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魔法少年を解放しろ!  作者: アブ信者
変化した日常
31/246

蟹大将

「蟹?もしかして……動画の?」


「そう、見つけたんだよ。まぁ、その途中で真を見つけたんだけど」


「な、なるほど。それも魔族……とかいうヤツの仕業だったり?」


「多分そう。だからあの蟹達がどこ行ったか追わないと。んじゃ!」


 山を登り始めてからそれなりの時間が経っている。蟹達の行軍でどこまで距離を離されたのかは分からないが、一刻も早く戻らなければ万が一が怖い。


「あ、待って颯。それなら────」


△▼△▼△▼△▼△


 という事で蟹尾行に戻ってきたわけだが……なるほど、超能力というのはやはりすごいな。


 俺は蟹の現在位置やおおよその進行方向などの必要としている情報を真から教えてもらっていて、そのおかげで蟹にはすぐに追いついた。先回りしてもよかったのだが、一応付いて行く。


 そうして付いて行くこと20分、蟹達が小川沿いの下水道へと侵入して行ったのを確認すると、俺も鼻をつまみながら内部へと侵入。その際予め変身は済ませておいた。


「下水道住みの蟹か……」


「食べたくは……無いですねぇ……」


 来る前に真から聞いていたことではあったものの、こうしていざ実際下水道に入ってみると、ここにいる生き物を食べたいとも思えず、今晩の夕飯が蟹でないことが確定してしまった。


「でも何でこんなとこまで蟹が移動してくるんだろ。海からは結構離れてると思うんだけど」


「魔族がここまで連れて来た、というのも少々意味が分かりませんしね。それなら魔物で十分なわけですし」


「……蟹のIQとか知らないけど、魔物って蟹より賢いの?」


「うーん、どうでしょうか。魔物といっても色々いますからねぇ。馬鹿なのは自分の子供と敵を間違えるレベルで馬鹿ですし、そんな魔物でも上澄みならそれなりの知能も見込めますが……まぁ、モノによるとしか言えませんねぇ」


「じゃあその魔族の配下の魔物よりは、この世界の蟹の方が賢かったと。そういう感じなのか」


「それは分かりませんが……何にせよ、警戒はしておきましょう」


「警戒ねぇ。一応真にはもしもの時の修復だけ頼んだとはいえ……こんなとこで戦闘になったらなぁ……」


 インフラ破壊は完全にテロリストのそれだ。


 いつもだってワザと壊しているわけではないにしろ、出来ることならそれは避けたい。何とでもなるからといってそれを「まぁいっか」で済ませるようになってしまっては、いよいよもってお終いだ。


「お世辞にも広いとは言えませんからねぇ。足元も悪いですし」


「俺の場合浮いてるから足元は関係ないんだけどな。お前もだけど」


 ここまで来れば周囲に人の姿もなく、蟹達は警戒を解いている。その分ドーナツを落としてダメにしてしまわないようにと、そちらに神経を研ぎ澄ませているらしい。やっぱりこうしてみると面白いな、蟹達がえっさほいさと物を運んでいる光景は。


「長いな……下水道」


「短いと思います?」


「……チッ」


「僕今何か間違ったこと言いました!?」


△▼△▼△▼△▼△


「あ、なんか開けた場所に……って、早速だな」


「……いますね」


 蟹達が進んだ先には開けた空間、そしてその奥でふんぞり返る魔族が1体。それが今回の事件を起こしたと思われる魔族の姿であった。人型でないというのもなかなか珍しいが、そもそも決まった形があるわけでもないらしく、こうなってくると魔族と魔物の違いが分からなくなる。


「ハロ~……?」


 下水道の中に俺の声が響くと、そいつはこちらを見た。


 どうやらドーナツを切り分けている最中であったようだ。実行犯から一度取り上げてその上で分ける、というのは中々搾取が極まってる気もするが、完全に独り占めしているわけでないあたり最低限の良識はあるのだろう。


 ……いや、強盗指示する奴に良識なんかあるわけねぇわ、カスだカス。


 さてと。犯罪者もとい犯罪魔族を殺すのは簡単なわけだが、少しくらいなら話を聞いてみない俺でもないわけで、故に俺は相手からの返答を待っていたのだが、向こうは確実にこちらに気が付いた上で切り分けるのを止めないでいる。


「オ前達ィ!スベテは均等に切り分けられたァ!仲良く喰えェ!!」


 ……テンション高いな。大将は大将でも、ちょんまげよりはモヒカンの方が似合いそう。


 魔族が喉の枯れそうな声でそういうと、ズワイガニたちもそれに応えるように鋏を上げ、ドーナツを貪り始めた。


「なぁ、もういい?」


「ンん?、アァ?」


 ズシン、ズシンと脚を動かし動き出す。微かな明かりの下に出て来たことでその姿はハッキリとしたものになる。全体的に長く赤い体、身体の前の方にある細い脚、長く鋭い一対の鋏、頭からツンと伸びた触角。


 コイツ、蟹っていうか……


「ヒャッハー!何シに来やがッた!何、死にに来やがッタかァ!?」


「いや分かんだろ。その蟹達だよ」


「アァァ!?こいつらがドウカシタってのかァ!?」


「白を切りますか……その蟹達に人間を襲わせたでしょう!」


「切ルのは得意だかラなァッ!!白も黒も一刀両断ンンンンンッッ!!」


「んーなことはどうだっていいんですよ!蟹達に強盗を働かせるのはやめてください!」


「ギャハァァァァッ!狩りッテのはそういうモンだろォォォオがッ!奪わレルのは摂理ィ!負ァケル奴が悪ィィッ!!」


「ザ、蛮族って感じだな」


 魔族だけど。


 どちらにせよ魔界とかで戦いばかりやってきたようなタイプの奴なのだろう。かなり好戦的と見えるが……こちらとしては流石に、ここで思い切り魔法をぶっ放すというのは避けたい。


 と、どうしたものか考え、1つやりたい事を思いついた。


「ですねぇ……まぁ、軽く現実を見せてあげてください」


「キィィャッハァァァアアアッッ!!オレは負ケなァァイ!オレは負ケなィィィ!!」


「へぇ……負けないんだ?」


「負けるコトは無ァァァァァァイ!!」


「絶対?」


「敗北などナイ!負けるナンて有リ得なァァァァイッ!!」


「じゃあさぁ……」


 体格にしては小さい鋏をガチガチと噛み合わせては、広い空間に咆哮を轟かせる。鼓膜を食い破るような爆音の中、そんな巨大蟹に俺は尋ねた。


「お前、じゃんけんって知ってる?」


△▼△▼△▼△▼△


「コイツ馬鹿だわ」


 目の前で勝てない勝てないと騒ぎながら、鋏をガチガチと鳴らし続ける魔族を見ながら呟いた。


 どうやら頭に詰まっているのは脳味噌ではなく蟹味噌らしい。


 俺は本日132度目のじゃんけんを始める。


「最初はグー……」


「出来ナイィィィィッ!!ギャァアァアァアッ!!!」


「じゃんけん……」


 俺は当然グーを出す。向こうは当然チョキを出す。


 俺はグー以外も出せるわけだが、向こうはチョキ以外出すことができない。


 自然と定められた結果であった。


「チョォォォキィィィィィィィヤァァァァァァッ!!」


「はいお前の負けー」


 何故チョキ以外出せないことに気が付いていながら勝負を受けるのか気になったが、曰く一度でも負けた状態で勝負から逃げるわけにはいかないらしい。完全に馬鹿である。


 こちとらさっきの真との会話で色々持っていかれているというか、はっきり言ってこんな何の目的も無いような魔族相手にうだうだやっているほど元気がない。


 こちらとしてはコイツを何とか外に連れ出してからぶっ殺そうと考えていたのだが、しかしじゃんけんというのは5回もやったら飽きるものなのだな。じゃんけんとは言ってもひたっすらにグーを出し続ける面白味もクソもない作業なわけだが、腕を振り続けるのは疲れる。


「モう1回ィ!もゥ1回ィィィィィィィッ!!ヒェヤァァァァァァ!!」


「えぇ……またぁ?」


「颯くん……もうかれこれ2時間くらい経ってるんですけど……まだ終わりませんか?」


「アイツに聞いてくれ」


「パーが出せナァァァァァァァァイッ!!」


 だから出せる訳ねぇだろ。頭はパーだけど。


 俺はなんであんなことを提案してしまったというのか。どうせチョキしか出せないから馬鹿にしてやろうとかよぎったのが悪かったのかな。悪かったんだろうな。


「なぁ、もうよくない?お前負けてんだから諦めて帰れよ」


「パーを出せるヨウになるマデェッ!!オレは諦めネェェェェッッ!!」


 もう目的変わってるし。


「勝負ぅ!!蟹の誇リに掛ケてェェェェッッ!!」


「…………」


 突然、というワケでもないのだが、俺にはコイツに言うべきかどうか迷っていたことがあった。


 こいつが従えている蟹というのは、ズワイガニだとかタラバガニだとか、毛蟹だとか、シオマネキだとか、スベスベマンジュウガニだとか。それ以外にも色々な種類の蟹達がいるわけなのだが、俺はこいつの姿を見て初めに思ったことがあった。


「お前、蟹ではなくない?」


「ンギァ!!??」


 そう、この魔族、自らを蟹だと認識しているようなのだが、どう見ても蟹ではない。


 腕についた大きな鋏、赤っぽい外骨格、そう言った部分というのを所々だけ抜き出していけば、確かに似てはいるのかもしれない。


 が、しかしだ。長く伸びた体に、その後ろに付いた丸みを帯びた尻尾、頭から伸びたその幾本かの触角は蟹の特徴ではなく、むしろそれは──


「お前ザリガニだろ」


「ナギャッ!?!?」


 ザリガニだった。


 どぶ板ひっくり返したら出てくるアイツは、最近はもう見かけることも無くなって久しいが、小学生の頃に友人らとスルメを持って釣りに行ったのを覚えている。


「違う違ウ違うッッ!!ザリガニだカら蟹ダァァァァァァ!!」


「いや、ザリガニはカニって付いてるけど蟹じゃないって。どっちかっていうとエビの仲間……だよな?」


 どうせこういう事も調べているのだろうと、俺はエルゼを見た。


「はい!ザリガニは同じ十脚目のカニとよく一括りにされることが多い生物ですが、その鋏はお互い独自の進化を遂げており、また近縁種というわけでもなく、カニはカニ、ザリガニはザリガニという下目です。なのでルールに則って分類分けをするのであれば、エビの仲間と言えます。カニも見方によってはエビの仲間ではあるのですが、基本的には別の生き物です。なので見た目的にもエビに近しい進化を遂げたザリガニは、エビの仲間であってカニではないと言えますね」


「…………ザリ……ガニ」


 蟹大将もといザリガニ大将は、その説明を聞き、呆然自失としていた。テンションダダ下がりである。


「よく調べてたな、そんなこと」


「少し前に気になって、この世界の生物について調べてみたんです!なのでザリガニの定義は?住んでる場所は?気になる年収は?彼女はいるの?調べてみました!いかがでしたか?」


「うん、まぁ、いいんじゃない?」


 ザリガニの年収って何だろう。


「それよりも、アイツ完全にアイデンティティを喪失して真っ白になってますよ」


「まぁ確かに、俺も実は父さんと母さんの子供じゃありませんでしたとか言われたらああなるかもしれない。今まで信じてたものが崩れるのって、結構キツイと思うし」


「そういうものですか。ああいう馬鹿も傷つくんですね」


「…………」


「あ、そういえば」


「何?」


「調べた時に出て来たので覚えてたんですけど、ザリガニってアジだけを餌にして育てると色が真っ白になるんだそうです。あんな風に」


「その情報今いるか?」


「いや、豆知識と言いますか。折角だっ──」


 エルゼがそう言おうとしたその瞬間。ザリガニの叫び声と鋏の音が響き渡った。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」


 ザリガニがその鋭い鋏を地面に打ち付けては地団太を踏む。鋭い鋏がその衝撃で地面に突き刺さると、何度もそれを行うせいで罅割れが広がっていく。


「あ、おい!壊すなよ!」


「知らネェッ!!俺様は蟹ィィィィィィィッ!!」


 下手に壊さなくて済むように直接的な戦いを避けたというのに、癇癪起こされて勝手に壊されたんじゃ意味がない。拳を前に突き出し、最後の開戦を告げた。


「じゃあ、最初は──いや、最後のグーを見せてやるよ」


「キァッ!?」


「じゃんけん……」


 腕を後ろに引くと「ぽん」という声と共に、ザリガニ目掛けて突き進みながら振り抜いた。放たれた拳は渾身の膂力をもって突き刺さり、その身に猛然たる衝撃を与える。


 仄暗い下水道内を、地に天に壁にと跳ね返りながら弾んでいく。俺はすぐさま追撃を加え、方向としては出口の方へと、ただ吹き飛ばした。


「ガッ…!!ゴァッ…!!ブグッ…!!」


 一瞬、背後でドーナツを食べていた蟹達が、その鋏を振って見送っているように見えたが、多分気のせいだろう。


「ダァァァァァァァァッ……ドォラァァァッッ!!!」


「ギャガァァァッ!!」


「シャァァァァァァ……オルァァッ!!」


「グァッシャァァッ!!」


 追いかけて一撃、吹っ飛んでいったザリガニをさらに追いかけもう一撃。


 それを繰り返し、ザリガニを光の下へと叩き出す。思えば最初からこうすればよかったのだろうが、周りへの影響を意識し過ぎてしまったか。


 真っ直ぐ襲い掛かってくる相手は真っ向から叩き潰してやればいいのだろうが、会話のできる手合いだとどうにも。


 下水道から外に出ると、そこには小川がある。水底にあった砂利なんかをを巻き上げながら、ザリガニは体勢を整えた。


「ンンンギャッッ!!」


 向こうもやられてばかりではない。両方の鋏を振り上げると、それを交互に突き出して空を裂く。鋏が紙を切るようにして、空間が斬られた。そう錯覚させた。


 ジャキンッと、やけに金属のような音を響かせながら鋏による攻撃が伸びてくる。上体を捻ってそれを回避すると、鋏を掴んで背負い投げる。小川に叩きつけられたそれが起き上がるよりも早く、追撃の前蹴りをその顔面に叩き込む。


 ザリガニは水切りの石のようにして水面をバウンドしながら飛んでいくと、尻尾を叩きつけるようにしてブレーキをかけ、立て直す。


 猪突猛進、その細さにしてはやけに頑丈なその足を小刻みに動かしながら、俺目掛けて直進、鋏を突き出した。


 切るのではなく刺す。ザリガニというのは漢字で書くと蝲蛄となり、その文字通りの突き刺すような攻撃だった。


 俺が行ったのはまたしても回避だ。当然、そんな攻撃をまともに受けてやるはずもなく、入れ違うようにして背後に回り込むと、その尻尾を抱きかかえるようにして掴み、振り回す。


 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も振り回して回転を加え、土手の方へと投げつけた。


 その激しい衝撃は、ザリガニの身が土手を大きく凹ませたことで風となって伝わった。


 ザリガニは尻尾をバネのようにして跳び上がると、真上から鋏を突き出し、切る。風圧で水が切断された。水は流れてすぐさま元の状態に戻ろうとするが、それよりも早くかみ合わされ続ける鋏によって、それを阻害される。


 しかしそこに俺はいない。ザリガニは残像を切り裂き続ける。


 俺は更にその真上から、回転を加えて殴りつける。頭に加えられた衝撃により、ザリガニは顔面から川底に突っ込んでいく。


 ドパァンッ──と、鈍い破裂音。


 水飛沫が舞い、一瞬の静寂。


 それを裂いたのは。


「輝く数多の星々よ、集え!スターライト・レイ!!」


 そんな声であった。


△▼△▼△▼△▼△


 こんな感じに、こんな風に。


 いくつか無駄な工程を挟みながらも、今回の事件は終わりを迎えた──のだが、俺は再び下水道の中へと戻っていた。


 理由は今、目の前にいる。


「どうするかなコイツら」


 俺が先程やって見せたじゃんけんに何か感化されたのか、蟹達によるじゃんけん大会が行われていた。こいつらも当然チョキしか出せない訳だが、彼らは全身を使ってそれを補っていた。


 アイツよりずっと賢い。


「え、た、食べるんですか?僕は……遠慮しておきますね」


「だから食べねぇよ。というか普段からそれくらいの遠慮を見せろ」


「願い事や伝えたいことは、言葉にしなければ消えてしまうものですから」


 じゃあ俺も、もっと積極的に暴言を吐いていくべきなのかもしれない。


「まぁ……魔力の影響もなくなった以上ここでは生きていけないだろうし、どうにかしないといけないんだけど……」


 それはそれとして、こいつらをここに放置するのは問題があると思う。それはこいつら自身の為にも。ザリガニのような生物であれば、こういうある程度汚い環境でも生活することが可能なのかもしれないが、蟹達はそうでもないだろう。


「なるほど。でもどうするんですか?ただ水辺に放せばいいって話でもないと思いますけど」


「…………」


 結論として、追加で1時間かかった。

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