エリーゼ
俺は船をあらかた沈めた後、敗戦の事実を伝えてフルーエル聖王国に戦争を止めさせようと、要人がいそうな場所を探していた。
そうしてキョロキョロ見回していると、大きな教会のような建物が目に入り、俺は取り敢えずそこに向かって声を張り上げた。
一応分かり易く敗戦の事実を伝え、兵の引き上げを要求した。
聞こえていないのだろうか。こちらを見上げている人間は何人かいるのだが、特に返事が返ってくることはなかった。
だが、そのうちその建物が騒がしくなり、ぞろぞろと大勢の人間が出てきて、俺は確信した。
ここが要人の居る場所に違いない、と。
なんて思っていたのだが、突然矢が飛んできた。
俺も俺で漆黒の魔人を警戒していたわけで、無闇矢鱈な戦闘行為は避けようとは思っていた。
だけれども、攻撃されたというのなら仕方がない。向こうがその気であるというのであれば仕方がない。言い訳の弁は十分立つ。
俺は降り立った。その衝撃だけで何人か死んだような気がしたが、まぁ、仕方がない。
いつものようにステッキを剣に変化させ、持ち直しがてらに目の前にいた兵達の首を断った。
首が舞い、血が吹き出た。頭を失った死体が崩れ落ちると、後ろに控えていた兵が飛び出てくる。
今の俺は誰にも止められない。
止められない、止めたくない、止まらない。
右から左からの攻撃を回避しその身体を裂いた。
そして1、2の3でちょっとずらして背後をズバン。
「はっはっはー!」
今の俺は誰にも止められない、全てを壊すデストロイヤー。
デストロイヤー颯、俺は破壊神となるのだ。
「はーっはっはっはっは!」
目の前から斬りかかってきた兵を一太刀で斬り伏せる。
今のを見てそのまま向かってくるか。
正面から向かってくるその勇気は立派だが、流石にそれは攻め過ぎだな。
「ほいっとな!」
再び後ろから攻め込んできた兵を撫でるように斬る。
そんな見え見えの攻撃に当たるわけがないだろうが!
さぁ前から来るか?後ろから来るか?
どこから来ようと俺は全てに対応して見せよう、俺の視界に入ったが貴様らの最期だ。この剣の餌食となるがいい!
「ヒャッハー!」
真上に剣を振り上げる──今日の降水確率は100%、真っ赤な血の雨が降る事でしょう!
例え視界に入らなくても、影がはっきり見えている。そんな攻撃は奇襲とは呼ばない。もう少し味方と連携して、俺の視線を誘導したりするべきだな──この戦いで得られる教訓を活かせる場もないのだろうが、覚えておくといい。
そして迫りくる複数の兵。
俺は縦横無尽に動き回り、バッサバッサと斬り伏せていく。
体格差でいえば俺の方が負けているのかもしれない。
大は小を兼ねると言うけれど、そんな事はない!柔よく剛を制す!俺は絶対に、勝つ!
「ふははははっ!」
柱の陰に隠れた2人の兵の気配を確認した。隠れているつもりか、息を潜めてお互いタイミングを計っているらしい。そうだろうな、真正面から斬りかかるほど愚かではないのだろう。バレているのだから、意味もないのだが。
さぁ出ておいで。出てきたら殺してあげるから。
俺は全てを破壊する、俺は全てを薙ぎ払う、それが俺の信条だ。
「はっはは!はっはははは!」
出てくるよりも前に回避。そして剣を振り下ろし、続けざまに振り上げての2連撃。
2人の首は仲良く空を舞う。タイミングバッチリだったしな、あの世でも仲良くするといい。
あの世なんてものがあればだが。
「いいぞ!はっはっはっは……危...ない!スターライト・レイ!!」
真横で魔法を発動させようとした魔法使いを反射神経で消し飛ばしてしまった。
やめてよ、真横にバッと飛び出て魔法ぶつけようとするの。怖いから。
魔法を使うと目立って漆黒の魔人に見つかるかもしれないから避けたかったんだけど、仕方ない。
それを打ち破ると、奥に構えた魔法使いの集団っぽいのが、次々と魔法を放ってくる。
「ふはははは!効かぬわ!」
それを、魔力を込めた剣を高速で振ることで薙ぎ払っていく。
そして何やら鎧の色が違う兵士たちが現れた──これはWAVE2というヤツか。
色の変わった、雑兵の亜種だろう。ゲームとかでもたまに見るヤツ。
「死に腐れ!」
しかし、その鎧の違う兵も簡単に裂けてしまった。
何も変わらないではないか、せめて30秒は頑張れ。
1、2、3と、次々に迫るそれらを叩き斬っていく。
ぺちゃり──と、頬に血が付いてしまった。
ぶっ掛けられた、穢されちゃった、もうお嫁にいけない……
許せない。せっかく血飛沫で服が汚れないように自分とは反対方向に風を起こしてたのに。
顔だからすぐに落とせるのかもしれないが、血って意外と落とすの大変なんだよな──知りたくない事実ではあったが、知ってしまった事実である。
「オラオラオラオラオラオラーーーッッ!!!」
一般兵、魔法使い、鎧が違うだけの兵、一般兵、鎧が違うだけの兵、一般兵、魔法使い……
と、来る敵来る敵を次々薙ぎ払っていく。
はっはっはーっ!いいぞ!破壊神颯、もう誰も止められない。
俺を止めることは誰にもできない。殺したい、人を殺したい、殺戮衝動を抑えられない!
はっはっはっはっは!楽しい!何故だ!楽しい!
敵が止まって見える!
ズバンズバンと斬り裂いていく。
今自分が斬っているのが敵なのか、それとも敷地内に建てられていた謎の柱なのか、それすらも分からなくなるくらいにのめり込んでいた。
「大漁大漁!」
入れ食い状態であった。次から次に敵が襲い掛かって来ては散っていく。
「右!左!左!右!こっちからのこっちで、よいせっ!──塵ト化セッ!」
しかして、辺り一面真っ赤に染まっていった。
一通り虐殺をし終えたその場にて、門の前には1人の兵が、惚けたような顔でこちらを見ていた。
状況が分かっているのかいないのか。
俺はそれに近付くと、剣を構えて踏み出してきたその兵を斬り裂き、文字通り消し飛ばした。
「お邪魔しまぁ~す」
そして、教会のような建物の大きな扉を蹴破り、中へと侵入していく。
△▼△▼△▼△▼△
「本当に教会って感じだな……」
中に入るとそれはそれは荘厳なもので、歴史の教科書で見たなんたらかんたら大聖堂のような、そういう建物を彷彿とさせた。
しかし、外に出て来た人の多さの割に中には人がおらず、何ともひっそりとしたものであった。もう誰もいなくなってしまったのだろうか。
あんなに兵がいたのだから、てっきりここに要人が集まっているのかと思っていたのだが……ここはただの日曜礼拝所とかそんな感じでしかないのだろうか。
だが、そう見せかけて実はみんなここに居ました、だと面倒なことこの上ないし……それに何もないのならなぜあんなに厳重な警備が付いていたのかという話だし。
取り敢えず散策してみよう。
高い天井、立派な柱、装飾の細かく施されたタイル、華美なステンドグラス。
なるほど、宗教なんてどれもこれもクソだな。
俺は並べられた長椅子に腰掛けた。
「あ、これ凄いフカフカ」
ただの木製のベンチかと思っていたが、中々質のいいソファであった。
「よし、貰って行こう」
いそいそと、教会中のソファを片付けていく。
「開放的で良い感じじゃない?」
流石に柱を貰っていくわけにもいかないと、俺は改めて探索を開始する。
この宗教は確か、初代勇者に力を与えたとかいう、エリーゼなる存在を崇めているんだったか。ティリス──というよりは勇者か、それはこの聖教とやらの中では救世主的な扱いなのだろう。信仰の対象そのものではないがそれに近しいものである……と。
ま、数年周期で生まれる安っぽい救世主みたいだけど。
「うぅん……」
祭壇の前まで来た俺は、壁にあったステンドグラスを見上げた。
何ともカラフルなものだが、真ん中には丸っこい体に翅のついた生き物が描かれていた。
「あれ…………?これ──」
──何かに似てる。そう言おうとしたとき、頭の中に声が聞こえた。
『殺戮の徒よ、貴方は一体何者ですか?』
高い声の持ち主が、声をあえて低く聞こえるようにしているような、そんな声であった。
「うぉっ……何これ……」
『貴方に直接話しかけているのです。答えてください、貴方は何者なのですか?』
何者かと問われたので、取り敢えず俺は名乗った。
「エルゼ・フューリタンだ」
しかし、それは謎の存在に否定された。
『違います。その名前は貴方のものではありません』
その声は明確に、俺に対する怒気を孕んでいるように思えた。
「いや、俺がそうだって言ってんだから違うも何もないでしょ。例えこれが偽名だったとしても俺がそう名乗ってるんだからそう呼んでよ」
『貴方の名前はそれじゃない』ならまだしも、『その名前は貴方のものではない』という言い方に若干の違和感を持ちつつも、俺はその声に反論した。
この名を名乗ってなぜ怒るのか、何故この名が俺の名ではないことを見抜けたのかは謎だったが、それはすぐに解けることになった。
『その名は、我らの名です』
「我ら……?………うっ…眩しっ…」
目の前が黄色く光り、俺は目を閉じた。
しばらくしてからゆっくりとその目を開けると、そこには精霊がいた。
「私はエリーゼ。エリーゼ・フィリアルマ・トゥルーウェル・ラプリアナ・フューリタン。貴方が騙ったエルゼ・フューリタンは、私の兄様の名前です」
「名前長っ……」
それが、エルゼの妹を名乗るフューリタンとの、この世界での出会いであった。