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魔法少年を解放しろ!  作者: アブ信者
魔法少年
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ブラン・ノワール

「は…?え……?何、こいつ…ハムスター……?」


 ハムスターにしてはやけに青い。


 いや、ハムスターはそもそも人語など扱えはしないし、そもそも浮いてなどいない。そんな当たり前のことすら頭から抜け落ちるほどの衝撃であった。


「僕はハムスターじゃぁないですよ、エルゼ・フューリタンっていいます!」


「エルゼ…はぁ……あ、あぁ、俺は颯……じゃなくて……いや、何で浮いて…」


「それは僕が精霊だからです!」


「せ、精霊………いや全然意味分から──」


「ていうかその質問、今じゃなきゃダメですかね?」


 若干食い気味に颯の質問をぶった斬ると、公園の奥を指差しながら問いかける。


 そこにいたのは、先ほどの化物の群れ。


 そしてその中心で化物達を率いているのであろう、メイド服姿の女だった。それが人間の様には、彼をして見えなかったのだが。


 それは化物を控えさせると、名乗りを上げる武士が如く、堂々と前に出てくる。


 ゆったりとした動きだったが、気品を感じさせるような、隙の無い動きだった。


「…………マジか」


「流石にあの量はまずいですねぇ…バラけられると厄介極まりないですよ」


 絶句する颯、冷静に状況を分析するエルゼ。


 化物の群れと対峙するように立っていた2人に、白と黒の2色の髪を持つその女が、腰に手を当て声高々に宣言する。


「平伏せよ!我が名はブラン・ノワール!この世界を手中に収める者だ!」


「………んぁ?」


 人間は理解の範囲を超えた事象を目の当たりにすると、自分が知っている情報と、目の前のそれを何とかつなぎ合わせて理解しようとすることがある。


 颯の頭の中ではそれが起きていた。


 数秒の思案の後、彼が顔を上げて出した答えは。


「あぁ…あれか…厨二病か…」


 不治の病に罹っているというものだった。


 当然、周囲の化物や、真横で浮いている青い生物の説明はつかない。


 自分が今見ているのは幻覚か何か、もしくは悪い夢か。まさか今はまだ6限目の最中で、自分はその授業中に眠りこけて明晰夢でも見ているのかと、なるほどそれなら納得もいく。と、彼は考えた。


 それはきっと、脳が理解することを拒んだのだろう。


 しかし、無情にも精霊は彼を現実に引き戻した。


「言ってる場合ですか」


「そんなこといわれても…」


「だから僕が来たんじゃないですか。このエリートの中のエリートである僕にお任せください!」


エルゼと名乗るその生き物は胸を張って言う。


 そんな姿に颯は希望を抱けた。これで明日を迎えられる、と。


「おぉ…!じゃあお前がやっつけてくれるのか!」


「は?何言ってるんですか。戦うのはあなたですよ、颯くん」


「……………は?」


 この尋常ならざる事態をどうにか解決してくれると期待したのも束の間、返ってきた答えはあまりにもなものであった。


「俺が…戦う?………え、アレと?」


 自分を指差し、化物達を指差す。


「そうですよ」


「あの群れと……1人で?」


「はい!頑張ってください!」


 颯は言葉を失った。


 さっき殺されかけたあの化物の、それもその群れと1人で戦えというのだから無理もない。


 当然しがない高校生でしかない颯には戦いの心得などありはしないし、武術などを本格的に習った覚えもない。


 せいぜい中学の体育でやった柔道なんかを少し覚えているかどうかである。それだって今やれと言われればおそらくは無理だろう。春休みの間に、中学の頃のことは全て忘れている。


「いやいやいやいやいや!無理!無理だから!」


「もちろん!生身でとは言いませんよ!さ、コレをどうぞ!」


 そう言ってエルゼはゴソゴソと何かを取り出そうとする。完全に空中に手を突っ込んでいたわけだが、颯にはそれをつっこむ気力など無い。


「そうだよな…武器とかがあるんだよな」


 と、素手で戦うようなことは避けられると安堵する颯。


 武器があったところでアレら全てを相手にすることには変わりないし、使い勝手のわからない獲物を渡されたところでどうしようもないということは完全に頭から抜けていた。


「あぁ、あったあった。はい、これ台本です」


「は?台本?」


 渡されたのはペラ数枚程度の薄い台本であった。やる気のない企画書のようである。


 表紙には満面の笑みでピースサインを向けるエルゼの写真がデカデカと印刷されており、それが颯をイラつかせた。


 その上の方にはとても可愛らしい、だが今まで見たこともないような字で何かが書いてあった。


「ちょっと待て、これは──」


「あ、それから力も与えておきますね」


 コレが何なのかと尋ねようとした颯を無視し、エルゼは言う。


「え、何……力って」


「契約をすると力が得られるんですよ。これで安心です」


「何一つ安心要素がないんだけど。契約すんの?印鑑持ってきてないから後にして欲しいんだけど」


「ハンコ文化なんですか?遅れてますねぇ…この時代に」


「地球外生命体に文化だ時代だ言われたくないんだけど」


「まぁ印鑑は要りませんよ。契約書とかないですし」


「契約書ないってそんなことある?この時代に?」


「はい」


「いや、はいじゃなくって。絶対やばい契約でしょそれ」


「なかなか強情な人ですねぇ。まぁ、どちらにせよこの状況を切り抜けるのには力が必要なはずなんですから、もう契約しちゃいますね」


「え?いや、だから俺の話を──」


「ヲラ・カチ・エタエ・タマア・ナントカナレ!」


 尚も訴え続ける颯の声に被せるように謎の呪文を唱えると、エルゼの身体が淡く発光しだす。


「何したの、ていうかお前今なんとかなれって言わなかったか…?」


「コレでよしと。さぁ、早いところその台本を頭に叩き込んであいつら全員ぶっ飛ばしちゃってください!」


「えぇ…………ぇぇ………」


 先ほどから起こるすべての事象が何なのか理解できていない颯だったが、有無を言わさぬエルゼに気圧され台本をペラペラと捲り始める。


「因みにですが、呪文とか決め台詞間違えると技が不発になったり、最悪死んだりするかもしれないので気をつけてくださいね!」


「はぁ?」


 噓である。が、実際適当にやると暴発しかねない可能性はある。そのための忠告であった。こんな状況でもなければもっと懇切丁寧に教えられたのかもしれないが、今はそれどころではない。


「嘘でしょ……えっと…?何を言えば……」


 順を追って書かれているらしく、まず最初に変身時の決め台詞が記されていた。


「マジカル…キュート…メタモルフォーゼ……?」


 彼の認識が正しければそれは、日曜日の朝方とかに聞こえてきそうなフレーズであった。


 一瞬思考が停止しかけたが、すぐさま気を取り戻し、そこに書かれた文言を二度見する。


 内容を理解するとエルゼの方を向いた。


「おいちょっと待てやテメェ!何だこれ──」


 そう抗議する颯だったが、呟いた呪文に反応したのか、体が青白い光に包まれ始める。


「えっ…待っ…何これ何これ何これ何これ!」


少しすると、今まで着ていたはずの制服が消え、その代わりに薄いピンクの可愛らしい衣装を身に纏っていた。


 胸についたルビーを思わせるような大きなハート、白と桃の2色で構成された全身フリル塗れの衣装、完全なスカートでないのは唯一の救いである。


 どちらにせよ、おおよそ高校生が着ていて平静を保てるようなものではない。


 頭が状況に追いつき理解し始めた颯は、一瞬で顔を紅潮させてしまう。


「ふぇ……?お、おい!テメェ!ハムスター!コレは何だ!」


「ふふん、どうですか?良いデザインでしょう?」


「知るか!はよ脱がせろ!どうやって脱ぐんだよこれ!……離れねぇし!おいッ!」


「戦いが終わる前に脱いだらダメじゃないですか。それで戦ってください!」


「何っでだよ!じゃあせめて衣装変えろ!これ女の子とかが着るやつだろ!」


「ぬっ!いつまでも旧時代に囚われていてはダメですよ、時代は変わるものなんです。」


「時代が変わっても変わらないものくらいあるだろ…じゃなくて!年齢とか考えろよ!こんなもん着れるの小学1年生くらいまでのもんだろうが!」


「いくつになっても可愛いものを可愛いと言って愛せるような、そんな自分でいたいですよねぇ…」


「話を聞けよクソハムスターが!」


「エルゼです。それとすっかり忘れてましたが敵さん放置しすぎてなんか怒ってますよ」


「え?」


 エルゼに言われて指差された方を見る颯。


「やっと…やっとそっちの話が終わったか…ならもう一度…!平伏せよ!我が名は…」


 二人が成立しない会話を続けていた間、何度声をかけてもずっと無視され続けていたブラン・ノワールが、再び名乗りを上げた。


 それはとても弱々しい声で。


「あ、そこはさっき聞いたんでいらないです!」


「は?い、いらない……?」


「そうだ颯くん、向こうがなんか色々言ってる間に台本軽く読み通して技とかも覚えておいてください!どうせ敵は倒しちゃうんですしあんまし話とかは聞いてなくても大丈夫ですから!ね!」


 エルゼはそれを適当にあしらうと、颯に対し必要なことを告げ、サムズアップした。


「んなぁっ……………!」


 無視され続け、名乗りは邪魔され、挙句の果てに話は聞いてなくてもいいとまで言われたことで、怒りで顔を真っ赤にしてぷるぷると震えているブラン・ノワール。


 白黒赤と、その顔は綺麗に3色に分かれていた。


「えっと…敵を指差して、敵の組織名や名前…あぁなるほど……その企みは私が阻止してみせる…ってやればいいのか…うっわ、だいぶキツいな……絶対嫌なんだけど」


「いやぁ…感慨深いですねぇ…僕の来るべき初任務…憧れの光景を目の当たりにできて感激ですよ…」


「うわ…技名とかもびっしり書かれてる…どれもこれも全部クソダセェな…センスのセの字もねぇ」


 二人は互いに会話するわけでもなく、ブツブツと呟く。


 もう話を聞くつもりは無いのだということは理解しているが、一応ルールとしてやっておかなくてはならないため、ブラン・ノワールは強引に話を進めることにする。


「わ、我の目的はこの世界を支配し我が物にすること!そしてこの地に住まうすべての者にこの服を着させていくことだ!」


「で…?最後敵を倒したら…えぇ…何これぇ…口に出すのも嫌なんだけど。こんなん黒歴史とかいうレベルじゃ──あ?待て、今あいつなんて言った?」


 台本をペラペラと捲り中身を確認していた颯だったが、耳に入った敵の発言に、思わず顔を上げて聞き返す。


「この世界を支配したいらしいです。ま、それを防ぐために僕が派遣されたんですけどね!」


「いや違う、その後。なんかやばいこと言ってなかった?」


「え?あぁ、なんかあの恰好を皆にさせるとか何とか言ってましたね」


「皆……地球人全員……?あの格好……?」


 非常に嫌な光景を想像してしまい、思わず身震いする。


 自分の今の格好よりは白黒のメイド服の方がまだマシかもしれないが、自分の周りの人間全員と考えると少しゾッとする。


 若い人ならまだちょっとしたコスプレで通せるだろうし、クラスの女子とかのそれであれば一度くらいは見てみたいものだが、30代40代あたりを過ぎた人間も一様に同じ格好していると考えると、ほぼといかまさに地獄絵図だ。


 何が嫌と訊かれれば、親のそんな姿は絶対に見たくないし、考えただけで即死できる。現に彼は死にそうな顔をしていた。


「そんなに害はなさそうだけど絶対負けるわけいかないよな…」


「害がなくても負けないでくださいよ…。さぁ!このステッキをどうぞ!」


 そう言って渡してきたのは、コレまたドデカい桃色の星が付いた、持ち手の短い杖のようなもの。


「うわ、なにこれ?」


「トゥインクルステッキです!」


「トゥイ…?はぁ…え、これで戦うの?」


「はい!呪文を唱えれば魔法が打てますし、念じればどんな武器にでも変化してくれるすごいステッキです!」


「どんな武器でも……それは確かにすごいけど…念じるってどうやって?」


「お、興味津々ですねぇ!やり方は簡単です!使いたい武器を頭に思い浮かべながらステッキを握るだけでいいんです!」


「使いたい武器…どんな武器でも…そうか……えっとじゃあ──」


 颯は頭にパッと思い浮かんだ武器をイメージし、ステッキに念じる。


「フフフフ…やっぱりどれにするか迷いますよねぇ…ブルーソードにマゼンタアロー…イエローウィップとかライムナックルも………あ?ちょ、ちょっと待ってください、なんですかそれ?」


 エルゼが一人呟く中、颯の手にしたステッキが禍々しいオーラを放つ槍に姿を変える。


 それに驚き目を丸くさせて戸惑いながらも、それが何かを颯に問う。


「これ?確かゲイボルグってやつだったと思うけど。知らない?」


 颯がイメージし作り上げた武器は、以前漫画だったかアニメだったかで見たことのある神話上の武器、ゲイボルグであった。


 一度投擲すれば、敵を逃さず貫き殺す必中にして必殺の武器。


 実在したのかもわからないその武器が、果たして本物なのかも分からなかったが、殺戮を求めるようにカタカタと震えだすその槍を握ると、颯は少し安心した。


「は、颯くん?あのぉ、そういうマジでやばそうなの出されるとちょっと困るといいますか…せめてあの台本の中のリストから選んでもらえませんかねぇ…?」


「嫌だ。ダサいし。勝てりゃいいんだから武器ぐらい自分で選んでもいいじゃん」


 縋るように言うエルゼに対し、キッパリと言い放つ。これ以上の譲歩をするつもりはなかった。


「ダッダダッダ、ダサい!?僕が2徹して厳選したカッコイイ武器30選のどこがダサいんですか!?」


「見た目、名前、その他全部の何もかも」


「そ、そんな…僕の…僕は…」


「……そういえばゲイボルグってどうやって使うのが正解なんだろ。実際使ってるとことか見たことないし…取り敢えず投げればいいのか?」


 使っているところを見たことがあればそれこそ問題だが、やることはもう決まっている。


 価値観の違いから絶望に打ちひしがれているエルゼを尻目に、見た目よりは存外軽いゲイボルグを敵に向かって投げる。


「ほーりゃっ!」


 すると、投げ放たれたゲイボルグはその瞬間から自我を持ったように化物の群れに突進していき、化物を1匹貫き、消し飛ばす。


 そしてそれは、青黒い炎を纏いながら分裂し、2匹目3匹目と次々に貫いていく。


 化物は逃げることもできないまま、次々と消滅していく。


「おぉ…!圧巻…」


「あ…あぁ…僕の夢が…手に汗握る死闘が…こんな虐殺ショーに……」


「あっ…そういえば決め台詞とかやるの忘れてたけど大丈夫かな…死なないよな?」


「……!じゃ、じゃあそれだけでもいいんでやってください!後生ですから!」


「えぇ…んんぅ……えぇ…まぁ、仕方ないか……」


 涙目で懇願するエルゼに、余計なことを言わなければよかったという若干の後悔はあったが、なんかかわいそうだったので一応やることにする颯。


 化け物の断末魔が輪唱のように響く方へ、ビシッと指をさす。


「えっと…何だっけアイツ……あ、モンブランめ!お、お前の企みは……俺が阻止してみせる!」


「違うわ!ブラン・ノワールだ!くそぉ…どこまでも馬鹿にしやがって…!」


 時間が経つごとに大きくなる叫び声と、嵐のように飛び回るゲイボルグの轟音でそれどころではないはずだが、どうやらちゃんと聞こえていたらしい。


「あ、泣いちゃいましたねぇ…颯くん、さすがによくないと思いますよ?」


「えぇ…メンタルよっわ。名前間違えただけなのに…」


「べ、別に泣いてなんかないわ!こ、これは…そう!今から死にゆく貴様らへの慈しみの涙だ!」


 顔を真っ赤にさせ目尻に涙を浮かべながらも、その態度は決して崩さんと粘る。


「へぇ、この期に及んでこちらのことを思うだけの余裕はあるみたいですねぇ?仲間全員殺されてるのに」


「お、ほんとだ、いつの間に全部消えてる……あれ?」


 しかしまだ1人、首魁であるブラン・ノワールを残したまま、ゲイボルグは颯の手元に戻り、トゥインクルステッキへと姿を戻してしまう。


「あ、流石にこれ以上は無理そうですねぇ。魔力が体に馴染んでいけばもう少し暴れさせられるとは思いますが、武器形態は少しお休みですねぇ」


「え、じゃあどうやって倒すのあれ。まだピーピー騒いでるけど」


「ああいう敵は技で倒すのがセオリーです!」


「そんなこと言われても俺、技なんて持ってないけど」


「台本全然読んでくれてないじゃないですか……えっと、その中にある最強必殺技集の中から選んでください」


 最強必殺技集。その響きすらダサさを感じた。最強とか付けているのがポイント高めである。


「…あ、これか………あー…」


「言っておきますけど今回は自分で考えたりしちゃだめで──」


「カー!メー!ハー…」


 台本の中身をちらと見た颯は、早々にそれを閉じると頭の中にあった必殺技を発動させようとする。


「ダメです!やめてください!」


「発動するかどうかやってみなきゃわからないでしょ」


「しませんよ!それにもし使えたとしても、他人の技を使うのはダメです!ポリシーに反します!」


「えぇ…本当にコレやんなきゃダメなの…?」


「そうです!魔力を意識しながら呪文を唱えればいいんです!さっさと終わらせちゃってください!」


「魔力ってどれだよ…………まぁいいや、じゃあ早いとこ終わらせ……っ!うわ危ねぇっ!」


 そうして、嫌々ながらも魔法を使おうとしていたその時。


 間一髪、顔の真横を何かが通り過ぎ、背後で爆発音が鳴り響いた。


「いい加減に…話を聞けぇぇぇっ!」


 仕方がないと指定されたポーズをとり意識を集中させ始めた颯だったが、エルゼと会話していた間も延々と1人で騒ぎ続けていたブラン・ノワールが魔法を放ってきたことで中断させられる。


「なんなんだお前ら!自分の言いたいことだけずっと言い続けて人の話聞いてないし!変な武器で我の部下全部殺すし!我との戦いも始まってないのに勝つこと前提で技貯め始めてるし!……もういい、ぶっ殺す!」


「うわぁ、侵略者のくせに無視されたくらいでキレてますよ…何で相手してもらえると思ったんですかねぇ…?」


「うるさいうるさいうるさい!死ねぇぇぇぇぇっ!!!」


 激昂したまま戦闘状態に入った彼女は黒い魔力の弾を機関銃のように放つ。


「消え去れぇっ!地を裂く黒雨(イルディ・シュワーレ)!」


 放たれた魔法は、颯の目の前に真っ黒な壁のように拡がっていく。


「虫の群れみたい……きも」


「来ました!相殺してください!」


「えぇっと、広範囲技は…これか……あ、赤い炎は正義の色!弾けろ!キュアーフレイム・バースト!」


 台本に記されていた広範囲技の中から1つを適当に選び、唱える。


 すると、颯を始点として敵の攻撃を覆いつくすように炎が広がっていく。


 自分が魔法を放ったのだという事実に、こんな状況ながらも感動を覚えた。


「おぉ……」


「さぁ!ぼさっとしてないで、次が来る前に技を決めてしまいましょう!」


「あ、あぁ…えっと…?」


 呪文を確認するため再び台本を開く。


「これやるのか…嫌だぁ…!」


「大丈夫です!やれます!」


「うぅ……」


 魔法とその呪文を確認すると、再度ポーズをとって構える。


「あ、愛と勇気で悪を討ち取る!煌け奇跡の力よ!必殺…........っ、無理っ!やっぱり無理!」


 と、途中まで唱えた呪文を突如放棄してしまう颯。


 ワクワクしたような眼でそれを見ていたエルゼだったが、颯がそれを中断したことで慌てる。


「ど、どうしたんですか突然!技を撃てば倒せるんですよ!」


「こんなのやってられるかっ!!クソ恥ずいわ!!」


「そんな!困りますよ!…………ん?」


 発動途中の魔法が破棄されたことにより、颯の体から行き場を失った魔力が漏れ始める。


「マズい……ですねぇ」


 それに呼応し空には暗雲が立ち込み、禍々しくもどこか美しい真っ黒な光が、ブラン・ノワールの上空に収斂していく。


 それは高威力の魔法を放とうと構えていた魔力が暴走しかけた結果であったのだが、それはまるで何かに操られたかのように集まり始めると、それを形作り始めたのだ。


3人がそれに気が付いたのはほぼ同時であった。


「…………」


 颯はそれがどういうものかをなんとなく理解すると、何かを思いついたような顔をした。


 悪い顔をして口角を吊り上げると、それをじっと見つめた。


「え、ちょ、ま…!待て!」


「待ってください颯くん!絵面的にまずいです!それ完全にダークサイドの技ですって!」


 目の据わった颯、未だかつて見たことがないエネルギーが集約していく様に焦りを見せるブラン、憧れの正義のヒーローあるいはヒロインというもののイメージが壊れかかっていることに焦るエルゼ。


 三者三様、その状況を共にしていた。


「……送ってやるよ地獄にッ!堕ちろッ!」


 我を忘れ全ての怒りを叩きつけようとする颯に対してその静止は意味を成さず、黒く光る魔力の柱がブランに降り注いだ。


「うっ…グワァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」


 咄嗟に防御態勢に入ろうとするが間に合わず、颯からの攻撃を受けてしまう。


「あ、あぁ…イメージがぁ!ヒーロー像がぁ!」


 真っ黒な魔力が収束して行く中、エルゼの心の中にあった初任務への期待感が、音を立てて崩れ去っていった。


「知るかそんなもん…ていうかもう無理…立てない…」


 力や気力、そして魔力を使い果たし、そのまま地面に倒れこむ颯。自然、変身は解除されていた。


 元の服に戻っていることに気がつくと、戦いが終わったことに安堵した。


 しかし、そこに聞こえるはずのない声が聞こえてきた。


「はぁ…カハッ…ゴフッ……まずい…て、撤退を……」


「あっ!颯くん!あいつまだ生きてやがりますよ!逃げられちゃいます!」


 初撃は防ぐことが出来なかったが、その後展開した防御で致命傷は避けることができたブランがゲートを開き撤退しようとする。


 それを見たエルゼは追撃を颯に促すが、すでに変身は解除されており、本人は地面に倒れこんでいる状態。空を仰ぎ、「あぁ……?」と首だけを動かしていた。


 当然動くことはできず、ブラン・ノワールを倒しきれぬまま逃してしまう。


 それが魔法少年颯による、初の戦いの結果であった。


△▼△▼△▼△▼△


 それからしばらく、その場に横たわっていた颯。


 制服が汚れるだとか、そんなことはもうどうでもよかった。買っていたアイスは完全に溶けきっているが、気にするべくはそこでない。


「あぁぁ…空が紫色…もう夜かー。1日をすんごい無駄にした気分……」


「僕は結構刺激的な1日でしたよ?いろんな意味で」


「殺すぞ」


「さっきの見た後だと冗談に聞こえないんですけど……」


「本気だけど。にしても…これでもうこんな思いしなくて済むのか…」


 疲れと喜びの色が混じったような声を出す。


「へ?何言ってるんですか?これから定期的に奴らが侵略を試みて来るんですよ?むしろここから始まる物語なんですけど」


「え………?え、じゃあ、もう辞めたいんだけど…」


「いや、無理ですよ。一度力を使っちゃったんですから」


「……あ!?はぁぁぁぁぁぁぁ!?なんだよそれ!あらかじめ言っとけよそういうことは!どうすんの!?」


 取り返しのつかない事態にまで発展していたことを今更ながらに告げられ、彼は思わず身を起こして大声を上げる。


 あんな恰好もそうだが、これから戦い続けなければならないという事実もまた、相当に重たいものである。


「だって、あの時はそれどころじゃなかったですしぃ……てへっ」


「やっぱ殺す、マジで殺す」


 ヘラヘラとするエルゼにつかみかかり、雑巾を絞るように体をねじ切ろうと試みる。


「やめてください…!それに颯くんが戦わなかったら悪い奴らに支配されちゃうんですよ?そんなのヤですよね?」


「まぁ……それは…嫌だけど……ん?」


 魔法少年を辞めることを拒否され絶望した颯だったが、ここで1つ疑問が生まれる。


「なぁ、支配されるとどうなるんだ?」


「……え?ええと、支配した奴が思い描く世界になりますかねぇ……そいつがどんな奴かにもよりますけど」


「さっきの奴なら地球人全員にメイド服を着せるってやつか」


「まぁそうなります」


 今思えば、あのモンブランみたいな名前の奴に支配されてた方が、今後も戦い続けるよりかはまだマシだったのではないかと思ってしまう颯。


「支配された後もこの惑星を狙う奴が来たりするのか?」


「どうでしょう…前例が少ないので言い切ることはできませんけど…まぁそういったケースもあったはずですねぇ。でもどうしてですか?」


「その場合、先に支配してたやつとぶつかるよな?」


「え、えぇ、まぁ。………ん?まさか?」


 エルゼは顔を上げ、信じられないものを見るような表情で、颯の顔を見た。


 エルゼからの回答を聞いて、思い浮かんでいた疑問は解決した。


 そして決定した。


「決めた。いい感じに害のなさそうな敵が来るまでは戦い続ける」


「い、いやいやいやいや!それじゃあ僕の任務が…というか!そのいい感じの敵が後から来た奴に負けたらどうするんです?」


「その時はまぁ仕方ないし、碌でもなさそうなら倒す……で、厳選のし直しかな…」


「なんでそんな蟲毒みたいな真似を…まぁでも戦ってくれるなら今はそれでも…いやでも…」


しばらく寝そべったままでいたが、動けるようになると立ち上がり、再び家を目指し歩き始める。


「あ、そうだ、戦うのはもういいよ、諦めるから。ただせめてあのクソダサい衣装だけどうにかしてくれない?精神的苦痛で死ねそう」


「え?ダサい…?」


 その後衣装のデザインや色合いについて激論を繰り広げ、なんとか色を落ち着いたものに変更し、一部装飾を取り去ることで落ち着いた。


 そうして、数々の問題をお互い先送りにしながらも、エルゼによる地球を守る戦いと、颯によるまた別の戦いが始まったのであった。


 ちなみに溶けたアイスを渡された姉は死ぬほどキレていた。


 そんな1日であった。

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