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零零玖

「どこまで知っているんでしたか──ツーショットまでですか?」


「あぁ、それからどこへ向かったのかが知りたい」


「はい──とは言っても、確たることは私にも分かりません。あの男、魔物だか魔族だか、なんだかよく分からないモノを追いかけに行ってしまったので」


 黒子は視線を左上に向けながら言った。


 答えるべき内容を思い出しているのだろう。嘘をついているというワケではなさそうだった。


「なんだかよく分からないモノ……?」


「えぇ。この街には不思議な存在も多いですけど、そんな私をして奇妙だとか、異様だとか、言葉では言い尽くせない様な、おかしな存在が街を闊歩していたのを見かけたんですよ」


「それは……颯君に会う前かい?」


「前ですよ。その時は、不気味だったのと、目的があって外出していたこともあって無視してきたんですけど、そのことを雑談交じりに話したんです」


「その不気味な存在というのは、一体どういう?」


 そんな不気味な存在を触れることも無く無視してきたというのは流華にとって問題だったが、思えばそもそも、目の前の彼女は魔族である。流華達と違って使命を持たないのだから、そんな相手に言っても仕方が無いだろう。


 今こうしてこの店の店員を護ろうとしている彼女は、魔族の平均からすればかなりの外れ値なのだから。


 なのでそれを言う代わりに、流華は尋ねた。


「虎の頭に馬の身体……キメラ、とでも言えば伝わりますかね。まぁそんな魔物のような何かに、1人の少女──どこの制服かは分かりませんけど、どこかの高校か中学校かの制服を着た子が跨ってまして。私が不気味だと感じたのはそっちです」


 左上に向けられていた視線は少し下がった。流華もその視線の先を横目に見たが、特に何かがあるワケではなかった。


「それは……普通の人間ではなかったと?」


 流華は左横に向けていた視線を戻すと、再度尋ね、


「まぁ、乗せられたんだか自分で乗ったんだかは別として、あんなのにニコニコしながら乗っかってる時点で異常でしょう?まぁ、普通にしろ異常にしろ、アレは人間じゃありませんでしたけどね」


 その回答には確かにと納得し、


「悪魔憑き……だったらそう言っているか」


 最後にはそう自問自答した。


「えぇ。アレはそのどれにも属さない……けど、私ではそれが何なのか判断に困ったので、取り敢えずは不気味な存在です」


「どれにも属さない……か。なるほどね」


 魔族でなく、魔物でなく、悪魔憑きですらない。確かに異様だろう。その話をする黒子の表情は、どこか神妙なものであった。


「で、どこに向かったか、でしたね。それを答えるのだとすれば、市立灰山内中学校の方になります」


「灰山内か。となると──」


「しかし先程も言いましたが、それが移動してしまっていた場合、あの男もそれに付いて行くようにして移動するはずですから、今どこで弱っているのかまでは分かりません」


「──そうか」


「私が知っているのはこのくらいですかね──全く、気を付けろって言ったのに。どうすんのよ、これであの悪魔娘が暴れ始めたら……」


「あぁ……それが、颯君が消息不明となるのと同時に、楓君も姿をくらませているんだよ。どうしてなのかは、やっぱり分からないのだけど」


「ん、んん……?あの女が、ですか?」


「その呼び方は感心しないが、まぁそうだね。靴がなくなっていたと聞いているから、何かに襲われたというよりは、楓君が何らかの影響を受け、自ら姿を消した──そう考えるのが妥当だろう」


「そんなことが……うぅん……」


「……訊きたいのだけれど、この件がもし魔族によるものだったとして、こんなことができる存在はいるかい?」


「いえ、ですから……」


「そうじゃない。君が見たその不気味な存在と、この状況を作り出した犯人が別だったとして、だ。こういうことをやってのける存在はいるものなのかい?」


 その問いに、黒子は少し考えてから言った。


「いませんね。あの男1人を追い詰めるくらいならできなくはないかもしれませんが、悪魔娘の行動を制御したり妨害したりするのは無理だと言っていいでしょう──いえ、全くいないというワケでもないのですけど、そんな存在がいれば流石に気が付けます。それは、お互い様でしょう?」


 その言葉の節々から楓に対する絶対の信頼感が窺えたが、それも恐怖故なのだろうと思えば、やはり親近感も湧くものである。


「……そうかもね。まぁでも、そのことが知れてよかったよ。流石に、彼らを相手にして押し込めてしまうような手合だと、私も勝てる見込みがなくなってしまうからね」


「ですが、だからこそ危険だとも言えるのでしょうね。力ではない何かによってこの状況が作られているのだとすれば、他にどんなことができるのかも未知数だという事に他ならないのですから」


 その通りであった。


 ただ力負けしたというだけなら、戦力を整えて向かえばよかっただけだったのだが、そうではないから困っているのだ。これは楽観視できるような単純な話ではない、もっと複雑怪奇な──


「怪奇……?」


「どうしました?」


「あ、いや、少しね……」


 怪奇現象。


 現代科学で説明することのできない奇妙な現象のことで、魔力や魔法もこれに当たるのだろうし、今この街に起きているこれがまさしく怪奇現象なわけだが、何もその理由や原因の全てを魔力に求めることもないのではないだろうか。


 そもそもこんな言葉が存在する理由として、この世界には魔界から魔力が流れ込むよりも前からそういった、科学で説明することのできない現象が存在したわけだし、今回のこれもそういった視点から見直してみれば、何か解決の糸口もつかめるのでは。


 そう考えたが、しかし、それでは颯が消えたところまでは説明できても、エルゼが目に見えて騒ぎ出すほどに弱らされたという事の説明ができない。


 怪奇現象だからそういうものだ──と言うのは簡単だが、それでは楽観視しているのと何が違うのか。


 ただやはり、黒子の言う不気味で異様な正体不明の存在をどうにか説明する手立ては出来たようにも思える。たとえ相手が厄介極まりない存在であったとて、その実態が何も掴めていないよりは、幾分か対処もしやすいのではないだろうか。


 そして流華は、そういう存在を相手にしている人間を知っている。


 この世界に魔力が流れ込んだ影響で顕在化した、魔族、魔物、悪魔──それ以外の脅威を相手取る人間を。


 ただこれも、やはり推測に過ぎないのだ。


 流華は一先ず、颯が向かったという灰山内中学校方面へと向かうため、黒子にはもしものことがあったらと念を押してから、その店を後にした。


 最後、背を向けた流華に対し、黒子は、


「木乃伊取りが木乃伊になる──なんて事には、ならないでくださいね。私は今の生活が気に入っていますので」


 そう言った。


 その言葉に、その表情に、一体どのような意味が込められていたのかは不明だったが、心配──とまではいかずとも、忠告くらいはしてくれるらしい。


 当然、木乃伊になどなるつもりもないが、颯が木乃伊にされているという事態も無い事を願いたいところであった。それも弱らされているという言葉を聞いているのだから、その可能性も排除することは出来ないワケで、しかし今から最悪の場合など想定するべきでもないと、流華はかぶりを振った。


 そして、記憶にないことも無かったが、灰山内中学校の詳しい場所を改めて確認すると、誰もいない道に足音を響かせながら駆けていく。店内で会話をしていた時間はそれほどでもなかったが、外の様子を見るに、その間に状況が一変した──という事にはなっていないようであった。


「灰山内中学校……何かあっただろうか」


 その場所自体に、意味はないのかもしれない。ただその方向に向かっていただけであり、その学校に用があるという事は無いのかもしれない。制服を着ていたという事だから、もしかしたらその学校の生徒なのかもしれないが、今日は休日である。私立の進学校でもなければ、休日にまで登校したりはしないだろう。


 部活動の可能性は否めないが、休日にも部活があるのは運動部がほとんどだ。そして、そんな彼らは基本的に、ジャージ姿での登校をその日に限り許可されているハズだ。わざわざ制服を着て行くことも無いだろう。


 と、そこまで考えて、そもそも普通の人間などではないという前提条件を思い出す。


「人間じゃない……のに制服を……」


 ますます分からなくなったが、正体を探るのは後でも構わないだろう──というところまで考えて顔を上げると、開けた視界の先、目的地の中学校がもう目と鼻の先にあることを確認し、その足を速めた。


 走る速度を上げた流華は韋駄天が如く、無我夢中で走り──だそうとして、横目に映ったそれに気が付き、ブレーキを掛けた。


 数メートル程進んだところで止まると、焦げたゴムの匂いを辿るようにして、後ろに下がった。


 そこにあったのは細い道である。その先には、葉の枯れ落ちた木々の並ぶ、物淋しげな道が続いていた。


 しかし、目に映ったのはそれではなく、その道に倒れ伏していた1人の少年の姿であった。背中に大きな傷を負っていて、正に道半ばという状態であった。


「颯君……!」


 流華は駆け寄りながら声を掛けた。


 それは今まで捜していた颯であったが、しかし。


「会長……ですか……」


 その消え入るような呻き声を聞き、自身が捜していた方の颯ではなく、エルゼが協力を仰ぐために捜していた方の颯であったことに気が付いた。


「颯君、ここで何を……?その怪我は一体……」


 流華は颯を治療する為、変身し、神器を取り出した。傷は一瞬で消え去ったが、しかし、だからと言ってすぐさま動けるようになるワケでもないらしい。それは傷の所為というよりは、それまでにかなりの疲労をため込むような状態に陥っていたからであった。


 流華は颯の背を壁にもたれかけさせ、エルゼへの連絡を済ませると、颯の様子を見つつ、事情を訊くことにした。


 本来であれば回復を待つ方が先なのだろうが、こうなった以上そうも言っていられなくなってしまった。こちらの颯の実力がいかほどのものかを把握することは出来ていないが、弱いという事は無いのだろう。そんな彼が満身創痍、虫の息であったのだから、相手もそれだけの存在という事になる。


 何にせよ、一刻も早く何があったのかを聞き出さなければならない。


「誰にやられた……?」


「──中学の頃の同級生です……」


「同級生……?」


 それは人間ではないのか。


 黒子はそれを、魔族でも魔物でも悪魔憑きでもないと言っていたが、彼の言葉が正しいのであればそれは──いや、まだそれとこれが繋がったわけではない。颯を弱体化させた犯人、今の街の状況を作り上げた犯人、そしてもう一人の颯をズタボロにしてみせた犯人。これがそれぞれ別の可能性もあるが、もしこれらが繋がっていた場合、この状況は人間の手によって作り上げられたものになる。


 だが、悪魔憑きですらない人間がこんな状況を作り上げることなど。


 どう都合よく解釈を重ねても不可能。


 しかし現実は現実。


 実際に起こっていることを受け入れられない流華ではない。受け入れたところで問題が解決するわけでもないが……、しかし、一体全体どういう絡繰りなのか。


「俺……まぁアイツなんですけど、昔……って言ってもまだ今年の事か。春頃にストーカーにあってたんですよ」


 考え込んでいると、それなりには落ち着いたのか、颯は口を開いた。


「ストーカー……?」


「……あんまり話したいことでもないんですけど、この場合は話すべきなんでしょうね。それが祟ってああなったワケですから」


「いや、別に無理をする必要は──」


 無い。


 とは、言えなかった。


 何があったにせよ、下手に情報を排することは危険だと、そう判断した。颯の秘密を別の颯から聞き出すというのは当人の意思を無視した行為になりかねないが、ある意味で当人の意志だと言われれば、その通りでもある。これに関しては問題が解決した後謝罪するとして、今は何があったのかを聞き出すべきだと、流華は続きを求めた。


 颯はかく語る。


 自分事を、他人事の様に。


「──とま、こんな話です。問題が解決したら忘れてください。しょうもないので」


 話し終えてから、颯は力なく笑って言った。


 確かに、他人に話したいと思えるような話ではなかった。


 原因が誰にあるかと言われれば、彼の口から出た『澪露(みおろ) 華那子(かなこ)』という名の少女なのだろう──勿論、彼の口から語られる以上、その話はあくまでも颯主観の話でしかなく、彼側の認識に基づいた話でしかないことは留意しなければならないが。


 それでも、誰が悪いのかと言えば、その少女の自業自得だと言わざるを得なかった。


 感情的になり、そういう行動で拒絶の意を示した颯が必ずしも正しいとは言えなかったが、中学生に対して感情的になるなと言うのはあまりにもだろう。高校生だって、大学生だって、社会人でさえ感情を完全にコントロールしているわけではないのだから、幼くなればなるほど、その技術も稚拙なものとなる。


 だがしかし問題だったのは、その件が原因で出来上がったというストーカー、ここにあった。


 連絡を入れておいたエルゼが話の途中で合流したのだが、彼曰く、颯が負けたのだとすれば、その原因はそこにあるかもしれないのだという。


「颯君に精神攻撃は効きませんが、元々内側に抱えていたものが暴走すれば、手が付けられませんから。そこで隙を見せたところをやられたのかもしれません」


 その話をした颯はそんなエルゼの言葉に対して首を傾げていたが、無理もない。こちらはその分岐した世界で散々な目に遭っているのだ。それに比べればこの話自体は、少し気分が悪くなる程度の昔話に過ぎないのだろう。


 しかし、今の颯はそれを上塗りできるほどの経験をしていない。それなりに濃密な経験はしているものの、なんだかんだで恙なく暮らしている。それもあり、その過去が色あせること無く今も彼の影に張り付いているのだろう。


 即ちそれは、世間がトラウマと呼ぶものであった。


「この間その話した時はそんな感じしなかったんだけどな……」


「颯くんと颯くん……もうどっちがどっちか分かりませんけど、この両者がすっかり別人であるという事の証左ですね。ある一時点までは同じ記憶を共有していますが、そこから先は別物です。分からないのも無理はありませんが──」


 そこまで言って、エルゼはもう一つ、気が付いたような顔をした。


「まさか……」


「どうしたんだい?」


「いえ、颯くんに言っておいたことがあったんです。前のようなことがあったわけですから、もう人間を殺めないでください、と──いえ、そんなことは僕が言うまでもなくこの国の法が許さないのですけど、もし別の世界に飛ばされたとしても、そんな真似は取らないでくださいとお願いしたんです」


 前のようなことというのは、暴走状態に入ったあの時のことを言っているのだろう。あわや全てを滅ぼしかねなかった、あの状態。アレは度重なる精神への過剰な負荷──人殺しによる精神の崩壊が原因だった。


 それが再度起こることを防ごうと考えれば、そう指示することも当然だろう。


「まさか、それを守って無抵抗に……?」


 それに対し、颯はフッと笑った。


「それは、無いだろ。あいつが、俺が無抵抗にやられるってのは……それはない」


「ですが颯くん、さっきも言いましたが、2人の感覚というのはもはや別物です。かつての同級生を前にして、緊急避難としての抵抗さえ諦めてしまった可能性が、無いとは言えません」


「………………」


「何があったのかは分かりませんが、とにかく……えっと、何をすればいいんでしょうか」


「何を、というよりは──颯君、そもそもその子というのはどこにいるんだい?そこに弱体化した颯君もいる……のかい?」


「……えぇ。この奥、丘の上の木に吊るされてましたよ」


 颯は道の奥を指差して言った。


「吊るされて……それは……」


「あぁ、首じゃありませんよ。全身ズタボロの状態で、蛇に両腕を噛まれるようにして吊るされてました」


 心配した様子の流華に、颯は首を横に振って答えた。首吊りにされていなくてよかった、とも言っていられない状況であることに変わりはなかったが、しかしその口ぶりからして、殺されてしまったという事は無いのだろう。


「なら……」


「こんなこと言うのもなんですけど、行かない方がいいですよ」


 立ち上がろうとした流華の腕を掴んだ。その目には何か、確信めいたものがあるように思えた。


「私はその子を知らないのだし、その点で躊躇したりすることは無いと思うけど。それでもかい?」


「えぇ。アレは強いとか弱いとかそういうのじゃないというか、ただ突っ込んでいってどうにかなる相手じゃない……っていうのは、自分がこうして証明できましたから」


「……そうか」


「アレは、あの女は、少なくともあいつを殺そうとしてる感じではなさそうなんで、まだ対策を練る余裕くらいはあるんじゃないですかね」


 とは言っても、あまり向こうのデータを取れたわけでもないんですけど──と、颯はそう言いながら立ち上がった。まだ少し足が震えているように思えたが、立ち上がれる程度までには回復したらしい。


 しかし。


「殺そうとしているワケではない?どういうことだい?」


 その言葉を信じるのならば颯の救出にも多少の余裕が出来たとみていいのだろうが、颯をズタボロにし、それを救出しようとしたもう一人の颯にも重傷を負わせた澪露 華那子が、あくまでも殺そうとしているわけではないというのはどういう意味か。流華には理解しかねた。


「さっきの話の中でも言いましたけど、澪露はあいつ……颯に好意を持ってたんですよ」


「あ、あぁ、それは聞いていたけど……まさか」


 そこまで言われて、流華にも察しがついた。


「そうです。添い遂げようとしてるんですよ」


 しかしそれはあまりにも、理解しがたいものであった。

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