幼女
「ママがいないの」
「そう……じゃ」
「颯くん……流石にそれは無いですよ」
旅行の2日前、俺は鞄の容量が無限なのをいいことに、あれやこれやと買い込んでは詰め込んで回っていた。
家の中にあるようなものでは使わないモノしかないし、必要な物をかっぱらうことはできない訳だから、入れておきたいものは自分で買いに行くことにしたのだ。お金は……天下の回り物だからな。回していこう。
もう既に、このお金の所有者はいないのだし。この国を守った報酬として考えれば、決して高くは無いのかもしれないけども、そう考えて受け取ることにする。
それはいいとして。
都合のいいことに先日制圧した拠点には食料が多く残されていたため、非常用含め、それには困っていなかった。
それでも、それ以外に何かあったら便利なものもあるだろうと、朝から街に出て色々見て回っていたのだ。キャンプ用品とか、そういった類のものを。
なんならそこらへんで持ち運びできる食事を買ってそれを入れてしまえば、いつでも出来立てのそれが食べられるのだから、全く便利なものだ。
無論、片っ端から買ってしまうと今度は金がなくなるわけだから、ちゃんと必要なものは吟味しなければならない訳だが。
まぁそれは今に至るまでの事で、今どうにかすべきは目の前にいる子供の事だ。用事を済ませたら幼児に出会ったといったところか。
この年端のいかない、いたいけで目に入れても痛くなさそうな幼女だが、どうやらママがいないらしい。ママがいないというのは家庭の事情的なアレコレではなく、ただはぐれたのだろう。
可哀そうに。
休日に迷子の親探しなんて面倒だし絶対やらない──と、以前までの俺なら言ったのかもしれないが。
「颯くん…流石にそこまで行くとマズいですよ…」
エルゼに信じられないものを見るような目を向けられてはやるしかないのだろう。こいつにこんな目を向けられるのは流石に癪だ。いいだろう、やってやろうじゃないか。人間を1人見つけるくらい、魔族を探し回らなければならないのに比べたら余裕綽々なのだから。
初めこそ交番にでも預ければいいかと思ったが、こうなったら憂さ晴らしだ。この子の親にはちゃんと見とけと文句の1つでも言ってやらねば。
俺は出来る限りの笑顔を心掛けて幼女に尋ねた。
「君の名前は?」
「名乗るときは自分からだってパパ言ってた!」
「──っ」
言葉に詰まった。どういう教育してるんだこの子の家は。俺は他家の教育方針にまで口出しするつもりはないが、それが教育云々関係なく、ただ悪影響を受けただけなのだとしたらそれは注意すべきなのだろう。
「はぁ……えっと、俺は颯。君の名前は?」
「なーちゃん!4さい!」
4歳の子供を放置してどっか行ったのか。呆れて物も言えないが、この子が悪いんじゃないと信じて手掛かりを集めていく。
「ママはどんな人なの?」
「ママはね……女の人!」
「でしょうね」
この場合のママが新宿二丁目のスナックのママとかいう意味合いでなければ、ママと呼ばれる存在はそのほとんどが女性だろう。
年齢には、少し幅があるのかもしれないが。
「言いたいことは分かりますが抑えてください、相手は子供ですよ」
だからあまり子供の相手は好きじゃないんだ。好きじゃないというか得意じゃない。子供だからというだけでこちらが出来ることが大幅に制限されてしまう。
別に殴って言うことを聞かせるとかいうワケじゃないが、大人相手であれば言うだけで理解してもらえることも、子供相手ではそうもいかない。理屈立ててそれを懇切丁寧に説明したところで、理解できるだけの知能をまだ持っていないのだ。だからどんな言葉も暖簾に腕押しというか、糠に釘というか、馬の耳に念仏というか。
姉さんも大概理不尽だが、子供の我儘ほど理不尽だとも思ってはいない。それくらい厄介なのだ、小さな子供というヤツは。
「顔とか覚えてる?」
「かお…………」
明後日の方向を見たままフリーズしてしまった。必死に思い出そうとしているのだろうが、聞きたいことはそういうことじゃない。見ればわかるのかを聞いているのだ。
聞き方が悪かったが、まぁ、分かるか。親の顔くらい。
太陽照らす暑い日差しの中をその幼女と共に歩き回り、親を探して回る。この子のよくわからない話に相槌を打ちながら、俺とエルゼは周囲にそれらしき人物がいないか見て回っていた。
しかし、この子がいつ迷子になったのかは知らないが、俺が街を散策している間には、少なくともそんな親を見た覚えはなかったのだ。
一応どこから来たのかも聞いてみたが、家から来たとしか言わなかった。そりゃそうだろう、何も山や海から来たとは思ってない。
こういう時に飼い猫とかが首輪に付けてる名札みたいなものがあればと思ってしまう。この子は人間だが、このくらいの歳の人間の知能はそれこそ犬猫と大した違いも無いと聞くし、むしろ本能で危険を回避し、帰巣本能で家に辿り着く犬猫よりも、よっぽど弱い生き物なのは確かなのだ。
だからこそ、そういった物を持たせて然るべきだと思うのだが、手掛かりになるようなものを何も持ってなかったんだよな、この子──いや、それはちょっと違うか。
「はい!お近づきのしるし!」
親を探し始める前、握りしめた右手をぐっと突き出して何かを渡そうとしてきたのだ。
受け取らないのもどうかと思って手を差し出すと、小さなその手が開かれ、黒い球体が落ちてきた。何だろうかと目を凝らすと、それはパカッと開いて俺の手のひらの上を歩き始めた。
「ダンゴムシ…」
お近づきのしるしに渡すもんじゃねぇんだけど。まぁ、だから一応ダンゴムシは持ってたな。
そんなこんなで、結局のところ、手掛かりは現状ゼロなのである。
ただこの子、迷子になってるっていうのにやけに落ち着いているというか、肝が据わっているのだろうか。きっと将来は大物になるに違いない。
「暑いな」
「あついよ~」
歩き始めて10分しか経ってはいないが、俺はもう既に逃げ出しそうになっている。
最初のうちに交番に行けばよかったのだろうか、今更そうするのは憚られるが、こうも暑いとそう思わざるを得ない。
しかし俺は親を探すことを諦めたりはしない。それをしてしまえば俺は過去の自分に負けた事になる。
未来の自分に負けるのはいいのだ、それはきっと成長だから。けど反対に過去の自分に負けようものなら退化したことになるわけで、やはりそれはよくないのではないかと。
とは言っても暑いものはやはり暑い、コンビニに逃げ込むとやや効きすぎなくらいのエアコンの風が気持ちよかった。
そこでアイスを2つ買うと、一緒に食べることに。
エルゼの分は無い。さっき俺に下衆を見るような目を向けた仕返しだ。そうでなくても、3つ買うわけにもいかなかったのだが。
因みにこの子、冷蔵ケースの上まで抱え上げてどれがいいか聞いたら、即決で一番高いものを選んでいた。値札を見て決めていたわけではないので偶然なのだろうが、やはり大物になるな、この子は。
「沁みるわぁ」
「つめたい!」
傍から見れば年の離れた兄妹が暑さを凌ぐ為にアイスを食べているようにしか見えないのだろう、誰もこちらを不審がることはなかった。
内心どこかで心配していたからこそ、それには安心した。もし俺が誘拐か何かをしているように見られて通報でもされたらどうしようかと。
別に警察くらいワケないのだが、追ってくる者全てにマジカル公務執行妨害をお見舞いするのは少しマズい。
特に俺が「来る者は殲滅。去る者は確殺」な性格なのも相まって。
その後も歩き回って一緒に探してはいたわけだが、如何せん俺がそのママとやらの顔を知らないせいで、見つかるかどうかがこの子次第になってしまっている。
マズいと思った。これでは日が暮れてしまう。
そもそもだ。それなりに時間がたっているのにも関わらずそれらしい人を見かけないどころか、警察とかが動いて探し回る気配さえ感じられない。
この子は本当にこの辺で迷子になったのか、そんな事さえ考え始めたらキリもなく。
俺が小さいときに迷子になったという話をつい先日聞いたばかりだが、この子がそんな過去の俺のように、あっちにフラフラこっちにフラフラした結果があの出会いなのだとしたら──多分もうこの子は親からかなりの距離を離れてしまっていることになりかねない。
なるほど、今生の別れか。
「諦めないでくださいよ颯くん」
「暑さで参ってるんだろうな」
「にしてもこの子…どこかで見たことあるような顔してません?」
「……そう?俺他人の顔とかあんま覚えられないから分かんないけど」
暑さに参って諦めようとしていたところに、エルゼが妙なことを言い出した。
基本的に人の顔をはっきりと覚えられない俺なので、誰と似ていると言われても分からなかったが。
しかし、エルゼが誰かに似ているというなら絞り込めるのではないか。
そう思い、探索範囲を狭めるためにも、誰と似ているのかを考える。
「なんかこう…なんて言うんでしょうねぇ?」
「知らねぇよ」
この妙に落ち着いた感じは副会長に似ているが、あの人は以前、1人っ子だと話していたような記憶がある。妹のことが嫌いでその存在を抹消しているとかであればともかく、あの人がそういうことをするとは思えないし。
「うぅん…」
「ていうかさ、そういう魔法はないの?」
人の場所を探すことはできないのかもしれないが、その人がどんな人かを特定する事くらい頑張ればできるのではないのかと、そう思って訊いてみた。
「探し人の魔法ですか…?アレ条件が面倒で、今の段階だと大雑把な情報しか得られないんですよね」
「大雑把でもないよりマシじゃない?」
「いえ、大雑把というのは酷ければ「人間」とか「日本在住」程度の情報しか出せないという意味ですよ」
「あぁ……この子が親の情報をちゃんと持ってないと難しいってことか…」
「ですが、別の方法もあります」
「例えば?」
希望が見えたと前のめりになる。
「他の家族や、もしくは家そのものの情報です」
「兄弟とかがいるかとかか…でも親の情報も持ってないのにそれ以外の情報がつかめるかな」
とりあえずやってみなければわからないと、幼女に向き直り質問を始める。
「ねぇ、兄弟姉妹とかっている?お兄ちゃんとかお姉ちゃん」
「たぶんいる!」
どうやらいるらしい。たぶんの意味は分からないが。
「どんな人かわかる?」
「かっこいい!」
「カッコイイお兄ちゃん?」
「ちがう!おねえちゃん!」
カッコイイ姉、と。カッコいいとは言ってもその内容は多岐にわたるものだと思う。振る舞いがかっこいいのか、見た目の問題なのか、色々とあるわけで。
「どんな風にカッコイイの?」
「おはながさいてるおうじさまなの!」
「颯くん…」
「うん。俺も分かったかもしれない」
誰を探しているか分かればエルゼも魔法が使える。そうと決まればだ。
俺はこの子をなるべく怪しまれないように物陰に連れ込むと──連れ込むって言い方よくないな。
変身を済ませて幼女を背負い、一気に飛んだ。
変身時に言われた言葉は、子供だから許すことにした、あくまでもこの子が子供だったから。子供じゃなかったら許してない、絶対に。
この子もやはり大空からの景色は初めてなのだろうか、もう二度とお目にかかることのないこの景色を楽しんでいるようであった。
「とりさん!」
「鳥……分かったから暴れないで!ちょっと!」
やはり小さい子供というのは御し難い。うっかり落として大惨事ということだけに気を付けて、エルゼの魔法を頼りにその場所へと向かう。
そんな中、エルゼから声がかかった。
「颯くん、魔物です!」
「は?この状況で!?」
「まぁ、向こうにはこちらの状況などありませんから……」
「この子を背負いながらは無理だしな……魔物って何?」
「ヴォルスロークですね」
「いつもの奴か」
目を凝らすと、確かにヴォルスロークがいるのが見えた。
そしてその付近にはとある人、いや、目的の人物がいた。
「……偶然、ではなさそうだな」
幼女を抱えなおすと、ヴォルスローク目掛けて急降下していった。
△▼△▼△▼△▼△
「オラァッ!!!」
あと少しで剛腕に潰され、その命を落とす羽目になっていた少女は、空から落ちてきた何かに間一髪のところで守られた。
その少女の名は如月 咲夜。
母からの電話で迷子になった妹を探し回っていたところを、突如現れた化物に襲われていた。
しかし自分を守ったその何かは、まさに自分が探していた存在と共に落ちてきたのだった。
「な、なーちゃん!?」
「おねえちゃん!」
可憐な装いの少年の手元を離れた妹は、化物には目もくれず、一目散に姉である自分の下に駆けよってきた。
咲夜は度々、自分の妹を強い子だと思うことはあったが、流石に此処までだとは思っておらず、こんな状況だというのにも関わらず苦笑した。
ただ、依然として目先の問題は解決していない。
妹を庇うように距離を取るが、この化物がその気になった時に果たして逃げきれるのだろうか。もしもの時はせめてこの子だけもと、震える手を止めて覚悟を決めた。
しかし、その心配はなかった。
彼はゆっくりとその化物に近付くと、その姿を消し、次に現れたのはその化物の頭の上。
どころか、いつの間にか化物の首はあらぬ方向へと曲げられており、けたたましい断末魔を上げると、そのまま消滅してしまった。
彼は妹に少しだけ目線を向けると、地を蹴り煙を立てながら飛び去ってしまった。
「行っちゃった…」
砂埃で閉じた目を開けると、既に彼の姿はなかった。
妹は彼が飛び去ったであろう方角へと手を振りながら、ペットボトルのスポーツドリンクを飲んでいた。
彼に買ってもらったのだろうか、この子の事だからそれ以外にもいろいろと買ってもらったのだろうかと類推する。
「それにしても…なーちゃん…無事でよかった…!」
力の抜けていく身体で妹を抱きしめる。
その時、妹の服のポケットに何かが入っていることに気が付いた。
「なにこれ……えっ………」
△▼△▼△▼△▼△
「大丈夫ですかねぇ…」
幼女を送り届けて買い出しを適当に済ませた俺は、家に帰るなり不穏なことを言い出したエルゼを睨む。
「何が?」
「正体がバレなければいいのですが…」
「小さい子供の言うことだしバレないでしょ」
あの子が今日あったことを話したとして、それを信じるやつがいるのか。如月先輩は信じるかもしれないけど、それが俺だとは結び付けられないはずだ。
そう思っていたのだが──
「そうじゃなくて……颯くん最初に名乗ってますよね?」
「あ」
──その瞬間、時間が止まったように思えた。
完全に忘れていた。名前を聞く時はまず自分からという、如月家の謎の教育方針にまんまと乗せられてポロッと言ってしまったが、大丈夫だと信じたい。
幸いにして、名乗ったのは名前だけ。
これが苗字とセットであれば特定されていた可能性があるが、大丈夫だと信じたい。
再びあの幼女に出くわしてしまうとマズいが、そうでなければあの子の記憶の中にしか俺は存在しないのだから。
親に文句を言ってやるという当初の目的は達成できなかったが、嫌がらせとしてポケットにレシートをねじ込んでおいてやった。レシートの裏にはきちんと、『ちゃんと見とけ』と書き込んでおいてやったし。
「やることがみみっちいですねぇ」
「うるさい」
「まぁ気持ちは分かりますが…」
「ちゃんとお礼が言えるから色々奢って上げてたけど…数えたらあの子1500円ほど財布から持って行ってたんだもん…」
お菓子を食べ、アイスを食べ、ジュースを飲み。
親を探しているという目的さえ彼女は途中から忘れ、目に付いたものを食べて回るようになっていたと思う。俺も俺で一緒になっていたのだからあまり強くも言えないのだけれど、出費がでかい。
最初からエルゼの魔法という手を頼ればよかったはずなのだが、迷子の親探し程度魔法を使わなくても解決可能だという常識的な考えが、そこに思考が到達するのを邪魔しているように思える。
もっと上手いやりようがあったはず。そんな考えは普段から腐るほど湧いてくるわけだが、いつまでたっても一発で最適解にたどり着けないのがもどかしい。
「まぁいいや。忘れよう。どうせバレないでしょ」
「本当ですかねぇ?」
明後日からは旅行だ。気落ちするようなことを考えても仕方ないと、忘れることにした。
その翌日、1500円に色がついて帰ってきたことで崩れ落ちることになったのだが──しかし当然そんなこと、この時の俺にはまだ知る由もなかった。




