噂話
家から歩いて20分ほど。
教室につくと姉から解放されたからか、学校に来た割には身体が軽いような気がする。今なら空でも飛べる気が……って、そうだ、飛ぼうと思えば飛べるんだった。
まだあまり人は来ておらず、静かな空間に椅子を引く音がよく響く。
窓際の席はこの時期少し暑いが、エアコンの風が当たるので心地よく寝れる。そんな自分の席に荷物を置いて飲み物でも買いに行こうかと思っていたところ、後ろから肩をつつかれ、声を掛けられた。
「や、おはよう」
声をかけてきたのは俺の数少ない友人の1人、三谷 真だった。
少々変な部分もある男だが、今となっては相対的に自分の方が変になってしまったので何も言えない。類は友を呼ぶというやつだ。
「おぉ、おはよう。早いのな」
俺は手をちょいと上げると、そう返した。普段俺はこの時間で、真はもう少し遅かったはずだ。
「うん…まぁね、今日は少し早く出ないと厄介ごとに巻き込まれるから…」
彼が変というのはこんな風にだ。何か見えている世界が違っているような、そんな違和感がある。
俺はそこで思い出し、自販機に行くことを伝えると、彼もついてくることになった。
俺と真はアニメやゲームを嗜むことから仲良くなった関係で、2人でいる時はそういった会話が多い。趣味も、必ずしも合致するというワケではないのだが、見る作品などは大体似通っていた。
そうして雑談交じりに階段を下りていき、1階の自販機を目指す。
校舎の隅っこであまり人が寄り付かないところではあるが、自販機のラインナップ的にはここを使わざるを得ない。
どうせ自販機を置くのなら教室から近いところに置いてもらいたいのだが、わざわざこんなところに置くというのには何か理由でもあったりするのだろうかと、分かったところで何の実りもないことを考えながら歩く。
「────!!」
と、もう少しというところまで歩いてきたのだが、奥の方から大きな物音と人の怒声が聞こえてきたことで、何があったのかと早足になる。
その声に聞き覚えがあったのも、俺達が早足になった理由の1つだ。
「──俺の前でテメェどういうつもりだぁ?アァッ!?」
「ひぃぃッ!!」
見に行くと、そこにはボコボコに凹んで倒れた金属製のロッカーと強面の男、そしてそいつに嬉しくない壁ドンを食らった男が1人。
なんともわかりやすい光景だ。
「根性入れ直してやるから歯ぁ食いしばれやぁッ!」
今にも一発、朝食を食べて来たであろうその腹にぶち込みそうな感じだ。
「傑、朝から何してんの」
流石に朝から暴力シーンや嘔吐を見せられるわけにもいかないと、その強面の男に声をかけた。
「あぁ?…お、何だ、お前らか!何してんだこんなところで」
こちらを一度睨むも、相手が俺達だと分かると表情を崩し、全く同じことを聞き返してきた。
何をしているのかという質問はこちらが今さっきしたばかりなのだが、聞こえていなかったのだろうか。
「相変わらずだね、傑」
「まぁな、こいつがさっき4組の奴にカツアゲしようとしてやがったからここで話してたんだよ」
と、何一つ悪びれることなく経緯を説明してくれた。悪いことはしていないのだろうが。
こいつは龍崎 傑。今の流れの通りの奴だ。
うちの姉よりもよっぽど短気で手が出るのが早く、喧嘩をさせたら多分誰も勝てない。曲がったことが嫌いで、弱い者いじめや筋の通らないマネをする奴を見ると烈火のごとくキレる。
良い奴とは言えないのかもしれないが、決して悪い奴ではないと信じている。それは自分が助けてもらったことがあるからという単純な理由だが、助けてくれたのだからいいだろう。
人間というのはそういう生物だ。
「あぁそうだ、忘れるところだった…オラァッ!」
自分達が来たのにも関わらず、思い出したように殴り始めたが、多分悪い奴ではない。
「オラッ!言う事があんだろうがッ!」
「ご、ごべんな、ざ……おぶえ……っ!」
「俺に謝ってどうすんだ馬鹿がッ!」
無茶苦茶言って殴り続けているが悪い奴じゃない、きっと、多分、恐らく、十中八九。
△▼△▼△▼△▼△
「そういえば知ってる?ここ最近この町で話題になってる"おかしな"場所」
自販機での買い物を終えると、カツアゲ君をひとしきり殴り終わった傑をつれて教室に戻る。
その道中、真がそんなことを言い出した。
「話題になってる場所?」
「……あぁ、あれか!ポリ公がマークしてるとかいう半グレの溜まり場──」
「ごめん、多分……というか絶対にそれじゃない」
逆に何故そんな情報を掴んでいるのか心底不思議ではあるが、聞かなかったことにする。これ以上の厄介事は御免だ。
「これまでは特に何もない場所だったんだけど、最近になってそこを通りがかった男女が突如として結ばれる…なんてことが頻発してるらしいんだよ」
「縁結び…みたいなもん?」
「なんだ、いいことじゃねぇか」
確かにその通りではある。少子高齢化が叫ばれる世の中なんだから、結ばれる人が増えることは歓迎すべきことだ。
だが、言い方が少し気になる。
「それが、通りがかったその男女、その多くが見ず知らずの赤の他人同士だったって話なんだよ。それが急に恋人になったとか籍を入れるなんて話が出てくるもんだから周りがびっくりして。それで、ちょっと話題になってるって感じ」
「赤の他人が?……なんじゃそりゃ、変な話だな。……最近ってそんな感じなのか?」
「さぁ…?」
そうなると変な話だ。
元から恋人同士だったという2人がその場所を訪れて仲を深めて結婚…なら、そうおかしな話でもない。
みんなが言ってるからそんな気がする。縁結びにまつわる話なんて、いや、そう言った類の物自体が大体そんなものだ。
だが全く知らない同士の2人がとなると不思議に思うのも致し方ない。
「颯くん、僕少し気になります」
3人で首をかしげていると、これまでずっと黙っていたエルゼが口を開いた。
俺は2人に視線を向け、彼らがエルゼを認識できていないという事を確認する。
そして返事をしていいものかと目線を泳がせていると、エルゼはそれに気が付いたのだろう。
「大丈夫ですよ、僕と話している間、周りはそれを認識できませんから」
求めていた答えを返してくれた。
「そういうことも昨日のうちに聞いておくべきだったな」
「言っておくべきでしたね。それで、今の話なんですが…おそらく魔族が関わっているものかと」
「は?そんなことする魔族がいるの?」
「はい。まぁ、いてもおかしくありませんねぇ」
「え、そいつは一体何がしたいのマジで」
「分かりません。ですが昨日来た奴を思い出してみてください。答えはそこにあります」
そう言われ、昨日の魔族を思い返す。
「そういえば地球上の人間全員にメイド服着せるとか言ってたっけ…」
「はい。魔界の奴らは基本そんなんばっかのバカばっかです。単純に世界を滅亡させたいとか言ってるような奴探すほうが大変ですよ」
「じゃあそこに行ってみるべきなのか……いや、でも待てよ?別にそいつにならこの地球渡してしまってもいいんじゃないのか?害も無さそうだし」
「えぇ…縁起でもないこと言わないで下さいよ…」
エルゼが顔を引きつらせて言う。
縁起でもないとは言っても、今その魔族とやらがある種の縁起物になっているわけだが。
「なぁ真、その場所っていうのはどこなの?」
「え、行くの?」
「お前もそういうの興味あるんだな」
「いや違うけど…行くかどうかは別として気になるから」
そうしておかしな場所とやらの情報を得た颯は放課後、エルゼと共にそこへ向かうことにしたのだった。