向こうに着けば釣りは出来たと思うよ」


 同じく隣で海を眺めていた会長。


「ふぅん。それって食べられるの?」


「そうだね…物によるけど捌けば食べられるね。バーベキューのようにもできるし」


「そんなに釣れるんですか?」


「エビとか貝とかは別で用意する必要があるけど……岩場でも魚は普通に釣れるし、船を出せば少し大きな獲物も狙えたはずだよ」


「へぇ……」


 それを聞いた姉さんはそう言うだけだったが、こちらに視線を寄越しては何かを求めている。言いたいことは分かる。また変なところで意地を張るものだなと思いながらも、その意志は汲み取ることにする。


「会長、その釣りって明日辺りに出来ます?」


「…フフッ。出来るよ。手配しておくから」


 そんな目でのやり取りに気が付いてか、会長は笑った。全く。


 俺は恥ずかしさからか、さりげなくその場を離れると、船の後方へと歩いて行き、階段付近で足を止めた。


「海は~広い~な~」


「楽しそうですね。副会長」


 船の2階から声がしたので登ってみると、副会長が歌っていた。


 鉄柵に泊まったカモメがそれに呼応するように鳴いていたので、多分合唱でもしていたのだろう。


 話しかけると歌うのをやめてしまった。綺麗な声だったから少し残念に思える。


「千夏でいいよ~」


「……冴菊先輩」


「お~。反発反発ぅ~」


 普段副会長としか呼んでいない事もあり、どうにもいきなり名前で呼ぶというのは憚られた。


「ま~、肉って言われたら魚が食べたくなるし~、やれって言われたらやりたくなくなるよね~」


 前半は何言ってるのかよくわからないけど、後半は理解できたのでそういうことにしておく。


「単に照れただけですよねぇ?」


「……うるさい」


 毛でも毟ってやろうと伸ばした手は届かなかった。明日の釣りでルアー代わりに使ってやることにしよう。海老で鯛を釣ると言うし、エルゼでなら何かいい魚が釣れるかもしれない──いや、こいつが連れてくるのは魔族か魔物ばっかりか。


「あ、そうだ~」


「…?どうしました?」


 副会長もとい冴菊先輩が不意に何かを思い出したような声を出した。


「流華。あの子また何かあったの~?」


「何か……あー、まぁ、ありましたね。魔族と戦って危険な目に遭ったみたいです。姉さんが言うには、ですけど」


「そっか~。前よりちょっと酷くなってるように見えたからさ~」


「そう……ですか?表情は前の方が暗かったですけど」


「流華はそういうところあるから~」


 家庭の仄暗い実態を知ってしまった事もあるから何とも言えない。


 だがしかし、人の家に口を出すことはできなくとも、その人個人を気にかけるのは自由だろう。


 精々、部外者以上家族未満の身分から、気にさせてもらうことにしよう。

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