ライブ感
食事を済ませると、暇潰しがてら力加減の練習を始める。
余っていた鉄パイプをへこませたり曲げたりしてみて、どれくらいなら力を込めてしまっても問題ないのかを確かめていく。
大体10本ほど現代アートに作り替えたところで開場時間になったのか、人が入場し始め、少しの時間をおいてライブが始まった。
因みに傑は警備の人らに目を付けられ連行されてしまったので今ここにはいない。
……あ、違うぞ。別に何もしてないし、悪い意味で連れていかれたのではない。
あの顔立ちが抑止力として使えるだろうからと、何故かその場で警備員として雇われて連れて行かれたのだ。
割高な報酬を約束されたのもあったが、人が足りないからと頼まれて断れなかったのだろう。
ライブを楽しみに来た人達が気圧されてなければいいのだけど、どうしても顔にビビって逃げられてる姿が目に浮かぶ。
「ねぇねぇ、優男くんとあのヤクザくんはどうしてこのバイト受けたの~?」
などと1人何もせず呆然としていたところ、あの人が話しかけてきた。名前は知らない。
「どうして、ですか?」
「うん~。ガラじゃなさそ~っていうか~」
そうかぁ?俺はともかく傑なんかは割とこういうバイトやってそうに思えたけど。
俺はただ1日で終わるバイトなら何でもよかったんだが、まぁ確かに。この顔で力仕事がメインのバイトというのも珍しかったりするのかもしれない。
特に答えようもなく、無難に返した。
「あはは…まぁ、金ですかね」
「ん~?割に合ってるとは思わないけど」
割に合わない。確かにそうなのかもしれない。
夏日だと言うのに外での作業で、それでも平均的な時給とそこまで大きく額が変わらないのだから、そうなのだろう。
ただそこにはやはり『常人からすれば』という但し書きを付けなければならない事もまた事実である。
色々運ばされてはいたものの、大して重さは感じなかった。勿論それなりの重量があることは持てば分かるのだが、以前までの感覚が残っていたのか、重そうな物を力を入れて持ち上げてみたらあまりにも軽く、思わず転びそうになったくらいだ。
「じゃあ……そちらはなんで今日ここに?割に合わないのに……」
「私は…あ……上の思し召しぃ」
一瞬素が見えたような気がしたが、上?今日限りのバイトだと思ってたけど違うのだろうか。
何というか作られたような人という気がして、しかしそれが全てそうなのかと言われればそういうわけでもない、変な人である。
「んじゃ、私はこれで~」
聞きたいこと聞いたらどこかへ行ってしまった。何だったんだあの人。
「颯くん…外に行きませんか?」
「え、何で?この暑いのに」
「嫌な気配です。なので念のため辺りを見回っておきたくて」
「えぇ……またぁ?」
あの街から離れたのに魔物が出る。つまりはあの街が特別呪われているという訳ではないということで、それはなるほど、本格的に俺自身が呪われてる可能性が出てきたという訳だ。
「特に魔族などはいなさそうですが…うぅん……なんでしょうか……」
「いないんだったらもう戻ろうって、ちょっと耳が痛いんだけど」
さっきから流れている大音量の音楽が少し耳に痛い。
「ん?……んん?…んぁ!?」
すると突然、
「ど、どうした?何か分かったのか?」
「どうしたもこうしたもないですよ!見てください!アレ!アレ!!」
「アレ…あっ!?」
エルゼの指し示す方を見ると、こちらを目指し爆走してくる魔物の群れが。
しかし俺には見覚えはなく、アレは今まで殺しまわってきたヴォルスロークではない、初めてみる魔物だった。
地域ごとに別の魔物がいたりするのだろうか。ご当地キャラ的な感じでその土地にしかいない魔物というのも……いや、考えてる場合か。最近酷いなこの癖。余計なことしか考えてない。
「で、アレは何?」
「あの四本足と緑の角は…そうです、テュルニュクスュルです!」
「テュル…ニ…ク……な、何?」
どう発音するんだ今の。
パッと見奈良公園の鹿の上位互換的な感じだけど…って、だからそれどころじゃない。
鹿の群れに気が付いた観客たちが大慌てで逃げ始め、警備員や係の人間は誘導しきれていない。傑も駆り出されているんだろうが、どうせ無駄な誘導作業に使われるくらいなら。
「傑!!!頼んだぞ!!!」
俺は声を張り上げ叫ぶ。これで多分、人に襲い掛かった鹿の対処は大丈夫だろう。ダメそうなら俺が行けばいいだけで。
にしてもあの鹿はどこを目指して──
鹿の進行経路と視線の先がかち合った先を見ると、そこはステージであった。壇上には腰を抜かしたであろうアイドルが取り残されている。
「係の人間が真っ先に逃がす対象じゃねぇのかよ…!」
若干呆れながらも、取り敢えず安全なところまで逃がしておかねばと走る。
「……っ!!颯くん!!」
「んなっ!」
走れば余裕で間に合うだろうと思っていた矢先、戦闘で走っていた鹿が急に足を止めた。四本の角がバチバチと光始め、角と角の間で線香花火よろしく火花を散らすと、壇上目掛けてぶっ放した。
変身する余裕はない。時間的にも場所的にも。
勢いそのままに飛び跳ねてアイドルを回収、ステージをぶち破ると控室目掛けてまた跳ねる。他の誰にも視認などできないスピードで、俺はその場を離脱した。
「きゃああああああああああああああっっ!!!」
背後で金属やら何やらが崩れ落ちる音がして、それに負けじとそのアイドルも大きな叫び声をあげる。
いやはや、流石はアイドル。叫び声まで大音量。バラエティー狙うならリアクションも大事だもんね。
じゃぁないんだよ。耳元で叫ぶなっ!!!
「……よし」
気を失ったそれを控室に放り込むと、傑に加勢しに会場へと戻った。が、戻ると鹿はもう残っておらず、代わりにいたのはあの変な人。名前は分かんない。
彼女は傑と何やら話をしていて、傑はこちらに気が付くと大きく手を振っていた。
「お!颯、戻ったか!」
「やぁやぁ、少年達。よくやったね、おつおつ~」
この人も魔物に対応していたらしく、よく見ると腰に刀を下げていた。
刀…………刀!?
「銃刀法違反ってやつでしたっけ?人間世界の法律は厳しいものですねぇ」
エルゼ的には自分の身を守る道具すら持てないというのは納得いかないらしい。
価値観が違うのだから当たり前だが、これに関しては絶対に分かり合えないのだろう。今となっては俺も、魔物くらい皆で戦ってくれてもいいのではないかと思い始めてはいるのだが。
「驚いてるみたいだね~」
「驚いてるっていうか…えぇ…まぁ」
「いやぁ、格好良かったな。変な鹿をバッタバッタと斬り倒してくんだからよ」
「君もビックリだけどね~。魔物を素手で倒すなんてさぁ」
魔物か。アレを見ては化物か魔物以外の単語も出てこないのかもしれないが、なんというか、少し引っかかった。
それはエルゼの方でも同じだったようで、聞こえるはずもないのに何故か小声で、俺に耳打ちをした。
「颯くん、なんとかしてこの人間から情報を引き出してください」
「え?」
「特に僕らに気が付く様子もありませんし、同族が付いている気配もありません。なのに魔物への対処をしていて、尚且つ対処法を持っている……その理由が知りたいんです」
なるほどと、俺は分かったと返事をして向き直る。
「あの、あなたはなんで刀を?」
「私は霧雨 京香。えっと~、あ。そうそう、警察関係者だから刀を持ってるの~」
そこで初めて名乗られた。
警察関係者だから帯刀可能ってどういうことだろうか。銃なら分かるが、戦前の日本でもなければ帯刀可能な警察官というのは想像がつかない。
「嘘…ではないと思いますが、何か隠してますねぇ」
反応的にはそんな感じだったか。
「この刀なら効くんだよねぇ~」
「刀に…考えられるのは……とすると………まさか……」
エルゼが何かを考えるように変顔をし始めた。考え込むとたまにヘンな顔になるんだよな。
「で、君たちはうちに来る気ない~?」
「「はい?」」
「優男くんの身体能力も、ヤクザくんの馬鹿力も、きっと仕事の役に立つからさ~」
なるほど、俺のも見られてたのか。
だが。
「お断りします!」
「あれれ~?なんで~?」
組織とか面倒にきまってる。警察関係とか言ってるのも本当かどうかわからないのだし。
そもそも正体を明かせないのだから、そういう場所にも所属は出来ないのだ。
「しょぉがないか~。なら、君たちには~」
まさか消えてもらうとか言うんじゃないだろうな。と、俺は身構えた。
「ここらで帰ってもらわないと~」
「え?」
「おいおい、バイトはどうなるんだよ」
それに関しては、もう既に大失敗に終わっているところからしてどうしようもないと思うのだが、何の事情聴取等もなしに開放してくれるとも思っていなかった。
「必要な分はちゃんと渡すよ。でも調査もしないといけないから部外者は立ち入り禁止~。人命救助ご助力かんしゃ~」
彼女は最後まで変な話し方だったが、最後の最後に敬礼だけすると、どこかへと去っていった。
そこから先はすごいスピードでいろんな人が集まり、あっという間に追い出されてしまった。
キープアウトである。
「おぉ…すげぇライブ感だったなぁ…」
ライブ違いだけどな。
「警察っぽくない格好ですね?ドラマで見たのと違いますが」
勝手に契約してやがったアレか。アレは海外のもあったろうから、どの警察のこと言ってるのかよくわからないのだけど。まぁ確かに警察っぽくはない。
「…い、おい!颯、どうした?」
「へ?あ、ああ、いや。ちょっと考え事を」
「そうか、もう帰らねぇか?」
少し考えてから頷いた。
あまり詮索しても碌なことにならなさそうだし。
「霧雨 京香、か」
「さっきの姐さんか?いやぁ、昔見た任侠物の映画を思い出したな」
「そんなに強かったのか?」
「強いなんてもんじゃなかった。ありゃ鬼だ。剣の鬼」
剣の鬼か。まぁ、刀だけど。確か、ロマンス怪人が言ってたのは剣の”天使”だったか。
あの人は髪色的にも口調的にも条件には合わなさそうだけど……諸々の問題が片付いた今、そっちもそっちで気になるんだよな。
帰りの電車の中、考えは深くなるばかりで、しかし答えは出ないのだから何の進展もなかった。