バイト少年
俺はベッドで寝転がりながらスマホを弄り、バイトを探す準備をしていた。
高校生にもなったことでバイトというものが解禁されたわけだが、これまでなんだかんだで出来ていなかったのだ。小遣いはあるが、しかしそれはそれとしてお金は欲しいのである。
それと、レイザに奢った海鮮丼。自分でも食べたわけだからあまり強くも言えないが、アレのお陰でごっそりと財布が軽くされてしまったのだ。せめてその分だけでも回収しなければ。
ただ、それに際して1つ気になったこともあってエルゼに尋ねた。
「なぁ、バイトしたいんだけど、しても大丈夫なの?」
「バイト…ですかぁ…う~ん」
表情を見てなんとなく察してはいたが、答えは消極的肯定であった。
ダメ、ではないが難しいらしい。まぁこれでも一応魔物退治をしている身だ、バイトにかまけて街に魔物が溢れていましたでは話にならないのだろう。
だから話し合いの結果、1日限りの単発バイトを偶にであれば問題ないということになった。
……なんで俺はバイトするためにコイツの許可を取らなきゃいけないんだ。
「まぁいいや。どんなのがあるんだろ」
探すバイトの種類も固まったこともあり、どんなものにするかは結構絞れてきた。
「箱詰め作業かぁ…飽きそうだな、却下」
姉さん程でもないが俺も飽きっぽさには自信がある。
「試験会場の見回り…は2日間かぁ。却下」
なかなかいいのが見つからず、条件を変えてはまたスクロールしての繰り返し。
スルスルとスワイプしていくが、似たようなものが並んでいたり、怪しげなものであったりと、なかなか条件に合うものがない。闇バイトとやらは御免である。むしろこの世のゴミを纏めて爆殺するいい機会かもしれないが、多分エルゼから許可が下りない。
そんな時、1つの求人が目に留まった。
「あっ、これなら」
ライブ会場の手伝い。物を運んだりする手伝いというのがバイトとしての仕事内容らしい。
ここからも結構近いし、物運びならこの力で楽々片付けられる。そう考えると接客とかをしなくていい分、楽でいい仕事なのではなかろうか。
最近強く感じているのだが、この俺──御厨 颯は、変身していない時の身体能力がとんでもなく高くなっているのだ。
エルゼが掛けた身体能力の向上のための魔法や、俺の身体に馴染んだ魔力が平時でもその効果を発揮しているという事だろうが、同時に危険でもある。
変身している際はどんなに暴れまわっても認識阻害が働いているのだから問題はない。
肝心の認識阻害の信用は最近落ちているが……それはまぁ例外中の例外としておくべきか。
だが変身していない状態で暴れまわるのはマズい、普通にバレる。
その上変身していないときのやらかしは認識阻害等では対処してくれない。サポート対象外なのだ。
だから今回の多少力作業を伴う仕事は力加減の練習にもなると思う。
ミスってやらかしたところでどうせ一日限りの付き合い、気にすることもないだろうしな。気にするべきなのだろうけど、気にしても仕方がない。
「よし、決めた!」
スマホを手際よく操作し、応募を進めていく。
そうして数日後にバイトが決まった俺は、必要なことを済ませていった。
△▼△▼△▼△▼△
「バイトだぁ?お前がか?」
「そんな反応されるようなことか?普通にするだろ、それくらい」
「にしても何だ、金がいるのか?」
「いや、海鮮丼がさ…」
「海鮮丼?」
「あぁ、いや。なんでもない」
学校帰り、傑と俺はそんな話をしながら歩いていた。真は何やら用があると言って、全く別の方に行ってしまった。
あっちは山があったくらいだと思うんだが、詮索するのもよくないか。
「まぁなんでもいいけどよ、にしてもバイトなぁ…」
「興味あるの?一緒に参加とかもできるって書いてあったけど」
「ありかもしれねぇな。この面じゃファミレスとかは受からねぇだろうしよ」
相変わらずのおっかない面をこちらに向けてそう言う。
おいおい、やめてくれたまえよ。返事に困るじゃないか。
だけどバイト仲間が1人見つかった。利用するようで悪いが、コイツがいれば皆そっちに目が行ってくれるだろうし、俺は俺でやりたいことをさせてもらおう。
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そして土曜日。
朝早くに傑と駅で待ち合わせをすると、電車に乗って数時間揺られることになる。
最初は飛んでいけばいいと考えていたのだが、傑は契約していないのだから力はないし、当然飛ぶこともできはしない。だからといって俺だけ1人飛んでいくのもアレだったので、電車に乗ることになった。
我ながら律儀なものである。
休日とは言え朝早いこの時間、電車内はあまり混んでいなかった。
「電車って普段あんま乗んねぇけど結構ヒマなもんだな」
アロハシャツを着て髪型をバッチバチにキメた、サングラスのよく似合う──完全なチンピラだ。
それも、そんなものは無いだろうが、どこかのコンテストにでも出せば芸術点で勝負できるレベルの、である。
風格があるとかいうレベルじゃない、電車に乗った瞬間人がちょっと捌けたのだ。
あからさまに逃げていったというわけではないが、こちらを見るなりゆっくりと離れていくのが分かった。傑もそれを認識はしてはいたようだが、特に気にする様子でもなく、平然としていた。慣れてしまったという事なのかもしれないが、そう考えると物悲しいものである。
お行儀よく座ってるのを見たからか今はそうでもなくなっているが、俺は小声で尋ねた。
「傑…何でその格好で来たの」
「あ?んなもん当り前じゃねぇか、ライブ会場だろ?野外だって言ってたし、ブチ上げるならこれだろうがよ」
何基準の装いなんだ。アイドルのライブだぞ。俺は知らないけど。
本人はウキウキしているが、周囲からは浮き浮きになること間違いなしだと思う。
傑がいいならそれでいいのかもしれないが、俺は何のアドバイスもできない自分を恥じた。
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「あぁ、君たちが応募してくれた子達だね。他の人はもう集まっているから、作業に加わってくれ」
設営された会場に到着すると雇い主らしい男に案内され、他の従業員たちと合流する。
あの男、傑を見てビビる様子も見せなかった。なかなかの強者である。
まぁ、仕事をしていれば時折、こういう人種にも普通に会うのかもしれない。
「あっ、君たちがあとの2人だね~?よろ~」
作業を教えてくれることになったのは何ともチャラい……とも言わないが、軽い感じの女性だった。
大学生くらいか、それより少し上といったところだろうか。あまり詮索はしないが。
「え~っと、優男くんと、ヤクザくんね~」
分かり易いあだ名でよばれた。失礼極まりない。
傑はやはり気にしてる感じでもないらしく、挨拶もほどほどに準備体操を始めていた。
「じゃあ君は~」
そこからは指示に従い物を運んでいく作業となり、往復しながら荷物を運んでいく。
組み立てたり配置したりするようなのは他の人がやってくれている。
「颯くん…これ何が楽しいんですか…?」
「別に楽しくてやってるわけじゃないけど」
「暑いし暇だし、面白くないですねぇ」
「別にお前何もしてないんだからいいだろ」
耳元でごちゃごちゃ言われたらうるさくて仕方がない。
尚も愚痴を言い続けるクソハムを無視して作業を進めていく。
「おお、運び終わったんだ~。早いね。おつおつ~」
運び終わったことを告げに行くと、軽い労いが飛んでくる。
「で、次は何すればいいんです?」
「えっとね~、次は~」
と、そうして作業を進めていくこと2時間ほどで、かなり会場の準備も終わってきて、人も増えてきた。
「様になってきたじゃねぇか!」
「屋台とかも出るんだな」
「颯くん!あれ見てください!野菜が売ってますよ!」
エルゼが美味しそうな野菜がある、と興奮して指をさす。視線をそれに合わせて動かしていくと、そこにあったのは籠に入ったいくつかの種類の野菜。
「アレは焼きそばの材料だバカハム」
「そんな…!アレが、材料…!?」
お前は生で食うのかもしれないけど、人間はそうじゃないしな。
「あ、君たち~。ここらで作業は終わりだから休憩に入ってもらっていいってさ~」
「はぁい」
「じゃ、飯でも食いに行くか」
午前中の作業はこれにて終了らしく、この後はライブが始まる。
やることが全くないわけではないが、準備と片付けが主な仕事の俺たちはここで一度自由の身となる。
「でもまだこっちも準備終わってるわけじゃないんだな」
「おいまだ何も食えねぇじゃねぇか」
どうしたものかと歩いていると、担当のあの人が追いかけてきた。
「ちょっとちょっと君たち~!ご飯あっち~!」
どうやら昼は向こうで用意してくれているらしい。
「颯くん!これがタダ飯ってやつですね!」
「言い方考えろ。働いて食う飯なんだからタダ飯じゃないだろ」
とは言いつつも、至って平和に、仕事は進んでいったのだった。