練習
演劇部と文学部に呼び出された。
用件はわかっている。アレのことだ。
体育館を丸々使って練習を行うと聞いたので、俺は放課後会長と一緒にそこへと向かっていた。
「今日は流れの確認がメインだと聞いていたのだけど…あの子は多分戦わせようとするだろうね」
歩きながら会長は言う。そのことも想定しているのか、既に動きやすいように髪を纏め、必要になるかもしれない道具を持ち運んでいる。
「あの人、他人の意思とかガン無視で話進めてますよね」
「周りが見えなくなってしまうと言う意味では…そうなのかもね。でも悪い子じゃないんだよ?」
そう言われてしまうと何もいえない。あの人にだって自分のやりたいことがあって、それを成し遂げるために色々頑張っているだけだと、そう思わなくもないからだ。
それに、参加することになったのは俺の意志の弱さが原因でもある。向こうにそれを全てなすりつけると言うのは……違うだろうな。
そういえばあの部長、俺らの戦いをメインに話を少し変えるだとか言っていた様な気がするけど…アレ結局どうなったんだろう。呼び出しを受けたと言う事は擦り合わせ等を終えて大部分が完成したのだとは思うのだけれど。
「会長は楽しそうですね」
「流石に隠せないか。私は昔からこう言ったものに興味があってね。ただ縁が無かったから、今回こうして協力するのは楽しみなんだよ」
爽やかな笑みを浮かべながらその心意気を教えてくれた。しばらく歩けば体育館はすぐだ。この間は黒い影達がいたその場所も、生徒がいる間はやはり色のある空間になっている。
劇の練習自体はもうすでに始まっているのか、役者の声やそれを指導する側の声などが飛び交う。体育館へと足を踏み入れると、両部活の部長達が俺たちを出迎えた。
2人に説明を受けると、自分たちの出番までを通しで見ることになった。
これは、主人公であり劇中の舞台となるレクス王国の騎士であるギルという女と、その良き好敵手であり冒険者をしている戦士のアルフレッドという男の2人をメインに据えたお話らしい。
会長が途中演じるのはギルで、俺がその好敵手であるアルフレッドを務めることになる。
昔馴染みの2人は騎士と冒険者という違った環境に身を置きながらも、お互い良き友人として切磋琢磨していた。
しかし、その2人が出場することになった御前試合にてギルが圧倒的な勝利を収めてしまった事でその関係が一変する。
すれ違いを繰り返していく中、アルフレッドは力を求めるがあまり遂に禁忌へと手を伸ばしてしまう。
これまでの記憶や理想、掲げていたはずの信念などの全てを悪魔に売り払い、その対価として絶大な力を得る。
その後は強いものを見つけては切り捨てていく彼だったが、それを止めるためにギルが立ちふさがることに。
最初はその圧倒的な力の前にギルは敗北を喫しアルフレッドに逃げられてしまうが、その後彼を追いかける中で様々な出会いなどを経て再び戦いを挑み、そこでギルが見事勝利を収めることになる。
結局、悪魔に魂を売り渡してしまったアルフレッドを救うことはできなかったのだが、最後に悪魔を押しのけ自我を取り戻した彼に別れを告げて──
ということで、本来であれば1回戦って終わりのところ、部長の余計な働きの所為…お陰で2回に増えたのだ。
単に倍増である。
一度目は会長が負けて二度目で俺が負ける。その際、一度目よりも二度目の方がより強く激しい戦いとして映るようにしてほしいとだけ伝えられた。
それさえちゃんとやってくれればあとはこちらで何とかするからどんな戦いでもいいと。
「最初は軽めでやって2戦目でド派手にやる方が驚きはありそうですけどね」
「それもそうだけど…ワザと手を抜けというのも複雑だね」
普段普通の人間に合わせた力しか出していない会長が神妙な面持ちで呟く。
「得意でしょう?」
「むぅ…」
何を今更と思い言うと、不服そうな顔をする。
当然、会長が俺や姉さん達以外の人間相手に全力を出せば、何もかもアウトだ。手を抜くことは褒められたことであって責められるようなことではない。
「それなら、私が手を抜かなくて済むようにお相手願うよ?」
俺の肩に手を置き諦めるように言う。
「構いませんよ。うっかり負けられても困りますけど」
そう言い返すと会長は驚いたような顔をして、くすくすと笑い始めた。やっぱりこの人美人なのは間違いないよな。
少し見惚れていると、副会長にそろそろ出番だからと舞台袖に呼ばれた。やけにニマニマしているのが気になったが、特に何か聞くこともなかった。
「おぉ…!剣だ…!」
渡されたのは西洋でよく見る剣。てっきりプラスチックか何かかと思っていたのだが、触ってみた感じ鉄か何かでできているらしい。
「鎧の方も用意するつもりなんだけどまだ少し間にあってなくてね~。ま、練習の段階で壊れちゃうとマズいからこれでいいんだけど~」
「刃は潰してあるけど、普通に重みがあるというか…千夏、これ本物をそのまま使ったんじゃないよね?」
「……肝要なるはリアリティだよ、流華」
「また叱られたいのかな…?」
「ごめんさい~!でもせっかくかっこいいシーンなんだから音もそれに似合うものにしなきゃと思って~!」
会長に咎めるように言われ謝るが、お互いその表情は本気ではない。
だからこそあまり反省も見られないが、だからと言ってそこに追及を掛けるわけでもなく、ただ溜息をつくだけである。
普段から2人はこんな感じなのだろうか、副会長はいつも通りな気もするが…会長がこうやって誰かと気楽にしているというのは今までのイメージになかった。
「で、さっきもちょっと言ったけど…一度目の戦いの最中もセリフがあるから、ここのセリフが終わるのと同時に決着をつけて欲しいんだ~」
副会長はそう言って台本を開きセリフを指さす。流石に1時間とか戦い続けるわけにいかないしな。
「じゃ、次のセリフが終わったらこれの通りに頼むね~」
そう言って背中を押され、俺は数日ぶり3回目の、会長との戦いに臨むことに。
△▼△▼△▼△▼△
「これ本当にどんな風に戦っても大丈夫だったんですか?」
一度目の戦いが終わり、形式上の勝利を収めた俺は、舞台袖で練習を眺めていた副会長に尋ねる。
特に立ち回りや剣が打ち合われるタイミングなどは指示されていない訳だから、次にやったら全く別の戦いになるだろう。
そんな俺たちの戦いに合わせるようにセリフを入れて問題ないのか、というのが気になったのだ。
「大丈夫だよ~。奏がそれも見越してセリフを考えてタイミングも既に振ってあるから~」
「そうなんですか。じゃあ気にせずやりますけど」
「それにしても凄いね。流華と戦ったというのは前にも聞いてたけどここまでだったなんてさ~。途中から火花散ってたし」
「会長が上げてくるんですもん。こっちが勝たなきゃいけないからそれに合わせたらああなるんです。それに、あれでも2戦目に温存してますからね」
「どうりで楽しそうにしてたわけだ~」
楽しい、か。少しわかる気がする。
尤も、俺の場合は楽しいというよりストレス発散になっているといったほうが正しいのだが。
「はぁ、やっと戻ってこれたよ…」
そんなことを考えていると、会長が戻ってきた。
反対側の舞台袖に引いたから回ってこなければならなかったのだが、それ以前にファンのような人たちに囲まれて身動きが取れなくなっていたみたいだ。
何度か助けてといった目線を向けてきていたが、あそこに割り込んで会長を攫うのは難易度が高いと判断して無視していたのだ。
会長も会長で好意的に向かってくる人を邪険には出来なかったのだろう、1人離れては2人追加されていく人の群れの中でその対応を余儀なくされていた。
「あ、流華。お帰り~」
「助けてくれてもいいと思うのだけれど…」
訴えを無視したからか、こちらをジト目で見つめてくる。
「あぁ、そういえば、颯君ってどこかで剣を習ったりしたことがあるのかい?」
仕方がないと落とした肩をもとに戻すと、俺に話題を振ってきた。
「いえ、ありませんけど……なんでです?」
「妙に扱いなれているというか…アレを勘でやっているんだとしたら、相当なものだと思ってね」
「そんな大層なもんでもないと思いますけど」
「いや、人の意識の外から襲い掛かってくるような動きが初心者のそれとは思えない。たまに君を認識できなくなる」
意識の外……認識できない……何がだろうか。影が薄いと馬鹿にされている、というワケではないのだろうけど。
言ってることはよく分からないが、話の流れからして多分褒めてもらえているのだろうからお礼を言っておく。
「う~ん…」
尚もブツブツ言っていたが、よく分からなかったので放置することにした。
しばらく横から劇の練習を眺めていると、次の出番が近付いてきたのか、再び副会長が部長を連れてやってきた。
どうしても戦いの中でセリフと動きを合わせたい部分があったらしく、それについて頼みに来たらしい。
「ここのセリフが終わって14秒後に一度距離を取って今言った動きね!頼んだよ!」
どうやらこの人、役者の動きなどを秒単位で管理していたらしいが、演劇とはそういうものなのだろうか。
君たちならやれるさとでも言いたげな目線で親指を突き立ててくる。
グッ!じゃねぇよ。
まぁ、出来ないこともないということで承ったのだが、この2人こんなテンションで指導はちゃんとやるらしく、何度か叱られてしまった。
そして再び出番が来る。暗転が明けると、舞台上で見つめ合う2人の姿。
幾つかのセリフの後、足を踏み出しぶつかり合う。
剣戟が交差すると、金属特有の響音が耳を劈く。
先程よりも会長からの一撃が速いが、これでもまだ余力があるように思える。
俺はこの戦いでは勝ってはいけないため、それに負けず劣らず程度の力で相手を務める。
その間も役者たちは声を当て続け、こちらはお互い目線で合図すると、それに動きを合わせていく。
意識することが多いお陰か、この間の道場でのように熱くなりすぎないで済む。
それでもやはり内心楽しんでいるのか、踊るように回避しては攻撃を繰り出し、距離を取っては再び打合うことに興じている。
そして時間が来るとタイミングを合わせ俺を舞台袖まで突き飛ばす。暗転すると会長も一瞬でこちらに移動し、本来の役者と入れ替わる。
その後のシーンは出来れば普通に見させてもらいたかったのだが、部長に引きずられるように連れ去られてしまったので叶わなかった。
「違うんだよ!私はあの時の本気の戦いが見たいんだよ!」
「そんなこと言われても……動きとか指示されたこと意識してるとどうしても制限掛かりますよ」
「少しくらいは余裕があるけど、確かにお互いタイミングを合わせたりしなきゃいけないことを考えると難しい要求かもね」
「くぅ……!いや、考えるんだ奏…!学年15位のこの頭脳をフル回転させるんだ…!」
微妙じゃない?
いやまぁ、5クラス200人くらいで15位だから高いんだろうけどさ。
「手っ取り早いのだとインカムつけて指示出すとかじゃないかな~?本番は顔見えないしさ~」
「うおおおおおお!!!!それだあああああああああああああ!!!!」
と、横から現れた副会長からのアドバイスを聞いては奇声を上げてどこかへと走り去っていってしまった。インカムなんて学校にあるのか分からないが、走っていったということはあるのだろう。
それにしてもあの部長あんな感じだっただろうか。押しの強い人だとは思ってたけど、流石にあんな感じとは思ってなかったというか。初対面の印象がそこまで悪くなかったこともあり、減点方式で彼女への評価が下がっていく。
そう思っていたら、部長が走って戻ってきた。息を切らし、肩で呼吸している。
「はぁ…はぁ…私…なんで走ってたんだっけ…」
「知らねぇよ」
分からない人だ。