噓の様な真
三谷 真。
俺の数少ない友人だ。
いや、数少ない友達というのは俺が本心から友達だと思えて、且つ向こうも俺のことを友達だと認識してくれているという自信がある相手の事を友達と言っているのであって、決して俺の交友関係自体が数少ないとか周りに人がいないとかそういう事じゃな──
誰に何の言い訳をしいてるんだ俺は。
ともかく、名前を縦に書いたときの左右対称感の良さなら日本でも上位に入るであろう我が友人が、何故かこんな山に入ろうとしているのだ。
学校帰りに山に入る。
単純に意味が分からなかった。だから気になる、というか心配だ。
いや、今までもこういうことはあったのだ。帰りに一緒に帰ろうと誘っても、用事があるから。と、こういう誰もいない山とか、そういうのがある方角へと向かっていくことが。
でも今まで詮索はしなかった。というか、何故かできなかった。尾行してやろうと思ってついていこうとすると、何故か興味を失くしてしまうのだ。
ま、いっか。って。
だから真が俺らと離れた後、人目につかないところで何をしてるのかは、これまで分からずじまいだった。だが、今ならそれも分かるんじゃないだろうか。
友人が隠してることを無理に詮索するのは、あまり気分のいいものではないのかもしれない。
でもこれは少し異常だ。異常な事を異常だと認識していなかった今までの自分含めて。
男子高校生が人目につかないところでコソコソし始めたら察してやるべきなんだろうし、それならそれで問題はないんだが。
なんとなく、解決しなきゃいけない気がする。今だからか、そう思えた。
だからとりあえず。
「エルゼ、認識阻害はそのままかけておけよ」
「はい。にしても今度は彼を尾行ですか」
今度はというのは、前に傑を尾行した時のことを言っているのだろう。
「まぁな。さすがに気になる」
「正直言うと僕もです。彼が隠し事をしているのはそうとして、彼は僕の思考誘導魔法によく似た何かを使っているように思えます」
「なんで今まで言わなかったの?」
「分からないんですよ、それも」
初耳だった。
真が思考誘導を?でも、そう考えるのなら、完全にではないが合点もいく。今まで真の怪しい部分に踏み込めなかったのが自然にとは思えない。
でも力となると………
「アイツが3人目の適任者?」
「あ、いえ。それは無いかと」
キッパリと否定されてしまった。もしもう一匹のフューリタンが真についていて、それを隠してるとかかなって思ったんだけど。
「ま、予想が当たっていればの話ですがねぇ」
また変な顔をしながらそう呟く。
何か考えているのだろうが、俺はエスパーじゃない。口から出てこないことはやはり分からず、しかし今は静かにするのが最優先だと、取り敢えず気にしないことにした。
「じゃあアイツは一体…」
そこからは、静かにこっそりバレないようにと、これを意識して後を付けた。少しだけ身体を浮かせば足音も出ない。体勢は少しキツイが、少しの我慢である。
「どこまで行くんだ…?」
「こんな森の奥に一体何があるんでしょうか。気になります」
真は辺りを見回しながら、山の奥深くに入っていく。
熊や猪が出るような山ではなかったはずだが、それでもあんな軽装で山に入るというのはあまり考えられない。何かヤバい奴らに呼び出されていたりするのか?
それなら俺たちを関わらせないようにしたのも納得が──いや、エルゼの言う思考誘導の説明にならないな。
……ただ、若干追いかけるのをやめようかなって思い始めてたりする。
これは別に思考を掻き乱されたとかそんなんじゃなく、この間の件を思い出したからだ。姉さんに自分の行動や隠し事を詮索されて怒ったアレを。
自分はそれを多少なりとも不快に思ったからあんなことを言ったのだろうに、自分は自分で他人に対して同じようなことをするんだなと、そう考えた。
友達のため?心配だから?
残念ながらそれでは正当化できないし、筋が通らない。おかしな状況なのは事実だが、それだってこの間までの自分と何も変わらないのではないのか?
姉さんだって俺のことが心配だったに過ぎないのに、それを否定したんだ。
「負けず劣らず我儘なもんだな、ホントに」
一瞬止まった身体を再び動かすと、真を静かに追いかける。
△▼△▼△▼△▼△
もうかれこれ20分くらい歩いただろうか。俺は歩いてはいないのだが。
向こうがこちらに気が付く様子はない。
少しして、真は立ち止まった。頂上まで来れば止まる他ないのだが。
俺も木の影に身を隠し、腰を下ろしてその様子を観察する。
ここまでピクニックにやってきたという訳ではあるまい。
何をするのかなと覗いていると、衝撃的なモノを見ることになった。
真の周りで物が浮いているのだ。違う、真が浮かせたのだ。枝とか木の実とか石とか。辺りに転がっているものを浮かせてはクルクルと動かしたり回したりしている。
「あれって…」
「お、恐らくは…」
超能力。アニメで見たことあるやつだ。……いや、まぁ、俺の魔法もそうだけど。
それはそれとして、超能力っていうとよく知られてるのは……と俺は思案し、何があったかを思い出す。
遠くのものを視たりする千里眼、遠距離を一瞬で移動する瞬間移動、そして今やっている念動力。それ以外にも発火させたり、浮遊出来たり未来を読んだりすることもできるらしいと、どこかで読んだことがある。
「……っ!」
それ以外には……っ!
ま、ましゃか!?
もももももも、もしかして!?
ごくりと、喉が鳴った。
俺は気が付いてしまったのだ、それ以外にも超能力でできることがあったではないかと。比較的メジャーな能力として、それが記されていたではないかと。
物体の中だったり反対側にあるものを透かして見ることができる能力、それ即ち……そう、透視である。
おぉ……!
子供のころに一度は夢見た力であった。そして、その力を真が持っていた。
と、こんな風にテンションが上がってしまったからだろうか。
────パキッ。
体勢がきつかったからと腰を下ろしたことが仇となったか、音を立ててしまった。俺は瞬時に判断を迫られ、その結果、変身を解除した。
もしあの姿で相対して超能力で看破されれば、俺は傑の時から何も学んでいないことになる。向こうが何をできるか分からない以上、ただの御厨 颯として真実を知るべきだと思ったからだ。
「誰だっ!…って、颯!?」
真は驚いた顔で、焦ったような声で、こちらを見た。
俺は逡巡し、いや、もしかしたらこの時点でなら、まだ間に合うのではないのかと、お互い何もなかったことにして下山することもできるのではないかと、恐らくは怖気づいたのだろう。
「そ、遭…難……か?」
そう尋ねた。我ながら苦し過ぎると、自分の発言や思考に呆然とした。
だが真は俯いて、少し間を開けて答えた。
「そう…なんだ……」
んなわけあるか。心の中で突っ込む。
「見た…でしょ?そう、なんだ。アレが…僕なんだ」
そうなんだってそっちか。にしても、ここまで縮こまられるとなんか申し訳ないな。
今まで隠し事をしていたのがばれたからこうなっているのか、超能力者であることがばれたからこうなっているのか。そのどちらなのかは不明だが。
「ごめんね、颯」
急に謝る真。
別に気になってはいたが気にしてはいない。俺にだって隠し事はあって、そもそも人間などという生物は歳の数以上に秘密を抱えているもので、何の隠し事もない人間なんているはずもない。あって普通で、そうでなければやや妙で、何を謝ることがあるというのか。
噓をついていたのであればいざ知らず、隠し事は噓ではない。勿論真実を隠すことで相手を騙すことも出来るわけだが、まぁ結局のところ、そこに悪意があったのかどうかで変わってくるのだろう。
この場合、俺は悪意と呼べるものを感じなかった。
「いいっていいって。隠し事の1つや2つや3つや4つ、俺にもあるんだし」
魔法とかな。
「………そうじゃなくて…ごめんね」
そういって俺の頭に手をかざしてくる。
これは、何かやるな。
だからといって何か反撃ができるわけでもなく、俺は身構えるだけであった。
そしてその瞬間、眩い光と共に、真の超能力と言うべき何かがが行使された。
△▼△▼△▼△▼△
超能力で颯の記憶を、今見たものを別の記憶に改竄した真は、虚ろな目の颯をじっと見つめる。
自分を友人だと認めてくれた相手に対して力を使ってしまったのだ。颯や楓なら躊躇なくやってのけるであろうことも、真にはとても重たい事実として圧し掛かった。
これまで三谷 真はこの力の事を秘匿してきたし、極力封印してきた。こんな力が明るみに出れば大変なことになる。そう思ったからだ。
当然、心の底から信頼していた親にさえ相談できずにいた。化物だと言われてしまうのでは、2人の子供でいられなくなるのでは、と。
妹にも言えはしなかった。自分を慕うその目が変わってしまっては耐えられないと、そう思っていたからだ。
受け入れてもらう自信がなかった。そんな忌むべき力だった。
だが最近、街で恐ろしい化物に襲われた。
彼はそれを今まで使わないようにしていた超能力で撃退し、それ以降、自分の身を護るための最低限の力として超能力を使うことになった。
それ以外にも、街の中に壊れた個所を見つければ、それを人知れず修復してみたりもした。
だが彼はこれまで極力その力を封じていたがために、力そのものの扱いが不安定だと感じていた。自身の持つ力の全貌を自分自身でさえ把握できていないという事もまた、危険だと感じていたのだ。
そのために、こうして人目につかない場所までやってきては、力が暴発しないよう鍛錬を繰り返していた。
今までも細心の注意を払い、徹底的に人払いをしたうえでやっていたはずで、それは今日だってそう。
なのに、見られてしまった。よりにもよってな人物に。目を覚ます前に別の場所へと運んでおかなければならないと、彼は近付いた。
聞こえているわけないと分かっていながらも、颯に向かって謝罪した。
「この手は使うべきじゃなかったんだろうけど…ごめん……ごめんっ…!!」
返事などない。そう思っていた真の耳に、颯の声は響いた。
「こっちこそ、そんな手まで使わせたのに効かなくてごめん…」
「…!?な、なんで!?」
「いや…その…精神攻撃は効かないから」
エルゼに掛けられた魔法の所為──お陰であった。相手からの精神や記憶に対する干渉を遮断するというもので、それこそ完全に遮断しきれるわけではなかったのだが、それが発動していた。
「そんな…なんで……」
しかしそんなことを知る由もない彼は、記憶を改変できなかったという事の絶望感に、顔を青くさせた。
「それは──」
颯はエルゼに合図を出すと、その場で変身する。
「え…?えぇ!!?」
戸惑う真に対し自身の隠し事を話し詳らかにしていく。
罪悪感からだろう。己のこんな姿を、颯が自分から明らかにしたのは。
「な、なるほど…あの化物はそういう事だったんだね」
「まぁな。一応傑も似たような感じだ」
この際だから巻き込んでおこう。俺と違って力を得てはいないのだし、問題は無い。俺達3人は一蓮托生だ!
「傑も!?……じゃあこの3人はそういう集まり……なんだね」
人の秘密を暴いてしまったという点でどうにもすっきりはしないが、一先ずこれまで抱えていた妙な気持ち悪さの原因を知ることが出来たと、俺はそんな面持ちで山からの景色を眺めるのであった────
「──じゃないわ、蟹!」