東の山
俺はその日の夜、変身を済ませて双子山とやらへと赴いていた。
同じタイミングで姉さんと家を出て、山が見えてきたタイミングで二手に分かれた。
薄暗い森の中で作戦開始の時間を待つ。拠点は山頂に聳え立つようにして、しかしそれでいて隠されるようにして建てられていた。
なぜこんな建物がこれまでここにあり続けることができたのか、何故誰もこれに気が付かないのか、色々思うところはあったものの、エルゼ曰く「何者かの陰謀はこうして企てられるものなんですよ」とのこと。
俺は首を傾げたが、答えは変わらず。
つまりは今目の前にある事実だけがそこにあって、それにまつわる理由だとかは考えてもどうしようもないという事。これまで奴らはこうした拠点を根城としていたわけで、これまでバレなかった理由などただ単に「バレなかったから」に他ならないのだ。
「あと1分か…」
襲撃開始時刻は22時。
時間的には少し早いような気もしたが、この時間に山に入る人間がどれほどいるのかを考えればさして問題もないだろう。
どうなんだろう、登山事情とか知らないけど。
「……俺、利用されてるのかな」
「気にしてたんですか?」
「いやまぁ、ああいう風に言われると、流石に」
「気にしなくていいと思いますよ。情報をこちらに寄越したのはリラだと思いますし」
エルゼが小声で呟いた。その目は何か勘づいているようであった。
「あの白い奴が?」
「えぇ。恐らくは颯くんをここに嗾けるのが奴の目的かと。ただ……」
「ただ?」
「……何故颯くんにここを襲わせようと考えたのかが分からないんです」
「分かんないって?」
「あいつが僕に手柄を立てさせるような行動を自分から取るのかと言われれば微妙ですし……任務として協力を求めることはあっても、こういう大事な場面で僕が前に立つことを好まない性格のはずなんですよ」
「ホントに仲悪いんだな。方向性の違いか?」
「まぁ、そうですねぇ。強いて言うのならイデオロギーの違いです。……さて、時間ですね」
「お、行かないと」
木から飛び降り、闇の中を駆ける。一直線に突き進むと、門番か何かのつもりで立っていたのであろう黒服を地面に突き刺し、鉄製の扉を蹴破る。
わずか数秒の事で、衝撃と熱で、破壊された断面が赤くなっていた。
「な、何だテメ──!」
「騒ぐんじゃ……ねぇ!」
大声を上げようとした不躾君にはその場で断罪の一撃を叩き込む。入り口付近にはどうにもこの1人しかいなかったらしく、俺は付近の部屋を覗き見しながら歩き回ってみることに。
「あ、そうだ」
魔法鞄を取り出すと、魔力を込めてチャックを開ける。そこに現れるのは亜空間。
「友好の証ってことで」
部屋の中にあった金品や備蓄品などをせしめ──押収していくことにした。必要な書類などがあれば後から会長に渡せばいいし、そうでないものは俺のものとして有効活用すればいい。
「颯くん……盗賊にジョブチェンジですか……?」
「これはあれだから、証拠品の押収」
「横領では?」
「まぁ、収か領かの違いだし、そんな変わんないでしょ」
「バレたら終了ですね」
使えそうなものを片っ端から鞄に詰め込んでいくと、次の部屋に狙いを定める。何故かドアが開かないこともあるわけだが、そういう時はドアの真横に俺が通れるだけの穴を開ければ解決する。
ボロボロと崩れる壁のその向こう側で、目と目が合った。当然、俺は動く。自然、向こうも動く。
しかし。
「し、侵に──」
「せいっ!」
手刀が炸裂した。速度において、判断力において、威力において、向こうがこちらに勝る道理はない。
ドサリと、相も変わらずどこで買ったのか見当もつかないような服を着た構成員の躯が床に落ちると、それを踏みつけ部屋の奥を漁る。
「あ、財布見っけ」
「悪魔憑き相手なら何をしてもいいという話でもないと思うんですが……」
「悪さをして得た金かもしれないだろ。だから俺が一度回収して資本主義の波に戻す。悪いことは何もしてない」
「う、うぅん……僕はこれを止めるべきなのでしょうか……」
「止めたほうがいいんじゃない?止めたところでやめないけど」
財布をひっくり返すと、そこそこは入っていたがその程度であった。
その割には保存食やらはそれなりに置いてあるのが、どういう生活を送っているのかがなんとなく透けて見えてしまって何とも言えない。ま、全部貰っていくけど。
部屋を出て、部屋に入って、居合わせた目撃者には不幸な目に遭ってもらって、部屋を漁る……この繰り返しである。道中宝物庫的な部屋を見つけられたのは大きいが、大きいのはそれだけではない。
俺がこうして騒ぎをも大きくしていったからだろう、とうとうそれなりの立場に居そうなやつが出て来たのだ。
ホールのような広い空間に出た時、ロングコートの男が、少し高いところから声を掛けてきた。
「おやおや。ネズミが入り込んだと報告を受けて来てみれば、随分とかわいらしいお客さんのお出ましですね」
「あぁ?」
「颯くん、それもう何回目ですか」
誰に言われても何度言われても怒るワードというのが人間にはある。人はそれを禁句や地雷ワードと呼び、触れるのを避けるのだ。地雷を踏んだら爆発するように、虎の尾を踏めば噛みつかれるように、触れたら最後何をされても文句は言えないのである。
まぁ、、文句を言えない理由は、単に死人に口なしだからなのだが。
因みに姉さんにはそれがない。同じことを言ったとしても怒るか怒らないかは日によって、あるいは時間帯によって違う。極論、おはようと挨拶をしただけでも、タイミングいかんによっては怒る可能性がある。というのがあの人なのだ。流石にそこまで理不尽な目に遭った覚えもないが、言うなればそうなのだ。
まぁ、それはよくないがいいとして。
俺は2階、その男のいる場所を睨んだ。後ろには何人かの構成員を引き連れていて、それがこの施設内でそれなりの立ち位置にいることを示していた。こちらからすれば等しくどうでもいい情報なのだが。
「こんな場所までノコノコと強盗に来たわけでもないのでしょうが、あまり調子には乗らないことですね」
「調子に?」
覚えがなく問い返した。
「えぇ、えぇ、予想は出来ますとも。うちの戦闘員を何人か倒せたからと調子に乗っているのでしょう?」
戦闘員。それも覚えが無かった。いや、無いこともない。俺がさっきまで叩き潰していた目撃者の事を言っているのならそうなのだろうが、それだとこの組織内ではあのダサい服がもれなく戦闘服という事になりかねない。
「ですがそれもこれまで。私が手を下すまでもないでしょう」
男はそういうと後ろを振り返る。すると背後の人の群れをかき分けるようにして、1人の男が出て来た。
恰好が違った。この間の学校への襲撃者と同じく、それが強さの証なのだろう。それでもダサいことに変わりはなかったわけだが。
「お呼びでしょうか」
「えぇ、えぇ、お呼びですとも。全身全霊、文字通りの全力で以て、あのガキに実力の差というものを教えて差し上げなさい」
その男は肩を鳴らしながらロングコートの横を通り過ぎると、2階から1階へと柵を越えて飛び降りる。金属質な床がその衝撃で大きく凹んだ。
「…………」
俺を見下す大男。筋骨隆々という言葉の似合いそうな躯体をしている。
「殺してしまっても、構わないのですか」
大男は少しだけ声を張り上げると、確認するように尋ねた。
「えぇ、えぇ!お好きなように。お客様は死をお望みの様ですからね」
カツカツと、ロングコートの男だけがその場から去っていった。構成員、もとい戦闘員たちはここに残るらしく、俺と大男を中心とした闘技場を構成するようにして、その周囲を囲み始めた。
俺がそれを見回していると、男は一歩距離を詰め、名乗った。
「俺は『ブレイカー』の山崎 彰。お前を殺す物の名だ、覚えておけ」
「………………」
──ダッッッッッッッッッサ。
え、噓でしょ?ブ、ブレイカーの山崎 彰?
ブレイカー……はまだいい。『壊す者』とか『破砕者』とかそういう意味合いでつけられた二つ名なのだろうと理解できる。間違っても家の電気回路を遮断するアレではないはずだ。
ただ、そこに山崎 彰とかいう本名をくっつけるのはいくら何でも無いんではなかろうか。ナシよりのナシ、
こういう二つ名というのは名前が西洋っぽいからこそ似合うものだと俺は思う。「デスサイスのユリウス」とか、「ルナティックのアンジェリカ」とか、「ウォンテッドのジョニー」とか。最後のはなんか違うな。
そもそも日本人的な名前というのが、そういう二つ名との相性が悪いと言うだけの話なのかもしれないけど、それでもお前山崎 彰はないだろ山崎 彰は。
正直言ってセンス無い。名付けた親の顔が見てみたい。
とまぁこんな風に内心ボロクソに罵っていたわけだが、そんな風に黙っていた俺を見て、あのブレイカーの山崎 彰は人を心底馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。
「お前のような女々しい男に俺が負ける道理はない」
「あぁ?」
クツクツと、周囲からブレイカーの山崎 彰に賛同するような笑い声が聞こえた。
「この俺が直々に、お前の下らん正義感ごと破壊し──」
「スターライト・レイ」
正直言って、脊髄反射であった。気が付いたときには大男の上半身が消え去っていた。
ズサリと、下半身だけが崩れ落ちてそのまま消滅した。
悪魔憑きというのも死ぬと魔物と同じような消え方をする。この間は雷で焼け焦げてボロボロに崩れ去っただけかと思っていたが、悪魔憑きになってしまった時点で最早人間と同じ構造で生きていないのだろう。
いや、それかもしくは魔法によって死んだ者は皆こうして消滅するという話なのかも知れないが、試せもしないのでこれは分からない。
「「「「「────ッ!!」」」」」
その場には実に大勢がいたわけだが、場を支配していたのは静寂であった。
俺は周囲を見回した。戦闘員らはその場にて立ち尽くし、しかしその目は確実に俺を見据えていた。ここからどうするべきか、俺の様子を見て次の行動を伺っているのだろう。
しかし、残念ながら彼らには選択肢などない。弱者は死に方すら選べないなんてよく言うが、まさにそうなのだろうと、心から思う。
「おい忌み子共ッ!!!」
「「「「「…………」」」」」
周囲を見回しながら声を張り上げると、場がどよめいた。何かから解放されるようにして、ひそひそと声が聞こえる。俺はそれが嫌いだ、悪口言われてるんじゃないかって気がして被害妄想に耽ってしまうから。
「生まれてきたこと、今の今までのうのうと生きてきたこと、さっき俺のことを笑ったこと、全力で後悔させてやるからなァッ!」
そう叫んではみたが、俺目掛けて突撃してくるほどの馬鹿もいないようで、結局俺の方から突進を食らわせると、ボウリングのピンのように吹き飛んだ。
そしてもう一度、俺は声を張り上げた。
「全員纏めてかかって来い!」
「「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!」」」」」
そこからは暴力、暴力──否、武力。どちらにせよ、文字通りの蹂躙であった。
「死にたい奴から首を出せ!死にたくなくても死に晒せ!このぉ、カス共がァァァアアアッッ!!」




