謝罪
「小僧、あれだけ派手に暴れまわってバレていないと思っていたのか」
「「ですよねぇ~」」
帰宅後、家で待っていたヴェルザから話を聞かされていた。
姉さんはなぜかその場にはいなかったが、ヴェルザ曰く俺の考えているようなことにはなっていないらしい。
「だが…あの女も成長したらしいな」
「成長…?」
「ああ。てっきり暴走してお前を追いかけるのかと思っていたが、あの魔族らに協力を求め、事の鎮圧に努めあげておったわ」
証拠隠蔽やら何やらをあの2人でやっていたらしく、ヴェルザだけ先に帰ってきていたのだと。姉さんから離れてもいいのかとも思ったが、ここにいるという事はいいのだろう。
「いやぁ、よかったですねぇ、颯くん」
「馬鹿め、いいわけあるか。その時必要な行動を見極められておっただけで、場合によっては普通に行動を起こしかねん」
楽観的なエルゼに対し悪態をつくように言う。それに対してムッとしていたが、まぁ仕方ないと思う。
「……で?今その当人はどこにいるの」
「途中であの魔族と揉めて争い始めた」
「え?」
協力を求めたのにその相手と戦ってるのだという。
どうやらモンブランが姉さんを煽るような言動をとったことが原因で、揉めたとは言っても殆ど姉さんが一方的に痛めつけていただけとのこと。死なない程度に殺しているだけだから気にする必要もないらしい。
モンブランの話を聞いて思い出したのは、メイド喫茶の件だ。
俺はさっき生徒会室で一度負け、諦めて帰ろうとしたところで戦闘が勃発したんだ。
そこで和解の条件として俺の要求を呑んでもらう…なんて風に持っていけるんじゃないだろうか。
何かしらの条件の下で和解が行われればお互い納得できるし、姉さんが割り込んでくる余地も減らせると思う……思うだけだ。自信はないけど。
俺は結局、日没頃にブチギレながら帰ってきた姉さんを宥め続けた。
△▼△▼△▼△▼△
「たのもー!」
再び生徒会室のドアを叩き、1日と経たないうちに同じ場所へ戻ってきていたという事実に苦笑しながら返事を待つ。
「入ってくれ」
部屋から聞こえてきたのはやはりと言うべきか、生徒会長の声であった。
今は昼休み。俺は今朝、阿波から昼休みに生徒会室に行くよう言われていたのだ。生徒会長直々の御指名という事で、阿波自身、俺のことを訝しむような表情でそれを伝えてきた。
ドアを開け部屋に入ると、昨日と同じ席で手招きをしていた。
「やぁ。わざわざ呼び出してすまないね。本来であればこちらが出向くべきなのはわかっていたのだけれど……」
部屋の最奥に置かれた生徒会長の席を立つと、俺を応接用の椅子に案内する。他には誰もいないらしい。
「いえ、まぁ教室に乗り込まれても迷惑ですし」
敵意がないことをアピールしておくため、苦手ではあるが笑顔を心がけて答える。
昨日は一応勝てたものの、もう1回やって同じ結果を出せるかと言われれば自信はない。争わずに済むのならそうしたいし、それに自分の目的もある。
「──そっ、そうだね……それで、だね」
何やら苦しそうな顔をすると言い辛そうに話題を変える。その表情には申し訳なさと、若干の戸惑いのようなものも感じられ、俺は察した。
今までこういった失態をしてこなかったから謝り方が分からないんだろうな。分かる、分かるよ生徒会長。であれば、少し助け舟を出してやらねば。そして主導権はこちらが握らせてもらおう。
「会長、昨日の件でお話があります」
「え!?あ、ああ。わ、私もそのつもりでだね」
「そうですか、奇遇ですね」
「……そ、そうだね………」
何とも気まずい一瞬の静寂。向こうはまだ何か仕掛けてくるわけでもあるまい、ならば!
「みゃ────」
と、早速メイド喫茶の事を話題に出そうとしたが、それに被せるように生徒会長が話し始める。
「申し訳ない!昨日の件はあの後リラからも話を聞いたが、完全にこちら側の落ち度だ。すまなかった」
リラの洗脳が解けた状態の流華はこの学校でも相当な常識人であるため、この行動自体は彼女の生来の性格を考えれば当然と言えるのだが、昨日の印象が強い颯には少し違って映っていた。
「あ、ぁ…」
当然、謝罪自体は受け入れるつもりでいるし、自分側の落ち度も理解はしているのだが、条件を提示する前に謝罪を述べられてしまっては、俺の返答も許す許さないの2択でしかなくなってしまい──いや、そもそも弱みに付け込むような度胸もなければやり方など知らないのだが。
どうしようかとグルグル思案していると、会長は言葉を続けた。
「……その、したことの責任は取らせてもらう、私にできることなら何でも言ってくれ」
「ん?」
今何でもするって────なら、もう頼み事は決まっている。
鴨が葱を背負って来たというべくか、渡りに船というべくか、天啓を得たような気がして、俺は意を決し頭を下げた。
「男女混合メイド喫茶を止めさせてください!」
「あ……すまない、それは無理だ」
「なんでぇぇっっ!!今何でもするって!」
「出来ることなら、だ。もう提出してしまっているから、それは無理なんだ……すまない」
使えねぇぇぇぇぇっっ!!!何してくれてんだマジで!!!
「諦めてなかったんだね…それ」
「……というか、そのためだけに来たんですけど」
「ん……提出し終えていなければ出来たかもしれないが…何の問題もなく纏まってしまったからそのまま提出しに行ってしまって。美咲君が君とすれ違いざまに持って行ったのがそれだよ」
あの時はさして意識もしていなかったが、そう言えばあの人出て行く時に小脇に何か抱えていたような……アレがそれであったのなら、あの人が出て行ってしまった段階で、そもそも俺の目論見は破綻していたという事か。
「はぁ……じゃあもういいです……帰ります」
止められないというならもうこの場において会長に用はなく、俺は生徒会室を出ようと席を立つ。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「…え?まだなんかありましたっけ?」
呼び止められて再び席に着く。
「まだというか、ぁ…えっと…その…」
俺は何が言いたいのかもわからず、それを見ては首を傾げていた。
「謝罪をちゃんと受け取ってもらってないからじゃないですか?」
すると、エルゼが会長の行動の理由をこっそりと教えてくれた。なるほど、そういえば答えていなかったか。
エルゼの方へ意識が行ったことで1つ疑問に思う。
会長の従者の…リラだったか、アレどこ行ったんだろう。怒って焼いて食ったとかそんな感じかな。俺もエルゼが夜中たたき起こしてきたときにミキサーに入れようとしたし。
まぁ、それはいいとして。
「さっきの謝罪に関しては受け取りますよ。こっちもこっちですし、お互い様です。すみませんでした」
「そうか……」
どちらかといえば非はこちらにあるのだろう。俺としては終始メイド服が来たくないという目的のために動いた結果がこれであったのだが、うむ。やはり考えれば考えるほど俺が悪く思えるな。
事の発端は俺がエルゼにさせようとして邪魔されたことなわけで、それに付随する別の問題に関しては全くではないが無関係な問題なのだ。
「……すまない。それで、本当にいいのかい?」
「まぁ洗脳みたいな事されてたとなれば責められませんし…もう姉さんに何かしようっていうんでもないですよね?」
「あ、あぁ。────でも、忘れないで欲しい」
「何をですか?」
「あの時の言葉、1人の為に社会を犠牲にはできないという旨の言葉は必ずしも噓ではない。もしそうなった時、私はきっと君とは違う道を歩むのだろうという事を、覚えていて欲しい」
会長は真っ直ぐとこちらを見て、先程までの遠慮の様なものをまるで感じさせない声で言った。
「そうでなければ、こちらから手を出さないということは約束する」
「そうですか。ま、手出さないでくれるならいいんですけど…姉さんから向かってきたときは頑張ってください」
そう言って改めて席を立つ。とりあえずこれで俺たちが会長から攻撃対象とされることはないのだと言うし、これでいいだろう。姉さんは未だ腹に据えかねているようだが……
「え、ちょ、ちょっと!?楓君はそっちで止めてもらえないかい!?ちょっと!ちょっと!?」
会長の叫び声を無視して部屋を出る。
すまない会長、俺にはあの人を止められる自信などないし、そして可能性の低い約束はできない。
これが後に姉と生徒会長の怪獣大決戦を引き起こすことになるのだが、この時の俺はまだ知る由もなかった。