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通学

 御厨 颯の朝は、別にそこまで早くない。


 8時に出れば学校には十分間に合うため、7時頃に起きる俺は結構ゆっくりとした朝を送ることが多い。


「ふぅ…」


「優雅ですねぇ…」


「…………」


 これまでと少し違うのは、突如現れたハムスターが我が物顔で食卓に座っている点だろうか。


 椅子に座れやアホタレが。


 家族には見えていないみたいではあるものの、皿からレタスを掴んではサクサクと食べているのを見ると、どうにもバレるのではと冷や冷やして仕方がない。


 何故バレないのか、下に映った影くらいは見えていてもよさそうなものだが、それが魔法だというのなら、納得するほかない。


 絶対見えてると思うんだけどなぁ。


「ん!これなんですか!?美味しいですよ!」


 テーブルの上に置いてあったマヨネーズをレタスにかけて食べていくエルゼ。


 説明されたわけでもないのに使い道を理解するあたり、やはり知能は高いのかと感心する。


 どう考えてもマヨネーズの方がサイズ的にデカいのだが、持つ分には問題ないらしい。容器をひっくり返してバポバポ言わせていた。


「あら?颯、ここにマヨネーズ置いてたと思うんだけど…知らない?」


 と、そこにパンを焼いて戻ってきた母さんが問いかけてきた。


「いや、ここにあるじゃん」


 俺はちまちまとレタスにマヨネーズを付けていたエルゼからそれを奪い取ると、何事もなかったかのように母に渡す。


「あぁ、ほんと。見えてなかった」


 エルゼ自体が見えないだけで、持っているものは見えているのではないかとも考えていたが、その心配はないらしい。


「あああ!僕のが!」


 俺にしか聞こえない叫び声が響く。


 お前のじゃねぇよとは思いつつも、何枚かのレタスにマヨネーズをかけておいておくと、その訴えも取り下げられた。


 その後しばらくは黙々と食べ進めていたのだが、少しすると、とある人物が目を覚まし、2階から降りてきた。


「おはよ」


 長い黒髪の切り揃えられた前髪から、その眠たげな瞳を覗かせている。


 モコモコとした袖の短なパジャマに身を包み、頭の上では跳ねた毛がぽよぽよと、動きに合わせて揺れていた。


 我が姉、御厨 楓である。


 我儘で横暴な我が家の暴君だ。


 ただ、親の前ではそこまであからさまな様子は見せないし、学校では友人もいるらしいので、そんな態度を見せるのは自分相手の時だけなのだろう。


 自分と姉は会話が無いわけでも、大喧嘩をしているわけでもない。食べ物を主とした小さい喧嘩はよくするのだが。


 だがしかし、あまり仲がよろしいとは思えていない。姉弟というのはこういうものなのだろうかと、他にサンプルもないのでよく分からない。


 現状はすぐに手を出すのをやめて欲しいというのが切実な願いだ。


 頼んでおいたアイスが液体で届けられて怒るのは分からなくもないが、叩かれると心が痛むのだ。さらにアレは俺のせいじゃないのだし。その辺りの説明はできないが。


 姉はチラリと視線を一度こちらに向けただけで、あとは特に何もなく朝食を食べ始めた。


 その後は準備を済ませると時間までの暇を潰し、家を出る。


「あ、ちょっと待ちなさい」


 玄関に向かった俺は、姉に呼び止められた。


 俺は姉が普段家を出る時間より少し早く出るようにしていたので、何事かと驚いた。


「な、何?もう家出るんだけど…」


「私も出るから待ってって言ったのよ」


「一緒に行くの?」と思わず言いそうになったのを、俺はなんとかギリギリで堪えた。


 言えば絶対頭を引っぱたかれるに決まっている。


 偉い!なんて考えていたら叩かれた。


「痛っ!?…何で?」


「……顔で言ってるようなもんでしょ。さ、行くわよ」


 この場合の反論は無駄だし、だからと言って反撃もしてはいけない。受け入れる他ないのだ。それが弟という生き物で、姉という生き物である。


 無論、今の俺なら勝てるだろう。しかし、それをすると今後の関係に禍根を残しかねないと言っても過言ではない。


 故に俺は「はいはい」と返事をしてついていく。


「…………」


 学校までの道はこの時間だと結構静かだ。


 小学校などが近くにあればまた違ったかもしれないが、いつ歩いてもゆっくりとした時間の流れるこの道が好きだったりする。


 尤も、今日はハムスターが後ろでふわふわ浮いている上、おっかない姉と一緒の通学だというのだから気が重いのだが。


「で、あんた昨日何があったの?」


 少し歩いたところで、姉が少し心配そうに尋ねてきた。


 本人からすれば当然の疑問だろう。


 アイスが溶けていたこともそうだが、帰ってきたのはすっかり日も暮れてからで、まず何かあったと考えるのが普通だ。砂埃も完全には落としきれてなかったわけだし。


 だが隠し事をしているという自覚がある俺は、その質問をただの質問と捉えることができなかった。


「な、なにが?何もなかったけど?」


「ふぅん、そう……で、終わると思った?そんなわけないでしょ?あんな時間にあんな疲れた顔で帰ってきて。それもアイスを買ったのは帰ってくるよりもだいぶ前って、何かに巻き込まれたとしか──」


 俺の返答ではお気に召さなかったのか、猛烈に捲し立ててくる。


 この人なりに心配してくれているのだろう。


 だけど本当のことを話すわけにはいかないし、話したところで信じさせるだなんて無理な話だ。


 であれば、全力で誤魔化す。


 それ以外にできることはなかった。


「いや、本当に!何もなかったから。アイスはその……買ったの忘れて寄り道してただけで」


「……はぁ……じゃあもうそれでいいけど」


 と、少し不満げに話を終わらせてくれた。


 心配して聞いたらはぐらかされたのだから不満に思うのは分からなくもないが、この人は普段のお互いの関係性を踏まえているのだろうか。


 どう考えても悩みや内緒ごとを共有するような関係性ではないだろうに。


 歩み寄ろうと、してくれているのだろうか。


△▼△▼△▼△▼△


 そんな2人を見ながら最後のレタスを大事そうに食べているエルゼ。


 颯に何か言うわけでもなく、二人の会話を聞き流しながら考え事をしていた。


 昨日の現象について。


 颯が魔法を中途半端に中断したことで行き場を失った魔力。


 本来であれば暴発して颯の身体が吹き飛んだりしかねない危険な状態だったのだが、アレは結局ブラン・ノワールのもとに集まり降り注いだ。


 しかし、思い返せばあり得ない事だった。


 魔法を使わずに魔力そのものを操作することは、体に相当の負担がかかることを無視すれば確かに可能ではある。


 だが、昨日の時点で颯はその方法を知らないはずだし、もし仮に知っていたとしても、力を与えて1時間も経たないうちに使いこなすのは不可能なはずだ。実際1時間どころか数分の話だったのだし。


 だというのにも関わらず、あの魔力を操っていたのは確かに颯本人だったのだ。


 アレは一体何だったのか。


 アレがもし偶然でないとすれば、今後に影響が出る可能性があり、いずれにせよ放置するという選択は取ることはできない。


 しかし実際問題確かめようにも危険性が高く、また同じ状況でないと確かめようがないため、こうして黙々と思案するしかなかったのだ。


「魔力…意志…見間違い…?いやでも…むむぅ…」


 颯はイラついていた。


 右からは姉の小言のような独り言が、後ろからはハムスターの咀嚼音とよくわからない独り言がずっと聞こえてくる状況に。


 ただキレるわけにもいかない。


 エルゼにキレると姉にバレる。


 巻き込んでやるわけにいかないという思いもあるが、それ以上にあんな格好を見せるわけにはいかない。


 絶対に笑われる。生まれ変わってもネタにされる。この姉はたとえ自分が死んでもその先で自分の姉として君臨していそうな、そんな気がしていたし、だからこそバレたくはない。


 親や友人にももちろんバレたくはないが、この人だけには。


 こんな微妙極まる関係性でも、姉を手に掛けるようなことはしたくないのだ。


 朝は気分のいい通学路も、誰とどう歩くかでここまで変わるものかと、静かに肩を落としたのだった。

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