宝探し
まぁ、あれで合っていたという事だろう。
適当に選んだ扉の向こうには、ちゃんと次の階層へ降りるための階段があり、俺達は3階層目に突入した。
「3階層の試練は……なるほど」
ティリスは3枚目の石板に目を通していく。
「よし、行こうか」
読み終えたティリスは、特に何かを説明することもなく通路を進んでいく。
「作戦とか立てなくてよかったの?」
「うーん。すぐに分かると思うんだけど…早く行った方がよさそうでさ」
俺は4人の後に続く。
すると、その答え──ではないが、この階層の魔物が現れた。
それは人骨であった。
どうやって動いているのかはわからないが、骨をカタカタと鳴らしながらこちらへ寄ってくる。
手に構えた剣は錆び付いてボロボロであったが、それでも当たるのはマズそうだ。
ていうか本当に、どうやって動いてるんだろうな。
人間というのは骨を文字通りの骨組みにして、筋肉の力でそれを動かしているワケで、だから筋肉も骨も両方あって初めて動けるんだと思うのだけれど、違うのだろうか。これも魔力のお陰なのかな。魔力ってすごい。
「アンデッドですか…」
リリエッタがぼそりと呟いた。聖職者どころか人間として終っている彼女だが、それでもやはりアンデッドに対しては忌避感があるのか。
「やっぱり聖職者としてアンデッドは苦手?」
そう思っていると、やはり斜め上の回答が返ってきた。
「いえ、苦手というか。死んでいる奴はもう殺せないので、嫌いなんですよね」
「…………」
「皆もそうですよね?」
「…………」
誰も何も言わなかったが、少し考えてから、ティリスは彼女の言いたいことを理解したという風に、その言葉を補足した。
「あぁ、あれだよね?既に死んでいるから死の恐怖が無くて、そのせいでいくら仲間が倒れても退いて行かないのが面倒だって……そう言いたいんだよね?」
「え?…………あぁ、はい。そんな感じですね」
「そこはもう少し自信をもって答えてくれないかな……」
「リリエッタ、素の人格が破綻してるからどっちか分からない」
「ホント、よくティリスに同行することを許されたよな」
散々な言われようだが、当のリリエッタはどこ吹く風であった。
魔物を前に余裕綽々であるが、ティリスが急いだ方がいいと言っていたのは何だったのか。
「コイツらは倒してもすぐに復活してしまうからね。なるべく出会わないうちに抜けてしまうのがいいかなって。この階層は、特に試練らしい試練もないらしいし」
「復活するの?何か魔法で浄化したりとかしないの?」
「出来ますけど、やりませんよ。こんな連中にわざわざ魔力の無駄遣いみたいなことしたくありませんし」
「えぇ、そうなんだ……ちょっとくらい見てみたかったんだけど」
「……まぁ、仕方がありませんね。じゃあ、一発だけやってみましょうか」
そう言って、リリエッタは書物を開いた。聖書かな。こいつの事だから枕として使ってそう。
その書は魔力を込められると淡く光り出し、辺りを照らした。羊皮紙でできたページがひとりでにペラペラと捲れ始め、リリエッタの身体を、金色の光が包み込んだ。
そして──
「オラァッ!!この死に損ないがッ!!とっとと失せろッ、このカス!!」
神聖な力の宿ったその拳で、口汚い言葉で罵りながら、スケルトンを殴りつけた。
ボロボロと崩れ始めるスケルトンは、遺跡の床にそのパーツを転がすと、シュゥっと消えていった。
「はい。これで終わりですね。ただ、ご覧のようにかなりの魔力を消費してしまいますから、こんなの相手にいちいち使っていられないんですよ」
「じゃあどうやって進んでいくの?俺が魔法ぶっ放して露払いすることもできるけど……遺跡壊れそうだしな」
「復活するまでに逃げる。スケルトンの対処法なんて、大体こんな感じだよな」
「そうだね。何にせよ、急ごうか」
△▼△▼△▼△▼△
4階層に到着。
前の階層は本当にスケルトンが出てくる以外何もなかった。
どんどん湧いてくるスケルトンを壁に叩きつけて対処していきながら、ただ長く続く1本道を抜けて行くだけの階層であった。
「で、次は何?」
石板を読み終わったティリスに尋ねた。彼は振り返り、一息置いてから答えた。
「どうやら宝探し──あれ?エルゼ?」
「あっという間にどこかへ行きましたね。私たちも探しましょうか」
「もう探しに行ったのか?動きが見えなかったな」
「アレは素の部分がリリエッタと同じ...」
俺はだだっ広い4階層を駆けずり回っていた。
「お宝!」
宝というのが何かは分からないが、先を越されるわけにはいかない。そう思って一目散に駆けだした。
俺はまず全体像を掴むために内部を一周してみようかと考えたのだが、これがなかなかに広い。
5分ほど全力で駆け回ってやっとの事であった。
その結果、遺跡の内部には何十個かの小部屋があり、その中に恐らくダミーも含めた宝箱が何十個か設置されているのであろうことは把握できた。
俺は改めてその小部屋を見つけてはそこへ入り、その内部を探索する。
小部屋とは言ってもこれもまた存外に広い。
「あ、こんな隅っこに…」
その上宝箱も分かりにくい場所にぽつんと置かれているだけなので、ちゃんと見ていないと風景に紛れて見過ごしてしまいそうである。
「空......次!」
それからしばらく、とは言っても数分の事であったが、俺は小部屋という小部屋を探索して回り、成果無しという結果だけを持ち帰ることとなった。
そして、俺は歩きながら呟いた。
「迷った……」
皆が元居たはずの場所に戻ろうとしたのだが、全然戻れない。
「何でみんなどっか行っちゃうんだ…」
「貴方が勝手にどこかへ行ったの間違いでしょう」
「あぁ、何だ、エリーゼか……」
「何だとは何ですか。気が付いたことを教えてあげようとしていたのに……」
「え?何か気が付いたの?」
「えぇ。恐らくですが、隠し部屋があります。貴方が何度か物理的に壁にぶつかっていた際、気になる反応がある個所がいくつかありましたので」
「なんですぐに言わないの」
「探索してましたし、後でも別に構わないかなと……」
「アイツらに先越されちゃうじゃん!宝!」
「貴方…...本当にどうしようもないですね……」
△▼△▼△▼△▼△
「エルゼ……どこ行っちゃったんだろ」
「さっきからドタバタ聞こえる。多分問題ない」
彼らは明かりを頼りに遺跡内の探索を進める。
先頭に立つのはティリス。そしてマリエルとリリエッタを挟むように、後方にアリサが立つ。
試練の内容は宝探し。これまでの階層でも度々思っていたことではあったが、この4人、さして活躍という活躍をできていないでいた。
それどころかエルゼ、もとい颯がいなければ死んでいたであろう人間が1人いた始末である。
アレが何なのか、それは未だに分からない。
しかし、ドラゴンという存在を倒してしまうという事実だけで、どんな人間も、それがそういう存在であるという事を理解できるのだ。
彼らは立ち止まり、静かに合図をする。
そして、目の前の小部屋へとその足を踏み入れるが、既に荒らされた跡があった。
「目印、ですかね……?」
リリエッタがその光景を見て呟いた。
壁が傷だらけであったのだ。
本来、ダンジョンという場所ではその壁や床を破壊するという事ができない。
それが出来てしまえばダンジョンがその意味を失うという事でもあるのだが、ダンジョンはまるで生き物のような性質を持つ空間でもある。
もしダンジョンの壁に傷をつけることができたところで、それはダンジョン自身の自己治癒能力によって、すぐさま回復してしまう。
しかし、颯がつけた傷は、ダンジョン自身の治癒能力でカバーできる範囲を大きく逸脱していた。
そのために焦がされた跡や切り刻まれた跡、へこまされた様な跡が、人の肌に付けられたそれのように、生々しく残っていた。
「おっ!隠しは部屋ここか!」
そんな部屋を見て呆然としていた一行の耳に、ちょうどその時エリーゼから教えられた隠し部屋を発見した颯の、欣喜雀躍とした声が響いた。
彼らはその声のした方へと向かって行く。
「宝~」
通路の先に、鼻歌を歌いながら壁をペタペタと触る颯の姿があった。
「開かないんだけど……。もういいや、スターライト・レイ!」
ダンジョンの壁に大穴を開け、そこから内部へ侵入しようとする颯。
ティリス達がそれに近付いていくと、颯は1人でそこへ入っていき、罠を発動させてしまった。
刹那、大きな岩の塊に押しつぶされる颯の姿を、彼らは目撃した。
「え、エルゼ!?」
「エルゼさん!?」
間違いなく、その岩の下敷きになっていた。
彼らは駆けよってそれを確認するが、大岩自体がその部屋を塞いでしまっており、どうするにもいかなかった。
「そんな……エルゼさん……お酒貰っておけばよかった……」
「リリエッタ......流石に怒るよ」
「いや、でも、だって……潰れて死んでませんか?これ……」
「それは無いだろ。ほら、足元に血が流れてこないし」
「アレで無事っていうのもなかなかどういう状況なのか分からないけれど…でもこれだと閉じ込められてることになるのかな……?」
「だとすれば助けようにも──」
そうしてどう助けるかを協議していると、大岩が砕け散り、その中からは人の影が。
それはやはり颯で、岩から飛び出るなり、部屋の内部にあるであろう宝箱の探索に向かって行った。
そんな彼の姿を見て、ティリスは独り言ちる。
「魔人だって噂が立つのもまぁ、仕方が無いのかな…」
彼らの耳にも入っていた漆黒の魔人の噂と彼を照らし合わせ、それが敵でなかったことに安堵した。
彼がいればもしかしたら、魔王討伐の日も近いのだろうか。
ティリスはここ数日、自身に与えられた役目と、本当に為したいことを見つめ直していた。
だがそれをしようとすると、決まって使命や役割と言ったものに塗り替えられていくのを感じていた。
彼が前を向くと、残念そうな顔を浮かべて戻ってくる颯の姿が。
それに苦笑しながら、勇者一行は、次の階層へと歩を進めていく。