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終局

 それまで颯を押し込んでいたかに思われたその攻撃の全てが消失し、傲慢の悪魔は動揺した。


 そしてそこから現れた、攻撃を受けたことなど無かったかのように無傷でいるその少年から感じる、その圧倒的な怒りに、筆舌に尽くし難い恐怖を感じた。


「今、何つった……?」


 その場の全員が動きを止めていた。


 彼は決して先程のように暴走していたのではない、闇落ちなどをしていたわけではなかった。しかし、彼の周囲を囲んでいた漆黒の螺旋は、それがその者の果てしない怒りを表していた。


「何ヲ……ッ!!?」


「答えろや、今……何つったって、聞いてんだよ」


 その螺旋は地面をガリガリと削りながら吹き荒れると、ゆっくりと颯へと収斂していくことで収まった。それを完全に体内へと取り込んだ彼は、足を一歩二歩と踏み出していくと、悪魔の方へと近づいていく。


 彼は一度変質したことで、そしてその変質を抑え込んだことで、あらゆる精神状態をその力に反映させることを可能にしていたのだ。それは本人の知るところではなかったが、本人も自身の力が信じられない速さで膨れ上がっていくのを感じていた。


 彼の中で増幅していたのは、怒りであった。


「今、魔界と異界を繋げるとか言いやがったか……?」


 悪魔はそこで、自身が思わず、意識もできないうちに後退りしていたことに気が付いた。


 恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖──。


 脳内を埋め尽くしていたのは恐怖の群れ、己の身を震わせていたのも恐怖故。自身の全てが目の前の、たった一人の人間から放たれる怒りとプレッシャーによって支配されていた。それを否定しようとすればする程、己が一歩、また一歩と後退っていく。


 こんな所で負けるわけにはいかない。こんな所で負けるようでは神など越えられない。人間などという酷く矮小な存在を相手に立ち向かえないようでは話にもならないと、そんな風に己を鼓舞しようにも後退る足が止まらない、前に進まない、進ませてもらえない。


「なぁエルゼぇ……この世界の危機って何だっけ……?」


 颯は問う。確認するために。


「え、えっと、魔族や魔物が現れることです!」


 エルゼは答える。とばっちりを受けないために。


「何でそうなるんだっけぇ……?」


「この世界と魔界との間の壁が破壊されてしまったからです!」


「だよなぁ……。そうだよなぁぁぁぁぁッッ!!!!」


「──ッ!!!」


 衝撃と共に覇気が襲った。攻撃を受けたわけではない。攻撃を受けたとしてもそれはすぐに無効化できたはずなのに、悪魔はその全身に、名状しがたい痛みが走るのを感じていた。


「グッ……ガッ……」


 焼かれるように熱く、凍えるほどに寒く、突き刺さるように、引き千切られるように、削られるように、これまで受けたことのない烈しい感覚がその身を襲い、覆い尽くしていた。


「お前がいなければ……お前がいなければッッ!!!」


 反撃を許さぬ攻撃の嵐。極光に刻まれ、灼熱に斬られ、爆撃に殴られていく。その攻撃の正体は颯本人でさえこれまでの人生の中で感じたほどのない怒り。その尋常ならざる感情を瞬時に魔力へと変換しているのだ。


 それはかつてエルゼが颯の精神を乗っ取った際に感じていたものの正体であった。その正体をあの時のエルゼは結局解き明かすことができないでいたが、ここにきて確信できた。


 彼は強い感情をあまり表に出さない性格をしていたが、当然、何も感じないワケではない。彼自身は比較的感情豊かな方であったが、それを表に、他人に見せることをあまりしてこなかったというだけに過ぎず、力を得るまではそれを押し殺していただけの彼であったが、力を得てからは、体内に魔力が巡るようになってからは、その行き場を失った巨大な感情を魔力に変換していたのだ。


 そしてその感情が変換しきれなくなった時、彼はその怒りを露わにする。普段冗談で怒って見せることはあっても、今この場で彼が見せているこの怒りは、紛れもなくそれによるものであった。


 負の感情であるはずの怒りによって模られたその攻撃は、楓によってかけられた呪いと相まって、悪魔に死そのものを優に超えるほどの苦痛を与えていた。


 その怒りの正体は何か。そんなものは決まっていて、その場でそれが分からないのは傲慢の悪魔、ただその者のみであった。


「お前がいなければ俺はッ、こんな恰好せずに済んでたのにィィィッッ!!!!」


「グゲッッ……!!ガゴッ……!!」


「許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない──!!!!」


 今の颯はそれこそ目の前にいる悪魔の全てを許さないでいた。


 それは死さえ許さないというもの。


 尤も、その力を与えたのはエルゼ本人であったし、それを自覚していたからこそ、いつそれが自分に向くかと内心ビクビクしていた彼であったが、どうやらその心配もなく、颯の怒りはその大元の原因となったであろう傲慢の悪魔へと向けられていた。


「そういえば……あの恰好が颯の言っていた兄様の失態とかいうものですか」


「颯くんそんなこと言ってたんですか……?」


 エリーゼは知らない。エルゼと颯が初めて出会った日、エルゼが颯に与えたあの衣装は今よりずっと派手に魔法少女していたことを。そこから彼の猛抗議によって今の色に何とか落ち着いたことを、エリーゼは知らない。


「私にはあれがどう嫌なのかは分かりませんが……」


「エリーゼ」


「……?」


 首を傾げるエリーゼに、エルゼは首を横に振って答えた。


「禁句です。颯君は恰好の事を言われると烈火のごとく怒ります」


「そう……なのですか……」


「僕も後悔が無いわけじゃないんです。もし颯くんの意見をもう少し尊重して、与える力を彼と話し合って選んでいれば、関係はもっと良好だったのかなと、思わなくはないんです」


 今の関係もそれなりには良好と言えるのかもしれない。悪友のような、そういう関係性はエルゼ自身、気に入ってもいた。しかし同時に、また別の関係性があったのかと考えなくもないのだ。


 縦横無尽に暴れまわる颯を見て、エルゼは思う。


「シャイニングスターチェイサー!!」


 ステッキから放たれた、白い凹八角形の星は無数の礫となり、逃亡を図った悪魔を狙い撃ちにしていく。右半身のゼリーはズタズタに、文字通りハチの巣にされていた。煌く星は見るものによっては可愛らしいものであったが、生かさず殺さず逃がさず通さず敵を貫くその攻撃には、やはりそのどこにも可愛らしさなどというものは窺えなかった。


 四方八方から殺到する攻撃の、白く輝く嵐に包まれていく。そうして悪魔は、とうとうその終わりを迎えることとなった。


 が、その最期、悪魔は掠れるような声で言った。


「コウ......ナッタラ......道連レ...ニ………来タ...レ、壊天(エデン)......!!」


 そんな言葉を最後に、悪魔は消滅したのだった。

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