別れ
「朝ごはん朝ごはんと」
朝日が昇ると、カトリーナは屋敷の中へ戻っていき、朝食の準備を進めることになった。
昨日の襲撃で使用人が殺されてしまったと、しばらくは自分でどうにかするしかなくなってしまったらしい。
「あれ?アルバートは?」
屋敷の中にはカトリーナと、数人の騎士がいるだけであった。
「お兄様はもうすぐ出発するとのことで、騎士たちを纏めに向かいましたわ。それに、お父様も直に戻ってまいりますから、心配いりませんわ」
「そっか。カエラは?」
「まだ寝ているみたいですわね」
「寝てるんならいいか。手伝おっか?」
「そう……ですわね、お願いしてもよろしくて?」
「よろしくてよ。何を作りますの?」
「…………真似しないでくださいます…?」
そして久しぶりに建物の中で料理をすることになった。
しかし。
「おいバカトリーナ!どんな持ち方してんだ!」
「え!?こうじゃありませんの…?ハヤテさんも確かこうして……って!今なんて言いましたの!?」
「違う!逆……そうじゃない!それ人殺すときの持ち方だから!」
「えぇ…!?……こ、こうですわね?」
「何でそれで切れるんだよ──っておい!まな板まで切れてんじゃねぇか!」
カトリーナの料理の腕前は、それはもう腕前と呼べるほどのモノですらなく、散々なものであった。
それを手取り足取り教えながらの3時間、いつの間にか起きてきたカエラも参加しての朝食づくりとなった。
「朝からよく食うのな」
結局作ったのはドラゴンの肉を使った唐揚げをメインとしたものであった。
唐揚げにはやはり白米が欲しかったが、どうしようもなかったのでパンで我慢した。
「これまでずっと何も食べずに作業していたんですもの。仕方がありませんわ」
カトリーナはパンにから揚げと千切った葉の物を挟み、それを齧りながら答えた。
「はい、マヨネーズ」
「……何ですの?これ。白いですけれど…」
「何だっけ……卵と酢で出来た…何かよくわかんないけど、いい感じになるヤツ」
「何かよくわからないものを食べさせないで欲しいのですけれど……ま、まぁ、ハヤテさんが言うなら…」
そう言って恐る恐るマヨネーズをサンドに掛けて食べていた。
「サラダはドレッシング掛けたほうが美味しいよ」
普通に食べていたカエラに差し出したのは日向夏のドレッシング。
「これは?」
「………柑橘の…なんか…いい感じのヤツ」
「全部いい感じのヤツなの……?」
説明しろと言われてもラベルに書いてある以上の事は言えないし、ラベルを読み上げるのもなんかアレだし。
「まぁ、美味しいから、大丈夫だから」
俺は唐揚げを口に入れた。まずは何もつけず、熱々のから揚げをそのまま。
「………っ!」
美味い。ドラゴンの肉を唐揚げにして果たしてどんな風に仕上がるのかと思っていたが、カレーにするよりよくできている気がする。
唐揚げとはドラゴンにするために──逆だ、ドラゴンとは唐揚げにするために存在するのだな。
サクッとした衣は香ばしく、中も鶏肉のような食感に嚙めば嚙むほど染み出る肉汁…!
やはり下味は丁寧に時間をかけて付けるべきだとつくづく思う。
次は塩コショウを混ぜたマヨネーズを付けていただく。
やはり美味い。あのマヨネーズ狂い程ではないにしても、やはり合うな。
塩コショウのちょっとした辛みとマヨネーズの酸味がいい。
朝から揚げ物というのもどうかとは思ったが……こうして落ち着いて腰を下ろせるとなると、やはり、ちゃんとしたものを、ちゃんと食べるのが一番だな。
「このドレッシングというのも美味しいですわね!」
カエラに渡したドレッシングであったが、いつの間にかカトリーナも試していたらしい。
「玉ねぎを細切りにして酢に付け込んでおけば、それとはちょっと違うけどいい感じのドレッシングになるよ」
「そうなんですの…なら早速…!」
「待て、分かった、俺が作っておいておくから。下ろせ、今すぐその武器を下ろせ!」
「これは包丁ですわ!」
「あはは……私も手伝うから、一緒にやろ、カトリーナ」
「カエラ……そうですわね、私だってやるときはやりますのよ!」
そうしていると、玄関先が騒がしくなった。俺は警戒して剣を取り出したが、カトリーナに止められた。
「あの声はお父様ですわ」
「声を真似してる可能性は?」
「な、無いとは思いますけれど……まぁ、とにかく会いに行きましょう」
台所から廊下に出ると、人が近付いてくるのが聞こえてきた。甲冑の音も聞こえる。
ガヤガヤと何やら話しながら歩いていたが、敵意は感じられない。
曲がってくる姿を見て、カトリーナは安心したような声を出した。
「お父様!ご無事でしたのね!」
「おぉ!カトリーナ!お前こそ無事だったか!」
2人は駆け寄り、感動の再開を果たしていた。
いいなぁって、そんな事を思った。
そしてその後、カトリーナはアルバートに対してしたのと同じような説明をした。
「そうだったのか……それでアルバートが……で、鉱山はどうなっているのだ?山そのものが崩れ去ったと報告が上がっておるのだが…」
「そ、それはですねお父様…あの…」
カトリーナは言い辛そうに、視線をこちらに何度か向けていた。
「まさか……彼がやったと?カトリーナ、説明してくれぬか」
「えっと……はい、お父様。で、ですが!それは四魔将との戦闘の余波で、決して鉱山を破壊しただけという訳では……!」
「よ、四魔将だと…!?それは本当なのか!」
「本当だよ。アイツが噓を言ってたんじゃなければ、だけど」
俺は近付き、答えた。
何かそれを示すようなものでもあればよかったのかもしれないが、まさか魔族が名刺など持っているわけでもないからな。
名刺交換をした上での魔族との戦闘か……想像するだにアホらしい。
「いや何、責めようというのではないのだ。これ以上の被害が出る前に解決したことに関しては、感謝してもし足りぬ。本当に、世話になった」
そう言って彼は深々と頭を下げた。
…………ストレスとか凄かったんだろうな。いや、何がとは言わないけど。
その後3人で別室に移ったのだが、しばらくしてドタドタと足音が聞こえ、またしても人が近づいて来た。
「あ、カトリーナ様!こちらにいらっしゃいましたか!」
それはゆったりとした服を着た普通の女性のように見えたが、その服は庶民と言うにはきれいな服を着ているように見えた。
その女性はカトリーナの3歩前にまで近づくと、1枚の紙を手渡した。
「用意できましたのね。では、これをハヤテさんに」
カトリーナはそれを受け取ると、そのまま俺に流した。
「…………これは?」
何か色々書かれているが、当然字は読めない。
「これは特別通行手形ですわ。身分証とは違いますが、これがあれば街や王都にも入ることができますの。ここにハヤテさんの名前を書いて血を垂らせば、その時点から我が伯爵家の名の下に効力を発しますわ」
「……俺ここの字は書けないんだけど」
俺は小声でそう言った。
「では私が代筆いたしますわね」
「あ、エルゼで頼む」
俺は忘れずに偽名を名乗り直し、通行手形に名前を書いてもらう。
「エルゼ……ですか」
「まぁ、偽名だよ。悪名は全部コイツに負ってもらうことにしてる。だから言わないでよ?」
「……2人だけの秘密…ですわね…?」
「え……?あぁ、いや、カエラもそうだけど……まぁ、そうだな」
「分かりました。エルゼさんですわね」
羽ペンで紙に名前を書いていき、カトリーナは針を出した。
それを指先に軽く刺すと、一滴の血を垂らした。俺も同様に血を垂らした。すると手形が淡く光った。これで効果が出るのか。
「…………」
ただ、コレはあれだよな。
俺の身元を保証する代わりに、俺が何かしたら全責任がこの家に行くみたいな、そういう奴だよな──身元の保証人というワケだし、それは間違いないだろう。
カトリーナは多分俺のことをどこか危険な奴だと認定していそうなものだけど、こんなの渡してしまってよかったのだろうか。
「……いいの?」
「私を救ってくださったハヤテさんを信じますわ。勿論、何もないことを祈っておりますけれど……もしそうなっても、私は何も言いませんわ」
圧を感じ、理解した。
これは俺を縛るための鎖か。まぁ仕方ない。
「はい、手形の分。助かったよ」
と、俺は魔法鞄から金貨の入った麻袋を取り出した。
「これは……」
「相場なんか知らないから。金貨30枚でいい?」
「い、いや……ハヤテさん……ですが……」
「それと、1つ頼みがあるんだけど」
俺は後ろにいたカエラを呼び、カトリーナに向き直った。
「なんですの…?」
「カエラを頼まれてくれない?」
「……それは」
「これから先、俺は勇者と合流してこれから魔王領に行くことになるし、それが上手くいけばこの世界を去ることになるかもしれない。そうなると流石に、そこまで連れて行くわけにはいかないから。断れなかった俺の弱さではあるけど、頼む。雇うでも何でもいいから、カエラの保護者になってやって欲しいんだけど」
「ハヤテさん。それは……まずは本人に言うべきではありませんの?」
「……………………そう…だよな」
俺はカエラに視線を移した。
確かに、置いていくというのにその本人に何も言わないのは──例え察していたのだとしても失礼というものか。
「ごめん、カエラ。俺……」
「……いいよ、ハヤテ。私は大丈夫だから、いつかこうなることも分かってなかったわけじゃないし、それにちゃんと、約束は果たしてくれたし」
「まだ引き受けてくれるかはわかんないけど……」
「御安心なさいな。こちらとしてもちょうど人手が足りていませんの。私の側付きにでもして差し上げますわ」
カトリーナに目を向けると、彼女は言った。
「ん、ハヤテ、助けてくれてありがとう。色んな事を教えてくれてありがとう。ここまで連れてきてくれて、ありがとう…!」
カエラは泣きながら言った。
「…………」
ただ、カエラを撫でていた。もしここで断られていたとしても手がなかったわけじゃない。
フィルシュフェルの下に連れて行って保護してもらうことも出来たかもしれない。
けどそれは、つまり人間の世界との関わりが無くなってしまいかねない選択で、選びたくない選択肢でもあった。
最初にカトリーナを助けた時点でこのことは考えていたことでもあったのだ。何とかして恩を売ってカエラを保護してもらおうと。
旅を共にする中でカエラとカトリーナが思いの外仲良くしていることやカトリーナの人間性を見て、それを改めて決めたわけだが。
「私、楽しかったから!」
「…ありがと」
俺はカトリーナの方へと向き直った。
そして魔法鞄を漁り、赤竜をバラした時の肉以外の素材とでもいうのか、それを片っ端から部屋に出していった。
「カトリーナ、今度は俺からの依頼だ。報酬は……これで頼む」
「あ……あぇ……?」
「カエラが安心して過ごせる領地を、飢えない様な食糧事情を、その他生活に必要なすべてを用意してやって欲しい」
あと、鉱山の事もこれでなんとなくチャラにしてほしい。
「は、はいぃっ!?」
「だから、いくらになるかは知らないけど金になるって言われたから、これでできるだけの生活の面倒を見て欲しい。もちろん働かせるのはいいと思うけど」
「い、いやいやいや、多すぎますわよ!こんなの扱いきれませんわ!」
「多けりゃ多いでいいよ。それは、相場を知らない俺の所為だし」
結局ロハで仕事をすることになってしまったワケだが、別に文句は無かった。
俺はその数時間後、支度を済ませてカトリーナの屋敷から出ていくことにした。
もしその後に何かあれば、その時は前と違って俺に知らせることができる。今生の別れ感を出しておいてなんだが、何かあればどうせまた会いに行けるのだ。
そして、次に俺が向かうのは王都ではなく南方のノアマ皇国。色々あったものの、それでも少し時間があるので、俺はそちらに一直線に飛んで行った。
名残惜しい気もするが、1人旅の再開だ。
と、思っていたのだが──
その道中、不気味な黒騎士に出会った。