大演説
転校生ことモンブランが来てから数日して、阿波から連絡が来た。
「ありがとう?何がだ?」
「この間相談を受けていたじゃないですか。それの事なんじゃないですか?」
「俺なんかしたっけ?何かしようと考えてはいたけど」
何かしようと考えていただけで、何をすればいいのかについては実際のところ、何一つとしてそれらしい答えなどで手はいなかったのだが、ただそれでも考えていたというのは事実である。
尤も、人間関係など本人が自分の力で解決できないのなら所詮はそこまででしかなく、他人に解決を委ねてしまった時点で破綻しているのではないのか、というのが俺のちょっとした持論──というか、考えているうちにふと感じたことだったのだが。
「解決したから一応相談相手に礼を言っとくって感じじゃないですかねぇ」
「……んん~」
思わず唸る。
これは恩を売って阿波を利用するという俺の策が破綻してしまったという事にほかならず──あぁいや、悩みが解決したこと自体はめでたしめでたしでいいのだし、それを残念がるというのもなかなかドクズここに極まれり感が否めないわけだが……
こうなると、クラス内での案出しの段階でメイドカフェ以外の良案を出してクラスを誘導するというのがまず1つの案。
もう1つは、他クラス、出来れば全クラスにもメイドカフェをやらせることで、案を被らせ弾かせようという手。
出し物やコンセプトにはそれぞれ出店可能数があるため、それを超えた時点で被ったクラスの代表者を集めてじゃんけんをさせ、勝ったクラスのみがそれを出店出来るというルールがある。今回の場合はそれを案を弾かせるために利用するというものである。
ただこれは、他のクラスの人間に働きかけなければならないし、その上でじゃんけんとかの結果に頼る運ゲーだ。
俺は策謀めぐらす神算鬼謀の戦略家じゃないんだし、それは正直考えてない。
それにそこまで仲のいい相手もいないし……友達がいないんじゃなくてな。
どちらにせよ、モンブランもとい白山 黒子の人心掌握術とやらがいかほどのモノか分からない以上、策を練らねばならないだろう。
もうこれ以上の屈辱は…!認識阻害もないのならばそんな格好させられてたまるかっ…!
握る拳に力が入る。
「…い、おい!聞いたか颯」
「ん?あぁ、傑か。どうした?」
傑に話しかけられたことで我に返った。
「文化祭が来月に前倒しになったって話なんだが」
「…!それは知ってる…!」
よかった、やっとこいつに噂話の速度で勝った…!
どこまでも虚しい勝利を俺は感じて──
「そうだったか。で、今日の6限目にクラスでの出し物選びをやるみてぇでよ、出し物とか決めるみてぇなんだよ」
──秒速で敗北した。こいつなんでこんなに情報掴むのが早いんだ。
にしても、もう出し物選びか。いや、このくらいから準備自体は進めないと日程的にはギリギリかな。
勝負の時は来たれり。
俺は覚悟を決めた。
△▼△▼△▼△▼△
「う~し、お前ら!」
6限目、担任が教室に入ってきたことで傑の話が本当であったと知る。別に疑ってはいないが。
担任は、文化祭が暑さの影響で前倒しになったことから説明を始めた。
本来であればこの時期に体育祭を行い、そのまま夏休みに突入する。
それが今年は入れ替わったと。
確かにこの時期に体育祭やるだなんて言われたら、文字通り槍の雨でも血の雨でも降らせてやると、そう考えなくもなかったしな。
今の俺にはそれを可能にするだけの力があるのだ。ま、やらないみたいだけど。
続けて担任は今日この時間を使って出し物の案を決めることを告げる。
教室は当然沸いた。
そこからは阿波が取り仕切ることになり、話が進められていく。
諸々の注意事項を説明したのち、早速案を募ることに。
「はいはい!はい!」
早速手を挙げたのはモンブランだ。
「私はメイド喫茶がやりたいです!」
この女、意外と適応能力が高いのか、クラスには数日で馴染んでしまっている。
これも人心掌握の内とでもいうのだろうか。
だとしたらそれは偽りの友情なのではないだろうか。
心からの友人は1人もいないのではないだろうか。
と言う事は俺の勝ちなのではないだろうか。
ま、魔族になんか負けないんだから!
俺は一体何を考えているのだろうか。
「はいはい、メイド喫茶ね…神尾くん、書いておいてくれる?」
阿波が書記に命じ、案の1つとして黒板に書かれる、が。
「あ!お待ちを!ただのメイド喫茶じゃないんです!」
「ただの…?」
「はい!メイド喫茶と言えば女子が中心になるものが多いですが!我…んん、私は!男子のメイド姿も見たいんです!」
教室内に動揺が起こる。
ある意味特殊性癖を堂々と開示されたようなものだ。まぁ、ここ数日でそれは羞恥の、否、周知の事実と化しており、堂々とし過ぎて受け入れられてしまっているのだが。
女子勢は意外とその案に乗り気な感じらしい。
そしてその内男子の中にも「えぇ~?もぅしょうがないなぁ~。その代わりぃ~、女子もメイクとか教えてくれよ~?」とか抜かすアホが出てきやがった。新宿二丁目でも行ってろタコ。
このままではマズい。
このまま空気がそちらに流れていくと、流れのままに、思いのままに、「面白そうだしもうこれでいいんじゃね?」的な感じでそのまま採用されかねない。
すかさず声を上げると、他にも案がないかを聞くよう阿波に提案する。
「そうね、男女混合メイド喫茶に変更しておいて…他にやりたいものがある方は?」
阿波の問いかけに対し手を挙げたものが一人。
「はい、龍崎さん」
「俺はやっぱあれだな、王道のお化け屋敷がやりてぇな」
「お化け屋敷ね…はい。じゃあ他には?」
お化け屋敷か。
傑はそのまま出ていく方がよっぽど恐怖だろうな。
その場合はお化けの屋敷というより極道の屋敷になりそうだが。
やはりこの辺りの王道はやりたいという人も多いのだろう、ああでもないこうでもないと皆口々に言う。
その後も部活の出し物があるから展示系の手がかからないモノがいいというような案や、屋台形式の飲食など、様々な案が出た。
最悪の場合は俺もいろいろ対案を出すつもりであったが、その必要もなかった。
しかし、いざ投票しようという段階になり、モンブランは動いた。
「皆様!よろしいでしょうか!」
「……?ど、どうしました?白山さん」
「投票をするのはよろしいのですが、それにあたり少しお話をさせていただきたいんです!」
「お話、ですか?」
「えぇ!私が!この!メイド喫茶に掛ける情熱の!その一端でも知っておいていただきたいんです!」
「えっと、それは演説をさせろ…と?」
はい!と鼻をフンスと鳴らし阿波に詰め寄るモンブラン。
「おいおい、演説なんてそんな時間ないだろ?モン…黒子だけやったら不公平になると思うけど?」
させぬわ!と、すかさず割り込もうとするが。
「案は全部で8個、そして皆さんの協力もありスムーズに進めることができたので時間には若干の余裕があります。必ずしも演説をしろという訳でもありませんが、1人2分に収めていただければ……全員やっても問題ないですね」
阿波ぃぃぃっっ!!!!
この恩知らずの恥知らずがあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!
「それは重畳。では――!」
そこからは、つい聞き入ってしまうような演説が始まった。
必要なことを端的に、利点や魅力が大いに伝わるように。
ジャスト2分、1秒の超過も無く演説を終えると、教室内は拍手喝采に包まれた。
こういう奴が政治家とかを目指すとヤバそうだな。合法的な手段でこの国の人間全員メイド服に変えかねない。
いやんなこと言ってる場合じゃない。
たまに授業内で発表なぞをしたときに出る礼儀としての拍手ってのがあるが、アレの比じゃない。完全にみんな本心で拍手している。
唯一吞まれてないのは俺と真、それから阿波か。
あいつ、やっぱり強いな。
だがこのままだとこれに決まったようなもんだ。
最終手段だがやるしかない。
「おいエルゼ、思考誘導をしろ」
「は、はぁ!?出来るわけないじゃ────」
あそこまでやられるとダメだ。俺にはアイツに同じ手段で勝てる自信がない。
「お前は、この世界を魔族の思い通りにさせてもいいのか?」
「……っ!!」
世界というかただの文化祭だが、魔族となると結構効くんだな。
「俺とお前はあくまで正義だ。あの魔族が善良な人達の心を誑かしたのを、フューリタンのお前が見過ごすのか…?」
「…っ、ですが、ルルもいるんですよ!?こんなことっ…!」
忘れてた。面倒臭いなもう。だがまぁアレは…なんか大丈夫そうだ。
「お前は自分が誰なのか忘れたのか?フューリタンのエリート。トップ・オブ・フューリタン。後輩1人欺けなくてどうする?」
「ですがっ…僕は…僕は……!」
「なぁに、もしバレても彼女なら俺たちが正義だと理解してくれるはずだ。大義は我らにあり!さぁ、やれ!」
「くっ……えぇい、ままよ!思考誘導魔法、発──!!……っ!?今のは!?」
俺に流され、エルゼは今、確かに魔法を発動した。
だがその刹那、何者かの妨害を受けたことにより、魔法の発動がキャンセルされたのだ。
「誰ですか…!?今のは…!!!」
流石に何かに気が付いたのだろうか、ルルとモンブランがこちらを見る。
モンブランはこちらに来るわけにもいかずそのまま席に着いたが、ルルが近寄ってきた。
「先輩…?今何しようとしてました…?」
「え、えぇとですねぇ、ルル…ち、違うと言いますか……」
エルゼは俺の命令だということを前面に出しつつ、非常に苦しい言い訳を後輩に語って聞かせた。
未遂だということではあったが、割とフューリタンとしては一線を越えた行動だったらしく、後輩にめっちゃ叱られてシュンとしているのが面白かった。
いや面白がってる場合じゃない。
知らん間に投票始まってるんだが。
△▼△▼△▼△▼△
そしてその結果、割と圧勝という形で男女混合メイド喫茶に決定した。
「アレでもまだメイド喫茶の魅力を皆さんにお伝えすることはできませんでしたか」
と、明らかにこっちを見ながら残念そうにするクソモンブラン。
──殺す。いつか殺す。
お気に入りのメイド服をズッタズタにしてから、なるべく無様で惨たらしく汚らしい姿でその最期を迎えさせてやる。東京タワーのてっぺんにでも串刺しにしておいてやろうか。
それか姉さんを差し向ける。ないことないことでっち上げて2人がかりでボッコボコにしてやる。
……だが案ずるな、俺にはまだ第2の策がある。第2とは言っても、それが最終手段なのだが。
そう自分を抑えた俺は、6限と終礼を終えた後、可及的速やかに生徒会室に向かうのだった。