ロマンスの怪人
授業も終わった放課後、真からの情報をもとにとある場所まで来ていた。
「ここ、か。その鯉ヶ丘っていうのは」
初めて来る場所だという事もあり、スマホの地図とにらめっこしながら、俺はそれを見上げた。この俺、御厨 颯という男は、地図を見ながら歩いて尚迷うこともある程、こういった物とは相性が悪い。
何が言いたいのかと言えば、GPSは素晴らしいという事だ。
「実際にはこの上がそうらしいですねぇ。まぁなんとも往来の多い場所を選んだものです」
住宅街を抜け少し階段を上がった先には、うちの近くにある商店街よりも大きな通りがある。
夕方のこの時間だからか、人はやはり多い。もともと人の往来の多そうな場所でもあり、それはそのあたり一帯の活気みたいなものに滲み出ていた。
「確かこっちだったよな」
「彼の話では階段を上がって通りを右に進んで、その右手。だから……ここですねぇ」
そこは少し広めの空き地のような場所で、奥には石碑のようなものが一つ。
土地神か何かでも祀っているのだろうか。
だが、それよりも気になる光景が。
「噂、本当でしたねぇ」
そこにいた、というよりは現れたのは、すれ違う男女。男が急に片膝をついて手を差し出すと、つらつらと言葉を重ねていく。
名前も知らない同士だろうに、何故かその2人の間に関係性が芽生え始めたのだ。
2人は向かい側からそれぞれ歩いてきていて、ここに来る直前まで手を振ったり等のアクションもなく、知り合いだったとは考えられない。噂は本当だったとみていいだろう。
「なんか妙に歌劇っぽい感じだな。ロミオとジュリエットみたいな」
「ですねぇ。それと颯くん」
「どうした?」
「あそこを見てください、原因がいました」
エルゼが指さした方向に目を向けると、そこには謎のポージングで高笑いを決める不審者がいた。
「フッフッフッ…また1組成立…嗚呼!愛は実に素晴らしい!」
白いタキシードに身を包み、用途不明の棒の上に片足だけで立っていた。端的に言えば不審者である。
「マジで魔族が原因なのかよ……おいクソハム、何アイツ」
「……え、クソハムってもしかして僕のこと言ってますか!?」
それ以外に誰がいるんだと返すと、口をひん曲げて拗ね始めた。
「フッフッフッ…よくぞ聞いてくれたな!悩める子羊よ!」
「悩んでないし、子羊じゃないんだけど」
「フハハハハ!隠さなくてもよいのだぞ思春期ボーイよ!お前のような年頃は皆一様に悩み苦しむものなのだ……そう!恋の悩みになっ!」
「だから悩んでねぇし。ねぇ、マジで何なのコイツ」
俺は今、誰にも恋などしていない。むしろそういった物からは少し距離を置いておきたいとさえ考えているくらいだ。
そういう意味では確かに悩んでいると言えば悩んでいると言えなくもないのだが、コイツの言う悩みとはまた少し違うと思う。
「えぇっと、名前でしたね。アイツは……」
「知りたくば聞け!私は恋の伝道師!その名をラブハット!人は私をロマンスの怪人と呼ぶのだっ!」
「恋の伝道師なのかロマンスの怪人なのか統一しておけよ…って、ん?」
俺はその発言に違和感を覚え、問い返す。
「人…?俺以外にもお前と接触した奴がいるのか?」
「む?そんな者はいないが?」
「じゃあ誰がロマンスの怪人って呼んでるの?……俺は呼ばないよ?」
「自称だっ!」
「…ねぇ青ハム、ホントに何なのコイツ」
「……エルゼです。奴の能力について大体把握できたので言っておきますね。奴の能力は…」
「私の能力は!そう!生き物と生き物を惚れ合わせる、ラブ・ロマンス・フィールド!この影響下に入った者は熱く燃えるようなロマンスを求めずにはいられなくなるのだっ!」
「チッ…だそうです」
エルゼこいつ、今全部説明されて舌打ちしたな。俺は聞き逃さなかった。
「じゃあお前は魔界から来てこっちで色々やってる魔族ってことで合ってるんだな?」
「フッフッフッ…いかにもっ!どうだ!素晴らしいだろう!」
そう自信満々に告げる怪人に対し、特大の溜息を漏らす。
「あのさぁ…もうマジで勘弁してくれない…?よくわからないことに巻き込まれたかと思えば2番目の敵がロマンスの怪人ってさぁ…」
「む、なんだ少年よ!どうかしたというのかっ!」
「どうかしてんのはテメェだよ……」
あ、待て待て。諦めるのはまだ早い。こいつの能力の詳細を聞き出して、害があるかどうかを判断するのを忘れるところだった。
俺は気を取り直し、するべきことを思い出していく。
「…なぁ、1個質問があるんだけど…いい?」
「フハハハハ!私は愛に生きるもの!慈愛もまた愛の内だっ!なんなりと聞いてくれたまえっ!」
「お前のその、なんちゃらフィールド?……っていうのは恋とか愛とかを知らない奴同士を惹き合わせるのか?」
「ラブ・ロマンス・フィールド、だな!これは愛を知らない者だけではないぞ?全ての生物に平等に愛をもたらすのだ!嗚呼!素晴らしきかなこの博愛精神!」
「…とすると、あれか?既婚者とかも否応なくか?」
「無論その通り!なかなか察しがいいな少年よ!むしろ私は、愛する者と結ばれるも徐々にその熱が冷めていき倦怠期に突入してしまった、そんな哀れな者たちにこそこのラブ・ロマンスを届けたいと願っているのだ!」
そう高らかに叫ぶ変人を前にして、俺はやはり、何度目になるかもわからぬ溜息を吐いた。
いけるかと思って期待したんだがこれはダメだ。流石に恋人持ちとか既婚者とか関係ないとなるとダメだ。ウチの両親は仲がいいのだ。家庭崩壊の一助になるようなことをしてもらうわけにはいかない。
あと多分、コイツの言い方的に犬猫の畜生とか木花に虫なんかも対象だろう。動物が増えすぎるのは問題になるし、木花は花粉をまき散らすから人によっては地獄だ。
虫なんかこれから夏になるのだからもってのほか…今すぐコイツを殺らないと。
「はい、じゃあ颯くん。変身の呪文は覚えてますよね。あっちの人目につかないところで変身してきてください」
「む、変身するのか!よくわからないがしてくると良い!存分に変身してくるが良い!嗚呼!これぞ愛憐っ!」
変身する余裕を与えてくれる敵。
悪い奴じゃなさそうなんだけどなぁ……
「えっと…マ、マジカル・キュート・メタモルフォーゼ」
人の目につかない建物の裏へと入ると、変身の呪文を唱える。
まだ少し気恥ずかしさもあるが、2回目なのと衣装のドギツさが薄れたこともありそこまでのダメージはない。
変身を終えると、意を決して表に出る。
「お、おお…!流石認識阻害、全然バレてない…!」
エルゼの魔法の効果を確認すると足早に石碑の元へと戻る。魔法が発動していたとて、この格好で人前に居るという事実そのものはあまり気分のいいものではないのだ。
「嗚呼!戻ったか少…ね…んよ!あー、まぁアレだ!人それぞれ個性はあるということだなっ!」
怪人は少し驚いたような顔をしたが、すぐに先程までの話し方に戻った。
「それは何、この格好の事を言ってんの?だったら絶対許さないけど」
「いや、すまない少年よ!その格好にそこまで思い入れがあるとは知らず失礼な物言いをした!許せ!フハハハハ!」
前言撤回、コイツは悪だ。殺す、殺して殺して絶対殺す。
俺はこれでもかと目を細め、敵の姿を見据えた。
「ほぉ…少年、目が変わったな?先程までは弱そうな目をしていたというのに、今では恐ろしいほどのエネルギーを感じるぞ!」
粛々と魔法を放つ準備をする颯を前にしても余裕綽々な怪人。
彼もまた魔界出身で、そう簡単に死ぬつもりはない。
こうして、両者の戦いは幕を開けた。