決定
最初に俺を止めたのはカトリーナであった。
「ここにはクーデターの証拠が数多く残されているはずですわ!だから…!」
次に俺を止めたのはカエラであった。
「そ、そうだよ…!暴れちゃだめだよ…!」
最後に俺を止めたのは、他でもない俺自身だった。
そうだ。今ここで暴れ出したら確実に2人を巻き込む。
それに、暴れてどこに行くというのだ。
カトリーナにこんなことをした奴はこの建物内で殺したうちの誰かだったのだろう。だったらもう犯人はいない。
なら次は何を殺しに行くのだ。同じことを企てている連中を虱潰しに探し出しては片っ端から殺して回るのか。
それとも王都に突入して騎士団そのものを潰すのか。だが騎士団自体も一枚岩ではないのだろう。
それにどれだけの意味がある。そもそも、王都を潰せば勇者が困る。そのせいで帰れないのは俺が困る。
だったら俺は須らくまず冷静に、敵が誰なのかを、誰を殺せばいいのかを考えなくては。
だから2人の言葉に従い、建物内にあるものを一つ一つ見ていった。
資料を回収し、金目のものも全て回収した。これは多分冷静でなくてもやっていたかもしれない。本能だろうか。
こうしているうちに、そうしているうちに、必要なものはすべて回収し終えた。
俺は2人が建物から出た次の瞬間、建物を賽の目切りにして破壊した。
崩れ落ちた建物からは、いまだ死に切れていなかった騎士の断末魔が聞こえ、瓦礫の一部は赤く染まっていた。
そしてそれに魔法を放って片付けた後、俺は2人を屋敷にまで運んだ。
「お兄様っ!」
「か、カトリーナっ!カトリーナかっ!」
屋敷に戻ると、玄関前で立ち尽くす数人の鎧姿の人間のうち、その1人がカトリーナの名を叫んだ。
兄妹なのだろう。互いの無事を確認していた。
そしてカトリーナの方は、今この地で起きていることを説明した。
「な、何だとっ!?クーデターを!?」
クーデターと呼ぶには随分と気の長そうな話であったが、魔族が付いているとあらばそれも可能であったのだろうか。
当然魔族は俺が、騎士団の連中も俺がそれぞれ殺してしまったわけだから、それを知るためには資料を確認するしかないのだが。
「お兄様、お父様は今どこにいらっしゃいますの!?」
「それが、鉱山が消し飛んだとの報告が上がってきてな、それの確認に向かったんだよ」
「鉱山が……!?まさか、動き始めたのですか!?」
「いや、それが何でも魔族の姿も消えたそうなんだ。その所為かこちらと戦っていた魔族の軍勢の動きが急に乱れだしてね、当面は危険はないとの判断で一足先にこちらに戻ってきたのだが……随分と話が変わってきたな」
「魔族が消えた……」
カトリーナはこちらを見た。同様に、背中に乗ったままのカエラもこちらに視線を向けていることは明白であった。
「それで、カトリーナ。えっと、そちらの方は?」
「ハヤテさんです。私をここまで護衛してくださり、先刻囚われた私を助けてくださった方ですわ」
「そうなのか……これは失礼をした。私はアルバート。ザッコ伯爵家の次期当主、カトリーナの兄だ。この度の件、現当主に変わり感謝する」
事情は説明されていく。
総てではない。必要なことを端的に告げ、結果として、王国側にこのことを一刻も早く告げなければならないという結論に至った。
至るまでもなく決まりきった結論ではあったが、改めて認識することは大切である。
屋敷に入ると、集めた資料を見直していき、その計画の全貌を掴んでいく。
まず一つ、これは騎士団の中の一派、王国国軍総司令官の率いる派閥によるものであった。
連中の目的はこの国の王政に終わりを迎えさせること。
その為には貴族家を利用して各地で反乱を起こし、負担を掛けさせていく必要がある。
その負担はどこに行くか、それは民だ。戦となればその負担は民の方へと向かう。
民は重税を課され、若い働き手は戦力として駆り出される。
王都に住む民に負担がかかり、そのうえ、各地で反乱を起こしている人間達にも負担がかかる。
こうして力を削いでいき、頃合いを見て王国を叩くのだ。
その際には軍が旗を上げ、民草の中に溜まったヘイトを全て、国王や貴族たちに向けさせる。
そうして国そのものを乗っ取り、支配していき、軍による政治を始めるのだろう。
2つ目、そこにはやはりというか、魔族が絡んでいた。
しかし、これは途中参戦であることは魔族の口からも言われていたし、それを裏付けるかのように、資料の中でも、途中から作戦には大幅な修正がなされているようであった。
だからこそというか、このように大胆な作戦を取るつもりであったのは最初からではなく、魔族の力をアテにできると分かってからのモノであった。
魔族の力を借りて、それでその後どうするのかは知らないが、計画が果たされたら勇者の力でも上手いこと借り受けて倒させる算段だったのだろう。
もしその前に勇者に刈り取られたらどうするのかとも思ったが、そのための情報統制も行っているようであった。
だからか、カトリーナが直々に領地を抜け出したことを肝が冷えたなどと言っていたのは。彼らにとってそれは完全に予想外の行動だったのだろう。
そして3つ目、俺が少しだけ抱えていた違和感。魔族がいない段階でのこの作戦は、全てがこの王国東部で計画されているものであった。
何故東部なのか。それは、この王国の東にある国が原因であった。
「そういえば前々から聞いてはいたが──噂ではなかったのだな」
「噂……ですの?」
「あぁ、ラギール閣下が共和国に通じているとの噂だ」
グラトニア共和国。
それは王国の東に面している国で、今から30年程前に王制から共和制に移行した国らしい。
移行した原因は過度な重税などによる民の怒りの爆発、そこからの流れるような革命であったという。
それ以降この王国と共和国はそれほど仲がいいとは言えないらしい。
勿論、交易などは行われている。
と言うより、共和国としては王国を通れなければ海に出るしかなくなり、それは危険でしかないとのことで、国民感情に阿っていては生活がままならないから──という判断だ。
だが今言ったように、共和国には元々王政によってその生活を圧迫され、それを民がその力で打破してきたという歴史がある。
そんな共和国の、王国に対しての感情はあまりよろしくない。そしてそれに通じている人間がこの国で成すことは、つまりそういうことだ。
要するにこの件には王国騎士団の1派、魔王軍四魔将、そしてグラトニア共和国の3者が絡んでいる。
そして俺はこの時点でやるべきことが決定した。いや、分かったのだ。
誰を殺しに行けばいいのかが。
「私は明朝、この情報を持って王国に話を付けに行く」
纏めていって、事の全貌を掴み始めてきて、その段階でアルバートは言った。
「ですがお兄様!それはあまりに危険ではありませんか!私も現にその道中で……!」
「分かっている。だがこのままではこの国が危ないのだ。たとえ危険だとしても、なんとしてでもこの情報を王都に持って行かなくてはならない」
「お兄様……」
「このままでは、場合によっては戦争になる。国境に近い我が領地を守るためにも、命は惜しんでいられない。何、もし私に何かあったとしても問題の無いように手は打つし。それに、ここにはお前がいる」
アルバートはカトリーナの肩を掴んで言った。その目には覚悟と安堵が入り混じっていた。
──明朝、か。
俺は考えた。明日の朝まではここに、この男がいる。出会って数分しかたっていない訳だが、それでもカトリーナの身内というだけで、幾つかマシというものだろう。
俺は魔法鞄を漁って、金と銀の蛇のあしらわれた謎のオブジェクトの、取り外した金の蛇を手渡した。
これはかつて秘密結社内で見つけたんだったか貰ったんだったかした、何だかよくわからないモノであった。
しかし、色々とモノを整理している際に久方ぶりに見つけ、色々弄繰り回してみたところ、魔力に応じて反応するものであるということが分かった。
魔力を片側から流すと、もう片側がそれを知らせる。多分連絡用の道具なのだと思う。
それを緊急連絡用としてカトリーナに渡した。魔力は彼女も流すことができるハズだ。
動作を確認させると、俺は何故こんなものを渡したのか、未だそれを理解しきれず固まっていた彼女に伝えた。
「何かあったら知らせて」
「ど、どこに行くんですの……?」
「………明日の朝には一回戻るから」
まさか言えるハズもなかった。だから何も言わず、それだけを告げて俺は屋敷を出た。
既に日は暮れてきている。明日の朝までには時間がない。
全ての事を残りの数時間で済ませるため、俺は宙に浮くと、全速力で飛んだ。
陽のない方へ、月の登ってくる方へ、日が暮れ切る前に、俺はグラトニア共和国に着いた。