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悪魔契約

 後日談。とは言っても、その日の夜のことなので後日ではなく当日ではあるのだが、あの後の事として。


 暴れに暴れた姉さんはかなりフラフラな状態で、それこそ途中からは俺が背負うことで連れて帰ったわけなのだが。家に着くころには背中で静かに寝息を立ててしまっていて、俺は結局どうしたものかと迷った挙句に、姉さんを自分の部屋のベッドに寝かせることにしたのだった。


 勝手に姉さんの部屋に入るのが躊躇われたというのが勿論一番の理由ではあるのだが──いや、気恥ずかしさだとかそういった物を全てかなぐり捨てて正直に、赤裸々にそれを告げるのだとすれば、目の届くところにいて欲しかったというのが、一番の理由になるのだろう。


 部屋に関しては今朝既に入っているのだし。


 だからもしまた何かあった時、いつの間にか消えていましたというのは怖いから、もう二度と同じようなことにはなってほしくないから。そう思って目が覚めるまではと、ずっとベッドの横に座して、静かに眠っていた姉さんを見ていたのだ。


 そんな折、不意に何者かの存在を感じて、カーテンを閉めることさえすっかり忘れていた窓の方を見た。


 その外にいたのは黒紫の煙、あるいは靄のような何かであった。周囲が夜闇なのではっきりと見えたわけではなかったのだが、とにかくそういう何かが浮いていて、俺は気になって窓を開けた。


 やはりそれは靄のような何かでしかなく、よく分からないなと眺めていたのだが、エルゼが警戒心マックスで飛び込んできた。


「コイツ…!!颯くん!ヴェルザです!」


「……はぁ?え?姉さんが殺したんじゃなかったの!?」


「死なぬわ。我は悪魔、精神生命体ぞ」


 ついさっき聞いたばかりの、深い穴の底から聞こえてくる音のような、そんな声が聞こえた。


 器を失って尚その存在を維持できているというのが、この悪魔の異常性を示しており、それ故にエルゼの表情は険しいものであった。


「そういやそうか…何しに来やがったクソ悪魔…!」


「何を…?我は責任を取らせに来ただけだ」


 責任……?そんなラブコメのヒロインみたいなこと言われても。


 俺は首を傾げてその言葉の真意を考えるが、分かるはずもなく。


「そもそも、我をこの世界に呼び出したのはあの娘だ」


 そう言って、俺の後ろを指差した。俺は振り向きこそしなかったが、それで誰を指差しているのかは理解した。したからこそ、戸惑った。


「ヴェルザを呼び出したのが姉さん…?」


「見え透いた嘘を…!」


 エルゼが睨みつけた。それはまぁそうだろうと、エルゼの行動にも納得がいった。


 現に俺だって噓だとは思っている。


 思ってはいるが、そんなつまらない噓をわざわざこんなところにまで伝えに来た理由が、果たしてこの悪魔にあるのだろうか。


 いや、ない。無いのだ。どこにも、ない。


 そう考えた通り、どうやら噓という訳ではないそうで、悪魔ことヴェルザは話を続けた。


「噓ではない。あの娘が世界の滅亡を願い、その際に産まれたエネルギーに引っ張られるようにしてこの世界に来たのが我だ」


「世界の滅亡…?」


「──あぁ、そういえばそんなこと願ったかしら」


「……ッ!!」


 姉さんの声に震えあがるヴェルザ。


 俺もビックリした。取り敢えず目が覚めたことには安堵するばかりであるが、いつの間に背後を取るのだから油断ならない。


「ていうか願ったんだ、世界の滅亡」


「うん」


 ……え、願ったの?


「何してくれてんの!?」


「え、いや、だって……仕方ないじゃない……本気っちゃ本気だったけど、出来るわけないし……」


 姉さんに詰め寄るが、その表情を見て決して何かしらの意図があったわけでないことを悟った。


 まぁ、自棄になったらそんなことを思ったりもするかと、なんとか自分を納得させた。


 それで悪魔を呼び出したというのは、流石に俺のような人間の常識では考えられないのだが。


 その後、もう既に敵意は無いと、姉さんに服従の意を示したクソ悪魔のヴェルザと話をすることになった。


「で?責任って何?勝手に乗っ取っておいて何様のつもり?」


「────ッ!!!」


 しかし、先程からちょこちょこ震え上がって話にならない。


「ここまでノコノコ出てきてどういう心積もりですか?もう一度叩きのめされに来たと?」


「いや、違う。魔界に帰ろうにも帰れなくなった。故に力が戻るまでは貴様らと行動を共にしようと考えた、という事だ」


 エルゼが質問すると普通に答えられるあたり、姉さんの声に反応しているのだろうか。


「帰れなくなった?お前悪魔だろ?」


「先程数千のカケラにまでバラバラに切り刻まれた後、この姿になってな。向こう数十年は魔界に帰るだけの力も戻らなくなった」


 そこまで細かく刻んでたんだ、怖。


 だが何を言われようが答えは決まっている。


「そうか、知らん。はよ帰れ」


 こんな奴、家に置いておきたくない。


「だから帰れんからここに来たのだろうが」


「ねぇ、それってあんたの自業自得でしょ?私のせいにされても困るんだけど?」


「──ッ!」


 また震えている。当人なのに、姉さんだけ話から完全に省かれており、なんとも不満そうな顔をしていた。


「でもなんでまた俺らなんだよ。警戒して叩き潰されることも踏まえてここに来たんだよな?」


「……なんだ、その、やはり諦められなくてな。可能性を」


 可能性、か。戦ってる時もそんなこと言ってた気がするけど、姉さんに対してあの調子のクセに、諦められないとか言われても、正直言って何をとしか思えない。


 ……そういえば昔、姉さんの見てくれに騙されて──騙されてって言い方もよくは無いのだろうけど、つまりは一目惚れのような何かをした奴がいて、これは姉さんの中身を知らなかったわけだからある意味仕方がないような気もするのだけれど、そいつが弟である俺の所にまで来たことがあったのだ。


 で、そいつもそんな感じだったのを覚えている。


 話しかけられもしないのに、俺がもう無理なんだから諦めればどうかと諭すと、それでも諦めきれないんだとよく分からないことを言っていた。今のコイツはそれに近い。


「だが聞け。我を引き入れる利点も当然ある」


「利点…?あるとしたら何ですかねぇ?」


「精霊種たるお前なら気が付いているのだろう?その娘に残った魔力の残滓にも」


「…………」


 ヴェルザ曰く。


 姉さんの体を乗っ取った際に混ざった力の一部が、今もそのまま中途半端に残っているようで、コイツの言う利点とは、それを改めて完全なモノにすることで悪魔の力を与えようというもの。


 どこからどう見ても完っ全にコイツの所為なのに、何でこんなに威張ってんだこのクソ悪魔は。


 いやしかし、俺としては確かに力を持つ者が多くいればそれだけ魔物退治も楽にはなるのだろうし、姉さんからしても自分の身を護る為の手段が出来上がるわけだから、決して悪いだけの話でもないのだろうけども。


 ただやはり、ハッキリ言って罠としか思えない。思えないというかそれ以外に考えようが無いだろう。油断させて再び体を乗っ取ろうという算段に決まっている。


 だって悪魔ってそういうもんでしょ。


 そう思っていたのだが、それはエルゼから否定されることになった。


「あー、それは無いと思いますよ。僕が言うのもなんですが」


「というと、どういうこと?」


「悪魔という存在は……その性質上、一度でも屈した相手には二度と勝てないんですよ」


「はぁ……」


 原理は説明されたところでなんのこっちゃよく分からなかったが、要するには、種族的な呪いのようなものらしく、一度でも敗北や屈服をした相手には、もう二度と勝てないし逆らえないのだとか。


 なんか動物みたいだな。犬とか猫の世界だろそれは。


 とも感じたのだが、たった一度の敗北が許されないという、そういった欠点を抱えているからこそ、悪魔なる存在はその不死性も手伝って、魔界では種族全体として強者の側に位置しているのだそう。


 ただ、負けたら勝てなくなるとは言っても、それは負けた相手に隷属してしまうような呪いではないのだそうで、一度負けたら次からは挑まなければそれでよいという意味では、大したデメリットになっていないのではと思えた。


 それでも、一度でも負けてしまえばレベルを上げて再挑戦というようなことも出来なくなってしまうワケだから、若い悪魔はそうやって二度と勝てない相手を増やしてしまうのだとか。


「どうだ。身を護る術は持っておくに越したことはないだろう」


「力ってどんなもんなのよ」


「――」


「それはもういいから!」


 また震え上がろうとしたところで姉さんに咎められ、ヴェルザは咳払いをしてから話を戻した。


「主に闇魔法や呪いの力、先刻使っていたのがそれだ」


 何だこの態度の変わりようは。


 最初からそうしろと思わなくもないが、吸血鬼の様な特性でも持っているのだろうか。許可されないとドアを潜れない、みたいな。


「闇魔法ですか。気に入りませんねぇ……」


 嫌そうな顔をするエルゼ。自分達とは対極とは言わずとも凡そ反対側に存在するその力に対して、何も思わないという事は無いのだろう。それこそ魔界に存在する連中とフューリタン星に存在する精霊と、その両者の間にどういった関係性や因縁、確執の類があるのかは、俺の知るところではないのだが。


 しかし。


「……いいんじゃない?」


 意外にも、一番最初に賛成したのは姉さんだった。身体を乗っ取られてここまであっさりしているというのは個人的に思うところはあるものの、そうなってしまった以上、もう俺が反対する理由もない。いや、挙げようと思えば理由などいくらでも挙げられはするのだろうが、理由を俺がいくら挙げたところで、決めるのは結局姉さんなのだ。


「あんたはもう私を乗っ取ろうってんじゃないんでしょ?」


「あぁ。魔界に帰るまでの間ここにいるというだけの話だ。尤も、我が魔界へ帰れるのがいつになるかは分からんがな」


「じゃあその力とやらを寄越しなさい。颯と同じだけの力をよ」


 姉さんがヴェルザに近づくと、今日見た黒い魔力が流れるように姉さんへと流れていく。そんな光景を、俺とエルゼはどこか複雑な表情のまま、ただ眺めていた。


 にしても、俺と同じだけの力って。威厳か、それとも姉弟喧嘩に魔法でも使うつもりなのだろうか。


 あれ?だとしたら俺もう勝てなくない?俺は考えないことにした。


「うーん…なんか変な感じね」


「ふむ。これで一応契約は成功か。にしてもここまで何の問題もなく魔力に適応できるとは…この姉弟は揃いも揃って化物か?」


 悪魔が人を化物と呼ぶか。


 俺としては是非ともどの口がと言いたいところではあるのだが、そもそも今のコイツに口らしきものは見当たらない。三日月の様な目っぽい何かはあるのだが、それが目かもわからないし。


 その後、部屋へと戻って行った姉さんを見送ると、俺は窓の外を見ながら呟いた。


「お互い最早人間じゃないけど、生きてるならそれでいいのかな……これで……いいのかな」


「決して最善ではありませんが、最悪じゃありません。最高ではありませんが、最低でもありません。僕が言うのもアレですけど、こうなってしまったのならこのまま生きていくしか……ないんじゃないですかね」


「ホントにお前が言うのはアレなセリフだな。まぁでも、ありがと。姉さんの事諦めないでくれて」


「……はい。不可能を可能にしてこそのエリートですから!」


 俺の、エルゼに対する信頼だとかその他の感情が、少し──いや、大きく変わった日でもあった。


 が、それはそれとして。そんなこんなでこの件は、俺の正体が姉さんにバレて、その姉さんは姉さんで悪魔との契約を果たしたことで、改めて幕を下ろすことになった。


 これはあくまでも、どこにでもいたはずの姉と弟の物語であり、姉さんは悪魔でも、俺の姉なのだ。

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