亡国
「シャイニングメテオ」
最初の一撃は、国境沿いに建てられた詰所に向かってのモノであった。
天から降り注ぐ炎が、赤々と地上を照らした。
壁はその魔法によって次々と破壊されていき、遅れて、人々の叫び声が聞こえてくる。
それを皮切りにして、反撃など出来もしない共和国と、御厨 颯との戦争は、一方的としか言い表しようのない状況から始まった。
勿論、反撃などという真似は彼自身が絶対に許さないのだが。
颯はそこら目掛けて魔法による攻撃を繰り返していく。草木が煙を上げながら燃えていった。
ゆっくりと移動しながら、目に付いたものすべてを破壊していく。
最初に見つけたのは、それなりの大きさの街であった。
「ライトニング」
稲光が、空を縦に割った。
それを落とされた民家は跡形もなく消失し、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。
当然、周りの家々も巻き込んでの事であったが、この暗い時間、寝ていたはずの近隣住民は一斉に叩き起こされる。
人々が家を飛び出していった先で見たのは、いくつもいくつも降り注ぐ稲妻の雨。
白く輝く稲光に照らされた街は、その至る所が火災に見舞われ、囂々と燃え盛っていた。
そうしてひとしきり破壊して回ると、颯は再び周囲を破壊しながら進んでいく。
天からは炎が降り注ぎ、雷が落ち、巨大な光が奔り、風が吹き荒れ、平原や山々は真っ赤に燃えていく。
軌道としては共和国の外側から、ぐるりと1周するようなルートであった。
魔力は昼間に半分以上使い果たしていたはずであったが、それでも未だ尽きぬまま、怒りのままに、通った道を吹き飛ばして回る。
「スターライト・レイ」
木々の生い茂る森は白い光の濁流に呑まれ、あとには何も残らない。
「ラピッドブラスト」
建物を見つけては、それを片っ端から破壊していく。動物、特に人間を見つけるとそれを徹底的に追いかけまわし、地形を変えながら消し飛ばしていく。
憂さ晴らしと言うにはあまりにもな蹂躙であった。
「キュアーフレイム・バースト」
鉱山を見つけると、高温の炎を放ってそれを溶かしていく。溶かされた岩はオレンジ色のマグマと化し、ドロドロと流れ出す。
「スターダスト・レイン」
山の麓の村にマグマが流れていくのを見ると、追い打ちをかけるようにその村の周囲に魔法を放ち、逃げ道をふさいでいく。
地が裂け、そこには新たな渓谷が出来上がる。逃げ出そうとした人の何人かがそこに投げ出されていた。
そうして共和国を1周すると、続け様に範囲を縮めて2周目に入る。
それはやはり災害の様相を呈していた。
考えなしな破壊の影響で河川が荒れ、行き場を失った水は周囲一帯に流れ出し、山が崩れたことで土砂崩れが起こり、逃げ出した動物や魔物が人里に向かっていく。
しかし、向かった魔物たちもまとめて破壊するのだから、それによる被害は0であり、颯による被害が100である。
夜闇の中を、怒りのまま爆速で飛び抜けていく。
颯が通り抜けるだけで木々が薙ぎ倒され、家々が吹き飛ばされ、人々の身体が裂かれた。
「トライデント」
再び街に降り立った颯は、ステッキを変化させ、蒼く輝く三叉の矛を街の中央に突き刺した。
すると、大地が揺れ、地面が罅割れ、そこに現れた渦潮の中に町全体が沈むように飲み込まれていく。
60秒も経たないうちに街が1つ消え去り、渦潮も、それに伴い消えていく。
何事もなかったかのように。
それから颯は共和国を10周ほどして、この国の中心ともいえる主都に入った。
夜だというのに未だ明るいその首都を見て、颯はステッキをゲイボルグにへと変化させた。
敵を次々に貫いて殺していくその槍を、颯は街の中で放った。
往来を歩いていた人を、外で酒を飲んでいた人を、家で夕食を取っていた人を、未だ働いていた人を、そのすべてを無差別に貫くための槍が、街を駆け巡る。
1人を貫いたゲイボルグは、2つにも3つにも分裂し、たった数分で数十万以上の槍に分裂していた。
木々のように、枝分かれした大樹のように、真っ赤な身を付けながら、方々で天高く伸びていく。
悲鳴は連鎖し、絶叫が木霊し、しかしそれは断末魔で覆われていく。
暴風と鮮血が首都の中に吹き荒れていった。
真っ赤に染まった建物を颯は魔法を放って破壊して周り、街中が瓦礫の山と化していく──いや、この場合に限っては、瓦礫が残るだけでも運が良い方であったと言えるだろう。
そしてその中を、颯はある一か所を目指してただひたすらに歩いていく。
「王城……ではないな」
王城というよりは議場というべきなのだろうか。
そんな大きな建物が、街の中心には堂々と威厳ありげに建てられていた。
内部の人間がその状況を理解していなかったわけじゃない。理解していたからこそ、入ってきた存在に、彼らは一斉に目を向けた。
恐怖であった。誰も声を出せぬその空間は、恐怖によって作り上げられていた。
ただそんな中、1人だけが、果敢にも颯に向かって行くことができた。
颯は議場の奥に集まる人間の集団に向かって行く。
その2人の人間は議場の中心で立ち止まった。
「私はこのグラトニア共和国の国議代表、ウェリウス・フィンデルンだ。これは、貴殿の仕業か?」
先に口を開いたのは共和国の代表。颯よりも背の高い、壮年の男であった。
黒いスーツに身を包んだ赤い目の議員。とはいっても、そんなことは颯の記憶に残ることもないのだが。
「だったら何だ」
「何故こんな…何故こんなことをするッ!」
掴みかかろうとして、それ以上動けないことに気がついた。
「何故も何もないだろ。これは全部、自分達で引き起こしたことなんだから。よかったな、世の中は思い通りにならないけど、俺はお前達の思い通りに動いてやったよ」
「何……?どういうことだ!」
颯は説明した。王国に仕掛けたクーデターの工作が彼に火の粉を飛ばした事を。
そしてこれがその報いであることを。理不尽で残虐で狂気に満ちた報復であったが、ウェリウスは理解した。
理解できてしまった。それはこの虐殺についてではなく、目の前にいる存在は人の形をしているだけで、その本質は竜族などと何一つ変わらないということを。
竜族に剣を向ければその国が滅んでも文句は言えない。それは例え相手が誰であろうと同じことであった。竜であろうとなかろうと、力のある者にそんなことをすれば、辿る末路は同じであるのだ。
そしてそこまで考えて気が付いた。先日この共和国にまで響いた噂の真偽とその真実に。
赤竜をいとも簡単に殺して見せたのはこの男である、と。
彼は震えた。吐き出しそうなほどの恐怖に苛まれた。しかし、既の所でとどめた。
「……っ、だからといって、こんな真似をする必要があったのか!」
「こんな真似?」
「大勢の罪なき民を殺したこと以外に何がある!」
「言わなかった?誰がやったのかなんてこっちは知らないし、どうせお前ら全員そんな感じなんでしょ?だから死んでもらいに来た」
「た、確かにっ!そういう動きを取っている連中はいた!国民感情的にもそう言った部分があったことは事実だ!しかし!それが理由で皆を殺したというのか!?」
「だからそうだって言ってんじゃん」
「ふざけているのかッ!!」
「ふざけてねぇよ」
颯は一つ溜息を吐いてから続けた。
「はぁ……罪無き民って言うけどさ……お前みたいなのが知ってたのに止めなかったからこんなことになったんだろ──なんにせよ、別に俺はお前らがどうなろうが関係ないし、俺の邪魔になりそうだったからまとめて消えてもらう」
「邪魔だと……?」
「お前らに目的があるように、俺にも目的がある。それの邪魔をするような奴を生かしておくわけにはいかないんだよ」
颯は剣を構えた。魔力を込めては解放させて爆発させていく。
議場に会った椅子や机はその風圧で床から引き剥がされ、壁に当たって砕けていく。
そしてほんの数秒後、その一撃を放とうとしたその刹那、1本の、この世界にはあまりにも似つかわしくない形状のブレードが、その攻撃を防いだ。
真っ黒な刀身に、淡く光る緑の線が差し色としてあしらわれた、1本のブレードであった。
それはカタカタと揺れながら、颯の、放たれていれば恐らくここから大陸の端にまで届いていたであろうその一撃を止めていた。
攻撃を止めた主は、黒い鎧──颯に言わせれば黒いサイバースーツに、これまた顔を隠すための真っ黒な仮面を装着していた。
それが機械仕掛けのモノであることは颯にはすぐに分かった──同時に、この世界の者ではないことも。
そうでなくても颯自身、止められるはずのない一撃を止められたことへの衝撃から、眼前の相手への警戒心は最大級のものであった。
颯はその場から跳ね上がり、距離を取った。
その表情には、彼にとって久しぶりともいえる焦りがあった。
そんな中でも彼は思考を巡らしていた。
そうして次の行動を思索していた颯の耳に、機械で変えられた低い声が聞こえた。
「間に合わなかった……」
「──ぁあ?」
「退け、ここまでしなくても目的に支障はない」
「…………はぁ?」
颯は考えた。
事情を知っている人間など手で数えられるだけの人数しかいないはずで、その中の誰かがこの黒いスーツの主なのかと。
だがしかし、そんなはずはないと、自分で自分の考えを否定し、別の可能性を当たった。
そこまで考えて1つ思い出したことがあった。道中で交わしたカトリーナの発言だった。
漆黒の魔人だ。かつてこの世界に降り立ったという魔人。それはおそらく自分の目の前に立っているこれのことを指していたのだろうと、彼は考えた。
「颯。まさかこんな所で、よもやこんなことをしているとは、露も思わなかった」
「なんで知って……!?」
目の前の漆黒の魔人に名前を言い当てられたことに、颯は動揺した。
「………俺はお前の知っていることは知っている。だがそれをお前が知るのはもう少し後だ。今は退け、殺りあうメリットはない」
「……いや、ダメだ。コイツらは俺の大事なものに手を出した。それがコイツらが死ぬ理由だろ。生き方を間違えたから、死ぬ理由を作ってしまった。それだけのことだろ」
「……止めても無駄か?ここまで徹底的に殺し尽くして、それでもまだ殺し足りないか?もうお前の目的の邪魔をできるだけの人数が、この国には残っていないだろう」
「そうかもな。でも少なくとも、殺す理由はもう1つできたんだよ、お前が俺の名前をバラしたせいで。悪行を俺の名で記録させるわけにはいかないんだよ」
「チッ……」
漆黒の魔人は舌打ちをした。
「何で力があって、それを殺すために使うんだ…どいつもこいつも…!」
「どいつもこいつも……?」
「力があれば、何をしても許されるのか…?だったら…俺は……」
自問自答を始め、頭を抱え出した漆黒の魔人。
「…………ミョルニル」
颯はそれを無視し、議場の天井を突き破ると、剣を巨大なハンマーに変化させた。
それは青白く光り、大空で吠えるように轟く雷を纏っていた。
「滅べ」
巨大なハンマーは首都を覆い尽くすほどの大きさにまで膨れ上がると、ゆっくりと大地に向かって落下を始める。
「………っ、マズい…」
漆黒の魔人はそれを止めようとはしなかった──否、止めることができなかったのだ。
魔人にできた唯一の行動は、その場から一目散に立ち去ることだけであった。
既に瓦礫の山と化していたその首都に、巨大なハンマーは過剰と言う以外に言い表しようのない、更なる裁きを与えた。
物質をそのまま消し去るような雷に飲まれ、首都は巨大なクレーターと成り果てた。
颯は魔人と戦うことは選ばなかった。アレは恐らく自分と似た存在であると何となく察知したからであったが、同時に、アレと殺り合えばただでは済まないことも察していた。
自分と同じ程の力を持つ存在というのは、それだけで脅威であり、恐怖でもあった。
だからこそ、目的だけを達してさっさと逃げることが、この場でなすべきことだと判断していたのだ。
「そろそろ朝か」
怒りを押し返すような恐怖に当てられたおかげで幾分か落ち着けた颯は、そのまま西へと向かっていく。
そして夜明けの前には、颯はカエラとカトリーナのいる屋敷へと到着していた。
漆黒の魔人に再度出会うのは、それからしばらく後になる。