魚人
「どうしたんですか」
「それがね~?なんか変な人がいるっていうか~」
「自己紹介ですか?切りますよもう」
「あ、待って待って。違うから~」
文字でやり取りするのも鬱陶しそうだったのでそのまま電話を掛けた。しかし電話越しでもやはり鬱陶しそうだったので切ろうとすると、慌てて本題に入り始めた。
「なんか頭が魚の人がいるんだけど~」
「は?」
「頭が魚の人~」
副会長が何を言っているのか分からなかった。また揶揄われているのかと思ったが、声色自体は至って真面目だった。だが状況がいまいち想像しきれなかった。
頭が魚となると人魚ではないと思う。あっちは下半身が魚だったはずだし。
とすれば自ずと考え付くのは魚人って奴になる。もしくは半魚人。まぁ呼び方なんて言うのはこの際どうだっていいのだろうが、つまりはそういう、上半身が魚、あるいは魚の身体に人間の手足がくっついたようなの奴の事だ。
恐らく副会長の目の前にいるのは魔族だろう。そうでなければ魚類専門の学者か生粋のド変態かもしれないが、それも無いだろう。
頼むからそうであってくれ。魔族の相手だけでもうんざりしているのに人間の変態なんか相手していられない。
けど吞気に電話ができる辺りあまり緊迫した状況下でもないらしい。
「そいつ今なにしてるんですか?」
「えっとね~…。浜辺に座って歌ってる~」
「え?それだけですか?」
「あ」
「どうしました?」
「踊り出した~。結構上手~」
結構余裕ありそうだな。放っておいてもいいんじゃないだろうか。
浜辺にいる魚人ならどこぞの研究機関にでも見つからない限りは平和に生涯を終えられそうだし、何かしでかすつもりでもないのならこちらから手を出す必要性も感じられなかった。
そういうわけで電話を切ろうとしたのだが、ふと気になったことを聞いてみる。
「その魚の頭、何の魚ですか?」
尋ねると、少し間をおいてから声がした。
「えっと…鮫?」
前言撤回。今すぐ行かないといけなくなってしまった。
△▼△▼△▼△▼△
俺は副会長のいる海辺まで超速で飛んで向かっていた。
今は浜辺で踊っているだけだという話だが、そのうち周りの人たちを踊り食いしたりしかねない。
副会長曰くあまり人の寄り付かない所にいるのをたまたま見つけたとのことだが、副会長が行けたと言う事は他の人も当然行こうと思えば行けてしまうわけで。
あの人には遠くから見守ってもらいつつ、何かあれば連絡するよう伝えて彼女のもとへ向かうことにしたのだ。
何故ここで連絡を寄越すのが会長ではなく俺なのかとも思ったが、会長は忙しそうだしな。
それを知っていたから暇そうな俺の方にしたと。なるほど、鮫のついでに副会長も纏めて海の藻屑にしてやるか。
「暇で暇で暇で暇で暇で暇でしょうがなかった暇人の俺が到着しましたよと」
「凄い根に持つじゃないですか」
「俺は大人になっても根無し草のような生き方はしないと決めてるから、致し方なし」
言われた場所に着くと、そこは夏休みに入っているということもあり多くの人で溢れ返っていた。
副会長はこんなところに何をしに来たのだと思ったが、あの人にも友達くらいいるか。
……いるのかな?いるか。いるよな。
「こっちか?」
副会長にどこにいるか聞くと、左手に見える森の中に入ってしばらく進んで行けば多分たどり着くとだけ言われた。
海で遊んでる途中で何してるのホントに。自由人というか行動が読めないというか。
呆れながら木々をかき分け進んでいくと、ガサガサと風に揺られた葉が音を鳴らす。
誰も普段入らないからだろう、雑草やらなんやらが伸びきっていて、足元がよく見えていない。
「長ズボンでよかったな…」
夏だからと小学生の頃の様に半ズボンで出てくれば、この雑草に足をやられていたに違いない。
エルゼはいつもより少し高めに飛んでいるが、垂れた枝葉を躱しては真下に伸びた草に当たっている。
「間抜け」
「何ですかいきなり!あ痛っ!」
「ハッ」
抗議するためこちらを向き、そのせいで木にぶつかって勢いよく落ちていく姿に思わず笑ってしまった。
そうして歩いていると、右手に森から出られそうな場所を見つけた。邪魔な草をどかして覗き込むと、副会長の言っていたであろう浜辺があった。
確かに此処ならそう簡単には人も来ないかもしれないが…むしろカップルとかが寄ってきそうではある。その、なんていうか…勤しむのにお誂え向き感あるし。
それにしても、魚人の姿がない。副会長もいない。もう食べられちゃった後とかかな。
「あ、いた」
「手招きしてますねぇ」
出る場所が悪かったせいで見えていなかったが、もう少し進んだところに副会長はいて、手招きして俺を近くに呼び寄せた。
「ほら見て、あれ~」
「ホントに魚人だ…」
副会長は噓など吐いておらず、浜辺には体育座りをして海を眺める鮫頭の珍妙な生き物がいた。
魔族かどうかは分からないが、陸上で何をしているのだろうか。奴はアレで呼吸とかできているのだろうか。
そんなことを考えていたら鮫頭がこちらを向いた。
存在感をもう少し消しておくべきだったか。
おもむろに立ち上がると、手を振りながらこちらへと近づいてくる。
食べられるのか知りたかったのでフカヒレにしてやろうと思ったのだが、副会長が意思疎通が出来るなら話してみたいと言ったこともあり様子を見てみることに。
まぁ、浜辺で歌って踊ってたくらいだしな。
鮫頭が少し距離を置いて話しかけてきた。
「どうしたんだい君たち~!」
どうしたはこっちのセリフなんだけれど。
「あの、何してんの?」
「待ってるんだ」
「待ってる?」
「ペットのシャクジローを待ってるんだ」
「何それ~」
「僕のペットのシャクジローだよ。あの子がどこか行ったきり帰ってこなくて」
「それで帰ってくるのを待ってたと」
「そうそう。というか、あの子がいないと家に帰れなくって」
「帰れない~?」
どうやら彼は泳げないらしく、ペットのシャクジローに乗って浜辺に来たはいいものの、いつの間にかどこかに行ってしまい、そのせいで帰れず浜辺に置き去りにされていたらしい。
おいおい勘弁してくれよ、何でその頭で泳げないんだよ。
どうやら魔族などではなく、リヴァイアさんと同じく昔からこの世界に棲む存在だそうだが、ハッキリ言って異物過ぎる。
陸上でも生活はできるそうだが、出来ることなら帰りたいのだそう。こちらとしても帰ってもらえないと困るのでその意志があるのは助かるのだが、彼は帰れない。
シャクジローがいれば帰れるというのだが、話を聞く限り当のシャクジローは全長40m程の巨大な鮫。
怪獣のような大きさで、そんな存在がそこらへんを泳ぎ回っていればまず間違いなく海水浴場は閉鎖されるはずだ。
しかしここにはまだ人がいる。
そこから考えられるのは……
「シャクジローだけ帰っちゃったんじゃないの?」
「そんなぁっ!あの子がいないと帰れないのに!」
「ペットの管理ができなかったせいだな」
「うおおおぉぉぉ…シャクジロー……」
「ねぇねぇ~。私からも聞いていい~?」
「な、なんだい?」
「何でさっき歌ったり踊ったりしてたの~?」
「え、あ!み、見られてたのか…!」
途端に恥ずかしそうに顔を覆う鮫頭。
シャクジローを呼び戻すための歌かと思ったら特にそういうわけでもないらしく、ただ海を眺めてたらテンション上がっただけだとのこと。
「じゃ、そういうわけで」
ステッキを刃物に変化させてにじり寄る。
「……?」
すると何かを察したのか、顔を青ざめさせた。
青ざめ…青鮫…まぁいいや。
「このまま日本で暮らしてもらうわけにもいかないし…フカヒレになってもらおうかなって」
「え…?や、やめて…!僕美味しくないよ…!」
「大丈夫大丈夫、塩コショウ振って焼いたら大体美味しいから」
「あぁ…文明人だ…!やだ…!」
砂に腰をつき、海の方へと下がっていく。
「ねぇねぇ~。私そのシャクジロー見てみたいんだけど~」
副会長が目をキラキラさせて言った。
「見たい!?見たいよね!そうだよね!」
鮫頭はそれに食いついた。あ、食いついたっていうのは物理的にじゃなくて。
「え、副会長、シャクジロー探すんですか?」
「うん、探そ~?」
「え?」
「頼むよ~。颯くぅ~ん」
断ろうとするそぶりを見せると、ニョロニョロと絡みついてきた。
何かエルゼみたいなことするなこの人。
それを見た鮫頭が、何か俺にとって良くない事を思いついたような顔をして近付いてきていたので、取り敢えず引き受けることにした。
ただ海の中の生き物を探すというのは無茶が過ぎないだろうか。手がかりもないし、もし見つけたとして40m級の鮫をどうやって運べばいいのかもわからない。
「見つけてどうするの?」
「これで誘き寄せて来てください!」
「うわ、なにこれ?触りたくないんだけど」
差し出されたのは黒いナマコのような物体。ヌルヌルテラテラ卑猥。
なんとなく汚いというか、触りたくない。
「これはシャクジローの好物のエサ!これに目がないんだよ!」
「へぇ、そう…」
「さぁ!ほら!」
「……エルゼ」
「…ぇぇ?」
エルゼにナマコを持たせると、俺たちは巨大な鮫を探しに行くことになった。




