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精神世界

「ここが…精神世界…?」 


 歪んだ空間だ。


 色んな物が浮いていたり、木が天から逆さまに生えていたりと、言うなればカオス。


 あの悪魔のせいなのだろうか、でもどこか見覚えのあるような感じもして、それがまだ完全に悪魔に染まったわけではない事を示していた。


 これなら希望はある。


 俺はよろめきながら立ち上がると、悪魔を睨む。額を抑えてブツブツと呟いていた。


「あの精霊…我まで強制的に……それにしても…わざわざこちらの有利なこの空間まで来るとはな」


「お前がこんなことしてくれたせいでなぁ!」


「そうかそうか。可能性がどんなに低くとも一縷の希望に最後まで縋るか…」


「……お前、姉さんの可能性がどうとか言ってやがったよな」


「ん?ああ、聞きたければ聞かせてやる。我は生来から確率を弄繰り回すことに長けていてな。それもあって不可能を可能にするための実験を魔界にて数万年もの間繰り返していたのだ。そんな折にこの世界にてこの人間を見つけ、新たなる実験の可能性を見出したのだ」


 俺は顔が引き攣っていくのもそのままに、思ったままを溜息と共に吐き出した。


「くっだらねぇ……何、実験?はぁ…ゴミ。ホント死ねよマジで、頼むから」


「ハッ、崇高さなど理解もできぬか…愚か者が」


「理解したくねぇって言ってんだよ!」


 会話の中で一瞬隙を見せた悪魔に蹴りを入れようと、脚に魔力を通す。


 が、通せなかった。


「っあああ!!!」


 反撃を食らいそのまま吹き飛ばされる。


 何故?何故魔力が使えない?


「当然だろう、ここは精神世界。我もお前もここでは魔力など使えぬ。そしてここは我の支配下にあるのだ、お前に勝ち目などないわ」


「ふざけんなよあのバカ…!時間がなかったっつってもそう言う事はちゃんと説明しとけよ…!」


「そしてもうここから出ることも叶わない。ククッ、甘すぎるな」


 マズイ、完全に魔力が使える前提で大丈夫とか言っちゃった。


 そりゃそうだよな、姉さんの心の中の世界みたいなもんだしな。


 イメージするのなら夢の中とかに近い感じか。


 もし魔力が使える世界だったとして、アイツがそれを封じることだって考えておくべきだったわけで、詰めが甘い、そう言われても何もかも当たってるんだから言い返せない。


 ……だけど、エルゼは勝ち目がないなんて言わなかった。危険だとか向こうに有利だとか、そんなことは言ってたけど、それだけは言わなかった。


 もう止めても無駄だと思ったのか、それとも精神世界も完全なものじゃないと知っていたからなのか。


 あぁ、どうしていつもいつも大事な事ばかり聞いておかないんだ。


 とは言え、もう聞きにも行けないのだから自分で考えるしかない。


 どうすればコイツルールのこの空間でコイツに勝てるのか。魔力が使えないのならただの人と悪魔だ。まともにやりあったらまず勝ち目がなく、アイツが確立を弄るチーターだとか以前に今のままじゃ攻撃が当たったところでどうしようもない。


 どうすれば…


 とりあえず考える時間が欲しいが、だけど向こうがそれを許すとも思えない。


「小僧も不思議なものだな。どうしてそこまでこの娘に拘る?」


「は?どうして?」


「貴様はこの娘を殺さぬよう動いていた。救えるかどうかも分からない、それも救える可能性の限りなく低い段階から。だが何故だ?我が意識を乗っ取る前なら勝てたはずだ。何故そうしなかった。それが分からん」


「家族だからだろ」


 その質問に、俺は迷いなく答えた。


「家族…か。我には分からんな」


「そうか、そりゃ可哀そうにな」


「ハッ。お前こそ、この娘のことを嫌っていたのではないのか?」


 嫌ってた?苦手意識くらいはあったんだろうが別に嫌ってなんかない。


 横暴で、高圧的で、自分勝手で、ただただ我儘な姉。


 ちょっとしたことですぐ怒るし手を上げる。そこだけ見ればそうなのかもしれない。


 だけど昔から心配性で、いつも後ろで見守ってくれていたのは知ってた。


 いつからか接し難くなってはいたけど、根が優しい人なのも知ってる。


 だから嫌ってなんかないし、喧嘩別れなんてそんな終わり方、あっていいわけない。


「何も知らないお前が好き勝手言うなッ!!」


 効かないと分かっているのに蹴りかかろうとして、案の定反撃を喰らう。


「……っ」


「分からんな。つくづく分からん。効かぬと分かっている攻撃を仕掛ける小僧も……この娘も」


「実験ばっかやってるくせに物は知らないんだな」


「ッ……イラつかせてくれる…!」


「…かはっ!」


 癪に障ったのか腹に蹴りを入れられる。


 時間稼ぎのつもりだったが加減を間違えたか…


 痛い…痛い痛い痛い…!


 2発目3発目と威力が上がっていく。さっきの仕返しのつもりだろうか。


「立たんのか?もう諦めるのか?」


 精神世界なのに痛みがあるんだよな。


「立て…ないん…だよ」


 蹴られたら痛いものだって思ってるからか?


「雑魚がぁっ!!」


 思っている…?


 ……もしかして。この空間のルールを利用できるんじゃないのか?


「はは……そうか…なら……多分俺が勝つ」


「何?」


「俺はお前より強い」


「何を。今更言うに事欠いて…」


「お前は俺より弱い」


「……さっきから何を言っている…?」


「お前は俺より弱い、お前は俺に負ける」


「”お前が我より強い”だと…?」


 俺はその言葉を聞き、静かに口角を上げた。


 掛かった、まんまと乗せられて言いやがったな…!


「ダラァッ!!」


 悪魔の隙を突き、下から蹴り上げる。


「グァッ!!!な、何故…ッ!?」


 俺の方が強いと意識したからだろう。実際には違うのかもしれないが。


 でもここは精神世界、コイツがそうだと思えばそうなるのがこの空間なのだろう。


 ならコイツに、俺にとって都合のいいことを考えさせればいいのでは?


 それだけだ。コイツが思ったより間抜けで助かったし、この精神世界が思ったよりガバガバで助かった。


「オラァァッッ!!ウラァッ!!死ねっ、死ねぇっ!!!」


「グッ!!ガァッッ!!」


 姉さんの見た目をしていない分、さっきより殴り易くてしょうがない、殴るのが楽しくてしょうがない。


 そのうち俺がしたことにも気が付くだろうから、コイツが気が付くまでに削れるだけ削りたい。


 けど、一度でも頭の片隅に沸いてしまった意識というのはそう簡単に振り払えなどしないはずだ。


 なんて油断したからだろうか、すぐに力を取り戻してしまった。


「頭は回るようだな小僧!!してやられたわ」


「グフッ……!!」


 強力な掌底打ちを喰らい、大きく吹き飛ばされて転がる。


 意識が飛びそうになったのを堪えたのは、根性なしなこの俺の、せめてもの意地だった。


 悪魔は追撃とばかりに攻撃を続けてくる。


 もう痛いのかどうか、それすらも分からない。


「この空間の穴をつくとは、なかなか面白いものを見せてもらったことは感謝する。だがもうよい、ここで眠れ」


 脚を上げ俺目掛けて振り下ろそうと構える悪魔。


 あぁ、ダメそう。いけるかなって、思ってたんだけど。


「…っ」


 助けられなかった。


 視界もぼやけていく中で眼を閉じると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


△▼△▼△▼△▼△


 最近、ずっと変だった。


 自分が自分じゃない感じがする…というか、やけにあの子に執着するようになってたと自分でも思う。


 昔からボーっとしてて、なんとなく危なっかしくて…それで後ろからこっそり見守ってた。


 前はもっと仲が良かった気がする。お互い短気だから私はすぐ手を上げて、あの子はあの子で口が悪くて。


 喧嘩ばっかりだったような気もするけど…それでも、なんだかんだ仲は良かったと思ってる。そうじゃなきゃ、喧嘩だってできなかっただろうし。


 でもいつからだろう、関わり方が分からなくなったのは。


 いつだったかは覚えてないけど、その頃から私はなんとなく突き放すような態度を取り始めた。


 あの子もそれが分かったから、私とはちょっとだけ距離を置くようになってしまった。


 会話がなくなったわけではないし、関係自体がそう大きく変わったってわけではないけど、なんとなく冷めているような、そんな関係に落ち着いた。


 でも私は突き放した後もあの子が心配で。


 我儘に振舞ったりしてあの子に迷惑を掛けたりしたのも多分、あの子を自分の目が届くところに置いておきたかったんだと思う。だからいつからか、私はそうするようになっていた。


 でも最近はどうにもおかしい。


 あの子がよく出かけたり、帰りが遅くなったりするようになってからというものの、自分自身、今までにないような行為に走っていた。


 あの子がどこに行ったのか、誰と一緒にいたのか、何をしていたのか、それが気になって気になって仕方なかった。


 これじゃあまるでストーカー…そんなことは分かっていて、けど止められなくなって…そこに心配が重なって…。結局は自分を正当化するだけで、止まることはなかった。


 そしてあの吹雪の日、とうとう爆発した。


 しつこく詰めて言い合いになって、勝手に拗ねて。


 何度もはぐらかされてきて気に食わなかったって言うのもあるけど、それでもあの子にだって事情くらいあったはずで…。


 それで…それから…よくわからない声が聞こえてきて…


 朝になるころには自分の体が動かせなくなっていた。


 意識は確かにハッキリしているというのに、透明なケースにでも閉じ込められたみたいに外が見えるだけで、自分の意志で自分の身体を動かせない。何が起きたのかもわからないまま、私の身体は逃げ出していた。


 そこからあの丘に飛んで行って、後から来たあの子と戦うことになった。


 最初は誰か分からなかった。


 でも呼びかけられ続けたら流石に分かる。


 なんか変な格好してるけど、あの子あんな趣味あったっけ。


 とか思ってたらそこからは超展開だった。


 ゲームとかアニメで見たことのある魔法みたいなのを撃ったり、あの子がものすごいスピードで動き回ったりして…


 でも、途中からよくわからない声が私の代わりに話し始めたり、あの子を攻撃し始めたり…


 私は悪魔に身体を乗っ取られたんだって、そう言ってた。


 前までだったら鼻で笑ってただろうけど、コレが夢じゃないのはなんとなく分かる。


 だから察してしまった。あの子が最近変わった理由が。


 そのうち視界が切り替わった。


 なぜか懐かしさを感じるような、でも見たことのない、グニャグニャした場所。


 そこではあの子が苦戦して痛めつけられ始めて、でもあの子はアレでいて賢いから、すぐに形勢逆転してやり返し始めた。


 けれどしばらくしたら吹き飛ばされて、また痛めつけられ始めてしまった。


 何度も何度も殴られて蹴られて、痛そうな顔をしていて。それをただ何もできずに見ているのが私だった。


 やめて…


 ……


 やめて……!


 ……


 私の目の前で颯を虐めるな…


 やめろ…


「やめろって言ってんでしょうがぁぁぁあああ!!!!」


 初めてそう叫べた時、目の前には罅が広がり、それがガラスのように割れて、私は解放されたのだった。


△▼△▼△▼△▼△


「よぉぉくも…やってくれたわねぇ…!!!」


 こんなところで声が聞こえると思ってなかった衝撃か、閉じかけていた目が大きく開いた。


「姉さん…?」


 そこに立っていたのは紛れもなく、自分が助けようとしていたはずの存在だった。


 ていうか、何で自分の精神世界に意志を持って入れるんだ…?


「えぇ…?」


 いや、姉さんが解放された理由は何となく分かる。


 さっき悪魔を嵌めてやった時に封印か何かが緩んだのだろう。


 で、そこに姉さんの抵抗が合わさって解放された…とかだと思う。多分だけど。


「颯、この場所はなんなの?」


 俺は声を掛けられて引き戻された。


 え?と首を回すと、あたりの景色が歪んでいたものから、かなりハッキリしたものへと変わっていく。


 支配権が移ったからだろう、そこは自宅だった。というか、自室だった。何故俺の部屋なのだろう。姉さんの部屋ならともかく。


「んなぁぁっ!?」


 一番驚いてるのは俺じゃなくてコイツの方みたいだけど。


 まぁそれもそうか、俺よりもコイツの方がこういう空間とかには詳しいだろうしな。


「な、な、何故!?何故ここに存在できる!何故だ!」


「はぁぁ?知らないわよそんなの、殺すわよ」


「殺す?殺すだと?この精神世界で我に…あっ」


 やっと思い出したのか、真っ青な顔をする悪魔。


「ここは…」


 俺は立ち上がって姉さんに近付く。


「姉さんの精神世界。ここは姉さんの思い通りの世界。ここでは姉さんが一番強い」


 さっきまで痛みを感じていた身体はすっかりそれを忘れていて、俺は動けるようになっていた。


「そう。じゃあ…」


 姉さんは悪魔を睨みつけ、不敵に嗤う。


 そしてどこからか巨大な鋸を取り出し悪魔に突きつけた。


「覚悟しなさい。まともに死ねると、間違っても思わないことねぇ……!」


「マ、マズイ…!逃げ──ッァ!!グアアァァァァァァァァッッ!!!」


 うおぉ、背中目掛けて勢いよく斬りつけた。


 倒れ伏した悪魔の背に乗ると、巨大な鋸を片手にギコギコと切断し始めた。


「どこまでバラせば悪魔とやらは死ぬのか、私が試してやるから!」


「グアッ、ウガアアァァァァッ!!!」


 すっごい楽しそうに悪魔の体バラしてる……これもやっぱり悪魔が混ざった影響なのかな。まさか生来の性格じゃない……よな?


「あ、颯、先に帰ってていいわよ。私はコレ片付けるから」


 悪魔の絶叫の中、姉さんは優しく言う。


「え、あ、うん」


 有無を言わさぬ言葉の圧にただ頷き、精神世界から出るのみであった。


△▼△▼△▼△▼△


「あ!颯くん!」


 精神世界を出た俺は元の体に戻れたのだろう、ちゃんと目覚めることができた。


「戻りましたか!」


「姉さんは…?」


「無事かと」


 姉さんの方を見やると黒い魔力はとうに消え失せ、すっかり元の姿に戻っていた。


 寝てるのか…?


 いや、まだ悪魔を解体するのに勤しんでいるのか。


「ですが颯くん、楓さんは…」


「混ざった状態からは…流石に戻れなかった?」


「はい…大きな害はないと思いますが、少なからず精神に影響が出る可能性が」


「あぁ…」


 思い当たる節もあり、こんな状況だというのに、ちょっとした安堵を覚える。


 アレは悪魔の影響、なんだよな。そう、だよな。


「起きるまで待ちましょうか」


 エルゼがそう言ったのは、俺の手足が震え立てないのを見越してか。


△▼△▼△▼△▼△


 そして待つこと1時間後。


「ん…んぅ…」


 やっと目を覚ました。これで明日まで起きないとかだったらどうしようかと……


「姉さん、大丈夫?」


「はや…て…?ふふっ、変な恰好…」


「…………」


 もっかい眠らせてやろうか。


 まぁでも、そういえばそうなんだよな。


 この恰好がバレたら嫌だからって理由で今まで誤魔化してきたんだよな。


「でも…ありがと…助けてくれて……」


 でも、この程度の反応なんだったら最初っから言ってしまってもよかったんじゃないだろうか。


「取りあえず、帰ろっか」


「うん…それはいいんだけど…この浮いてるの…何?」


「「え?」」


 エルゼが見えるようになっていた姉さんと、アホ面下げて呆然とする俺とエルゼ。


 傑にバレて以降、認識阻害を二重にしたって言ってなかったっけ…?


 とまぁ、一悶着あったワケだが、昨日のこともちゃんと謝れたし、今までの事も全部伝えた。


 勿論驚かれたけど、それでようやく合点がいったのか、それで納得してくれた。


 元通りとはいかないかもだけど、一応は、これで全部解決したと言っていいのだろう。


 覚悟を新たに、俺達は家へと帰るのであった。

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