日常
「……!…やっと帰ってきた……!」
さっきまでの場所にその姿を見つけて着陸し、変身を解くと、すぐさま横方向の衝撃を受けることとなった。
姉さんからの熱い抱擁であった。お陰で視界が闇に包まれた。
「空が光ったから何事かと思ったわよ……!」
「………!……!!……ぷはっ…」
「あれ?エルゼは?アンタたちと行ったのよね?」
その身に埋もれて窒息死そうになるのを何とか引き離すと、姉さんは不思議そうな顔をして言った。
「…………」
俺は顔を俯かせ、黙ったままでいた。
「何か……あったの?」
その様子を訝しんで、姉さんは顔を覗き込むようにした。
「待ってください、アレに……エルゼに何かあったのですか……?」
と、リラ。その表情には珍しくも、心配するかのような色が浮かんで出ていた。
「兄様は……その……颯の魔力が不足したのに際して、その肉体を魔力へと還元、譲渡しました」
それに対してエリーゼ。やはり悲しそうな声であった。
「ん……?魔力が……はぁ……、いや、であれば尚更そんな顔をする意味が分からな────」
「リラっ!……今は、今はそういうことを言う場面じゃないよ。君が嫌っていたのは知っているけど、それは、あんまりだよ」
そんな声が響いて、リラは口を閉ざした。流華先輩の声であった。
「え……?いや、え……?」
それでも尚理解不能といった表情を浮かべていたリラの真横を素通りし、更地と化したその場所を、トボトボと歩き始める。
失意の中、黙ってついてきた姉さんと颯。
颯の方に関してはどうにかしなければならないのだろうが、今はそんなことを話し合えるようなテンションでもなかった。
流華先輩はこれからやらなければならないこと、行かなければならない場所があると言って、そのまま解散となった。
「ありがとう、颯君」
どうしてか、そんな言葉を残して。
バランスを崩しそうになりながら歩いていると、横に人が並んだ。
「……大丈夫よ、大丈夫だから」
そして、姉さんに肩を寄せられ、小さく呟くような声で、そんな風に慰められた。
△▼△▼△▼△▼△
「もう行くのか?」
「ああ。街も近いし。ここらで消えることにするよ」
それからしばらく、更地を出るか出ないかの辺りで、颯はこの地を去ると言った。
まぁ、同じ顔の人間が2人もいたのでは人里に戻ることもできまいと、その理屈は分かるのだが、やはり心配ではあった。
「行く当てなんてあるのか?」
無いに決まってるなんて、そんなことを分かった上での問いであった。
「ない。けど、そんな状態を数年続けてたんだから、もう今更変わんないし。文字通り、第二の人生でも探しながら、どこかに腰を据えると思う」
「そっか」
「ま、どうせそのうちまた来るだろうし、その時は頼むよ。他の奴に会うことはできないけど、寂しさを紛らわすことくらいはできるだろうし」
「ん。分かった」
腰に手を当て、俺は息を吐いた。
「……まぁ、精々心を強くな」
「?」
一瞬だけ姉さんの方を見て俺にそう言って、そのままどこかへと旅立ってしまった。
何やら意味深な発言だと、俺も姉さんの方を見た。
颯が飛んでいった先を見つめていたが、特に異変があるようにも思えず、何を伝えたかったのかは分からずじまいであった。
△▼△▼△▼△▼△
家に帰ると、休日の昼下がりという比較的早い時間だというのに、父さんがいた。
「おぉ、お帰り二人共……何か随分とボロボロじゃないか?何かあったのか?」
「ただいま、何もないわよ」
「……ただいま」
「そうか」
何を言われるのかと思っていたが、普通に迎え入れられてしまい、俺は拍子抜けした。
1か月も失踪していて何でこんなに反応が薄いのかと、俺は家族に認識されていないのではと思いかけたが、これはあれだ、姉さんが何か手を回していたと流華先輩が言っていたからそういう事なのだ。
これでもし俺が不意に居なくなっても特に気にもされない様な存在なだけだったらと思うと…泣く。
「で、何でいるの?」
肉親に対してするのはあんまりな問いが、姉さんの口からついて出た。
普段父さんは水曜日が休みのハズで、土日に家にいる姿を見ることというのが無い。
何の仕事をしているのかは知らないが、なんでも、水曜日は契約が流れるから縁起が悪いのだそうだ。
「何でって……自分の家だからだが……!?」
当然、父さんは目を見開き、驚愕の声を上げた。
「ていうか、言わなかったか?今日は母さんが高校時代の友達に会いに行くって出かけてるから、その代わりに俺が休むことにしたって」
「言ってたっけ?にしても、代わりの意味が分からないんだけど」
「そりゃあれだよ。父さんもこう見えて一人暮らし歴は長いからな。料理は……まぁ、アレとしても、掃除とか洗濯は普通にできるからな!そこら辺だけでもやろうと思って」
その普通なんていう言葉は人によって全く違うんだぞ、と言うのは置いておくとして、出かけるのならゆっくりさせたいということで留守を買って出たらしい。というか、姉さんは今日家に居なかったのだろうか。父さんの口ぶりからして朝は家にいたのだろうが、そこから外にでも出ていたのだろうか。もしかしたら俺を探すために外に出て回っていたのかもしれない。優しい、好き。
「はぇ~……じゃあ料理はどうするの?」
俺は尋ねた。何なら作ってもいいのだが、今日は流石に疲れてるし……寝たい。
異世界を生き抜く中で培われたこの俺の華麗なる料理テクニック!これを見せてやるのはまだ先になりそうだ。
「母さんも食べに行ってるんだ。俺達も、どこか行こうじゃないか」
と、そんな答えが返ってきたことで、俺は安堵した。
「おぉ……父さんの奢りで?」
「親子で食べに行って奢りって表現もどうかとは思うけどな。俺は2人に財布を出させるほど情けない父親は目指してないぞ」
「それは重畳。で、家事の進捗は?」
「ん?あぁ、今から洗濯をしようと思っててな。母さんには余計なことをするなとか言われてたけど、まぁ大丈夫だろ!」
そう吞気に答えた父さんに、俺達は釘を刺した。ここで放置すれば確実に悲惨なことが起こる。
不幸の芽は摘んでおかなければならないのだ。
「そうなんだ。余計なことしないでね」
「そうね。私の服縮ませてたらこの家燃やすから」
「そ、そこまで言うか…!?………まぁ、男物だけなら大丈夫か……」
そう言うことだ。流石に生身の人間に対して圧をぶつけるような真似はしていなかったが、その眼がマジだという事は流石に理解できただろう。
「でも颯の洗濯物が無いんだよな……」
そんな呟きに一瞬俺は固まったが、特に触れることもなく放置した。
そして、
「まぁ服には気を付けるけど。にしても二人共どこ行ってたんだ?何か凄い……砂っぽいぞ?」
そう言われて服を見る俺と、髪を触る姉さん。確かに砂々していた。
「なんでもいいけど。玄関で砂払ったら、早いとこ風呂入って着替えとけよ~」
とだけ言い残して、籠を片手に家の奥へと姿を消した。
俺は姉さんに連れられて風呂に入ると、夜出掛けるまでの時間、眠りにつくことにした。自分のベッドのハズなのに何故か姉さんの匂いがしてビックリしたが、それくらいのモノであった。
明確に何かが足りない──そう思いながらも、俺は無事、日常へと帰還したのであった。