文化祭
文化祭が始まった。
始まって、しまった。
それは俺にとって、始まりは始まりでも終わりの始まりであるという事に他ならない。これが終われば夏休みでしばらく間が空くのがせめてもの救いか。
クラス全体が早速と準備に取り掛かる。表に出る奴はメイクもしなければならないということで、女子たちの協力を得ながら進めていく。
俺もそのうちの1人だ。
早いうちにシフトに入り、早いうちに開放されたい。遅い方が人の入りは少ないのかもしれないが、早く忘れたいし忘れてもらいたい。クラスでの発表なんかも、一番手は嫌だが後ろの方も嫌というスタンスだ。
「御厨…アンタ意外とこういうの似合うじゃん」
「…やめて」
阿波の誉め言葉とも嘲りにも聞こえる言葉に絞り出したような弱い声で返す。こんなに声が出なくなっているとは、情けないことこの上なし。
「一番嫌がってた割に、男子の中ではかなり似合ってる方だと思うけど」
声の主はモンブラン。俯いた俺の顔を顎を撫でるようにして持ち上げた。
阿波が後ろで声にならない声を上げている。
「覚えてろよお前……!」
「えぇ。その姿の事ならいつまでも記憶に焼き付けておくわよ」
「キェェェェェッッ!!」
モンブランに飛び掛かった。我ながら煽り耐性のないことだ。
「執事服ならまだしも…」
「颯くんが執事服を着るのはいろいろと問題になりますから」
「え?何で?」
「大きな借金背負わされるかもしれないからです」
「……?」
その後少しの微調整を済ませると、開店に向けた最終準備を進めていく。慌ただしく人が動いていく。
このタイミングになると自然と覚悟が決まってくる。大丈夫、ちょっとだけ、一日中ってわけじゃないんだ。あっという間に終わるはず……
あっと言う間に……
「あっ!」
「な、何ですかいきなり。颯くんおかしくなっちゃいましたか?」
そして時間になると早速人が入ってくる。モンブランが余計な宣伝をして回ってくれたおかげで朝から盛況らしい。こうなった以上、俺の勝利条件は姉さんが来ないことだ。
だが、そう願ったからだろう。姉さんはすぐに来た。
席に着くなり、こちらを見て手招きする。
無視しようかと思ったのだが姉さんの表情は恐らくそれを許さない。否が応でも俺に対応させる気だろうと思い、大人しく席へと向かった。
「へぇ~。可愛いじゃない」
問題の姉さんだが、やっぱりというかニマニマした顔で舐めるように観察し、いつの間にか写真を撮り始めていた。やめろ、肖像権の侵害だぞ。
「侮辱として受け取っておく。で、注文は?」
「誉め言葉として受け取りなさいよ」
「誉め言葉だとすれば身に余る言葉だし、そうでないなら目に余る言葉だから」
そう言うと、姉さんはメニュー表を眺める。適当に捲り、それをぱたんと閉じた。
「うん、何か持ってきて」
「何かぁ……?納豆でいい?」
「いいわけないでしょ。じゃあ……ケーキで」
俺はそれを厨房の側に伝えると他の客の案内に回り、厨房から声がかかると出て来た品を姉さんの元へと運ぶ。セルフ式にできないかなこれ。
「はい、注文の品」
「すげないわね。奉仕しなさいよ」
適当に済ませて逃げようとした俺の腕は掴まれた。
「奉仕ならいつもしてるじゃん。パシリとして」
「パシってなんかないでしょ。そうじゃなくて、お嬢様とかそういう奴よ」
「ハッ、お嬢様……グハッ…!」
「何が言いたいのよ…!」
「お嬢様より女王様の方が似合っ……アッ……!」
「来なさい。おイタが過ぎる駄メイドにお仕置きよ」
「やめて…メイドが……冥土に…」
業報死。
他の客の案内をしなければならないということで解放され、教室の入口へと向かう。
すると、そこにいたのは会長と副会長の2人。会長は少しスッキリしたような顔をしているように思えたものの、どこかこの間とはまた違った……言うなれば危うさの様なものが窺えた。
「やぁ……颯君…だよね?」
「俺じゃない可能性を残すのやめてください」
「頑張ってるね~」
「えぇ。皆のお陰で、いやもう本当に」
「目が死んでるね~」
席に案内することになったが、面倒だったので姉さんのいる席にまとめて座らせた。
「……え?」
相性が悪いことは承知の上だが、こちらに目が向かなくなればそれでいい。
俺は2人から注文を受けると、同じように運んでいく。
「お~。オムライス~」
副会長が普段と変わらない間延びした声で言う。
「あ、そうだ~。アレやってよ~」
「ア、アレ!?」
姉さんがガタンと椅子を揺らした。見張られた眼は瞳孔が大きく開き、顔はのぼせそうなほどに紅潮していた。
「姉さんうるさい」
「…?まぁいいか。オムライスが美味しくなるやつやって~」
多分アレの事だろう。いや、アレというのは先日のアレの事ではなくてまた別のアレの事である。
そう、萌え萌えキュンとかいうアレ。
「やるわけないでしょう」
生憎と俺には黒歴史の重ね塗りをするつもりがない。絶対にやりたくない。
姉さんが便乗してやれだのなんだの言ってきてるが流石に譲れない。
隣の席でモンブランが全力の萌え萌えキュンを披露しているが俺には関係ない。聞こえてくる声の所為で、既に全身を虫唾が全力疾走しているのだ。そこに手を伸ばしたら俺は反動で死んでしまう。
「ほら、やりなさいよ」
「カメラ構えられてやるわけないでしょ。あと撮らないで。消して」
「あ、それなら私からもいいだろうか…!」
「えっ、会長もですか…?」
乗るタイプだと思ってなかったので驚いた。会長は少しもじもじし始めてから、こちらを向いて言った。
「私の家で働かないか……?」
「……はぁ!?何言ってんのよアンタは!」
「ダメだなこの席」
客はひっきりなしに入っては出てを繰り返しているが、店のコンセプト的に回転率の良いものではないため、混雑具合も最悪と言える。
教室内を見回ると、注文が決まったのか手を上げる席を見つけた。
「ご注文お決ま────間違えました~」
そこに座っていたのは文学部の部長だった。声を掛けるのをやめて踵を返そうとするが、裾を掴まれ引き戻されてしまう。
「や、来ちゃった」
「そうですか。じゃあ出口あっちにあるんで、早いとこ出て行ってください」
出口を指さし部長の背中を押す。
「そんな、今の私はただの客だよ?さ、もてなして!ほら!」
「なんで疫病神みたいな客しか来ねぇんだ…!」
俺は項垂れた。
「確か……転校生にクラスの主導権を完全に掌握され、流れるがまま為されるがままにこうなった……そんなシナリオだったかな?」
「何で経緯を把握されてるんだ……」
それ自体は確かにクラスの誰かから聞けばいいだけの話なのだろうが、何故それを把握するに至ったのか。俺は訝しんだ。
「お話の種になりそうな情報は片っ端から蒐集しないと気が済まないというかさ。それも高校で起こる出来事だなんてまさに青春じゃないか!高校生でいられるのもあとわずか、だから今のうちに集められるだけのリアルを回収して回っているんだよ」
「大学に行っても物書きでいるつもりだからですか?」
「それもある。高校生のリアルな出来事を描こうと思えば、それは高校生である今が一番効率よく集められるしね」
「それも?」
「うん。本命は……本命なんて言い方をしてもそう大したことでもないのだろうけど、私にとっては一大事でさ。夏コミで出す本のアイディアが浮かばないんだよ……!」
「漫画とか描くんですか…」
知らなかった。と思ったのも束の間、それ自体は否定された。
「いや、私が書くのはストーリーの方。絵はそっち担当の人が描くんだ。ネットで知り合った趣味の作家集団というかさ」
言うなれば小説が原作の作品を漫画家がコミカライズしたようなものという事になるのだろうか。趣味、なのかどうかを断じることもできないが、好きなものに突き抜けているのがこの櫛引 奏という人物なのだろう。
文化祭でこうして大々的に動くだけでなく、プライベートでさえもそういう風に活動ができるというのは、それはもはや熱意がどうといった話だけではなく、一種の才能なのだと思う。
「だけど助かったよ。君のお陰で何とか乗り切れそうだ」
「は?」
「君のその恥じらいを消しきれていない様子を見て今、この瞬間!私の脳内では起承転結プラスαの番外編までプロットが固まってきているんだよ!」
「いやふざけんなふざけんなふざけんな!」
「安心してよ。どうせ書いてるうちに楽しくなっていろいろ手を加えたら、結局は君と似ても似つかないキャラが生まれるだけだろうしさ」
「……止めても無駄ですか」
「無駄かどうかは置いておくとして、止めようがないというのは事実かも。そう!私の創作意欲は誰にも止められない!」
「息の根なら止められますけど。どうします?」
「おぉ、そういうキャラも行けるんだ。なるほど、ツンギレ女装メイド少年……いやしかしこの流れだと完全にR-18に……いけるかな……私はイケるんだけど……」
俺はブツブツと考えこみ始めたのを無視し、その場を離れた。
遠くからはいつの間にかいなくなった俺を呼び戻そうとする姉さんの声が、厨房からは出来上がったものを運んでくれという声が聞こえる。
色々と地獄だったが、その日のシフトは何とか無事に終えることができた。
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「やっと解放された…」
働き始めてから1時間半程だろうか、自分的にはもっと時間が経過していたようにも感じたが、何はともあれこれで終わりだ。
真や傑は今のタイミングでシフトが入っているので俺は今1人でいる。
でも俺は1人だからと何もできなくなる様な小魚ではない。群れないと何もできないイワシではないのだ。
適当に何か売ってるところにでも寄って小腹を満たそうと歩いて回る。
「確か隣って焼き鳥だっけ…」
そんな風に歩きながらでも食べられるようなものを集めていった。
「これは僕でも食べやすくていいですね!」
串に刺さった焼き鳥はエルゼでも手に持つことができたらしく、もちゃもちゃとネギマを齧っている。ハムスターが鶏食うのってどうなんだろう。食物連鎖的なアレで。
食い終わると、休憩でもできる場所はないかとそこらの教室をのぞいて回る。しかし空いている教室はなさそうだと、図書室に向かうことに。
あそこなら多分、人が多少いたとしても出し物自体はやっていないはずで、少し休むくらいなら問題もないハズ。
「……ん、またか。これいつになったら直るんだよ」
到着した俺は図書室のドアを引く。何かが内部で引っかかっているのか、このドアは毎回途中で突っかかる。一発で開かないことに内心悪態をつきながら入室すると、予想通り人はほとんどいなかった。
部屋の中心で圧倒的な存在感を放つ、ただ1人を除いては。




