ラブハット
「ふぅ…輝く数多の星々よ、集え!スターライト・レイ!……死ねやあぁぁっ!」
ステッキに集まった光が、怪人目掛けて一直線に放たれる。白い光は空気を裂きながら、砂埃を巻き上げながら、敵を貫かんと突き進む。
両者の距離はそれなりのものであったが、その距離を一瞬にして零にする。
が、怪人の軽やかな身のこなしにより、その攻撃は躱されてしまう。
「フハハハハ!少年よ!真っ直ぐなのはいいが、それは愛を伝える時だけにしておくものだぞっ!」
「そうですよ颯くん、今のでは流石に倒せませんって」
「うるっさいなもう……ならッ!」
1発目は躱されたものの、すぐに2発目の準備をする。先ほどの呪文を何度も唱えていくと、同じ様に光が集まっていく。
「放て!スターライト・レイ!!!」
十数本の光線がその声に合わせて怪人に向かっていき、全弾命中。眩い光に覆われていくと、これは勝っただろうと、煙が晴れるのを待つ。
しかし。
「なるほど…一度でダメなら何度でも、か!やるではないか少年よ!だが、手法を変えねば結果は同じだっ!」
羽織っていたマントをひらりと返すと、そこには無傷の怪人の姿が。
マント1つで防ぎ切られたらしく、上がっていた白い煙を手で払った。
「……っ!颯くん、一応言っておきます。もしもの時は逃げることも考えておいてください」
無傷のまま高笑いをしだした怪人を見て、エルゼからヘラヘラした表情が消えた。
「先程までは頭のおかしな馬鹿魔族かと侮っていましたが、いや、馬鹿そうなのは否定しないんですけど。ただ、あれだけの攻撃を受けきるとなると今の颯くんでは相手しきれない可能性があります。気を付けてください」
忠告にして警告。俺よりよほど詳しいこいつが言うのだ、聞いておいた方がよかったのだろうが、俺は拒んだ。
「いや、絶対逃げない。というか、こんなバカみたいな敵から逃げたら俺は今後生きていけない」
「まぁ……それは分かりますけど……」
そう言うと次の攻撃の準備をし始める。生憎と向こうから攻撃を仕掛けてくる様子はない。
どんな攻撃を受けてもあのマントで封じることができると、その自信から来るものだろうか。
「フハハハハ!いいぞ少年よ!どんな敵からも逃げないという心意気!素晴らしいっ!」
尚も余裕の態度を見せる怪人。見ているとイラついて集中できそうにないため、視線は外さず、しかしなるべく見なくて済むように意識する。意識するだけでイラつき始めてくるが平静を保つ。
もうどうすればいいんだコイツ。どうやってもイラつく。
「手法を変える…これと…これと…」
エルゼからもらった台本を取り出し高速で捲り始め、目で流すように追っていきながら、良さそうな魔法を見つけては唱えていく。
「これでいいか……悪を挫く天の怒りよ!降り注げ!シャイニングメテオ!」
「フハハハハ!当たらん!当たらんぞっ!」
「輝く炎は未来の光!焼き払え!マジカルフレア!」
「効かぬ、効かぬ!フハハハハハ!」
躱されていくのもお構いなしに次々と怪人目掛けて魔法を放っていく。
そうして、台本に掛かれていた魔法のうち、改めて見てみてなんとなくヤバそうな気配のした魔法を除いた、結構な数の魔法を放っていた。
「はぁ、はぁ…これでもまだ駄目か…」
しかし、その場での対応というのはやはり、そう上手くいかないものである。
「フ、フッフッフッ…少年こそ、よくそんなに魔法が放てるな…まさに尽きぬ愛の様……!」
「お前それ言いたいだけだろ」
ただ、上手くいかないのではコイツは倒せない。
どんな魔法を放ってもマント1枚で無効化されてしまうわけで、これをどうにかしなければ俺に勝ち目はなく、魔力が切れたらその時点で試合終了である。
なので試していった。
途中からエルゼの言う通り逃げることも視野に入れるべきだったかと思い始めもしたものの、ただ1つ気が付いていたこともあった。
それはやはり攻撃を防いでいる怪人のあのマントのことで、アレは炎で燃えることもなければ風で飛んでいくこともない。
文字通り全ての魔法攻撃を防いでいる、あるいは消滅させているのだろうか。水を吸う布のようにも思えるが、原理は見ても分からない。
いや、別にそれだけなら構わなくて、問題は魔法を吸収していた場合だ。
魔法を吸収して自身の力に変換していたり、その魔法を跳ね返してくるようなことがあれば、その場合、こちらが攻撃を叩き込めば叩き込むだけ不利になる。
そういうアイテム、ゲームとかだとありがちだし。受けて受けて受けまくって跳ね返すカウンター攻撃。上手く嵌れば強いのだ、アレが。
だが向こうに動きはない。それが向こうの作戦の可能性は十二分に考えられる。最大限魔法を吸収させて跳ね返す、その時を待っているのかもしれない。
しかし現状、反撃するわけでも攻撃するわけでもなく、ただ回避と防御に専念しているのみであった。
これも奴がいうところの愛の1つなんだろうかと、俺はまた1つ試してみることにした。
「神速の一撃よ、爆裂せよ!ラピッドブラスト!」
放たれた小さな炎は、怪人のマントに当たるとそのまま炸裂し、爆炎を巻き起こした。
攻撃自体は防がれているが問題はない。狙いは煙。目隠しが出来ればそれでいい。何なら地面に放っていても同じだったか。いや、被害は少ない方がいいだろう。
身体に魔力を通すと、爆炎の中目掛けて飛び込んでいき、怪人との距離を詰める。
「せいやぁぁぁぁぁぁっ!」
間近まで迫ったところで、顔面目掛けて思い切り蹴りを放つ。これまでの俺では信じられない様な速度で、威力で、それは確かにムカつく横っ面を捉えた。
そして。
「あべしっ!」
間抜けな怪人の声がはっきりと、この耳に届いた。
右方向から、死神の鎌のように決められた一撃が当たると、奴はその身体を錐揉み回転させながら吹っ飛んでいき、地面に転がった。
ゴロゴロ、ズサ―と、かなり可哀そうな感じで。
「「……え?」」
首を動かし、怪人を見て、俺達は顔を見合せた。
そうまでしてやっとわかったことがあった。
この怪人、めっちゃ弱い。というより、弱いという表現はまた少し違っていて、実際には攻撃する術を持っていなかったらしい。
「嘘ぉ…」
さっきまであんなに深刻そうな表情をしていたエルゼも口を開けて呆然としている。
「フハハハハ!私は愛に生きるもの!誰かを傷つける力など不要なのだ!」
その所為で己の身も守れなければ意味がないとは思うのだが、どうやらそれこそが愛のカタチらしい。
俺はそれを鼻で笑いつつ、ここから勝利までの最短ルートにどのようなものがあるかを弾いていく。
「我が一族に伝わるこのマントがあったから本当に必要なかったのだ!まぁもっとも、こんな戦い方をすると思っていなかったから油断していたがなっ!フハハハハ!」
蹴られた顔は思い切りへこんでいるのだが、彼の矜持なのか態度は崩さないらしい。
「けど、攻略法は見えたな」
ステッキを構え直し、その先端を向けた。
「フハハハハ!果たして本当にそうかな?今度は油断してなどやらないぞ?」
油断しなかったところでこちらに対して何が出来るのかといったところではあるのだが、怪人は構えた。
「颯くん…?何か策があるんですか?」
「まぁ、行けると思う」
「さぁ少年よ!お互い小手調べはこれで終いだ!いつでも掛かって来るが──ブフォェッッ!!!」
言い切る前に怪人の腹に5発の蹴りを入れる。
思いのほか深く入ったのか、腹を抑えながら倒れ込んでいく怪人。
「やっぱりそうだ、魔法を使えるようになってから体が軽い、それに滅茶苦茶早く動ける」
俺はファイティングポーズをとり、相手の動きに注意を払う。
「颯くん、不意打ちは卑怯ですよ」
「でもアイツ掛かって来いって言ってたし…………いや、お前は俺の味方だろ」
「言ってない…まだ言い終わってないぞ少年よ…」
「そう?でも戦いだし、な!」
と、立ち上がろうとする怪人にまたも蹴りを入れていく。それも防がれないよう四方八方から。
そのうち怪人が宙に浮き始めると、それに合わせて天高く、サッカーボールのように何度も蹴り上げていく。
「このくらいか…なぁっ!」
怪人をある程度の高さまで蹴り上げると、そこからある一点を目掛けて思い切り蹴り飛ばす。
そこにはさっき大量に唱えた魔法の一つ、マジックボムが1つだけ、発動することなく漂っていた。
「死に晒せえぇぇぇぇっっ!!!」
ある種の賭けであった。
大量の魔法をわざとぶつけていき、その中で1つか2つほど、あえて当てない魔法というものを残しておく。向こうからすれば、どれがどれで、俺が唱えた魔法が全てマントに当たっているのかなんて分かりっこないだろうし。
もちろん魔法を吸収されることも覚悟の上だったが、それ以上に相手が油断した状況を作り出し、こちらの魔法をマントなしで受けてもらう必要があった。
魔法を防ぐマントは持つくせに、物理攻撃を防ぐ術は持たない。
それは物理攻撃はどれだけ喰らっても問題がないからだろう。
そのことを蹴りを入れた際に確信した。
まぁ、実際は魔色々やっている最中に思い付いただけの作戦ではあったが、結果的にはうまくいった。行き当たりばったりの杜撰極まりない作戦ではあるが、結果がすべてだ。
「グ、グワアァァァァァァァァッッ!!!」
怪人が浮遊していたボムに気が付いたのはぶつかる直前。防ごうにも間に合うような距離ではなく、そのまま体当たりして爆発していった。
「うわぁ、なんか綺麗ですねぇ」
エルゼの元に戻ると、爆発していく炎を見ながらしみじみしたように言う。
確かに打ち上げ花火のようにも見えるが。
「よ~し、じゃあ帰りますかねぇ」
「え?まだ倒したかどうか確認してないけど、いいの?」
「えぇ、先ほどまであった気配が消滅しましたから、大丈夫ですよ」
逃げた可能性はあるんだな、と思いつつも帰りたいのは同じだったので、そのまま帰路につくことになった。
倒すだけの脅威でもなかったが、我が家の平穏は護られたのである。
△▼△▼△▼△▼△
そしてその数日後。
颯とエルゼは街の様子がどうなったのかの確認も含めて再度鯉ヶ丘まで足を運んでいた。
「アイツを倒しても効果は消えない、なんてことあるのかな…空前の離婚ラッシュ!みたいな話は聞かないけど」
「まぁそういうのって案外流されちゃったほうが楽だったりしますからねぇ…効果が消えててもよっぽど嫌じゃなければそのまま…みたいなこともあるのかもしれませんし」
「まぁ手続きとか考えたら億劫に思う人もいるかなぁ…っと、この間の場所はあそこか」
「そうですねぇ…って…んん!?颯くん!見てください!あれ!」
エルゼが何かを見つけて騒ぎ始めた。その指さす方向に見えたのは、この間まではなかったであろう看板。
空地の隣の建物で、そこに書かれていたのは。
「結婚相談所、ラブ・ロマンス…」
「あの…颯くん、あれ多分──」
颯はエルゼが言い終わる前に駆け出し、建物の3階へ突入していた。
「おいゴルァッ!!」
「あっ!やっぱりいました!あいつです!」
「おいテメェ!死んだんじゃなかったのかよ!!殺すぞ!!!」
彼は怪人の胸倉に掴みかかり、力の限り吠えた。
「おお少年!久しいな!あの時は流石に死んだかと思ったぞ!だがこうして舞い戻った!これもまた愛の…あべしっ!」
さも平然と挨拶を挟み込もうとした怪人の頭に容赦なく攻撃を加える。高速往復ビンタである。
「だからここで何してんだよ性懲りもなく」
「いや、懲りたぞ!蹴られてるのも結構痛かったしな!だから誰彼構わず結びつけるのはやめたのだ!」
「……っ、それで結婚相談所か…」
「ああ!懲りたとはいえ愛を振りまくことは止められん!そんな中、人間の世界にはそういうサービスがあるということを知ってな!少年とて、相手を求める者同士を結び付けるだけなら文句は言えまい!フハハハハ!!」
「キェェェェェッッ!!!」
「颯くん、そもそも魔界からこの国に入り込んでる時点で消してしまって問題ない存在ですよ」
「……え!?あ、待て待て!本当にもう害は及ぼさん!だから、な?分かるだろう?」
と、エルゼからの指摘で颯の目に少しだけ揺らめくものが見え、焦り出した。このままでは命からがら逃げだしたことの意味がなくなってしまう。
「な?な?」と、両手をすり合わせながら命乞いをする怪人の姿を見て、彼は首をがくんと落とした。
「また何かしたらもう1回叩きのめせばいいだけか…」
「えぇ…やっておかないんですか?」
「あの時やりきらなかった時点でな。今何もしてないんならどうしようもないし」
「フッフッフッ…私が言うのもなんだが、少年もなかなか甘いな……あっ、そうだ」
とりあえず命の安全が確保された怪人は、またも余計な口を挟みつつ、何かを思い出す。
「?」
「折角だ!一つ占っておいてやろう!」
「占い?……お前さては霊感商法とかやってるんじゃないだろうな?」
「やってないやってない!というかこれは魔力を用いた占いだ!そこらの紛い物と一緒にしないでもらいたい!」
「魔力を用いた占いって……それ場合によっては未来予知ですよねぇ…」
「まぁ言ったところで皆信じないからな!どんな相手と相性がいいかを占ってやっているという体でのサービスだっ!」
「ならまぁ…見てもらうだけならいいか」
よし来た!と水晶玉を取り出し占いを始めていく。
すると部屋の中が薄暗くなり、魔力が水晶玉の方へと集まっていく。やたらとうざったらしい唸り声が数分続いた後、部屋の空気は元に戻った。
占いの結果が出たらしい。
「むむっ…長く綺麗な漆黒の髪…凛々しく正しい剣の天使…か、よくわからんな」
「は?運命の相手とかじゃなくて?」
「運命の相手ならこう……もう少しはっきりと出るはずなのだが…これだけではなんとも言えんな」
つまりは何のことか分からない、そんな占いだった。ただ気になることが増えただけの無駄な時間であると、彼は目を細めた。
「颯くん、無駄です。早く帰りましょう」
そう言うエルゼに背中を押されて、出口へと向かう。
「まぁ、1つ言っておくのであれば…この条件に当てはまる人間を見つけたら気にかけておくといい、と言うことだな!では、さらばだ少年よ!」
こうして訳の分からぬままに、この怪人との一件は、これをもって幕を下ろしたのであった。