奇襲
義憤、公憤。
それは道義に反すること等に対しての怒りであり、故に自分の為の怒りではないことが多い。
言ってしまえば他人の為の怒りである。家族が、友人が、見知らぬ誰かが、何かしらの不条理に晒された時に抱く怒りこそがそれである。
誰かのために怒る。
こういう言い方をすれば立派なように思えたりもする。
特に昨今のような時代であれば、それこそ他人事を自分事のように考えて行動できるような人間というのは珍しいもので、故にそう見えることもあるのだろう。
尤もこれは「誰かのために行動できる」という部分に重点を置けばの話であるのだが。
では、これは果たして正しいことなのだろうかと、そう問われたとき俺はこう返す。
「良くは無いな」
自分が義憤や公憤を全く感じないのかと言われればそれは否であるし、感じることもそれなりにあるのだろう。しかしそれでいて、どこかそれを否定している自分がいる。
それは何故か。
「誰かの為に怒ることと、誰かの為に行動することは必ずしも一緒ってわけじゃないだろ」
何が違うのか。それは簡単なことで、前者は感情、後者は行動であるという点だ。仮にその行動自体が感情から来るものだとして、確かにそこには密接な繋がりがあるように思えるし、事実そうだろう。
だがそれはつまり、自分の行動理由を他人に求めていることになる。
人の為といえば格好はつくかもしれないが、裏を返せばそれは、誰かがいなければ自分は怒る事さえ出来ないのだと、その行動の全てに於いて他人がいなければ成立しないのだと言っているも同然ではないか。
別に格好つけたいからそう言うのではなく、その行動の全ては自分の為でなければならない……いや、自分の為であるべきだ。という、俺なりの信条があるからに過ぎないのだが、やはりそう思う。
「それに、自分の行動理由を他人に求める奴は、自分の行動の責任なんかも他人に求めたりしかねないし」
「それは確かに問題か……」
「まぁ、傑みたいに自分の中の秩序を破る奴を許さない……ってのは徹頭徹尾自分の為ってことになるんだろうけどさ」
とまぁこんな風に、凡そ帰宅途中の男子高校生の会話としては深いんだか浅いんだかよく分からないテーマで話を続けるのは俺と傑であった。真は本日文学部の方から呼び出しがかかっていたため不在である。
で、なぜこんな会話をしているのかといえば、それは先刻、つい数分前のこと。
これは本当に語る程の内容もないのでパッと片付けるが、まず俺がいかにもなチンピラ共に絡まれる、だんだん苛立ってきたので1人くらいならまぁいいかなと思っていたところに丁度良く傑が登場。
そいつら全員に手早くお仕置きをして俺を救出、しかしそのせいで余計に騒ぎが大きくなりそうだったので慌てて撤収。なんやかんやそんなこんなでこういう会話に至った、という訳だ。
勿論助けてもらった事の礼を忘れる俺ではないが、それはそれ、これはこれである。
だがこの会話自体に意味はない。意味のある会話というモノが一体どのようなモノなのかもはっきりとしているわけではないが、こんな感じで平静を装って歩かなければならない訳というのが存在していた。
「まだいるよな……」
傑からは一度目線を外し、エルゼに問う。
「はい、尾けられてます」
「まだか……何なんだよマジで」
「微弱ではありますが魔力を感じます。微弱とは言ってもこの間の構成員の数十倍はありますが」
「いまいち分かんないな。この間のカスみたいな奴基準にされても」
一応会長には連絡を入れておいた方がいいだろうかと、手早くスマホを操作し場所と状況を送った。
歩いている方向としては傑から聞いた人気のない場所。相手の目的が分からない以上、そういう場所に連れ出してやる方が安全だという判断の下、あくまでも気が付かないフリをしていた。
「……颯、こっちだ」
傑が少し先に見える横道を指差して言う。
「おっけ、じゃあ──」
傑に続いてその道へと入る。そして、真上から降ってきた何かによって、傑が地面に叩きつけられたのを見た。
「傑!──ッ!」
地面からその降ってきた何者かに目線を動かす。
鼠色のパーカー。そのフードを深く被っている所為で顔はよく見えないが、魔族でもなければ魔物でもないことは分かった。
だとすればコイツは悪魔憑き、この間の奴の仲間という事になるのか。
「何だぁ?随分と手ごたえがねぇもんだなぁ。コイツじゃなかったのかぁ?」
男は徐に立ち上がると、頭を搔きながら言う。
俺は傑に目を向けた。どうやら大した怪我ではなさそうに見える。今は意識を失っているのだろう。
「まぁいいか。どっちも潰せば同じだしなぁ」
「テメェ誰だ?」
「俺ぁ大神ってんだ。ま、覚えたところで意味はねぇだろうがなぁ」
それもそうか、明日には忘れてるだろうし。
「うちの構成員がおかしなガキに叩き潰されたって聞いてここまで来てみたんだがぁ……それはお前の方だったか?」
「どうだと思う?知りたければ教えてやるよ。まぁ、知りたくなくても知ることになるだろうけど」
「はっ、なるほどな。だが俺も組織の中では高い実力を持つ自負がある。ボスには遠く及ばないが、お前みたいなガキ1人、簡単に仕留められる」
その割には傑を気絶にしか追い込めなかったわけだが、そこのところはどう説明するつもりなのだろうか。それとも気が付いていないのか?だとしたらそう勘違いしててもらった方がこちらとしては都合がいい。
「秘密結社オメガだっけ?そこのボスやってますとか言われても正直期待はできないんだよなぁ」
「なっ、何故その名前を知っている!」
「お前の馬鹿な手下がペラペラ喋ってくれたから。秘密じゃなくなっちゃったねぇ?」
彼には随分と協力的に情報の提供を行ってもらった。今は会長たちに連行された先でまた1から情報を吐いているのだろうけど、そこでもちゃんと協力的な態度でいることを願う。
「秘密結社名乗るならせめて情報の管理統制くらいはちゃんとやっとけ間抜けが」
「はっ、はは、尚の事生かしておくわけにはいかなくなったってワケか……面白い」
「……エルゼ」
「な、何ですか?」
「今の会話に笑い所あった?」
「え、いや……無いと思いますけど」
「じゃあアイツは一体何が面白いって言ってんの?」
「それ今重要な情報ですかねぇ……?」
「いや……なんか聞き逃したのかなって思って。で?アイツ自分の事強いとかアレなこと言っちゃってるけど強そう?」
「そうですねぇ……実際の戦闘というのは力だけでは測れませんが……そこだけで測るのであれば弱いですね」
「イっちゃってるのは頭の方か」
だがしかし、それならもはや変身する必要もない。
相手は魔族ではない。よって話を聞く必要性もなく、しかしそれ以上に俺はこいつを排除しなくてはならない理由がある。
「傑の恨み…!」
「お前の首をボスへの手柄とさせてもらおうかぁ」
「取れるもんなら取ってみろ」
腰を落とし構えを取る。
「暗黒弾!!」
大神が両腕を構えると、その手の中に魔力が集められる。
「その構えは…ちょっと良くないと思う」
「消し飛べぇ!」
野菜の国の戦闘民族のような構えから、暗黒弾が放たれる。
「消し飛ばしたら首取れなくないですかねぇ?」
「バカなんだろ」
「うるせぇ!死ねぇっ!」
飛んできたそれを右手で弾く。弾かれていったそれは壁を貫き爆発した。
「んなっ!?」
「やはりこの程度であれば問題なさそうですね。早いところ片付けてしまいましょう」
「舐めやがってっ!暗黒弾!!」
「同じ手が通じると思ってんのか。脳神経に吐瀉物でも詰まってんじゃねぇの?」
「クソがぁぁぁぁッ!」
「その頭プレス機にでも突っ込んで来れば少しはマシになるんじゃない?」
「ウラァァァァアアアアアッッ!!」
魔力を集めては次々に放たれる暗黒弾を上下左右に弾き飛ばしていくと、俺は大きく跳び上がり奴の頭を狙う。傑がやられたのと同じようにしてやる。
向こうは動きについてこられなかったのか、頭を掴まれ地面に叩きつけられる。
「もう1回!」
叩きつけた頭にもう一度衝撃を加えると、地面は大きくへこんで罅が入った。
頭を掴んだまま、その顔面で地面を抉るように引き摺り、壁に向かって叩きつける。
「オラオラオラオラァァアアッ!!!」
脚を掴んで滅多矢鱈に振り回し、壁や地面に人型の染みを作ると、大空に振り投げた。
人間の……いや、悪魔憑きではあるのだが、成人男性の身体が冗談のように宙を舞った。悪いジョークのように、されるがままに上空に、抵抗虚しく打ち上げられる。
俺は落下地点に先回りして構える。これは完全に無力化する為であって個人的な腹いせなどでは断じてないと、そんな誰に宛てるわけでもない言い訳をする。
「…………?」
「雷神の指先!」
しかし、そんな言い訳をする必要もなくなってしまったらしい。
俺に向けて落下してきていたはずのそれは、更にその上から降ってきた何者かによってその胸を、厳密には左胸を串刺しにされたのだ。あの状況からでは一命を取り留めることも保険に加入することも、そのどちらも叶わないだろう。
「あっぶね!」
突き刺したまま、俺目掛けて急速に落下してくるそれに巻き込まれるわけにもいかないと、俺はその場から飛び退いた。
「やぁ、颯君」
「会……長?」
焼け焦げた死体と共に落ちてきたのは会長だった。微笑みと共に挨拶を向けてきた彼女ではあったものの、その表情は俺が見てすぐに分かるくらいに暗いものであった。
それも気にはなるが、それよりもだ。俺は尋ねた。
「な、何で……?」
「何でというと……何がだい?」
会長は足を踏み出し黒い塊から降りると、首を傾げて聞き返す。会長が下りると、それはボロボロと崩れ落ちていき、黒い粉と化すと風に吹かれて舞い散った。
「いや……それ、捕獲しなきゃいけないんじゃなかったんですか?」
生け捕りにしろと協力を要請したのは……厳密にはフューリタンであるリラからなわけだが、向こうがそれを無視していいものなのだろうか。
「そうだね」
「そうだねって……」
何かがおかしい、そう感じたのは俺だけではなくエルゼもそうであったようで、何か周囲を見回すようにしながら会長に話しかけた。
「あの、会長さん?アイツは……リラは今どこにいるんですか?」
「ん?あぁ、颯君から連絡を貰ってすぐに飛び出してきたからね、家に置いてきてしまったよ」
「そ、そうですか……いや、まさか……ですが……」
エルゼは険しい顔でブツブツと独り呟き始めた。
「あ、あの、会──」
「あぁ、すまない。用があるからこれで失礼する。彼、傑君だったかな。任せたよ」
「あ……」
会長はそれだけ告げると飛び去ってしまった。ただえも言えぬ不気味さが、初めて顔を合わせた時に感じたものに近しいそれが、俺の身を震わせるだけであった。
「…………なんだったんだろ」
因みに、あの勢いで地面に叩きつけられたはずの傑は、全くの無傷で意識を取り戻した。




