遅効性
俺は朝から部屋で座禅とか言うのを組んでいた。足が絡まって解けなくなったとか、そう言うことはない。
まぁ、それはいいとして。
自問自答の時間だ。
怒りという感情は即効性のものか、遅効性のものか、一体どちらなのだろうか。
答えを出すのならば恐らく前者なのだろう。怒りというのはその場で抑え込めさえすれば存外ヒートアップすることをせずに収まったりするもので、確か5秒程だったか、それくらいで消えていくものらしい。
しかし、しかしだ。
だとすればおかしいことが1つあって、それが何かと問われれば、それはひとえに今俺が抱えているこの感情の事について他ならない。
「時間差ですげぇイラついてきた……」
「どうどう。どうしました?」
「いやさ、思い出したら何かムカつくことって……あるじゃん」
「あぁいえ、颯くんが何かに対して怒っていることまでは分かったんですけど」
「あの秘密結社オメガとかいう連中。あの時は一応会長の事止めたけどさ、アイツの所為で俺の努力も全部台無しにされたってこと今思い返して腹立ってきたっていうか」
会長が怒ったのも今になってみれば理解できる。ただでさえ平和を脅かすような連中が自分たちの努力まで踏みにじっていったとなれば、そりゃ心臓を一突きにしたくなるのは理解できない心情でもない。
それはそれとして止めたのはそうした方がいいと思ったからだが。
「なるほど。まぁ気持ちは分かりますが。かといってどうするんです?」
「手っ取り早い方法を取るのであれば、その連中を潰すとか」
「そういえば拠点の所在が送られてきていましたっけ。やるんですか?」
「そう。そういうこと」
そしてこの拠点とか言うのはどうやら2つはあるらしい。つまり、つまりは俺が片方を、もう片方を姉さんが潰せばいいという事なのではないだろうか。この世から同時に悪が消えるのだ。
悪魔憑きも一応は人間の様なものなのだろうが、俺はあまりそれをどうする事にも抵抗を感じられないでいる。
姉さんは助けたいと思ったし、だから助けた。かといって悪魔憑き全員をそうしようとは思わないし、本当に助けるべきは善良な市民。決して助けるべき相手を見誤ったりはしない。
それにそもそも人間に牙を向けた時点でそれはもう十分殺されるだけの理由を持っているではないか。
いや、これは自身の中にある細々とした矛盾だったりから目を背けるための、己による己の為の己の正当化なのだろう。もしかしたらそれにすらならない戯言以下の思考なのかもしれない。
だがしかし、それ以上に、湧き上がる苛立ちをどこかにぶつけなければ気が済まなくなっている自分がいた。
自分たちの学校行事を邪魔されたからか、自分の努力を不意にされたからか、会長があんな顔をしているのを目の当たりにして思うところがあったのか、それが何かはもはや、自分の中で混じり合ってしまって分からない。
それでもただ言えるのは、今後も余計なことをしでかすことが確実な連中を、場所が分かっていて潰さずに放っておく理由が無いという事だ。
「そうと決まれば……姉さーん!」
ということで姉さんに協力を求めることにしてみた。自分で2つとも潰すという事もやろうと思えばできるのだろうが、それで変に対策とか立てられても面倒だ。
姉さんに頼みごとをするというのは、どんな買い物よりも高くつきそうで後が怖いという思いもあるにはあるのだが、面倒な思いをするというのであればどちらにせよ変わらない。どうせ面倒な思いをさせられるのなら、それは姉さんによるものの方がずっとマシである。
「何よ」
部屋の戸を叩くと、胡乱げな視線をこちらに寄越しながら戸から顔を覗かせた。俺は部屋に入り込むと、そんな姉さんに事情を説明した。
「はぁ……何?カチコミかけるってこと?」
「まぁそういうこと。2つあるから1つずつどうかなって思って」
「そんなお菓子分ける感覚で言われても困るんだけど」
「どうせ煎餅砕くよりは楽に終わると思うよ」
姉さんは肩を竦ませ溜息を吐いた。
「別に協力してあげるのはいいのよ。あんたの頼みだし、それは別にいいんだけど……」
姉さんはそう言いつつも、どうにも腑に落ちないといった様子でこちらを見る。
「ねぇ、1個聞かせて欲しいんだけど」
「何?」
「それってアイツの……聖園の為?」
どう答えたものか、言葉に迷うことになった。
それもそれで間違いではない。だからそう答えればよかったのだろうが、どうにもその答えはこの場合、どんな回答よりも不正解な気がしてならないのだ。
「別にそうならそれでいいのよ。ムカつくけど。でも気に食わないのよ。あんたはそもそもこういうのに関わる必要ないでしょ?」
姉さんは言った。俺は首を傾げ、逡巡してから答えた。
「え、でも一応悪魔関連だし。無関係でもないと思うけど」
「でも警察だったか何だったかが主になって動いてるんなら、あんたがそいつらと一緒になって動く必要ってあるの?」
「それは……まぁ、無いかもだけど」
「じゃあそいつらがあんたの力を使うんなら、少なくとも向こうはそれを頼みに来なきゃいけない立場じゃないの?そんなのあったの?」
確かにリラからエルゼを通じてそう言ったことを伝えられただけで、実際にそういう要請をされたわけではなかった。
「その拠点の情報だってあんたを都合よく動かすためのものじゃないの?」
「それは……どうなんだろう」
穿った見方だ、とは言えなかった。確かにあの情報は情報として送られてきただけで、これをもとに何をどうするかといった文言があったわけでもなく、ただ位置情報が送られてきただけだったのだ。
「別にあんたがそれでいいならいいのよ。私は何も言わないし言えないから。でも、嫌ならちゃんと嫌って言いなさいよ」
返す言葉は……残念ながら見つけられなかった。思い当たることが多すぎたのだ。あまりにも、数えようものなら両手の指では足りぬほどに。
「……やめた方がいいのかな」
「いや、そんなこと言ってないでしょ。碌でもない連中なのはそうなんだろうし、私も潰してやること自体はいいと思うけど。だけど、あんたがいいように使われてるんじゃないかって思ったから言っただけ」
「それは、大丈夫。イラついてたから潰すってだけだし。大丈夫。自分の意志だから」
「ならいいけど。で?今日にでもやるの?」
「うん、早い方が楽だし」
奴らの終わりは近い。具体的に言うのなら残り12時間だ、精々生まれてきたことを後悔させてやるとしよう。
俺はその後姉さんと作戦を共有し、燃え上がる怒りに薪をくべるのだった。




