幕間 霧雨京香
「はぁ…………」
思わずため息をつく。
私は霧雨 京香。公安警察に雇われた女。
剣道に入り込んではいたけど…ただそれだけで、ほとんど無職みたいなもんだった。
何をするでもなく、何をしたいわけでもなく、何をなせるわけでもなく。ただフラフラとしてたダメ人間。
最初こそなんで私なんかに声を掛けたのかなんて怪しんだけど、仕事の内容を聞かされて納得。
街に現れては被害を出すようになった謎の生き物……上は魔物って呼んでるみたいだけど。
それを倒していくのが私の…いや、私の所属する退魔課の主な仕事。
もちろんそれだけじゃなく、魔物が現れる仕組みや魔物被害への有効な対策なども行ってはいる。
行ってはいるけど…大した効果はない、というのが現状で、後手後手に回っては被害を出しつつなんとか対処するっていうのが悔しい現実。
ただ、この課を立ち上げ、それを自ら指揮することになった課長の、その娘さんは特に魔物に対して有効な力を持っているらしく、私達が総出で倒す魔物を一瞬で消し去ってしまうのだとか。
前に会った時は綺麗で性格もいい出来た子だと思ったんだけど、その実あんな化物を一瞬で斬り伏せるほどの人だと知って驚いた。
なんでも、課の者にそれぞれ支給された武器は私達でも魔物に対して有効な攻撃を通すことのできるものらしく、それを作ったのが課長の娘さん。
私の愛刀、斬鮫丸もそう。この名前はなかなか気に入ってる。
それで、私が今誰もいなくなった広いオフィスの中でにらめっこしてる書類は2つ。
ライブ会場で出会った2人の少年についてのもの。
そもそも私があのライブ会場にスタッフとして紛れ込んだのは上の命令で、あの会場に魔物が現れるということを誰かが予言したみたい。
最初は課長の娘さんがやったのかと思ってビックリしたけど、どうやら娘さんはその情報を伝えただけで予言自体はしてないみたい。
このこと外部に漏らしたら大変なことになるだろうなぁ……社会とそれを漏らした当人が。
それはそれとして。
本当はあの会場のスタッフは全員課の人間で固めるつもりでいたそうだけど…なぜかトラブルがあったらしく、入り込めたのは私だけ。
いやぁ、あの時は焦った。目的の場所についたらいるはずの味方が誰もいないんだもん。
とりあえず任務は続行するしかなくなったわけだから、適当な感じのダルそうな大学生設定でいくことに。
って思ってたら、作業内容教えてあげてって、高校生2人押し付けられて動けなくなるし。
1人はなんかフツーそうな感じの子だったけど、時折存在が認識できなくなって少し不気味な感じだった。もう1人は最初見た時本業の人間かと思って警戒したけど、礼儀正しくていい子だった。
どちらにせよ、問題起こすような子たちじゃなかったからいいけど。
それでやっと午前中の作業が恙なく終わって安心してたら魔物の襲撃。
で、そこで見たのがあの二人の異様さ。
片方のめちゃヤバな顔立ちした方、あの子があの鹿の魔物を素手で倒していくんだもん。
私たちは力のこもった武器を与えられて初めてまともに戦えるのに。ま、これでも剣の腕には自信があるから、遅れを取るようなことはなかったけど。
そしてもう片方の優男くん。あの子は完全に人外の動きだった。
壇上で孤立してたアイドルの子をとんでもないスピードで回収し離脱。私自身、彼の動きをほぼ視認出来てなかった。
それにあの子、魔物が向かってきていることに一早く気が付いていたみたいだったし、会場が混乱し始めると同時にあのヤクザくんに指示を出してた。
普段から魔物の相手をしていますと、そう言ってるようなもんじゃない?
で、気になったからどさくさに紛れて彼らの履歴書を拝借してきて今この通りって感じ。
一応スカウトもしてみたけどアレはなんというか…私たちと一緒にって感じではないと思ってすぐに引き下がった。
けど、あれだけの実力者。情報を集めないのは違うよねってことで調査を開始した。明日以降彼らの動向を追うのも視野に入れてだ。
因みに、まだ上にはまだこのことは伝えてない。
だって?そんだけの人材みすみす逃がして追い払いましたなんて?言えるわけないじゃん?
というか、もう伝えるべきタイミングは完全に逃してる。いつかまた、うちの課の人間が彼らと遭遇するときが来るのかもしれないし、それを思うと私があらかじめ伝えておいた方が怒られるのは最低限で済むかもなって思ったけどさ。
それで──御厨 颯、ねぇ。あんまり聞かない苗字。
住所は──ん?待て?
書類、というか履歴書を見てハッとする。
「小笠原高校…?」
コレって確か課長の娘さんが通う高校と同じだったような…
そっちの線からバレる可能性もあるってことかぁぁぁ…!!
「はぁ、どうしよ」
ペットボトルのお茶を飲み干し、再びため息をつく。
あーあ、もうホント、適当な自分が嫌になる。
なんて考えていた時、肩に手を置かれて、私の心臓は跳ね上がった。
「何見てるのかな?京香君」
手に持っていた履歴書がするりと抜けて行き、はらりと舞って床に落ちた。
首を後ろに向けると、そこにいたのは同僚だった。
長い茶髪は右目を覆い隠しており、そのダボッとした服装からは少しだらしなさを感じる。
しかし、その知識量と頭の回転の速さでは絶対に勝てる気がしない。
そして何より、不気味であった。
目の前にいる私に視線を向けているようで、その実私をまるで見ていない。態度が悪いとか雰囲気が悪いとか、そういうことではないのだけれど、ただただ
彼女は私が落とした履歴書を拾い上げると、それを眺め、目を細めた。
「これは……なるほど、今日あの場にいた人間のものだね」
2つを見比べるようにしながら、彼女は言う。
「あ、あの、雪目さん?それは……その……」
「安心しなよ。君が勝手に履歴書を盗み出して、上に報告もせずに1人考え事をしていたのは、監視カメラの映像だけでは誰にも分かりっこないよ」
私の心中を見透かしたかのように、その瞳を覗かせた。
「それで?この子たちは一体何だったんだい?黙っていてほしいのなら…分かるよね?」
脅迫でしかないが、私には選択肢なんてない。
それに彼女、無慈籠 雪目はこの課の中でも少し特殊だ。
特殊な人間しかいないこの課ではあるのだが、その中でも彼女は魔物ではない存在の対処を行っている。
魔族でもなく悪魔でもない。それが何なのかは知らないのだが、とにかくそういった点から課にいる他の人間との接点が薄い。
だから彼女に話す分には……そう思い、私はあったことを話した。
「ふぅん……そうかそうか。なるほどね、大体分かったよ」
「え…分かったって…何を?」
彼女は笑うだけで、その質問に答えてはくれなかった。
それも、表情こそ笑っていたものの、その目は全く笑ってなどおらず、むしろその逆であった。
「それで…その…」
「大丈夫だよ、それに……」
その先を言うこともなく、彼女は暗い部屋の中を歩いていき、静かに出て行った。
一体何だったのか、取り敢えずバレずに済んだわけではあるが、私はそれが気になって仕方がなかった。
「……ま、これで一安心だし、いっか」
しかし私は霧雨 京香。やはり適当な女なのである。