失態
腕を掴まれ、剣道部のいる道場へ。
そこでは特に何の障害もなく、生徒会長との模擬試合はなされることになった。
何故文学部の部長が、それも生徒会に入っているわけでもない人が、ここまでスムーズに事を運べるのだろうか。
「同士でもあるからさ、仲はいいの」
「同士……?あ、あれか……」
会長と共通の趣味で繋がっていると言う事だろうか。本好きなのも相まってといったところだろうが、だからといって部活中にお邪魔できるのはよく分からない。
そう言った事情を知らない他の部員からは当然奇異の目で見られ、一部理解できないといったような声が聞こえたが、名声名高い生徒会長と悪名高い御厨 楓の弟の一騎打ちと言う事でそれを見ようとぞろぞろと集まってきている。
俺としてはよろしくない状態だ。非常によろしくない。
会長に事情を説明し、八百長を仕組んで惨敗したうえで部長にそれを見せて納得させようかなとか、ここまでの道中考えていたのに。
ここまで人に集まられると会長にそう言った相談をする隙がなく、何より大勢の前でみっともなく負けるというのも後が怖い。
事情を説明していない状態で手を抜けばそれを会長に看破されかねないし、負け方によっては姉さんに何を言われるかわかったもんじゃない。
「や、この間ぶりだね」
「えぇ…まぁ」
胴着を着込んだ会長に出迎えられる。
なかなか様になっていて、これが凛々しい雰囲気を纏った皆の知る生徒会長の姿、という奴なのだろう。
「で…奏君から大体の話は聞いたのだが…本当にやるのかい…?」
「まぁ…やるしかなくなったので……」
「そうか。じゃあ胴着と竹刀を……」
「あぁいや、竹刀だけでいいです」
「え、それだけでいいのかい?」
周囲から動揺の声が聞こえてくる。会長も俺に胴着がなくとも問題がないことは理解しているのだろうが、それでも心配するような声を漏らす。
「はい、竹刀だけでいいです。あと会長」
「…?どうしたんだい?」
「ルールを知らないので、そのつもりで行かせてもらいます」
「そうか…わかった。なら私も、全力で行かせてもらおうか」
「それと。部活の士気にも関わるでしょうし、絶対に負けないでくださいね。あの、絶対に」
こうなれば打てる手は1つだけ。会長含め周囲の全員に俺が手を抜いていることを悟られない程度の力は出しつつ、そのうえで圧倒的な力量差で会長に勝ってもらう。
向こうだって部員たちの目もあるんだ、部外者に負けるような姿は見せられないだろう。そう思ったからこそ負けないでくれとそれとなく伝えたのだが……いやはや全く、自分の愚かさとでもいうべき部分が嫌になる。
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「(これは…勝ってもいいのだろうか…)」
流華は迷っていた。
友人からの頼みなわけだから文化祭での一件も引き受けたし、そのために必要だというのだからこの模擬試合も引き受けた。
だが相手が悪い。
この間の一件以降、流華の中での颯の扱いは少し特殊なものになっていた。
姉である楓の怒りをつい数日前に目の前で感じ取っていたこともあり、この勝負を持ち掛けてきた、友人であり同士でもある奏に恨みがましい視線を向ける。
今のところは颯が抑えていることもあり何事もないが、ここで負かしたという話が外に広がればどうなるか分からない。
が、それでも矜持があり、もしもの時は腹を括ろうと覚悟を決める。
「まぁ、いい機会だしね……力は偽物でも技は本物だってこと、見せてあげるよ」
そして戦端が開かれることに。
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「では、始めっ!」
掛け声とともに勝負が始まり、互いに距離を取って睨みあう。
暴力的なまでの威圧感。
流華は勝負が始まった瞬間、楓の放つそれとはまた別種の、それでいて相手の動きを牽制するだけのオーラを放つ。
颯は構えるでもなく、ただ隙を窺う。
流華は竹刀を真っ直ぐと構え、その動きを注意深く観察しており、その立ち姿には寸分の隙も無かった。
先に勝負を動かしたのは、颯の方であった。
「はぁぁぁぁっっ!!!!」
正面から一気に距離を詰めると、下から斜めに払うように顔を狙う。
しかし、それは届くことなく止められる。
「はっ!!」
流華が攻撃を防ぐと同時に、その勢いを利用されて竹刀を滑らされ、力が空振り体勢を崩されると、そのまま頭目掛けて勢いよく振り下ろされる。
「んぐっ」
竹刀は間に合わないと左腕で受け止めると、その痛みに顔を歪める。もうこの時点で剣道も何もないが、それを好機ととらえると、颯は右腕に持った竹刀を構え、思い切り突きを放つ。
「くっ…!」
思わず後ろに飛ばされた流華を逃すまいと、畳を蹴り飛ばし、竹刀を垂直に構え、仕返しとばかりに頭を狙い振り下ろすが、すかさず回避され、横一線に薙ぎ払われた竹刀が颯の腹を打ち据える。
横方向に加えられた力はその身を大きく吹き飛ばし、勢いよく壁に叩きつけられる。しかしすぐさま壁を地として再び飛び掛かると、竹刀を振り回す。
「オラオラオラァァァァァッッ!!!」
その攻撃はその一撃ごとに速く、そして重たくなっていき、それを全方向から叩き込んでいく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」
流華もそれに応戦するように、その攻撃を的確に弾いていく。
振り払われる竹刀の残像が2人の周囲を包んでいく。
初めは防戦一方であったが、隙を見ては攻守を入れ替え戦いを進めていき、この時点で颯は適当なところで負けることを、流華は常人離れした力を抑えることを完全に忘れていた。
既に剣道のルールなど完全に無視した、実戦さながらの殺し合い。そんな戦いがそこにはあった。
興味本位で戦いを観戦しに来た他の部員は、皆が2人の動きを必死に追うだけで、もはや声も漏らせずにいた。
彼らの憧れの剣道部主将は、これまでも他の追随を許さない圧倒的な力を見せていた。しかしそれを超越した力を、そしてそれと互角に渡り合う存在がいることに、これまで受けたことのない衝撃を受ける。
もはや今自分達が足を付けている畳が本当に地面なのかも分からず、道場には竹刀と竹刀のぶつかり合う音と、2人の鬼気迫る声だけが響く。
「いける…!この2人なら……!」
この戦いを引き起こす原因となった奏は恍惚とした表情で戦いを眺め、呟く。
感じたのは無限の、夢現の可能性であった。
いつか読んだ物語の世界を、そしてこれから作り出す物語を、この2人なら再現できると。どちらが強いかなど関係はなく、これだけの迫力をもって場を支配できる時点で、彼女の脳内オーディションには満場一致で合格であった。
そして時に、颯は奏を普通寄りの人と評価したが、それは間違いである。
物語の世界に囚われた変人。それが櫛引 奏であったのだ。
そうしてしばらく経つと、かすり傷だらけになりながらも竹刀を構える2人の姿が。
「会長……」
「颯君……」
「「ここからどうしようかな……」」
ボロボロになって初めて、お互いに少しだけ冷静になった。
そうなると今度は、今まで自分たちが繰り広げてきた戦いを思い出し焦り始める。
「ここらで終わっておきますか?」
「そうだね…そうしよう……かっ!」
お互い駆け出し、痺れるような音と共に通り過ぎた。
颯が膝をつくと、その場に竹刀を置いた。
「よし……降参です」
「降参でよかったのかい?」
「いや、これ以上やるのは普通にまずいですし、いいですよ」
「それもそうだね…」
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「らしくないですね、颯くん」
「あ、いたんだ」
半ば逃げるように道場をあとにした。
もう、こうなってしまってはあの部長の説得などできないだろう。周りにあんなものを見せてしまった事もあり、騒ぎになる前にすべての事後対応を会長に押し付け逃げだすことにしていた。
「で?何がらしくないの」
「普段がアレだったのもあって、颯くんもあんな風に楽しんだりするんだなぁって思いまして」
「嫌なのは面倒事とかであって、それ以外は結構楽しんでると思うけど」
「アレも面倒事の一環では?」
それもまた、合っていると言えば合っている。
しかし。
「まぁ、計画性が無くて考えなしで見切り発車で挙句無惨に爆発四散するのは姉さん譲りだから──」
「誰が何ですって?」
後ろから聞こえてきた底冷えするような声と共に首根っこを持ち上げられる。
「あひゅっ!!」
「こんなところで何してるのかしら?」
「あー、文学部の手伝い…?」
「文学部?」
「姉さんが厄介事を丸ごと押し付けてくれたお陰で、ね!」
掴まれた首を振りほどいて着地した。
自分のしたことは完全に棚に上げて非難するその行為に、エルゼがまたかとため息をつくが、それが聞こえることはない。
「……あぁ、そういえばなんか櫛引に頼まれたっけ」
「なんでただ断るだけに留めなかったの」
「だってしつこかったし…あんたならアレもいなせるかなって」
「……乗っちゃった」
「何やってんのよバカ」
て、てへぺろ?




