ゼリー状の何か
疲れがたまったら寝るに限る。腹が減ったら食うに限る。
──なら、ストレスが溜まったらどうすればいいのか。
そう、魔物相手への八つ当たりだ。ストレスの原因は1つではないし、もし仮に誰か特定の人物の所為だったとしても、その本人に当たることはできない。
誰の所為かも言わないが。
と言う事で俺は週末、溜まりに溜まったストレスを解消するために魔物を探していた。
魔族に出くわそうものなら、ストレス解消でストレスをため込むという無駄な結果に終わってしまうため、狙うのは魔物になる。
出来れば弱そうな、嬲り甲斐のあるタフな奴ならもっといい。だがそんな魔物はいるのだろうか。
あの会長も普段は魔物や魔族を狩っているらしく、最近あまり魔物の被害を聞かなかったのはそれもあっての事なのかもしれないし、もしかしたら傑や会長が狩ってしまったせいで俺が倒すまでもなくなってしまっているかもしれない。
普段ならそれも諸手を挙げて喜ぶべきなのだろうが、今日ばかりは少し違う。何でもいいからぶん殴りたいのだ。ぶん殴って蹴り飛ばして、へし折って叩き潰して擂り潰して、魔法の実験に使って────
殺す。
そんな風にしたい気分なんだ。だからなんかいてもらわないと困る。
そう思い街から少し外れた住宅街や工場地帯など、普段あまり訪れないようなところにも足を運ぶ気でいた。
その話をエルゼにした際には若干顔を引き攣らせたが、少し何かを考えた後、許可を出した。
だが物欲センサーというやつか、出て来い出て来いと思いながら探すと、意外と何も出て来ないものである。
「平和ですねぇ」
「今日ばっかりは平和じゃなくてもいいんだがな」
「や、やめてくださいよ…そういうこと言うとすーぐなんか出てくるんですから」
そう思って歩いていると、視界の端に何やら蠢く物体を見つけた。赤いような紫色のような…ワインのような色の、半透明の何か。そんな何かが道脇の草むらの中でもぞもぞしてる。
やっとか、そう思いながら遠目でそれを観察する。
「アレは…多分アイツですね」
「アイツ?」
ゆっくりと近付いてみることに。そこにいたのはゼリー状の魔物だった。
「何これ」
「えぇ!?知らないんですか!?」
「え、知らない…」
それには牙にも爪にも見える鋭い何かが大量についていて、体?の中には石ころや草やゴミが浮いていて、特徴らしいものはそれくらい…いや、もしかしてこれ……
「捨てられたグミの妖怪?」
「違います。スライムですよ」
「……は?いやいやいやいやいや、コレがスライムはないでしょ」
「スライムですよ!どっからどーみても!」
スライムと言えばアレじゃないのか?青いフォルムに丸い瞳、やや横に伸びたU字の口のあの姿じゃないのか?
こんな爪だらけで汚い色のゴミまみれな物体がスライムなわけない。
きっと何かの間違いだ。俺のスライム像が…。
「こいつらは知性がありますからね、こういう枯葉や石を体内に取り込み水溜りなどに擬態することで獲物を狩っているんですよ」
「知性がある!?ふざけるなよ!」
「な、なにを一体怒っているんですか…」
「そうだよ、何怒ってるだよ」
「いや何をってそりゃ、スライムは知性なんてなくてただ体当たりをしてくるもんで────ん?今の誰だ?」
「何言ってるだよ、目の前にいるじゃなかよ」
目の前…?と、声のした方へと視線を落とす。
そこのいたのはもぞもぞと蠢くスライムの姿。
「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁっ!?????」
「そりゃ喋りますよ。獲物の声を真似ることで獲物をおびき寄せたりするんですから」
「そうだよ、喋るだよ」
「えぇ…そんな…あ、でもスライムも中には喋る奴もいたっけ…敵意がないことをアピールする感じで」
よかったよかった、俺の中のスライム像が保たれた感じする。
「でも…そうなるとこいつはヴォルスロークよりも上?」
「そうなりますね。単純な力では劣りますが総合的な戦闘力はスライムの方が上です」
「そうだよ、おいしいご飯だよ」
そ、そうなのか。序盤の経験値要因じゃないのか。
でもコイツ、見た感じ脳とかそういうのはなさそうだけどどうやって思考してるんだろう。口もないけどどうやって喋ってるんだろう。舌とかないけど何でおいしいってわかるんだろう。
ダメだ、全然わかんない。
「で、ここで何してるんですか?」
「人間を食べるために準備してるだよ」
「そうでしたか~。それはよろしゅうございますね」
「そうだよ、よろしゅうだよ」
「はい、颯くん。言質は取りました。倒してください」
「あぁ、いきなり?」
「当り前じゃないですか。魔物ですし、人間食べるって言いましたし。それにサンドバックが欲しいって言ってたじゃないですか」
サンドバックにならないだろこれは。
「これ触ったら手溶けたりしない?あと汚いんだけど。ぬるぬるしてそうだし」
「もぅ、わがままですねぇ。やっと見つけたのに」
「プンプンするな」
スライムの生殺与奪の権を握りしめ、本人そっちのけで話を進める。俺自身倒すことは確定しているのだが、気になることもあり、少し思案した末に呟いた。
「……でももうちょっとスライムについて知りたい」
木の枝でツンツンしながらスライムを観察する。
「え?さっきはイメージとか違うとか言ってませんでした?」
「それも含めて、もしかしたらイメージ通りの部分もあるかもしれないし」
「知りたいことがあるんだな?」
「そう、お前はレベル99になったら炎系の魔法を覚えたりするの?」
飲み込まれた木の枝が体内で浮いているのを見て、触れてもすぐには解けないのだなと心に留めておく。
「魔法なら強酸弾が使えるだよ。レベルとか言うのは知らないだよ」
「炎魔法は覚えないのか…じゃあ、スライム同士で合体してキングサイズになれたりは?」
「合体…?合体はしないだよ?スライムの王様ならそういう魔族様がいた気がするだよ」
「キングにもなれないのか…ならお前の知り合いのスライムにさ、こう…頭のとんがってて…顔のついた青いスライムとかいない?」
「そんな目立つような色のスライムはいないだよ。顔なんてついてたら目立つから無駄だよ」
「……あぁ!?無駄じゃねぇ!死ねぇっ!」
無駄と言われた勢いで思い切り蹴りを入れる。ブルンという感覚と共に、ワイン色のスライムボディが飛び散り消えていく。
バカにするんじゃない。
「は、颯くん…倒すのはいいんですがいきなりキレるのはビックリするのでやめてください……」
「そ、そうだよ…や、やめて欲しいだよ…オラ悪いスライムじゃねぇだよ…」
そのセリフを聞いた瞬間、一瞬でいつもの戦闘スタイルにへと変身し、右手に持ったステッキをスライムの方へ向けた。ステッキの先に魔力が集まっていくのをスライムも感じ取っていた。
「セリフが違う、今すぐ言い直せ」
「え…?え、いや、何のことかわからないだよ、待って欲しいだよ」
「早く言え、正しいセリフを…!」
「え、えぇーっと、えっと、あ!オラ…じゃない、私、悪しきスライムではございません!どうかご容赦──」
「シャイニング・メテオ!」
「んだああああああああああああああっっっ!!!!!!!」
よし。悪は滅びた。
スッキリはしていないが会話したら気が晴れたことだし、後のストレス発散は別の奴ですることにしよう。どうせ3歩歩けば何かしらに襲われ巻き込まれるのが俺なのだし。
「何がそんなに気に食わないんですか」
「やっぱりイメージと違うっていうのは…自分の中で勝手に作り上げられている像みたいなのが壊れるから」
「あの……さっきの質問ってゲームの話ですよね?」
「え?そうだけど」
「あ……はぁ……」
次なる標的を探して再び歩き始めた颯の背を見送りかけたエルゼであったが、少し遅れてそれについていく。