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魔法少年を解放しろ!  作者: アブ信者
夏休みへ
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報復

 流華は男と睨み合い、互いに相手をじっと見据えて隙を窺っている。


 凄まじい威圧感がその場を支配していた。


「来ないのか?」


 男は、剣を構えて動かないままの流華に訊いた。


 先の一回で大体の実力は把握していたからこそ、それほどの実力を持つ相手が仕掛けてこないことには、ある種の怒りを感じていた。


「そんなに早く死にたいのなら、お望み通り殺してあげるよ」


「ハッ。気に食わんな」


「何がだい?」


「貴様にはそれができるだけの力と自信があるのにも関わらず、まるでこちらの出方を窺っているように思える」


「当然だよ。いつでも殺せるんだから、タイミングだってこちら次第だろう」


 流華は劇で使用した鎧を脱ぐことさえせず、変身もしていなかった。


 しかし、その気になれば殺せるだろうというのが流華の目論見であった。それは確かに間違いではなかったが、今の流華にとっては正しくもなかった。


「……まぁ、それはいい。1つ聞こう、我々の拠点を襲撃したのは貴様で間違いないな?」


 先日の件である。流華は否定も肯定もしなかったが、その代わりに挑発で返した。


「へぇ。その仕返しにわざわざここに来るなんて、君たちの親玉もなかなかの小物だね」


「っ……かのお方を愚弄するなァッ!」


「かのお方…ね。人間が魔族に心酔して手を貸すなんて。それも人為的に悪魔憑きを量産するだなんて、恥ずかしくないのかい?」


「黙れぇぇぇぇぇぇっっ!!」


 駆け出したのは同時であった。


 果たして、先に攻撃を仕掛けたのは流華であった。


「はぁぁぁっ!!」


「くっ…!」


 左から流れた剣は男の腹を強打し、そのまま右方向へ、男と一緒に振り抜かれた。


 男は並べられた椅子をいくつも巻き込みながら吹き飛んでいくと、壁に打ち付けられた先で天井を、そして魔力の糸で締め落とされて意識を失った自身の部下達の姿を見た。


 生きているのか死んでいるのかさえ見ただけでは判別がつかなかったが、少なくとも目の前の白い鎧と、先程不意打ちを仕掛けてきた黒い鎧の他にもこれだけのことをやってのける存在がいると分かると、早くもここに来たことを後悔し始めていた。


 自身の所属するオメガでもこれと同じことができる存在がいるのかどうか。自分よりも上の、数少ない実力者の顔を思い浮かべてはかぶりを振った。


 ボスならばあるいはとも考えたが、あまりにも格が違っている。


 下位の悪魔とは言えその力を取り込み魔力を使えるようになった構成員達が、何の力も持たない普通の人間に負けるはずがない。


 それに、今回の襲撃では特に腕の立つ連中しか連れてきてはいない。今回の目的は負のエネルギーを集めるという本来の任務の他にも、自身の拠点を壊滅させられて落とすことになってしまった評価を上げ直そうというものがあった。


 構成員が敗北したとの報告を受け、ボスは自分達に対しての認識を改めようとしている。


 自分達が組織の重鎮であるため、自分たちこそがボスの役に立てる人材であると認識してもらうために必死であった。


 だからこそ、見切り発車でこんな真似をしてしまったのだ。


 不幸なのは、迂闊だったのは、颯や流華の戦力を知らなかったということだろう。


 拠点が1つ壊滅させられたのだって、あの拠点が悪魔憑きとしては落第点の雑魚ばかりの寄せ集めで、しかもそれを管理していた大神は死亡していた。そうなればこうもなるだろうというのは確かにその通りであったが、それでも警戒すべきだったのだ。


 無論、流華達の力や内情を知っていれば他の仲間への協力を仰いだのかと問われれば、それもなかったのかもしれないが。


「チッ……」


 こうなればと、男は舌打ちをし、懐から黒い球体を取り出した。それは純粋な黒というよりは、絵具を何色も混ぜることで作り出したような、濁った黒であった。


「それはなんだい?」


「これは選ばれし者にのみ与えられる至高の力、人類を超える第二の力だ!貴様は強い、なれば限界を超えた力を使う必要がある!」


「あぁ、なるほど。資料にはあったけれど、使用が許されているのは幹部クラスだけ……より上位の悪魔と適合出来た者のみに与えられるとかいうアレか」


 実物を写したものなどは存在しなかったために文字の上での情報でしかなかったわけだが、いざ実際見てみるとそれは何とも汚らしいと、流華は思った。


「その通り、その俺にここまでさせることができた事、地獄で誇ると良い!」


「全く、プライドがあるのかないのか……」


「黙れえぇっっ!!ぐっ……ガアァァァァッッッ!!!」


 その汚れ切った黒を一飲みにすると、男の身体が黒い魔力に覆われ始める。


 顔は歪み、目は赤く充血し、全身の血管が浮き出る。ただでさえ大きかったその巨躯はさらに巨大化し、もはや風貌はヴォルスロークとそう変わらない程に。


「おぉ、おぉ!これが、これがかのお方の力!」


 男がその腕を大きく薙ぎ払うと、流華との間にあった椅子が片付けられ、一直線の道が出来上がる。


 流華は跳び上がり、刃の潰れた剣を構えて距離を詰める。


「ウォォラァァァァッッ!!」


 男の腕が振り上げられ、流華を狙った。剛腕が振り下ろされ、流華の身体が吹き飛んだ。そのまま壁に叩きつけられた流華に向かって突進すると、追撃を加えた。


 巨拳による連打、壁に流華の身が埋め込まれていく。敵を打ち滅ぼすための圧倒的暴力であった。


 殺った、勝った、仕留めた。男は確信し、そして吹き飛ばされた。


「グオォォォッッ……!」


 よろめいた。何故、責めていたのは自分であったはずだと、ふと足元から水音がすることに気が付いた。


 血だ。肩から脇腹にかけて一直線に切り裂かれ、血が流れ出ていたのだ。


「何が……っ」


 男は顔を上げ、流華がいたはずの場所を睨み、目を見張った。


「なっ…!それは…っ」


 身に着けていた鎧が、纏う魔力が、放つ威圧感が、何もかもが違っていた。


 流華は待っていた、待ちに待っていたのだ。人がいなくなるのを。


 男は目の前にいる存在の危険さに改めて気が付いた。魔族であるボスとは対極に位置する聖なる力。


 もし彼が冷静であれば、この時点で一度撤退し得た情報を皆に伝えるべきであったのだろうが、暴走の影響でそのような判断能力は失われている。元より、こういった杜撰な情報共有の積み重ねが続いた結果が今回の無謀な襲撃につながっていたのだ。


 男の頭の中にあったのは、目の前にいる敵を倒さなければという、ただそれだけであった。


 両手を胸の前に構えると、全身から魔力を集める。淀んだ紫色の魔力が巨大な球に変化していく。


紫怨魔砲(グラッジ・バースト)!!」


 禍々しい巨大な光線が彼女を襲うと、流華はそれを切り裂いた。そしてそのまま黄金のように輝く光が突き進むと、魔力で覆われた男の身体を斬りつけていく。


 それはすぐさま修復されるが、それでもダメージは相当なもの。


「許さん…許さんぞおぉぉぉぉぉっっ!!」


 深手を負ったことに激昂して叫び声を上げ、魔法を連発する。しかしそれは弾き返されるばかりでやはり役には立たない。


「許さないだと…?こんな事をしておいて、自分が裁かれる側だということさえ理解していないのか?許しを請うのはそっちだろうが!」


 距離を詰めるとその巨躯を翻弄するように飛び回り、光り輝く刀身でその身を削り取っていく。


 光の尾が体育館の中を縦横無尽に飛び回り、糸の様に複雑に絡み合っていく。


「グ……ガァッ…!……グォォッ……!」


 必死にその巨大な腕を振り回して流華を捉えようとするが、全く追い付いていない。変身前ならいざ知らず、今の流華はまさしく神速で、男の反撃はまるで効果が無かった。


 運よく流華の姿を捉えられたところで、膂力で大きく負けているためにそれは悉く弾き返されてしまう。


 減っていく体力に反比例するように傷だけが増えていく、そんな状態がしばらく続き、遂に男が膝をついた。


「く……そが…っ…!」


「これでお終いにしようか。やはり私は負けない」


「流華………?」


 満足に動けなくなった男に狙いを定め剣を構える流華の、どこか物騒なセリフにリラが心配したような声を出す。そして同時に察した。流華がこの男をこの場で殺そうとしていることを。


 先程から違和感はあった。しかし、それは文化祭を台無しにされて怒っていたからこそ口にしていた言葉だと、そのようにリラは認識していた。


 リラはその目を見て、彼女が本気であるということを理解した。


 だからこそ焦った。流華の精神が不安定になっている今の状況でそんなことをすれば、まず間違いなく取り返しがつかなくなると。


「流華!待ちなさ──」


「死ね。聖なる光(アーク・ビーム)


 放たれた一撃は、魔力錠の効果が切れた男の頭を潰す。


「…………っ!」


 ──その直前で、横から放たれた魔法に弾かれた。


「あっぶな……マジで殺しに行くか…確かに劇を楽しみにしてたとは言ってたけど…」


 魔法が飛んできた方に目線を向けると、そこにいたのは何やら呟きながらこちらを目指す颯であった。


「どうして…止めたんだい?」


「まだ情報全部吐かせてないですし。殺すならその後じゃないんですか?」


「そういう問題ではないと思うんですけどねぇ…」


「…………」


 そんなことを言っていると、流華が男の心臓に剣を放った。颯が止めようと動いたところで間に合うようなスピードではなく、剣の先は確かにその胸を貫いた。


 ──はずだった。


「あ、あれ…?」


 流華は戸惑った。


 男は既に意識を失っている。だとすればこの一撃を止める術はない。しかし事実、その剣先は心臓まで到達することはなく、止まっていたのだ。


「怖気づいた……?私が……?」


 自分はまだに人を殺すことに抵抗があったのかと、そのせいで剣を止めてしまったのかと、思わず眉を顰める。


 考え込んでいると、颯が歩いてきた。


「えい、えい」


 彼は男の近くに立つと、劇用の剣で突いて動かないかを確認している。流華は何か知っていると思い尋ねてみた。少しだけ、さっきより落ち着いている自分を意識しながら。


「颯君、これはどういう…」


「あぁ、さっき友人に頼んで生徒の方にバリア的な何かを張ってもらったんです。で、それを一応コイツにも張ってもらったっていうか」


 剣で男の頭をグリグリと押しながら答え、興味を失くすと流華に向き直った。


「それは…何故だい?」


「いやまぁ…生徒会長が学校内で人殺っちゃいましたは……マズいのかなぁって思って」


「生徒会長として……か」


「それに」


「……?」


「なんとなくこうした方が良いような、そういう気がしたからです」


「そうか……」


 颯はそれ以上何も言わなかった。


 流華は拍子抜けするような心地であったが、まんざらでもない様子だった。


 その後は捕縛した構成員達を後から到着した退魔課に引き渡し、生徒たちは全員強制帰宅。


 学校をそのままに残して、夏休みに入る事になった。

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