パトロール
ロマンスの怪人の件から少し経った日曜日。颯は何をするでもなく街を出歩いていた。
いや、何をするでもなくというのは颯側の認識で、エルゼに言わせてみればこれも立派なパトロール、らしいのだが。
「はぁ…何で朝から目的もなく出歩かなきゃいけないんだ…」
溜息を吐き、項垂れた。その表情にも、その声にも、覇気や生気といったものは感じられない。
「当り前じゃないですか!事件は現場で起こるものなんですから!魔物が現れても対処できるように街のパトロールは必須です!」
「これバイト代とか出ないの?」
「出ませんよ?」
何故出ると思っているのか、とでも言いたげな表情でこちらを見るエルゼ。
見ていたら腹が立ったので、一発デコピンをお見舞いして前を向く。
「帰りたい~暑い~死ぬ~」
「魔力を得た人間がそう簡単に死ぬわけないですよ」
「…………あのさぁ、そういえばだけど、今の俺ってまだ人間なのか?」
「そういえばの意味がよく分かりませんが……どうしてです?」
「いやさ。魔法を使えて、身体能力も馬鹿みたいに上がって、俺はまだ人間の内に入るのかなって」
「なるほど。そういう意味であれば”いいえ”ですね。今の颯くんは人間ではなく”超人”です」
「やっぱそうか……」
溜息を吐く。
最近こればかりな気がして、ここ数日でどれだけの幸せが逃げているのかは数えたくない。溜息を吐くまでもなく災難に見舞われているのだから今更かもしれないが。
因みに、溜息を吐くと蚊が寄ってくる。アイツら二酸化炭素に反応して飛んでくるらしい。そうじゃなくても身体から発するそれに反応して寄って来るらしいが。
「何が嫌なんですか?いいじゃないですか、魔法ですよ?」
そう聞かれて、上手く返す言葉が見つからず、苦い顔をした。
魔法の力を手に入れたというところだけを見れば割とテンションの上がる話である。恰好がどうにかなればもっといいのだが、現状はこれが限界で、俺自身これでも限界で。なるほど、儘ならないものである。
「そうなんだけどさぁ……」
辺りを見回すと、木々が青々と茂っていた。
普段こうして散歩などすることも無い自分としてはなかなか新鮮で、目的が目的でなければ、暑さ以外はそれなりには楽しめてもいた。
そんな時、遠くの方から微かに人の声が聞こえた。
「…っ!!エルゼ、今のは!?」
「人の叫び声です!北北西58m先から聞こえてきました!急ぎましょう!」
「結構細かいんだな…」
人の多い通りからは少し離れたところにある住宅街。
そこが声の聞こえた場所だった。
「アイツ…この間の化け物…!」
そこで見たのは、エルゼと出会ったあの日に俺が殺されかけた化物だった。
だが今日はあのメイド服の女はいない。どうやらあの化物が単独でこの世界に入り込み、暴れていたらしい。叫び声はあったが、その声の主はもう逃げたのだろう。誰かがいる気配もない。
「この間はそんな状況じゃなかったので説明していませんでしたが……アイツはヴォルスロークです。魔界にはそれなりに存在する種で、まぁ、言わば雑魚です。ただ、自分より強い者に従う習性があるので、こないだのように、魔族にくっついて行動したりもします」
「あれ雑魚の分類だったんだ……人型の奴より強そうな見た目してるけど」
「今の颯くんにとっては雑魚だという話ですけどねぇ。早いところ倒してしまいましょう!」
その後は本当に人目が無いかを確認してから変身し、魔法を放って消し飛ばすだけであった。特に抵抗もなく、光に呑まれて消滅していった。
「こうしてみると呆気ないな」
「お疲れ様です。にしても…妙ですねぇ」
戦闘を終え、変身を解除して戻ると、俺を迎えたエルゼが言った。
「妙?」
「ヴォルスロークは保有する魔力量の関係で、0ではありませんが、基本自力ではこちらに来れないはずなんです」
「そもそもどういう仕組みなの?ていうか何でこっちに来れんの?今までそういうの無かったのに」
「それも分からないんですよねぇ。上が言うにはこの地球と魔界とが繋がってしまったから、という話ではあったんですが、そもそもどうやって繋げたのか。普通は無理なはずなんですが」
「無理?……でもあの最初の奴とかはゲート的なの開いてたじゃん?アレは?」
「あー……えっと、繋げるというのはそういう意味ではなくてですね。本来地球と魔界は壁のようなもので断絶されて隔離され、交わらない世界であったはずなんですよ。行き来のできない個室と個室みたいな感じです。それが何かしらの影響で、その壁にドアが付いてしまったというのが、所謂繋がった状態を指すわけです」
壁をすり抜けることは叶わなくとも、壁にドアが付いてしまえばあとはそれを開けるだけでいい、という事だろう。
「じゃああのゲートはその扉ってこと?」
「はい。魔力を使わなければ開けることもできませんし、基本的に魔界の住人しかその術を知りませんけど、そういうことになりますねぇ」
「それこっち不利過ぎない?入られ放題って」
「不利も何も、こっちから向こうに行けたところでどうしようもありませんよ?強いのはうじゃうじゃいますし、雑魚は無尽に沸いて出てきますし」
「まぁ……それもそうか」
「はい。話が逸れましたが……まぁつまり、ああも頻繫に魔物が現れるというのが少々妙で。偶々の可能性が無いわけではありませんが、それで片付けるのは少し危険かと」
「誰かについてきたやつがはぐれた…とかは?」
「なんとも言えませんが、だとすれば他の魔族がすでにこの街に現れているという事になりますし……そうですね、その線で探してみましょうか!」
「え、今から?手がかりもないのに?」
当たり前です!と顔を近づけてきたエルゼの熱量に負け、早速それらしい存在を探しに行くことに。
街や住宅街、学校方面や少し離れた山の方にも探索範囲を広げていった。途中、これでは効率が悪いということで変身して空からの探索に切り替えてだ。
しかし、結局その日一日探し回っても、町のどこにもおかしな点や被害を受けた様子というのは見当たらなかった。
そして帰宅後、新たな問題に直面していた。
「骨折り損のくたびれ儲けか~」
「一日で解決するわけもありませんしね。気長に探していきましょう!」
「お前、俺のプライベートな時間とか一切考慮してないよな…」
玄関先で靴をそろえながらそんな会話を交わす。
すると、ちょうど階段から降りてきていた姉と目が合う。
「あ!ちょっとあんた!どこ行ってたの!?」
「街の方だけど…どしたの?」
「電話!何回も掛けたのに出ないから!」
あー、と目を泳がせる。流石に空飛んでたので着信音も何も聞こえてませんでしたとは言えない。
「ま、マナーモードとかになってたんじゃない?気が付かなかった。ごめん」
「そう…なの?」
「……なんでそんな一挙手一投足を気にするの」
「だってアンタこの間から変っていうか…帰りが遅くなることが増えたり、急によく出かけるようになったり、行動パターンが変わってるから…」
この人俺の行動パターン把握してるのか。そう思うと緊張が走るし悪寒も走る。
流石に怪しまれ過ぎだろうか。
今はまだいいのかもしれないが、後を付けられたりしようものなら簡単にバレかねない。
「危ないことに巻き込まれてるとかじゃなきゃ別にいいんだけど」
「そんなんじゃないから」
そう伝えると満足はしていない様子だが、引き下がってはくれた。
「………」
それとは対照的に、エルゼが物凄い顔をして考え込んでいた。
「おい、肉団子?どうかした?」
「へ?あ、あぁいえ、何でもないです…というか肉団子じゃないです!エルゼです!」
「…?まぁいいけど」
その後は特に何もなく、ただ夜は更けていった。
△▼△▼△▼△▼△
その翌日、いつものように学校へと向かう。
「颯くん、ちょっと待ってくださいよ」
「お前は別に学校には来なくてもいいんだけどな」
「そんなこと言わないで下さいよ、僕の事見えてもいいのは現状颯くんしかいないわけですし」
「じゃあ尚更家で大人しくしておくべきじゃないのか?」
「そんな!じゃあ誰が僕のご飯を用意してくれるんですか!」
「やっぱお前もう来なくていいよ」
「嫌です!行きます~」
今日は姉が一緒ではないということもあり、エルゼとも普通に会話している。
本来であれば虚空に向かって会話を続ける異常者なのだろうが、先日説明されたとおり、エルゼと会話している状態を周囲は認識することができないらしい。
もちろん、会話の途中などでいきなり認識できなくなると問題もあるようだが、今日は1人。気にすることも無い。
「あ、そういえば颯くん、昨日の件についてですが」
今日も今日とて持ってきていたレタスを食べ終えると、昨日結局見つけることができなかった魔族についての話をし始めた。
「僕あの後この町の魔力の動きを観測していたんですけど、少し…いや、かなり気になる事がありました」
「魔力を観測?」
「はい。神経を研ぎ澄ませていって明鏡止水の状態に入ると、微弱な魔力の波みたいなものが伝わってくるんですよ。それこそ僕でもないと早々できませんが」
「あぁ、昨日なんか凄い顔してたあれか。変顔の練習じゃなかったんだな」
「そんなわけないじゃないですか。でですね、昨晩また一体ヴォルスロークが出現していました」
「は?え?なんで言わなかったの?」
「それが……すぐに消滅したからです」
「え。消滅って…どういう?」
「おそらく何者かが倒したとみるべきかと。ただ気にかかったのは、倒したであろうタイミングで一切魔力が動かなかったんです」
「魔力が動かない…魔法を使わずに倒した…とか?」
「はい、そうなりますねぇ」
「い、いや……あれを殴ってぶっ殺すっていうのは…でも銃なんか使ったらニュースになるし……えぇ……出来るの?」
「颯君ならできます。が、普通の人間には無理な芸当のハズです。だから気になってるんですけどねぇ」
普通の人間には不可能、か俺はもう普通ではないのだなというどことない疎外感と共に、俺以外にもそんな奴が、それも素で普通じゃない奴がいるのだという事に親近感を覚えた。
友達になれるかもしれない。
「まーーーた調べなきゃいけないことが増えたってこと?」
「はい!ですが探さなければならないその人間は魔力を持ちません。なので実質手掛かりゼロですね!」
「元気よく言うな。……はぁ、ヴォルスロークが現れた原因もそいつを殺せるだけの力を持った人間も、どっちも手掛かり無しか…」
「えぇ。ただ、アレに勝てるだけの人間です。よっぽど強い人であることは疑いようがありません!」
「じゃあその線で探してみるかぁ」
話しているうちに校舎が小さく見えてきて、足を速めていく。
この時はまだ少し、事の重大さを軽く見ていたのだろう。
魔物が頻繫に現れるようになった事の原因について、もっと真面目に調べていればと、ただそう思う。