悪足搔き
悪魔は最期に何かを唱え、それで何をしたのかを説明させることもできず、俺達はその場に取り残されてしまった。
まだもう少しくらい痛めつけてやりたいという思いが無かったワケでもないのだが、終わってしまえば存外落ち着いていく自分がいた。数分もすれば、凪いだ海のような、平静を取り戻せるだろう。
まぁ俺の心情はいいとして、急ぎ把握しなければならないのは、あの悪魔が最期の最期に何をしたのかという事だろう。死んで尚迷惑をかけてくれるというのだから、全く面白くない。
「エルゼ、最後の何?」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。というわけでエルゼに尋ねた。
しかし、何をしたのかはよく分からないらしい。
「実際に事が起こればそれを解析することはできるんですが……ただ、道連れにするとか言ってましたし、碌でもないことなのは確かです」
エデンだとかなんだとか、奴はそう言っていたはずだが、不発に終わったなんてこともないだろうし……ふむ。
一体何だったのだろうかと全員で首を傾げていると、少しして、流華先輩から音が鳴った──先輩からというよりはそのスマホから。
着信音の様であった。
「千夏…...?」
流華先輩は取り敢えず電話に出て、段々とその顔を苦くさせながら通話を切った。そして何度かそれを操作し、その画面をこちらに向けた。
「……隕石?」
「1000m級の隕石が地球に接近......はぁ…」
「5時間もすれば地球に直撃すると…なるほどね」
「だそうだ。千夏はうちの課の人間に確保されて避難していたみたいなんだけど、そこで得た情報をこっちに送ってきたらしい──いや、こうなることを見越して誰かがあの子に、意図的に流したのかもしれない」
「それ……大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないし、バレたら怒られるのだろうけど……この状況じゃそうも言えないかな。それに、どうせ私達みたいな存在でなければ対処もできないだろうしね」
なんでも直径1000m程の大きさの隕石が地球に向かっているとのことで、あの悪魔が最後に残して言った置き土産と言うのが恐らくこれの事なのだろうと、俺達は推測した──するまでもないのかもしれないが、一応しておいた。
まぁ、寧ろこれじゃなかったら何なのかという話でもあるのだが、それ以外にも何か仕掛けてきている可能性が絶たれたわけではない。。
だがしかし、それはそれとして、その推測が確かなものと考えて、この1000mの隕石が地球にぶち当たるとどうなるのか。
エルゼ曰く。
まず地球上の生命が死に絶えることは間違い無しで、もし仮に生き残れたとしても、地球環境の劇的な変化によって直に死を迎えるのみであるという。どう変化するのかは実際になってみなければ分からないが、今ギリギリで保たれている、生物にとって奇跡のようなこの環境は、跡形もなくなるだろうとのこと。恐竜が絶滅した原因とされている隕石のサイズをやや上回っていることからも、それは間違いないとみていいという。
時間を掛ければ再生しないことも無いらしいが、それに掛かる年月が俺の寿命の何倍かなど、聞きたくはない。
「なぁエルゼ。これをを撃墜するとしたら……俺の魔法で行ける?」
「…………どうでしょうか。確信はありません」
「可能性はあるってこと?」
「使う魔法にもよりますが――ただ、少なくとも、ここからの撃墜は考えない方がいいと思います」
「え、何で?」
「その規模の隕石をここから破壊する場合、恐らくですが魔法の衝撃で地表がかなりの広範囲で悲惨なことになります。さらに言えば、惑星の公転や周回軌道がずれる可能性があるので、危険と言わざるを得ません」
「と……すると?」
「宇宙空間での処理を行うことが望ましいかと」
問い返すと、そう返ってきた。
地球に被害を与えたくなければ地球の外、つまりは宇宙で潰せと言うのは、なるほど確かにと思う。
魔族と戦うのだって、我が家の庭ではやりたくないしな。出来れば町の外、出来れば県の外、出来れば日本の外、出来れば地球の外で処理したいというのは、確かに思う──いや、思うじゃないな、まずそもそも来るな。
「宇宙に出るんだったら俺の方に分があるな」
隣からくぐもった声がして、俺はそちらを見た。
颯がいつの間にか顔を仮面で覆っていた。出陣するつもりなのだろう。
しかし。
「お前は俺に勝る武がないだろ」
「それは…そうかもだけど」
肯定はしたものの、これまでの事もあるからか、やはり簡単には退かない。
「でも俺、そもそも宇宙なんて行けるの?」
「今の颯くんなら行けると思います。魔素の作り方は覚えていますよね?」
「うん…………あ、そうか」
魔素による生命維持。海の中に入れないのかという質問に対してエルゼが教えた魔素の生成方法。
海の中も宇宙空間も、息ができないという点と、強い圧がかかるという点では似たようなものだろう。
多分違うんだろうけど、俺としての認識など所詮はその程度だし、エルゼが行けるというのなら行けるのだろう。
だがしかし、生身の人間の生存に適さない環境そのものを魔力で跳ね返せるというのだから、やはり大したものだ。魔法だからという一言で人間のこれまでの積み重ねがパーにされてしまうのは、なんとなく悲しくもあるが。
因みに異世界にいる時も、これを使っていた。
それは魔王を倒す日の朝、ティリス達に食べさせた料理の食材には、ありったけの魔力を込めておいてやったのだ。実際に何が起こるのかは分からなかったものの、多分身体的なバフとかそんな感じのが掛かっていたんだと思う。
それがどれだけ効果を発揮できたのかは結局見れなかったが、役に立っていたことを願う。
「はぁ……行くか」
俺は空を見て、その先にあるであろう宇宙を見た。
少しだけ胸騒ぎを残しながらも、俺達は飛び立つことになった。